「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌時評125回 短歌はもっと黒田夏子の影響受けたらいいのにと思って書いた文章 吉岡太朗

2017-04-03 23:19:41 | 短歌時評


 先日飲みの席で「最近の短歌ぜんぜん面白くない」みたいなことを言ってしまいまして、「いつの短歌は面白いの?」と訊かれて答えなかったんですが、昔の短歌も面白くない気がする。
 きっと面白くないのは短歌の側の問題ではなく、自分の側の問題だろうと思っていたんですが、たったいま面白い短歌があるのを思い出しました。
 黒田夏子『感受体のおどり』。
刊行は2013年で、割と最近です。
 でもこれ短歌じゃないんですよね。
 世間的なカテゴライズではどうも小説に位置づけられてるようです。
 あんまり読み心地は小説っぽくないんだけど、だからといって詩とはあんまり思わなかった。
 別に定型じゃないだけで、短歌だろって思ってしまった。
 まあ短歌やってるからそう思うだけなのでしょうけれど。
 でも客観的な位置づけなんてものはまやかしで、読んだ人間の実感だけが本物なので、短歌だということにして、少し読んでみたいと思います。
(注:時評という言葉が含み持つ何らかのものへの抵抗が、このような文体を選ばせているのだと思ってください)
 男か女かときかれて,月白はどちらかと問いかえすと,月白が女なら男なのかと月白はわらった.
 『感受体のおどり』は1番から350番までの短い文章の集まりで成り立っています。これは1番の書き出しのセンテンスです。
 短歌っぽいと思います。
 どこが短歌っぽいかと言いますと、このセンテンスには枠があるように思えるからです。
 どんな枠かというと、「一つのセンテンスである」という枠で、そんな枠はどんなセンテンスにもあるので、そうなると「すべてのセンテンスは短歌だ」ということになります。
それはある意味正解なのだと思います。
 この世に短歌じゃない言葉など存在しません。
 でも私たちは決してそんなことは思いません。
 なぜかというと普通はあまり枠を意識しないからです。
 理由は次のセンテンスに進んでしまうから。
 身も蓋もないこと言ってしまうと、このセンテンスは一読よく分からないのでもう一度読んでしまうところが短歌っぽいのです。
 短歌って一番下まで読んだらまた上に返りませんか?
 きっと短歌やってるひとはうなずいてくれるはず。
 ……余談が過ぎました。
 「月白」は登場人物で、視点人物である「私」と会話をしているようなのですが、まるで「月白」と「私」は自分で雌雄を決められる生き物であるかのようです。
 そういう生き物いそうだなあ、とグーグルで調べたら「ニワトリの細胞は自分自身で性別を決める」と出てきたり、アーシュラ・K・ル=グウィンの『闇の左手』は両性具有の人が男になったり女になったりしたなあ(あれは自分では決められなかったはず)とか思ったりしました。
 けれどまあ、『感受体のおどり』というくらいだから踊りの話なのでしょう。
前頁の登場人物表のところの「踊り関係の人物」に「月白」が含まれていて「私」の師なのだと分かるようになっているし、後に続く文章を読んでいくと「男役」「女役」という言葉がちゃんと出てきます。
 その辺を踏まえてくどいくらいの意訳をすると、「今度の舞台で男役と女役のどっちをしたいのかと師匠の月白が弟子の私にきいてきたので、私は月白はどちらの役なのかと問いかえした。すると月白は「私が女役をするなら、あなたは男役をするのか?(あなたは人の意見をきいて、自分の役を決めるのか?)」と答えてわらった」となります。
 こう見るとこのセンテンスにはたくさんの省略があることが分かります。
 読者はその省略を補って読んで行かないといけない。
 省略を補うというのは空間を覗き込むことです。
 文章が生成する空間に首を突っ込んで向こうに何か見えないかな、と探す行為です。
 はじめは空間が真っ暗なのでいろんなものが見えます。
 生物の神秘とかジェンダーSFとかまやかしなんですが、あるような気がしている時点ではあるわけです。
それを「ある」とはっきり確定させてしまうと、いわゆる誤読というやつになるわけですが、確定させてしまわない限りは連想の広がりとして楽しめばよいものだと言えます。
 連想を楽しんでいる内に、だんだんと目がなれてきてうっすらと空間全体の様子がつかめてくる。
ところでこのセンテンスで一番の省略の対象になっているものは何かというと、もちろん「私」です。
 「問いかえ」しているのは「私」なのですが、前後の「月白」という語にサンドイッチされた上に、駄目押しでもう一度出てくる「月白」の「わらった」という動作に取り込まれてしまっています。
 師である「月白」によって「私」が文章空間の奥へ追いやられているかのようです。
「男か女か」と尋ねることによって、「私」に選択権を与えているようなのですが、その実与えることで「月白」が自身の寛大さを見せつけているようです。
 1番の後半には、男役と女役との数がかたよってしまえば少ないほうをすることになるが,てきとうに変化のつく番ぐみになりそうなときなら私にも男か女かをまよう自由がのこった.」というセンテンスがあります。
ここでは「自由」という語を出すことで、逆説的に「私」を取り巻く「不自由」を描出していますが、この「不自由」は書き出しのセンテンスですでに暗示されていたのでしょう。
天からふるものをしのぐどうぐが,ぜんぶひらいたのやなかばひらいたのや色がらさまざまにつるしかざられて,つぎつぎと打ちあげられては中ぞらにこごりたまってしまった花火のようといえば後年の見とりかたで,身がるげに咲きかさなるものの群れを視野いっぱいに見あげていた幼児はまだ打ちあげ花火をあおいだことがなかったし,傘というものの必要性も売り買いということのしくみもいっこうかんがえたことがなかった。
 同じく黒田夏子の『abさんご』から。
 芥川賞を取っているので、こちらの本の方が有名でしょう。
 まず面白いのが「天からふるものをしのぐどうぐ」で、これはセンテンス後半に出てくる「傘」のことを言うのでしょうが、一読分からないことが読者を立ち止まらせる。
 立ち止まって意味を考えることが、文章空間を深く覗き込むことになるわけです。
 先の省略と手法は違いますが、効果は同じです。
 その「傘」を「花火」に見立てるのですが、ここも面白くて、「後年の見とりかたで」と見立てを自ら否定する。
 記憶されたものは想起され、想起のたびに作り替えられます。
 「傘が花火のようにきれいだ」と言えば分かりやすいですが、分かりやすくしたのは後で振り返った自分であって、その時の自分ではない。
 分かりやすさとは作り替えなのです。
 それに対し黒田夏子は抵抗し、正確に描こうと努める。
 それは客観的な何かに対してではなく、自らの感覚に対する正確さです。
 「天からふるものをしのぐどうぐ」という言い方も、「傘」と分かりやすく言うことで実感と違ってしまう何かを描こうとしてのことかも知れません。
 それは「傘」という枠への抵抗であり、「傘が花火のようだ」という枠への抵抗です。
 黒田夏子のセンテンスが枠を意識させるのは、枠に対して抵抗しているからなのです。
 見ているあいだだけ,行きあわせているあいだだけ,知りびとが知りびとであった日日,それぞれにそれぞれのくらしがめぐっているのはわかっていても知りたいとかんがえたことはついぞなく,たとえば遠くへのひっこしというような小児にとって死とえらぶところのない不在になつかしいという情緒はうごいても,それは去ることによって内がわに移ってきたものへの,つまりはじぶんへの惜しみのようで,去った者の今をおもうのとはちがった.
 再び『感受体のおどり』から。
これは4番の文章にあります。
 黒田夏子中一番好きかも知れないセンテンスで、特に後半部分がすごい。
 「私」の前からいなくなった者は、「私」の内面に移り住んでくるということ。
 引っ越しでの別れの惜しみは、自分への惜しみであるということ。
 幼児期の自身の感覚を、できるだけ正確に書こうと努めた結果出てきた言葉なのでしょう。
 それはくどくて分かりにくいが、私というものの内奥に迫っている。
 短歌が「私」を書くものなら、これこそ短歌だろうと思います。

