東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

田布施町 麻里府 住吉神社祭礼 2017 (6/6)

2017年05月15日 | ふるさと

 見田団地の次は尾津東の御旅所です。元来た道を引き返して、国道188号線の信号を渡って尾津東に向かって進みました。その昔、麻里府尾津と麻郷戎ヶ下は二代川が境界だったようです。今は造船所があるため、その境界がよく分かりません。造船所ができる前は、尾津東端の二代川から戎ヶ下の間に塩田(大黒屋浜)がありました。

            尾津東の御旅所に向かって御神輿が進む


 尾津東の御旅所はとても変わっています。今まで御手洗石だとばかり思っていた石が御旅所だったのです。他の御旅所のようにその上に直接本神輿を置くことができません。上に板を張って本神輿を置くのです。この御旅所はかつて何だったのか気になります。何らかの祠があったのでしょうか。

      本神輿にお供え物          禰宜さんのお祓いと笛太鼓
 

 住吉神社の祭礼で、尾津東は最後を飾るのにふさわしい御旅所でした。本神輿前の棚に数々とお供え物が並べられました。お神輿について、よくは知らないのですが、ユダヤ教にも御神輿のようなものがあり人が担いで移動するとのこと。ちなみにキリスト教では、移動するのは神様ではなく聖人像のようです。古代アンデスでは、王様が亡くなると神様になり、神となった王様の亡骸を担いで移動していたそうです。仏教ではそのような物は聞いたことがありません。

              尾津東御旅所広場でくつろぐ方々


 禰宜さんのお祓いが終わると祭礼は終わりです。尾津東御旅所に集まった方々は、地区ごとに集合して帰っていきました。尾津東の御旅所もすぐに解体が始まりました。そして、尾津東集会所でも慌ただしくお接待で使った机や食器などの後片付けが始まりました。

  各地区ごとに集合    慌ただしい尾津東集会所  本神輿が住吉神社に帰還
  

 各地区の方々は帰っていきましたが、本神輿の住吉神社への帰還作業が残っています。禰宜さんをはじめ麻里府地区の総代さんなどの方々は、本神輿と一緒に住吉神社に向かいました。住吉神社に到着すると急階段を登って本殿へ本神輿を入れました。そして、禰宜さんによる本神輿へのお祓いがありました。

   住吉神社本殿で本神輿にお祓い      お祓いが住んだ本神輿を倉庫に
 

 住吉神社本殿での本神輿へのお祓いがすむと、本神輿は倉庫に仕舞い込まれました。本神輿は、来年まで静かに出番を待ちます。本神輿のとなりに古い神輿がありました。お聞きすると、かつて暴れ神輿に使った神輿とのことでした。

              禰宜さんと総代さんのお言葉


 祭礼が終わると禰宜さんのお言葉、続いて総代さんから祭礼終了のお言葉とねぎらいのお言葉がありました。住吉神社の祭礼に関わった方々、本当にお疲れ様でした。私はこのお祭りを見学することができてとても嬉しく思いました。今回の住吉神社祭礼を記録に残そうと思います。50年後、100年後、住吉神社の祭礼はどうなっているでしょうか。

                御神輿の行幸ルート
 

『山口県』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 田布施町の陶土を使って土器... | トップ | 田布施町の陶土を使って土器... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。