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 もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋
 

続報

2012-02-22 | ヒストリ:平清盛

借りていた本数冊を返却しました。
その内の1冊のお陰で、近代の方でまた訂正しないといけない所が出てきました。oh…
今回は言葉ではなく内容の問題という何ともアウチなものなのですが、これは私としては嬉しい訂正なので、分かって良かったと思います。
強いて言えばシーボルト事件のハウトマン号のような感じで。
ハウトマン号の座礁は「シーボルト事件が発覚した出来事」として一般に知られていた(通説だった)事件ですが、10年ほど前の研究により後世の創作だった事が明らかにされています。

私が近代で書いていた事も「こういうこととして知られている」という出来事だったのですが、そうした理解の大本に資料の曲解があり、話が悪く伝わっているという事があるようです。
山縣有朋の話なのですが、ごめん、爺さん…私も面白おかしく書いてたわ…だって傑作な話なんだもん。
(山縣的に)いい方向に訂正できるようで良かったです。こういう発見は本当に嬉しい(けど、話としては面白さがなくなる(こら))。
しかしながらその話はサイトを訂正する際に回します。
こちらの方でも確認したい本が出てきましたので、それを確認してからということで。
 
今回の本は見かけついでに引っかけただけの本だったのですが、借りて良かったです。
メールを止める前に手はつけていたので、もうこれ返すか?とも思いましたが、400ページ超の半分まで読んでいたのでそれは流石に勿体ないと思って。
その時読み進めていなかった所にその記述が出て来たので、読了して良かったです。
新しい情報は常に入れていかないといけないですね…
そしてまたペンディング事項が増えて行く。自転車操業みたいになってきました。
  
***

そしてようやく平安時代の方に手をつけ始めた訳ですが、あー、なるほど。
ご指摘頂いた通り、確かに理解不足から間違った事を書いている部分がある。
それもあったのですが、平安時代の食生活、かなり面白く読んでいます。纏めて生活史の本ばかり読む事なんてまずないので^^; 
  
日本料理の基本は室町時代辺りに成立したのかと思っていたのですが、読んでいると平安時代、貴族の食事が大本になっているようです。
お恥ずかしい。そこからしてかよ、という感じですね。
歴史は続いているのだから、いきなり発生するなんて事はないわな…

これはサイトにも書いていましたが、当時食べていたのは強飯(こわいい)。
うるち米、もち米を蒸したものになります。一般的にはもち米を食べていたそうです。
行事の際や、貴族民間の正規な食事で食されるのが強飯だった。
それもあって「平安時代の主食=強飯」と覚えていたのですが、前回の大河ドラマで「姫飯」(ひめいい)が出て来てあれ?と思ったんです。
米の調理法には種類がありますが、パッと思い浮かぶのは、煮る・炊く、蒸す、位かなあ…
『日本食生活史』を見ているとこれに 煎る というのが加わる。
 
1)煎る…焼米、糒(ほしい)
2)蒸す…強飯
3)煮る…a)固粥(姫飯) b)汁粥

糒は、これは知ってる。干し飯とか、乾し飯とも書いて「かれいい」とも呼ばれた旅行の際や兵隊の携行食のこと。
お湯や水につけて、ふやかして食べていた。戻して食べていた、と言い換えていいのかな。
フリーズドライみたいなん?フリーズしてないけど。
問題は 3)煮る で、
 a)固粥 今私たちが食べているご飯
 b)汁粥 今私たちが食べているお粥
だそうです。
同書によると、「平安時代末期になると正規の食事でも固粥(飯)を用いた」。
平清盛の時代はちょうど平安末期になりますので、この記述から見ると彼らが日常的に姫飯を食べていても特に変な訳でもないようです。
意外とちゃんと時代考証されている感じですなあ…
   
ついでなので。
ドラマが始まる前から”王家”という表現に関し悶着があったというのは、ドラマ開始以降に知りました。
王家か…
日本史の歴史ドラマで「王家」という表現は聞きなれませんし、私も「そういういい方するのかな」と思いました。
純粋に歴史的にはどうなのだろう、という疑問だったのですが(知らないので)、以前読んだ本の中で引用されていた九条兼実『玉葉』に王家だったか王者だったか(肝心な所が曖昧である…TT)の
表現があったので、「王」という表現は当時の史料上にもある言葉なのねと。