 引用
  黒田夏子『abさんご』2013年,文藝春秋.
      『感受体のおどり』2013年,文藝春秋.
(文中のルビはすべて省略としました)
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短歌評 短歌を見ました4 鈴木 一平

2017-02-26 22:03:18 | 短歌時評

『穀物 第3号』の続きです。

  フライパンの中に油を敷くけれど言ってくれ間違っているなら

 進上達也「すぐにこすれて燃えてなくなる」から。上句の提示を下句で引き受けつつ、文節を通して後者の論旨をフライパンでも油でもない場所に向ける流れは、詩でいえば改行に近い論理が働いているとおもいました。上下の構造的な分割を経由することで逆接の内容を漂白させ、残存する前行の提示を弱く脱臼することで、作中の基本的なトーンとなる生活感に迫真性を搭載させつつ、脈絡のズレが持つ切れ味を読ませます。「定期券区間の外でこれからのお金の減り方を覚悟する」や「ヌードルの麺を伸ばしてお湯をぬるくしてから本当に思い出す」などにも見られるこの構成は、いわく言いがたい生の感覚を作中に結晶化させているような印象を受けます。

   以前、名をつけたことのある嗅覚が見つかる一昨年のマフラーに

 「匂い」ではなく「嗅覚」と呼ぶニュアンスがいいとおもいます。「匂い」であれば一昨年のマフラーに残る一昨年のだれかの(私の?)匂いとして、今の私がそれを嗅ぐという意味に留まりますが、「嗅覚」として差し出されると話は変わってきます。「嗅覚」は嗅ぐ対象ではなく嗅ぐことに伴う匂いをもたらす感覚そのものであり、その意味でいまの私の嗅覚とは決定的に一致することはありえず、いまの私ではない別の何かになることの契機をもたらすからです。そのため、修辞としては想起というより過去の現前として現在の私の変更をもたらす強さがここにはあり、翻って一昨年のマフラーがもつ過去の匂いの鮮烈さを感じます。

  襟首が伸びていつかはこの部屋を出る新しい可燃ごみとして

 連作では先ほどのマフラーの後に「年末のもうすぐ捨てるセーターの行く先々で挨拶をする」が置かれ、その次に上記の作品があり、衣服を一要素に詠み込んだものが連続しますが、これらに共通して見られるのは、衣服を着古していく時間の流れに過去や未来の方向性を添えつつ、どこか諦念を含んだクリアで余韻のある叙情です。さて、この作品では衣服の劣化に「襟足の伸び」を重ね合わせて、身体に流れる時間が描かれています。これまでレイアウトの一部として対象化されていた衣服が作品の基底として、あるいはレイアウト全体の共働の結果として描かれています。つまり、衣服は作品の中で経由される要素というより、パタパタと展開していく作品の運動と分かちがたくあるわけです。身体の重ね合わせは「襟首」としての表出と同時に、こうして作品を読み解いていく過程のなかで動的に形成されるものでもあるといえるでしょう。そして、これまで着古されたものとしての衣服が詠まれていたなかで、この作品は古着にごみとしての新しさが付帯されている点も無視できません。

 濱松哲朗「〈富める人とラザロ〉の五つの異版ーーRalph Vaughan Williamsに倣つて」では、冒頭にルカ伝の引用が置かれ、その後に5つのセクション([Variant1~5]、以下番号のみ表記)に分かれた連作によって編まれていますが、分量的に他の同人よりも多く、構造的にも少々込み入ったかたちでつくりこまれているように感じます。ネガティブな生を生き続けることを余儀なくされた私と友人の死についての意識を主題とした作品が目立ち、なかでも特徴的なのは、ルカ伝で生前のラザロの生活スペースとして描かれていた「門」が、異なるセクションのなかで繰り返し詠まれている点です。個々の作品の配置から読み取れる連鎖的なイメージと、随所に挟まれる「門」のモチーフを通して、そこから立ち上げられる読みを考えてみます。

  開かるる門のかたちに漏れ出づる饗宴の灯をしばし見留む

 [1]における門ははじめ、「饗宴の灯」が漏れ出す形態として視覚に与えられています。前述したルカ伝のすぐ後にこの作品が置かれているので、おそらく「饗宴」は「富める人」の室内で行われているものであり、それを門のかたちに漏れ出る光として認識する表現主体は、門前のラザロの姿を引き写していると読むことができます。以後、このセクションは「われを捨てし母の血われに流るるを疎まれながら育てられけり」や「しぶとくも生くる命よ 貧しきは血の穢れとふ声、零されぬ」、「次々に諦め慣れてゆく頃の落葉、生まれさせられし者」など、自己の出自を巡る作品が中心に置かれることで、「貧しき人」のモチーフが個々の作品から独立したかたちで、見開き内の主題として抽出されることになります。そして、

  身の程を知れと言はれつ 門前に屈み込むつつわれの崩えなむ

 同セクション内最後の作品である「身の程」へと接続されることで、だめ押しのようにルカ伝におけるラザロと門前に屈み込む「われ」が類似するように重ねられます。つまり、[1]において形成されるのは、ルカ伝におけるラザロの具体的な肉付けの過程であると読むことができます。個々の作品において成立する認識があり、それらの認識を横切る目のなかでさらに抽象的な認識が形成されていく、といえばいいのでしょうか。この見開きにおいては、そうした認識の積み重ねがラザロと「われ」の類似において結晶化され、その土台に設置された「」が冒頭の「」と呼応することで、印象が強められています。
 しかし、[2]は「われ」ではなく知人の死についての作品から始まります。

  早朝のスマートフォンをふるはせてわれにも届く声なき報せ

  ともだちの死をともだちが告げてゐる連絡網のごときLINEは

 私たちは[1]において「われ」とラザロのあいだに見いだされる類似を元に作品を意味づけでいくことができましたが、ここでラザロが死んだように死ぬのは「われ」ではなく「ともだち」であり、「われ」は「貧しさ」を宿したままラザロと分離します。もちろん、[1]における「われ」と[2]における「われ」が同一の存在であるとは確定的ではありません。[1]の「われ」が[2]における「ともだち」である可能性さえあるわけですが、むしろ、語としては同一でありながら作品としては別のものである両者の「われ」を読むことで、両者とは分離されたかたちで「われ」と指示される存在が立ち上がると考えたほうがいいのかもしれません。「われ」は表現主体の可能なバリエーションの一つであり、一連の短歌作品の語り手でも、ましてや「書く私」として不動の地位を占める書き手でもないということです。

