EKKEN♂

このブログは http://ekken.blog1.fc2.com/ に移転しました

Doughnuts Shop

2004-05-02 | 小説のようなもの
 僕は妻と二人で小さなドーナツショップを経営しているのだけれども、ここに毎日やって来る変わったお客さんがいる。彼はタ方の六時きっかりに(一分先にも、一分後にも、ということなく)木製のドアを押して入ってくる。
「いらっしゃい」
「…えと、いつもの……」
 彼はトレンチコートの襟の中から申し訳なさそうにして,オーダーする。
 ――決まって、リングドーナツを三つ。ドーナツ屋の僕がいうのも変な話だが、毎日ドーナツばかりで飽きないものだろうか。
「お客さん、いつもタ食はドーナツですね?」
「うん、まぁね。私たち自動販売機は一日一食だからね。一番好きなものを食べるんだ」
「自動販売機って、ドーナツがお好きなんですか」
「いや、私だけさ。隣で働いているコーラの販売機はいつもラーメンばかり食べているよ」
 彼は缶コーヒーの販売機なのだ、彼の話だと、ヤクルトの販売機はアンバン、チューインガムの販売機はカツ丼、アイスクリームの販売機はカレーライスが好きなんだそうだ。
 彼の変わっているところは、もう一つある。不思議なことに、オーダーしたドーナツは食べないのだ。食べるふりをするだけで、口をつけずに皿の上において帰る。お金は払っていくので、別に損はしないが、うちのドーナツがおいしくないのだろうか、と気になる。
「あの、お客さん、うちのドーナツ、まずいですか?」
 すると彼は二ッコリ笑って答えた。
「いや、とんでもない。私の知っている店では一番うまいね。マスター、ドーナツの一番おいしいところはこの穴の部分なんだ。だから私は穴しか食べない……本当にマスターのドーナツは最高だよ」
「それはどうも……」
 それから二、三分後、彼は「ごちそうさま」と言って帰っていった。
 後に残された三つのドーナツ。僕はそれを一つつまんで食べてみた。気のせいか、少し味が薄くなっていた。


 半年たった今も、彼はほぼ毎日のようにうちにやってくるが、僕は依然としてドーナツの穴がそんなにおいしいのかどうか分からない。
 何故かって?
 そんなのあたりまえだよ。
 だって、僕は自動販売機じゃないからね。

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おぉっ! (mookei)
2004-05-02 23:16:38






 素晴らしいっ!





 素敵な話だぁ。
返信する
ああ、なあるほど (ゴー)
2004-05-03 03:26:03
レジ打ちするふりをして、実はブログを更新してるのか、と、

ガッテンボタンを叩いてしまいましたよ。

ガッテンボタンを叩いてしまいましたよ。
返信する
不思議なテイスト (ねずママ)
2004-05-04 06:58:56
 ドーナツの穴のように……かどうかはわかりませんが、暖かいような、醒めたような、なんとも不思議な味わいのあるお話だと思いました。

 トレンチコートを着込んだ自動販売機さんの姿を想像すると、たのしいです。ところでチューインガムの自販機って、ほんとにあるんですか?一度買ってみたいです。
返信する
Unknown (えっけん)
2004-05-04 12:42:17
>チューインガムの自販機って、ほんとにあるんですか?

そういえば最近あまり見かけないけれど、ほい↓



シャープ 卓上ガム自動販売機 http://66.102.7.104/search?q=cache:FO0rZM4IqBkJ:www.cablenet.ne.jp/~s-h/list/cx4.html+%E3%82%AC%E3%83%A0%E3%80%80%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%B2%A9%E5%A3%B2%E6%A9%9F&hl=ja&lr=lang_ja&inlang=ja



えー、実はこの小話はかれこれ20年近く前に書いたものなんですけど、その当時ですらあまり見かけなかったです、ガムの自販機。
返信する