東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

田布施町 国木~千坊山~竹尾ウォーキングの下見(3/3)

2017年04月06日 | 歴史探訪他ウォーキング

 竹尾の観音堂を出ると、姥ヶ盥に行きました。道下の川にあるので、気が付かないで通り過ぎてしまいそうです。崩れそうな小道を川に降りると、千坊山に住んでいた山姥が石城山に引っ越す途中に休んだと言われる姥ヶ盥があります。巨人が座って休憩できそうな形の滝があります。そして、その傍に祠があるのです。

     姥ヶ盥と傍の祠            次の目的地の西迫に向かう
 

 姥ヶ盥の次は、1Km位先の西迫です。竹尾の田んぼをのんびり歩きながら西迫に向かいました。この場所は以前、国木・竹尾周辺ウォーキングで歩いた場所です。今回は逆向きに歩きます。3月のポカポカ陽気でのんびり歩きました。田んぼをひょいと覘くと、カエルの卵があるではありませんか。近づいて見ると、卵から孵った小さなオタマジャクシがたくさん泳いでいました。

カエルの卵とオタマジャクシ   林の道をのんびりと    圃場整備中の西迫
  

 西迫に行く途中河原田を通りました。河原田の道を歩いていると、元郷土館長Nさん邸の庭にNさんの姿が見えるではありませんか。大声をかけて手を振ると、下見中の我々に気が付いたようでした。少しの間N邸前で談笑しました。そして、西迫の史跡について少し情報を仕入れました。その情報の一つに、西迫の山中に石柱または石段のようなものが転がっているとのことでした。

 文明二年(1470年)~元禄三年(1690年)西迫にあった八尋石八幡宮の鳥居の残骸
          元禄三年(1690年)に今の場所に移転 



 西迫に着くと、その石柱または石段に行ってみることにしました。ところで、その場所に行く時、足を滑らせて崖下1.6mに落ちてしまいました。落ちる瞬間「やばい!」と思いました。しかし、落ちた場所は田んぼで柔らかく、靴と服が汚れただけで済みました。良かったあ!

   観音堂前広場       観音堂のお地蔵様      国木小学校跡に到着
  

 石柱を調べてみると、かつての八尋石八幡宮石鳥居の残骸でした。なかなか立派な鳥居です。とても重いので、今の八尋石八幡宮まで移動することができなかったようです。鳥居の道はかつては参道だったのでしょう。鳥居残骸から戻ると、石迫の観音堂に行きました。今は集会所として使われているとのこと。中には立派なお地蔵様が安置されていました。観音堂に着いた頃、浄泉寺跡の場所を地元の方に聞きましたが、よく分かりませんでした。再度調べる必要があるようです。次に、スタートした国木小学校跡に戻りました。これで今回の下見ウォーキングは終わりです。お疲れ様でした。

        下見した、国木~千坊山~竹尾ウォーキングコース

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