  閉ざされし門の手前に風絶えて(何故だ?)こんなに晩夏が似合ふ

 こうした分離の印象をそのまま引き受けるように、「閉ざされし門」はラザロと「われ」の類似ではなくそれらの分離としての側面を示す指示として現れ、同セクションは「生き残る者はラザロにあらばれば蝉の骸を避けて歩めり」「心音の耳に充つれば凡庸にいまだ死なざる身体重たし」と、生者である私を倦むような作品で閉じられます。ここで「」は私にラザロとの類似をつくりだすために用いられるのではなく、ラザロと私が異なることを示すために用いられているわけです。続く[3]で「」は一度も登場せず、[4]の末尾を待つことになりますが、[3]で繰り返し用いられるモチーフと「門」の登場の遅延を通して、前述した「分離」の機能をさらに複雑化したかたちで、[4]の「」は使用されます。[3]において描かれるのは、これまであった苦悩のうちで生き続けることへのそこはかとない執着に加えて、死への希望や死後の自分に対する意識です。「夏にふる雪にあらずも 初めから見え透いてゐし終の姿は」「死ののちを清らに残る感情のわれに暗渠のごとくありなむ」といった連鎖的な構図も無視できないものの、「せめて鏡を伏せてから死ぬ まなじりに前世のなごり浮きいづる頃」「繰り返さるる生の途上に焼かれゆくわが身よ 無理をさせてすまない」「信じてゐた(ーーそれが私の心からの抵抗であると、)伝へてください」など、死への近似は現行の生をやや超えたかたちで展開されていて、これらの作品を、生き続ける「」と死んでしまった「」の組み合わせによって生じた、「この生」に対するゆらぎや相対化の認識として読むことができます。また、このセクションで目立つ語彙としては「」(前述の「夏にふる雪にあらずも」に加えて、「ウェブ上にふりしきる雪 更新の滞りたるページかがよふ」)も挙げておく必要があるかとおもいます。

  快晴の朝の葬送耐へ切れずはじけてしまふ実柘榴の刻

 前述した「」と[2]における「蝉の骸」との時間的なギャップを与えるように、[4]において示唆されるのは、友人の死からの時間の経過です。冒頭となる上記の作品では葬送の場面が読まれ、続く作品でも「〈偲ぶ会〉と称して集ふ旧友の写真届きぬわがLINEにも」や「われの他に幾人かゐる不参加を引き算のごとく数へあげたり」、「懐かしい、と思はず打てる返信に永遠に揃はぬ〈既読〉あひなむ」など、経過の印象が強くあります。[2]で見られた「新聞のおくやみ欄の画像あり二十七とふ享年目立つ」と同じ位置に「音楽家でもないくせにこの歳でーー、つて、成りたかつたのかもしれないが」、「ああきつと空が笑つてゐたのだらう八月に死をえらびし君よ」の位置に「それぞれに語らぬ過去のあるならむ沈黙よりもおもき笑顔に」が置かれてあることからも、[2]と[4]は対の構造を強く意識してつくられています。

  陽炎の彼方に見ゆる門あれば守衛のごとく蝉の啼き立つ

 そして、[4]を結ぶ「」であるこの作品は、「手前」と指示されていた「」との対比的な遠さとして「陽炎」の彼方にあり、季節の回帰として骸ではなく鳴く「」を身にまとっています。ラザロではない「われ」から距離的に離れ、かつ時間的にも離れている「陽炎の彼方」における「」は、死者と生者のあいだの「分離」の経験それ自体との分離を描くように使用されている、と見ることができるのではないかといえます。この作品の前に配置される「富める人ならざるわれらお互ひの腫物を目守りつつ触れざりき」は、富める人ではないが、しかしラザロでもない「われ」の姿を、再度自身に搭載するかのようです(そして、「生き残る者は」とこの作品は、やはり同じ位置に置かれています)。

  閉ざされし門に凭れて夜明けとふ乏しき時をわれは恃めり

 [5]は[1]と同様に、「」を用いた作品から始められます。ここで門は[2]と同じ「閉ざされし」という修辞を受けており、そのため他の「」とは異なる類似性を二つの作品は帯び始めます。構成には知人の死に対して言及しない[1]および[3]の流れを汲みながら、[2]と[4]で展開された対の反響を「閉ざされし門」を用いて召喚し、連作の最終章を飾るかのようです。「亡失は生者の奢り 過去といふ過去を野焼にくべつつ往かむ」「運命と呼べば貧しき現実をわれは死ぬまで生き続けたし」「紅葉の季に到りてわが裡に君のいたみの色付きはじむ」など、後続する作品もどこか総括的な気配を帯びながら、次の作品に続きます。

  この門もぢきに崩れの日を迎へ境界線の分からなくなる

 ここで「」は[1]においてラザロを引き継いでいた「われ」と同様に「」の語を備えることにより、ルカ伝ではなく「われ」との類似を示し始めます。しかし、この類似は固定的な意味を引き継ぐというよりも、[1]において「貧しき人」としての性質を搭載することでラザロとの類似を示しながら、決定的にはラザロとして死ぬことのなかった分裂を跨がるように生起していた「われ」の組成のあり方を、崩れることによって引き寄せています。「」は語としての同一性を持ちながらも、その現れをそれぞれ異なるものとして現れていたので、近似の操作が行われていた「われ」を引き受け、かつ「境界線」を失うことで、「われ」と「」の重なりとして[1]から[5]までの運動をこの見開きの内側に呼び込みます。

  生き残るなら引き受けるより他なくて声なき声を身に響かしむ

 かつての得られた運動を模倣するように語を反復させ、そのつど特殊な意味を埋め込むことで、運動の媒介としての側面を語に搭載させること。かつまた、語ではなく語の使用法を反復させることで、複数の語が結晶化する地点をつくりだし、その使用法をも反復のたびに絶えず組み替えることで、以後も変容する生の内側に声なき声を反響させていく。そうした試みが、本連作にはあるのではないかとおもいます。
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短歌評 戦後短歌史から透視する現代詩史――川野里子『七十年の孤独 戦後短歌からの問い』から見えるもの 添田馨

