一休さんは、藤原一族に生まれ、天皇の血筋を持つ人間でもあったが、諸国を放浪し、人々に愛を説き続けた。一休さんは87歳で死去するまで金や権力に媚びる事はなかった。一休さんは臨終の際「この遺言状は、将来、この寺に大きな問題が起こった時に開け。それまでは決して読むな」と言い残していた。僧侶たちは、その教えを守り、決して遺言状を開くことはなかった。一休さんの死後、さまざまな問題が持ち上がる度に「いざとなれば一休和尚の遺言状 が解決してくれる」という安心感もあっただろう。一休和尚の遺言状が、開かれたのは、その死後から100年が経過していた。すがる思いで開いた遺言状には、こう書かれていた・・・「なるようになる 心配するな」。「日刊セイケイより」
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