ただ意識してから私が実際に見たのはその1例だけなので、同時代の史料でどの程度見られる言葉なのか、またどの程度使われていた言葉なのか、というのは分からない。
王家とか王というのは当時一般的に利用されていた言葉だったのだろうか。
九条兼実だけが使ってる…とか、さ…^^;
思うのですが、そもそもあの頃って、皇族をひとまとめにしてたの?という…
天皇は天皇、院は院、女院は女院、だと思うんだけど、ひっくるめて王家というのに少し無理があるのじゃないかと。

で、もうひとつじゃあこれはどうなの?と思ったのですが、『変貌する清盛』を読んでいた時、
宋から来た書状の中で天皇の事を「日本国王」と表現していて、朝廷では無礼だ返事なんか出す必要なんてないと議論紛々
…という話があった。
これも『玉葉』からの引用だったのですが、国王って「王」じゃないのか。
「王」という言葉の意味というか、…持つ意味合いがよく分からない。
この場合、宋と日本では字は同じでも意味合いが違うという可能性がありますが、もし同じだとしたら九条兼実は一体どういう人物なのよという新しい疑問が…(エンドレス)
  
で、悶着の中身は、『王家という表現は皇室を貶めている』とかそういう事だったようです。
いやー…うん…
確かに微妙な表現であることには違いないと思う。
それにあそこまでドラマのキーワードとして使うなら、上記したように同時代史料で皇室を表現した言葉の何割程度が「王家」や「王者」であるのか、個人的には知りたいなあ。ドラマの公式HPなんかで発表して欲しいなあ、とは思うけど。
確かに随分中韓に寄ってる放送局ですけど、貶めている云々というのは、流石に少し方向性が違うのではないかなと感じます。
  
昨年の『坂の上の雲』にしても、似たような批判がありました。
ドラマで明治天皇が登場する際、狆が椅子の上に乗っている場面があったのですが、あれを狆(犬)に朕(天皇)をかけている、皇室を貶めているけしからんという批判があった。
少し驚いたと言いますか…
そう言う風に捉える人もいるんだなと思って。
ドラマレビューでも書きましたが、私はあの場面を見て純粋にすごいなーと思った。感心しました。

明治天皇は犬好きで、表御所と内御所で何匹も犬を飼われており、その中には狆もいました。
ドラマに出ていたのはボンか六号かと思いましたが、そこまではちょっと私には分からなったのですが、明治天皇に関する本を見ていると大体あんな感じで犬を飼われていたようです。
明治天皇が自分の食事を与える事もあり、服を与えたりもしていたようですし。
あんな1秒2秒しかない場面で、犬なんかいなくてもいいだろうに、すごいなと思ったんです。
しかしまさかこんな所で批判が出るとは製作者サイドも思わなかったのではないだろうか。
おかしい点があれば声を上げるのは悪い事ではないし、寧ろ時によっては必要だと思いますが、ここまでくると言いがかりのように聞こえてしまう。

 
と、寄り道しまくりましたが、メールを止めたり返信をお待たせしていますので、その途中経過のご報告でした。
流石にあまり良くない事?をしているという意識がありますので、何を調べているかというのはぼちぼち書いていきたいと思います。
時々になると思いますが。うーん。緒に就いたばかりという感じで、申し訳無い。
頂いたメールやアンケート、そのコメント等、全てありがたく読ませて頂いています。
  
***
   
ブログのカテゴリーに『ヒストリ:平清盛』を追加しました。
『平安の風』と一緒に纏めていたのですが、ドラマに関連して少し記事が増えそうな感じですので。
ドラマの話に限らず、昔書いた清盛や関係する平氏の史跡、源平の話もそちらに纏めました(でも大した数ではない)。
清盛について触れている話、読むと清盛ではなくその弟忠度(歌人として有名、一の谷の合戦で戦死)について触れたものです。
書いた日時を見ると実に2005年!
随分長い事ネット生活を続けて来たものだと思います。
しかしこの後に及んでカテゴリーが増えるとは思いませんでした。 
  
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