2017-02-01 19:31:02 | 短歌時評
 ほぼ一年間続けてきた短歌論の連載も、今回が最後となる。現代詩の側に身をおきながら、私はおなじ詩文学に属する現代短歌について、これまで一定の距離を保ちつつ、思うところを自由に述べてきた。自分としては初めての試みだったが、考えてみれば現代詩と現代短歌そして現代俳句の三者は、言語芸術として互いに隣接しあいながら、その歴史的な変遷の経緯については関連づけて論じられることがほとんど無かったように思う。これは実に不思議な光景と私には映っていた。
 自分の勉強不足を棚に上げて言うのだが、ここにきて私は、戦後短歌の歴史を透かし見ることによって、その遠景に戦後現代詩の命脈に通じあうものが二重映しになるのではないかと、何の根拠もなく考えるようになった。ただ、そうは言っても、戦後現代詩の歴史については多少の知見があるとはいえ、戦後短歌の歴史について私はほとんど何も知るところはなかったのである。そのような折に、川野里子の評論集『七十年の孤独 戦後短歌からの問い』(書肆侃侃房・2015年)をたまたま手にすることになった。パラパラと頁をめくるにつれて、著者の抱える問題意識が、自分のそれとかなりの部分重なり合っているという直感がやってきた。この評論集を入口とすることによって、そこに短歌と現代詩(口語自由詩)に通底しあう課題が新たに浮き彫りにされるのではないか。また、それを見極めることで、これまでとまったく違った文学形態の展望が、あるいは拓けてくるのではないか。そんな期待とも予感ともつかぬ思いが、私のなかにむくむくと湧き起ってきたのである。以下、そうした直感だけを頼りにして、思いついたことをランダムに列挙していくことにする。

■問題意識の原点

 川野の問題意識の原点は、「はじめに」のなかにもっとも明快に凝縮されていると映る。「もはや戦争のなかった世界には戻れない、という不可逆の世界への覚悟は、今、震災後に象徴される世界を生きる覚悟に繋がる」と川野は述べる。現在が、戦後であると同時に震災後でもあるという共通認識と、そこであえて短歌文学のありかたを問いなおすモチベーションとは、一体どこでどうリンクしてくるのか。彼女はおなじところで次のように述べている。

 戦後の焦土は言葉と文化の廃墟でもあった。しかしそこから立ち上がろうとする少数の表現者たちは、この廃墟こそを自らの営巣の場として選びなおした。同時に、この詩型を選んだことによって表現者としての責任というべきものをも背負うことになった。もう忘れられようとしているこの責任を短歌はなお背負っていると私は感じる。戦後短歌は、この詩型の背負っているもの、言葉の重みをあらためて問いかける。今日、短歌の読者にも、そして作者にとっても、この荷物はほとんど無意識となりながら、しかしやはり背負われている。戦後の短歌の背骨となってきたのはこの責任の無言の重量感である。
(「はじめに」9~10頁)


 戦後の現代詩とまったく同じではないかという新鮮な驚きが、ここを読んだときまっ先に訪れた。「責任」ということがここでは言及されているが、戦後現代詩の場合は、それは例えば詩人の戦争責任のかたちで問われたことが鮮烈な印象として存在する。最近では、この問題に直接言及がなされることは非常に稀になったが、私自身はそれがいまだ決して消え去っても死に絶えてもいない重要なテーマだと思っている。はたして短歌も、現代詩とはやや異なる位相で、同様の問題本質を抱えているという姿を、ここで確認することができたのは、何よりの発見だった。

■自己否定あるいはネガティブな来歴

 川野は「現代短歌とは、第二芸術論以後の短歌のことだ」(「出発について」21頁)と言う。つまり、現代詩(口語自由詩)とは違い、戦後において短歌はジャンル全体が否定の対象に晒されるという歴史体験を背負っているということだ。具体的にそれが、「第二芸術論」(桑原武夫)あるいは「短歌的抒情の否定」(小野十三郎)などによる本質的批判であったことは言を俟たない。だが、川野は、「この時期、このような自己否定は、「日本」に関わる全てに及んでいたと見ていいのではないか」(同19頁)と、短歌に向けられた否定の矛先を「日本」的なもの全般に向けられた否定の視線のうえに同致するにいたる。そして、「第二芸術論」は「まだ終わっていないと感じている」と明確に述べている。
 文学表現の短歌的あり方への否定から「日本」的なものへの否定へ。この回路は短歌という表現形式が孕み持つ特殊な問題性を、いわば普遍化したことを意味するだろう。現代詩の領域でおなじことを展開しようとすれば、これは「辻詩集」などいわゆる愛国詩の問題へとまさに直通する。「第二芸術論」がまだ終わっていないように、愛国詩も決してまだ終わってはいない。
 「七十年の孤独」とは、まさに自己否定あるいはネガティブな来歴として、こうした全面否定論を七十年間もその中核に無言で内包しながら、言葉を紡がざるを得なかった短歌文芸の宿命と、その詩型をあえて選び取った川野自身の、創作者としての意識の底深い孤独を言っているのだと思う。

■最も必要なものとは

 詩を成り立たせているものは一体なんだろう。無論のこと、数多ある詩作品ひとつひとつの成立事情のことではない。むしろ、そうした個々の成立事情をすべて束ねたうえで、はじめて抽出することができる、詩作品の存立要件そのもののことを言っているのである。私はそれを、〈原理〉と〈方法〉というようにずっと呼び慣わしてきた。言語や時代や文化が詩をその懐に抱えながら大きく変容したとしても、それを根本で詩のかたちに変らず支えているものは、このふたつをおいて他にはない。〈原理〉はその作品の歴史的な出自を明らかにし、また〈方法〉は作品の現在的な形姿を説明する。
 まさに私のこうした定式化と呼応するかのように、現代短歌に最も必要なものは「文脈」と「批評」なのだと川野は断言する。「それは、評論として書かれるものだけを指すのではない。むしろ書かれぬ評論として短歌作品がその言葉の背後にあらかじめ抱えている暗黙の批評であり思想である。それぞれの作品がその言葉の裡に自ずと内包している、言葉に必然性を与える文脈である。それなしの方法もテーマも全く空しいと私は思う。」(「文脈と批評の力」22頁)――こうした声は、現代詩の世界でもほとんど聞かれなくなった。実は、こうしたことは、一見すると倫理的文脈で言われているように考えられがちだが、私はそうではないと思う。むしろ、作品以前に実在する創作者存在を前提して、作品以後に生き延びるところの(作品の)生命を語るのに、どうしても触れられなければならない最重要与件だと思うのだ。
 川野のいう「文脈」は私のいう〈原理〉と、おなじく「批評」は私のいう〈方法〉と、それぞれ対応している。表現が異なっているのは、川野が行為の軸からそれを名づけ、私が認識の軸からそれを名づけているからに過ぎない。

 現在の短歌の状況がそれほど健康ではない無風状態に陥っていると感じるのは私だけではあるまい。表現は多様であり、個々の作者は優れた表現意識を持っている。にも関わらず、表現された言葉が何に否を言い、何にイエスを言うのか、どのような文脈を創造し、なにを目指しているのかが模糊として見えない。カラオケ状態といわれた互いの表現への無関心も、もしかすると互いの表現が何を目指しているのかが見えないからではないのだろうか。そうした「文脈」の議論を欠いたままの議論は微細な表現の差異や感覚の差異に行き着いてしまうだろう。またダイナミックな史観への窓口を欠けば、短歌の議論はいつでも素朴な態度論か方法論に行き着いてしまう。
(同25頁)


 創作にむかう主要な動機が「微細な表現の差異や感覚の差異」をめぐる悪しき循環に陥っていまいかねない事態とは、現代詩において七〇年代の半ば以降に実際に訪れた状況に他ならない。ここでも、短歌における表現と現代詩におけるそれとが、似たような質的変容に見舞われていた歴史情況を、私たちは改めて知ることになる。重要なのは、こうした情況認識が、短歌において、あるいは現代詩において、最も必要とされるべきものの喪失感覚のもとに現前している事実なのだ。

