詩人 自由エッセー

月1回原則として第3土曜日に、隔月で二人の詩人に各6回、全12回の年間連載です。

第2回 ほそいひかりの三々五々(第1回) 夏野 雨

2017-05-03 09:37:46 | 日記
 あかあかとともる水仙砂浜にまどろんでいる海を背にして



 海のそばを歩くとき、なぜか黙ってしまうのは、はんぶん浸されているからかもしれない。波に。無意識について考えるとき、それはもう無意識ではないのだけれど、視界を埋める光の量を、調節することを放棄する、ことが必要な時がある。休息とはなにか、考えるとき、それはもう休息ではないのだけれど、やすむための場所をあらかじめ用意しておくことは、だいじなことだ。というわけで、散歩に出ることにする。




 電球式の信号をみると、つい立ち止まってしまう。電球式の信号は消えゆく運命にある、と、知ってしまっているからかもしれない。あるいはそのぼんやりとしたひかりが、昔の自分を立ち止まらせているのかもしれない。いつか公園にたくさんの落ち葉が集められていた日、積み上げられたごみ袋のそばを、通りかかったこどもが言った。「も、え、る。あぶない」燃えないんだよ、勝手には。燃えないんだけど、たしかに書いてある。もえるごみ袋だった。

 赤い字でもえるとおおきく書いてあるごみ袋の横あわてて通る




 河童のことを考えるとき、心が落ち着く。ツツミに近づきなさんなよ、とは、幼いころよく大人にいわれた決まり文句で、小学校の夏休み前の注意事項にも必ず登場した。ツツミとは堤のことで、農業用のため池である。通学路にはなかったが、いつもの道を少し外れると、いくつか存在した。ツツミは背の高さよりも高い柵で囲われていたが、どこか一か所、金網に破れ目などがあり、入り込めそうな空間があった。子どもをさんざん脅しているわりに、堂々と入って釣りをしている大人などもいたらしい。最もそれはずいぶん昔の話で、今はいないのかもしれない。昔といえば、父などは幼いころ、夏になると近所の上級生にツツミに連れて行かれ、ばーんと投げ入れられたりしていたらしい。父だけでなく誰もが投げ入れられて泳ぎを覚えたというから恐ろしい。そこには決まって注意を促す看板があり、河童の絵が書いてあった。その絵を見ると安心した。どんな破れ目があっても、おおきな鷺がのんびり羽根を広げていても、その白さを近くで見たいと思っても、入らなくていい。河童がいるから。

 布団にて河童のことをおもいだす夜のやぶれめあたたかな檻




 たけのこの新しく這い出してくる姿は、熊の手に似ている。山に熊はいないけれど、猪や鹿は出没して、農作物をしばしば食べてゆく。というと、のどかに聞こえるかもしれないが、せっかく育てて収穫を楽しみにしているものを、あっさりと食べられて、西瓜二本 畑にあおあお生い茂りあとには皮を残すのみ、なんてことになってはかなわない(これは狸のしわざだったこともある)。というわけで、山間部の畑はしばしば金属の柵で囲われている。鹿は軽々と柵を越えてほうれん草などをむしゃむしゃやってしまうが、猪と狸には効果があるようだ。猪にとっても筍はご馳走のようで、竹林にときどき大きな穴と足跡を残していることもある。とはいえ、山全体を柵で囲うわけにはいかない。筍農家は、どうしているのだろう。

 白菜の繭になったの並びおりつひには花を咲かせたりけり



 五月になったので、写真を撮りにいく。詩誌「福岡ポエトリー」の表紙のためである。中身については、毎号さまざまに特集を組むが、表紙はいつも動物の写真と決めている。そして毎年六月のポエイチに合わせて発刊するので、なるべく緑の季節に撮るのがいい。というわけで、まいかい編集としてはスケジュールぎりぎりの、五月に撮るのです。ポエイチというのは福岡のポエフェスで、詩人や歌人や俳人や小説家や通りがかりの人があつまってなにやらかにやらするイベントなのです。今年で六年目になるのです。福岡ポエトリーなんて七年目になるのでその間参加者は入れ替わり立ち代りもちろんポエイチも入れ替わり立ち代り二〇一七年の中身がどうなるかは計り知れないところです。ところで写真はまだ決まっていません。何故動物の写真にするかはひみつです。原稿はまだ揃っていません。まもなく締め切りです。ところで散歩はいかがでしたか。わたしはいま帰ってきたところです。この話にはつづきがあります。なにしろこれは第一回ということです。最後は詩です。それではまた、お会いしましょう。


河童のはなし

辻の向こうから
野鳩の声がする
堤の三叉路を
ひたひたゆく

河童に出会う
こんにちは
今日もお役目
ごくろうさまです
河童は答えない
たんぽぽを置く
向かうほうと戻るほう
そのどれでもないほうから
馬が来る
背が高いんですね
へぇ、そうです
馬に乗る
馬はひといきで
堤を飛び越えた
河童が遠ざかる

おまえ
囲われていたのか
手綱はない
指にはまだ
たんぽぽの汁
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