リユースショップ36 薔薇とレンガで潤いある庭作りをお手伝いします。

庭作りでお悩みではありませんか?古い家具や道具、流木等をリメークしながら、 今在るパーツを活かし愛される庭作りのお手伝い

旧風間家住宅 「丙申堂」 きゅうかざまけじゅうたく へいしんどう).

2017年05月11日 20時46分38秒 | 日記




鶴岡市あつみ温泉入口の花屋さん「HARERU」さんで
お店の什器として素敵に飾られていた 
中古の木製・足場板を使った木箱(広島県ウッドプロ(WOODPRO)製)をパクリ真似て
オーダーを戴いたので
私も早速!手持ちの足場板材で二個作ってみました。

実際昔使っていた足場板なので、ズッシリと重かったのですが
まるで舞台道具の「函馬(はこうま)」の様なシンプルさを
お客様に気に入ってもらいました。



庄内浜の朽ちた流木に 
土手で偶然見つけた「サンショ」の木をあしらってみました。
銅線は短い電線を剥いたもの。
木材防腐塗料キシラデコール何度も丹念に塗りましたが
ほぼ『材料費ゼロ円』(笑)



花が終わってしまった水仙の葉は そのままにしていると景観が悪くなるので
一株毎に丸めます。
この状態でも枯れるまで光合成をしてくれ球根を大きくしてくれます。
お薦めです。



雨模様の天気ですがピンクのアジュガと苔のコントラストが写真に映えました。



最近興味を持ち始めたのが「小品盆栽」
挿し木して育てた自分のお気に入りです。



バラとしてのお庭の一番花「黄モッコウ」







雨が降り続き肌寒かったのですが・・・




旧風間家住宅 「丙申堂」 きゅうかざまけじゅうたく へいしんどう)を見学しました。
入館料 大人400円 小人200円 (注:風間家旧別邸「無量光苑 釈迦堂」も鑑賞出来ます。)

.

風間家は、 鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展し、
後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力 を注ぎました。



鶴岡城下の五日町(現在の本町一丁目)で庄内藩の御用商人として呉服・太物 屋を営み、
幕末には鶴岡第一の豪商となりました。
明治29年丙申の年に武家 屋敷跡に住居と営業の拠点として建てられ



この年の干支が丙 申の年であったことにちなみ「丙申堂」(へいしんどう)と名づけられました。



風間家の祖先は、
越後の国 沢海藩(そうみはん)(現在の新潟県中蒲原郡横越村)の武士だったそうで、
その後、現在の村上市で商人となり
さらに酒田に移り、
鶴岡には18世紀後半に移住したと伝えられています。

↑ 鴨居が二段になっている高天井。釘を隠すための飾りが美しい



主屋を中心 当時の豪商の面影が残る石置屋根が特徴の建物.
豪勢に瓦を載せることも財政的には出来たのだろうが、
敢えて武家を刺激しないよう石屋根にしたんだそうです。



このスタイリッシュなビルは建築中の「荘内銀行・本店ビル」
元々はこの風間家が営んでいた「出羽銀行」の流れを受けた銀行だそうで
ご先祖様たちも、もうすぐ竣工するのを楽しみにしてると思います。



和紙を貼った壁に雲母の粉を押し寫した文様
部屋毎に体裁が変えられていました。



石屋根が一番良く眺められる二階の部屋(客間)は
菊の文様が施されていました。





新潟の府屋の大工さんたちを住み込ませて作られた
当時としては珍しいヨーロピアンの建築技術「トラスト構造」を用いて
耐震化した梁(従業員食堂)





「箱階段」が商家らしい風情を出していますね!
地元が生んだ素晴らしい時代もの作家・藤沢周平さんの
映画のロケ地になった事も嬉しいです。



風間家旧別邸「無量光苑 釈迦堂」です。
陶芸とパッチワークのコラボ展が開催されていました。
園内のツツジは開花前でしたのでまた伺おうかと思います。



肌寒い生憎の天気なので二ヶ所とも、貸し切り状態で
ボランテァガイドさんから丹念に説明を受けられました。











ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« IK邸のお庭のご紹介 | トップ | 田植えの真っ最中!!! »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。