■根源的喪失

 戦後、この国の口語自由詩は一般に〝戦後詩〟と呼称されてきた。戦後詩は、文字通り戦争によって自らの生きる根拠を見失った者たちによって、その深い喪失感を負の母胎としてその新しい一歩を踏み出さざるを得なかった。そういう経緯がある。従って、戦後詩の根底に根強くあったのは、肯定性の原理ではなくむしろ否定性の原理であった。みずからのアドレセンスを世界の側から暴力的に奪われた彼等の世代にとって、戦後という時代はその喪失感に見合うものでは必ずしもなく、むしろ喪失感より絶望感のほうへ雪崩れていく危機的な時間感覚となって現れた。一度は自分を否定しにかかった世界を、言葉の全体性のなかで今度は主体的にもう一度否定してやることが、詩作にむかう主要なモチベーションを形造った。つまり、その詩法は否定の弁証法ないしは告発の文体を必然化することになるのである。
 実経験としての〝戦後〟をそのように歴史化するなら、恐らくそのウェイブは七五年前後で間違いなくいったんは途絶える。そして、その後からやって来たのが、終わりなき日常だった。すなわち戦争による根源的喪失によって醸成された「無名にして共同的なるもの」(鮎川信夫)を見失い、互いに孤絶した関係性のなかでひたすら言葉の表層の意匠をつなぎとめるだけの空虚な時間感覚の波がそれである。川野が「他者」について語るとき、私は彼女がすでに見失われたこの「無名にして共同的なるもの」を、意識せずとも指さしていると思うのである。

 近年の短歌表現は感覚的に非常に洗練され、物や事の質感、ディテールの手触りなどにおいて精緻な表現を競っている。細部の質感をきっちり把握すること、尖鋭な感覚で捉え直すこと、物や事の手触りから感知されるものは短歌表現の要だ。短歌とは事物との対話に他ならない。だが、もし今日の短歌に危うさを感じるとしたら、そうしたディテールの先に開けるべき他者や世界への問いがあらかじめ断念されているように感じるからだ。
 短歌にとって例えば「日常」が重要なテーマであるのは、日常身辺の一つ一つが見えぬ糸をもって非日常に繋がるからであり、日常身辺の物や出来事は、巨大な影としての「他者」への問いかけの供物としてそこに現れているからだ。「今」を生きる共通の感覚を求め合ううちに、言葉の向こうに見えていたはずの「他者」を失い、現代の言葉は浮遊する感覚の断片になろうとしている。創られたとたんに孤児となってゆく言葉。あるいは私達、そして日本全体が浮遊し始めている。

(「短歌の『他者』」28頁)


 特に八〇年代以降にやってきた文化のポスト・モダン的状況と、川野がここで言及する「他者や世界への問いがあらかじめ断念されている」ような世界とは、ここで見事に重なり合う。結果として、文学における表現言語も「浮遊する感覚の断片」でしかないようなひとつの時代が、そのとき実際に招来されたのだ。川野がここに描いているのは、あくまで短歌の分野における現実認識だが、私はこれとまったく同質の認識を現代詩の経験の中になんの違和感もなく見出すのだ。

■文体創出の根本動機

 現代詩(口語自由詩)の世界に、口語と文語の確執といったような問題は、これまで見かけたことがない。口語自由詩というのは、どのような文体を用いてもまったく自由な書き方で作られた詩作品を指し、仮にそこで文語が使われようが口語が使われようが、そうした文体選択じたいが作品の評価を根本的に左右するといったことにはならない。だが、短歌においては若干事情が異なるようだ。「考えてみれば、俵万智、加藤治郎、穂村弘らの口語が登場した八〇年代後半から九〇年代以降、現代短歌論とは口語論であったと言っても過言ではない。」(「1むしろ『語られぬ文語』の問題として」133~134頁)――川野はこのように述べる。そして「文語を選ぶ『特殊な動機』について議論するべきときが来ている」(同137頁)と言うのだ。

 短歌を語ることの背後には文語の「制度」のようなものが寄り添うイメージがある。それはごく漠然と文語を語ることを億劫にしてきた。文語を語ることは「伝統」という太い既成の歴史に恭順し結託すること、というふうに。文語はそれ自身、語られる必要がないほど泰然と短歌という様式の背後にある、漠然とそう信じられてきたのではなかったか。
 しかし、おそらく文語とはそのような「自然な」存在の仕方をしてきたのではない。むしろ文語こそそれぞれの時代の必要、あるいはそれぞれの作者の渇望から生み出し続けられた文体の堆積した地層だと考えた方がいい

(同135頁)


 私には、この部分はきわめて重要なことが述べられていると映る。文語はむかしから自然に存在していた表記法なのではなく、時代時代の要請によってその都度創出されるつねに新しい文体だというのである。正直なところ、川野のこの指摘は私の文語観を百八十度ひっくり返した。川野はさらに、文語と口語が重奏する短歌の「混合文体」についても言い及ぶ。

 今 、大半を占める「混合文体」のなかには、口語と文語の中間なのではなく、今日的な必要によって生み出された「新しい文語」がある可能性はないのか。常に口語の側から語られてきた現代短歌の問題を文語の側から語ることはできないか。戦後短歌は次第に口語化してゆく流れにあったのではなく、文語を拡大開拓してきた歴史として捉えることもできるのではないか
(同136頁)


 ここで一歩引いて考えれば、口語自由詩という場合の「口語」は、厳密には普段われわれが話しているような実際の口語(会話の言葉)と同一のものではない。むしろ「口語」は、文語体ではない、より話し言葉に近い文体との位置づけの下に、そう呼ばれているに過ぎないとも言える。この問題は、例えば『言語にとって美とはなにか』の中で、吉本隆明が「文学体」と「話体」として分類した文学作品の二系統の文体の問題として、短歌における文語と口語の区別も考えるほうがより生産的のようにも思えるのである。そこから果たして新しく見えてくるものがあるのだろうか。

 今日の短歌を巡る語りはいつの頃からか両輪の筈の片方を失って走り続けて来た。大きなテーマとなってきた東日本大震災は、短歌に今後の表現の可能性を深刻に問いとして突きつけている。その問いに向き合うとき、果たして震災は口語で詠えるのかどうか、ではなく、いかなる文語によって詠えるのか、が議論されても良い。口語を中心に語り続けられてきた現代短歌論では語りきれないものがある。
(同136頁)


 「果たして震災は口語で詠えるのか」――この問いは、私たち創作者にはとてつもなく深く、そしてまた重い。川野はここで文体選択の問題を、作歌の根本の原理に関わる究極の問いにまで高めているのだと言える。短歌表現における「口語」が、震災のように自分たちの生存の根拠を根こそぎ奪っていくような現実の圧倒的な暴力に対して、本当に自立的に向きあうことを可能にする文体なのか。言い換えれば、そうした極限の状況においても、「口語」が自らの生存の拠点たりうる文体であり続けることができるのか、をそこで川野は執念く自問していたのだ。
 現代詩の分野で、こうした「文語」創出の機運はじつに「ゼロ年代詩人」と呼ばれる者たちのあいだで特に顕著であった。彼等はその世代的特徴や表現思想の表明においてよりも、自分たちの詩作品における過激な文体創出において、まさにひとつのエポックを形成したのである。その姿は、まさに川野が言及する新しい「文語」の創造に重なりあう運動だと私に思わせるに十分なレベルに届いていた。
 「文語は不断に『今』と『過去』を対面させ、問いかけ、主題を調べに造り直す働きをしているのではないか」(同144頁)とも述べられるように、文体創出の根本動機は、短歌的趣向の統制の問題ではまったくなく、文学の根本的なあり方をめぐる徹底した思想的要請として現前していたのだ。

■表現の未来

 終わりなき日常としての戦後および戦後=以後を生き延びてきた短歌、そして現代詩にとって、「3・11」(東日本大震災)とそれに打ち続く福島第一原発の原子力災害は、文字通り青天の霹靂だった。本論の冒頭ちかくで引用した川野の、「もはや戦争のなかった世界には戻れない、という不可逆の世界への覚悟は、今、震災後に象徴される世界を生きる覚悟に繋がる」という真摯な問題意識も、そうした背景から否応なく呼び醒まされたものだった。だが、どうやって?私たちに、持ち駒といったら言葉しかないではないか。いや、違うのだ。言葉こそが、精神の武器であり、飛びかわす弾薬であり、そして復元のための建具であり、また普遍への扉をひらく鍵なのである。

 短歌にとって、そして広く表現するということにとって、結局そのような被災地の現実に言葉が及ばない、何が起こったのかを言い当てることができないという状態は、言葉のレベルでの「全電源喪失状態」だったのではないか。この絶句状態、現実と言葉の裂け目のあったことこそ何より貴重な言葉の体験だったのではないか。たぶんこの時感じられた沈黙ほどリアルな言葉は近年なかったと今、あらためて思う。
(「1言葉の『全電源喪失』の後を」167頁)


 この沈黙は、しかし、完全に逆説的な意味で、近年まれにみる豊饒さ溢れる沈黙だったはずだ。豊饒さ溢れる沈黙とは、やがてそこからまったく新しい言葉の種子が芽吹くための、残酷であるが逃げることもかなわない精神の惨劇を、その内部に過剰なまでに封印しているはずだからである。私たちの表現の未来が、まさにこのような殺伐とした無人の場所からしか始まらないとしても、私たちの意志は言葉の表現に賭けるのである。賭けることを止めてしまえば、言葉の表現がこれまで積み上げてきた価値のストック(名歌秀歌)すら、もはや守る手立てはなくなってしまうだろうから。

 「名歌」「秀歌」は、共有されてこそ名歌秀歌である。今、好みでしか歌の価値を語れず「私」の「名歌」「秀歌」でしかないとすれば、そうした共同体を思い描きにくいからだ。「優れた」作品を作ろうとし、残そうとするのは過去から未来へという「時間」軸を抱え込み、存続しようとする共同体なのだ。「時間」軸と共同体には密接な関係があり、過去から未来へという「時間」を共有し幻想する集団が共同体であると言ってもいい。そうだとすれば、そうした共同体は今、なくなっているか、あるいは大幅な再編成の時代にある。
(同171~172頁)


 「共同体」という言葉が、やけに最近は身に染みてならない。基盤となる文化的かつ歴史的な防塁としての「共同体」があってこそ、文学の自然資産たる「名歌」や「秀歌」も、次の世代へと生前贈与されていくことが可能になる。フクイチの原子力災害は、まさにこの「共同体」そのものの遺伝子レベルでの亡滅をもたらす破壊神の所業に他ならなかった。また、それ以上に、文化的かつ歴史的な防塁としての象徴天皇制が、いまや存続の危機に立たされている状況が一方に厳然とある。政治権力が「名歌」や「秀歌」の防塁であったためしはない。最も弱々しい力しか発揮できない言葉によって、そして言葉によってのみ、現在の窮状を突破しなくてはならないこと。現代詩においても現代短歌においても、それは私たち創作者にとっての不文律であると同時に、未来不変の矜持でもあるだろう。
 「『時間』を共有し幻想する集団が共同体である」との川野の言葉は、一層厳しさを増す今日的状況において、もはや永久に回復されないナショナリティの符牒であるかもしれず、その不安が完全には払拭されていない以上、どこか黙示録的な陰影をおびてしまっているように、私には響き続ける。
(了)

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短歌評 くるぶしまで短歌に埋まる――光森裕樹歌集『山椒魚が飛んだ日』を読む 田中庸介

2017-01-05 00:06:10 | 短歌時評
 光森裕樹さんの第三歌集『山椒魚が飛んだ日』(書肆侃侃房)は、東日本大震災後の数年間の作者の石垣島での日々に寄り添って、未生と生と死のあわいに横たわるさびしい薄暮の空間を、巧みなことばのレトリックと機知によって切り取った秀作である。第一歌集『鈴を産むひばり』(港の人)で提示されたやわらかいもやもや感のある冷たい「やさしさ」が、暴力的なまでの「愛」へと一気にのぼりつめた感がある。

  やはりはうしやのうでせうかと云ふこゑのやはりとはなに応へつ、否と
  婚の日は山椒魚が二〇〇〇粁を飛んだ日 浮力に加はる揚力
  琉歌かなしく燦たり候石垣島万花は錆より艶(にほ)ひにほふも
  きつとぼくらの子どもはぼくらにくぐらせるはるの波紋よゆつくりねつて
  頭を撫でられオスカル坊やたりし日を終へるか砂に素足がしづむ

(「山椒魚が飛んだ日」)


 第一首はきっぱりとした四句切れ。第二首、彼女の飼っていたウーパールーパー(あるいは、山椒魚)を、東京から引っ越すために石垣島へ飛ぶ飛行機に持ち込む際の椿事が、哀しくも愉しげに語られている。第三首、やさしさの「」「寂び」から愛の「」への展開を宣言している。時代がかった言い回しであるが、奇跡的に不健康をまぬがれている。第四首、「はるの」「波紋」は「ジョジョの奇妙な冒険」へのオマージュかもしれないが、このウーパールーパーはあるいは胎児のイメージか。第五首はドイツ文学の名作、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』へのオマージュだが、永遠の少年からの離脱、すなわち、ひとりのおとなになるということ。くるぶしまで埋まる泥田を歩くことを想像する。あるいはくるぶしまで埋まる砂浜。主題ははっきりしているのだけれど、確かなものはなにひとつないように描かれる心のあやうさ。しあわせなのに、悲哀である。あるいは、しあわせだからこその悲哀。その感傷が、短歌形式の果実をうまく活かして展開されていく。
 だがその中にも、まばゆく輝くいくつかの固有名詞(それをぼくらはGoogleで検索する)、ないしは普通名詞。あとがきによれば2012年から2016年までに詠んだ歌からなるこの歌集は、2013年の石垣島移住ならびにお子さんの誕生を白眉として、(1)2012年のマダカスカルへの旅(2)妊娠中期の妻の手術、台湾への旅、艋舺龍山寺への参詣(3)出産後の京都への旅(4)2003-2004年の南ドイツ・フライジングでのNENAの歌の思い出(5)突発性難聴や白内障の検査・手術(6)買いたての羊のフィギュアを東京・幡ヶ谷のバー「Pledge」のカウンターに並べながら読む安藤美保遺歌集『水の粒子』(ながらみ書房)――と数えあげてみると、まったくめまぐるしく生々しい場所の移動の記憶に満ち満ちた一冊といえよう。
 フライジングはミュンヘン郊外の街らしい。そこでの経験に繋がる『ブリキの太鼓』、ドイツ・ポップバンドのNENA、動物フィギュアメーカーのSchleichなどのドイツ文化は、いずれも作者にとってたのしい青春の思い出であったようで、この歌集における数少ない開放感あふれるカタルシスになっている。

    “Liebe ist”
  雪暮れのマリア広場に購ひてシナモンの香の熱き葡萄酒
    “Feuer und Flamme”
  音にのみきくひとあるいは火炎焱燚菊あるいはネーナ・ケルナー、あなた

(「火炎焱燚(くわえん)菊」)


 それぞれの詞書にNENAのアルバムタイトルをかかげているこの連作は、タイトルにもちょっと面白い漢字の遊びが仕込まれているけれども、真紅の炎のような火炎菊の花のイメージは、かがり火を焚きながらアップテンポで歌い踊るこの80年代歌姫のノリのよさによくマッチしていると思う。ホットワインの歌には茂吉の欧州紀行を思い出させる姿のよさがあるし、「音にのみきく」は、「遠からんものは音にもきけ、近からんものは眼にも見よ」という昔の武士の名乗りの表現を、音楽業界の歌姫にかぶせたものである。
 そのミュンヘンから南に600キロ下るとそこは水の都、ベネチア。この南へとたどる視線――それは、東京から南島を見る視線にも重なる――は、だが決してかろやかな解放の雰囲気を持つものではない。特にシェークスピアの「ヴェニスの商人」を引用した重いデモーニッシュな「契約」の概念が、特異な世界観をかもしだしている。

  十字路に立てる惡魔の惡の字の中の十字路に立てる惡魔の
    代償はヴェニスの商人方式
  ――容易き哉、其方の言葉の身ぬちよりきつかりと削ぐ肉一听(ポンド)
    この世も法がある地獄つてことか。
  其れは好都合つてもんさ、君たちと確かに契約を結べるなんて。

    [引用者註:口、口、口、口の活字が行の外へ逃げ出している]
  ことのはの腐葉土をゆく惡魔の背を射抜かむとして腕が捥げ落つ
    [引用者註:肉、月、身、月、扌、口の活字が行の外へ逃げ出している]
  ししむらをそがれてのちの血ならみなあげるよあなた、産んでよかつた
(「石敢當をつきぬけて」)


 「石敢當」は南島の道のつきあたりに立っている魔よけの石。十字路(かじまやー)は、風車や九十七歳のお祝いという意味もあって、異界、後生(ぐそー)との交通路と深く関係している概念である。そして「地獄にも法があるつてことか。/其れは好都合つてもんさ、君たちと確かに契約を結べるなんて」という「ファウスト」の台詞をエピグラフに掲げたこの連作は、出産が苦境に陥って、ヴェニスの商人方式で悪魔に自分の肉を売ってもよいから身代わりになれるものならなりたいという強い愛を、巧みな漢字のグラフィック・ポエムとして描きぬいた秀抜な作品である。その取引の結果として、悪魔のことば「容易き哉」の一首のそれぞれの漢字には、第三首第四首からころがり出た余計な部首の「」「」「」「」「」「」「」「」「」がくっついてしまって「」の下の口が「口口」に変化した漢字、「」の「」の部分が縦に二個「」が並んでしまった漢字、など不気味でありえない文字の世界(ちょっとあの道教の霊符に似ている、というか、現代版のそのものに違いない)を現出させる(84ページ)。すなわち、その「取引」が紙の上で成立して無事出産がなされたに違いないのだ。道教の護符がインターネット上で簡単に手に入る現代ではあるが、それはあくまでも霊的ななにものかとの「取引」である! あるいは連作「外貨」においても、

  マジックテープに繋がる野菜を断つときの同じちからが生むおなじ音
  子に吾の名を教ふるはさびしかり別れのことばを手渡すに似て
  人質のごとく奪りあげたる熊のぬひぐるみを提げ保育所を出る
  ――肉體に繋がる頸を斷つときの同じちからが生むおなじ音

    [引用者註:肉の字の右にもうひとつ余計な肉がついている、
         「同」の「口」の部分が縦に二個に分裂]

 などのデモーニッシュな歌が掲出されており、いずれかの場面で取引の対価は払わなければならなくなるのである――、ということを、これらの歌はわれわれに警告しているように思える。
 つづく連作「トレミーの四十八色」もまた、この取引として神々に還す色ということを主題にしている。

  鳳仙花のごとき啓示よ神々に還すべき色四十八色
  喪いたる色など誰ぞ思ひ出す――トレミーは捧ぐ、双の眼球


 という二首を最初と最後にして、それぞれに凝った趣のある四十八首が挟まれている。トレミーは二世紀の天文学者、プトレマイオスの英語名。トレミーの作った星座表に出てくる四十八星座の名をまずラテン語ならびに中国語で詞書として記し、その中国語から発想したイメージを、かならず色の名前を結句として歌にまとめる、というように作られたきわめて方法的な作品群である。「双の眼球」というところからは、あるいはトレミー48は日本の人気眼鏡ブランドの名前でもあって、メガネフレームにデザインされた48色のこともひそかに指していると解釈することもできよう。

    Perseus/英仙座
  斬り落とすメドゥーサの首より散りゆける蛇よ流星群の山吹
    Aquila/天鷹座
  双頭の双双頭の双双双双頭の鷲ぞ空五倍子色
    Taurus/金牛座
  白牛に地母神たちが摘まみ持つための瘤あり風は草色


などの歌はその柄が特に大きく、SFチックなイメージを楽しみながら読めた。これらの連作の方法は、茂吉の「をさな児の積みし小石を打くづし紺いろの鬼見てゐるところ」「にんげんは馬牛となり岩負ひて牛頭馬頭どもの追ひ行くところ」というような『赤光』にある「地獄極楽図」十一首を思い出させるもので、行わけ自由詩からもっとも遠い、もっとも短歌的な世界を継承していると言えるかもしれない。
 花のカジマヤーをむこうからこちらに来る人もあれば、こちらからむこうへいく人もある。歌集は24歳の若さで不慮の事故で夭逝した歌人、安藤美保(1967—1991)への挽歌の一連「幡ヶ谷沃野」でしめくくられる。それと合わせ鏡のようにして語られるわが子の誕生の物語が、これほどまでにデモーニッシュに、不吉な妄想を追いかけるようにして書かれていくのは他に例をみない。そうとははっきり書かれていないが、わが子は安藤美保の生まれ変わりなのではないか、あるいは、安藤美保の運命を後追いするのではないか、というような親の不安が伝わってくる。

    Bar Pledge
  〈誓約〉と云ふ名の店に飲む火酒のローランドからハイランドへと
  テーブルが荒野であらば沃野たるバーカウンターに歌を拾ひつ
  “ツーフィンガー”確かむるには細き指なりしか安藤美保の其の指
  うたがひて疑ひやまずも詠ひつく場所はきとあり焚火の如く
  性別を明かさぬままに子を詠みてふたとせさうだふたとせが過ぐ
    Schleich
  東京にゆくたび購ふ動物の模型のつがひ仔は購はず
  実に善く出来てますねと云はれたる沃野のうへのつがひの羊
  又、来ますと云ひつつ鞄に仕舞ひこむ『水の粒子』とつがひの羊
    ――はるの波紋よゆつくりねつて
  ひやくねんを空に漂ひましろなる山椒魚が我をいざなふ
    *
  其のときが来たらば吾を訪ひに〈誓約〉と云ふ名の店に来給へ


 ウイスキーが生まれたスコットランドの緑で覆われた沃野。そこには放牧の白い羊が点々と散らばっている(羊を飼ったりウイスキーを蒸留するくらいしか泥炭地は利用することはできないのだ)。その緑。ドイツの玩具メーカーのよくできたつがいの羊の模型を作者は東京で購入するが、なぜか子羊は買うことがない。作者はそのことによって、おそらく子の夭折への不安を暗示しているのかもしれない。(Google検索によれば)どうやら沖縄の苗字を持つバーテンダーのいるらしい都会のバーで、買ったばかりのドイツSchleich社製の羊のつがいをバーカウンターに飾りながら、「ほっそりと反らすこともでき友達の唇(くち)さわることもできる指もつ」「ツーフィンガー気負いて飲めばもろともに夕陽のなかへ落ちる勉学」などという『水の粒子』の歌を拾っていったであろう作者のぜいたくな時間。
 本書を通読させてもらった感想はまず、子の誕生をめぐって、これほどまでにスケールの大きくかつ地に足のついた表現を展開することができるのか、ということで、それが作者に十歳おくれて新米の父親となった評者にとっての個人的な驚きであった。歌人はここまで書けるのか。こうまでして展開できるのか。しかし、自分もまた子を持ってはじめてわかったのは、まったくもう、おとなの世界へようこそっていう感じなのである。小さいものの出現によって、いやおうなしに永遠の青春のモラトリアムから未来の世界へと蹴りとばされてしまった。
 そして、いくぶん難産だったらしい分娩のシーンを詠んだ一連においては、「テテップップ」という鳩の鳴き声のような何かの機械の音を聴きながら「ひとがひとを保たむとするまづしさを剝がされ吾も樹になつてゆく」(「其のひとは」)という一首が特に圧巻であった。「「前世は木だったかもね」自動車の扉を開けて吾をふりかえる」(安藤美保)をおそらく踏んだであろう「樹になつてゆく\誰もゐない/真つ暗な\まばゆさのなか/木霊を\叫ぶ」(「其のひとは」)のスラッシュの連発のリズムは、荻原裕幸氏らの記号短歌を連想させ、掲出歌での「ふたとせさうだふたとせが」の「さうだ」というところの感傷的な文体などは岡井隆氏を彷彿とさせるけれども、時として彼岸へと眼を向けさびしい悪魔と切り結ぶことも辞さないこの作者のシャープでかつデモーニッシュな歌柄の大きさは、そもそもは岡井さんの得た果実を受け継ぎ、さらにその先へと現代短歌の駒を進めるものだろう。
 漢字文化は日本語表現の核にあるものだが、非常にユニークな造字法によってその限界を拡張しようとした作品の数々は、日本語表現全体に対する大きな挑戦である。おのおのの連作の主題がさまざまなカルチャー・サブカルチャーと切り結びつつ、実に活き活きと面白く展開するとともに、それぞれの連作が集まって一冊のひとつの大きなストーリーを作っていくところも、連作単位の短歌表現をはるかに超越した一冊の構成力の高さを物語っている。そして「海への道なめらかに反り海沿ひの道へと変はります 元気です」(「石垣島 2013」)というように、沖縄、石垣、あるいは台湾といったマージナルなトポスを渉猟し、そこに深く根をおろす力。これらのどれをとってみても、本作が現代短歌のみならず現代日本文学のエッジを切り開く意欲的な作品であることは論を俟たない。これらの要素すべての調和にさらに磨きがかかり、よりまろやかになっていくだろう光森さんの今後の挑戦に心からのエールを送りながら、ひとまず今年度時評の筆を擱くことにしたい。
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短歌評 言葉の結晶〜角川「短歌」2016年11月号〜 月野 ぽぽな

2016-12-28 14:28:05 | 短歌時評
 独特の静けさ。予感がしてブラインドを開けてみると、やはり街は雪。歌に心を開くのにぴったりの日。歌人の心身を潜って生まれる言葉の結晶、二十五首。雪の結晶のように、ひとひらずつ、きらり。きらり。きらり。



●佐々木幸綱「神の手」 
ホームレスの男とならび眺め居りにごれる川を流るる樹木

 なぜ人は流れ行く川に心惹かれるのだろう。なぜ流木に思いを寄せるのだろう。寄る辺なき存在である人の心のあり様と通じるものを、言葉以前の場所で感じ共感するのだろうか。その感覚を言葉、ここでは歌が再起させるという妙味。 

●今野寿美「花火師」 
ねんごろにつかへとことば遣されて歌びととふはそよぐくさむら

 人間の一生に比べたら遥かに長い時間を生きている<ことば>。そうか。人は絶えず<ことば>を受け取っては心身に宿し、時を迎えると、それを後に続く人々に譲り渡しているのか。その様は風を受けてはそよぐ草の様と同じように自然な営みなのだ。

●穂村 弘「熱い犬」  
生きているレンズのような水母らのきらりとひかるきらりとひかる

 クラゲを<生きているレンズ>のようと捉えた感性がきらり。大きな水槽に透き通った小さな水母がたくさん漂う様を想起しながら、それぞれの独立した視覚器官が感知した景色はどこでどんなふうに像を結ぶのだろう、などと思い巡らせた。するととてつもない大きな生命体の存在が現れた。

●梅内美華子「山羊カフェ小鳥カフェ」 
やはらかく海藻のやうに揺れており夜の電車に眠る人々

 夜の電車は不思議。外が原始の闇に戻る中、人智の明かりを灯し進む。一日の疲れに眠りに落ちる人々は電車の揺れに身を任し魂はひととき原始の世界へ。<やはらかく海藻のやうに>が生の哀しさを伝える。

●楠の葉陰に   大塚布見子
己が身の匂ひ確かむるや青条揚羽楠の葉陰をなづさひ飛べり

 <なづさふ>という美しい言葉がきらり。意味は、水に浮いて漂う、なれ親しむ。青条揚羽が楠の葉陰を飛ぶ。おそらく葉に触れては離れでも離れすぎることはなく、そのあたりを漂うように。それが<己が身の匂ひ確か>めているのだ、と捉える生々しい感覚に惹かれる。

●前川佐重郎「人間の声」 
けふもまた笑顔が深くなる友の酒三合の行き付けの店

 <笑顔が深くなる>が、友との繋がりの強さを伝える。たとえ辛い一日であってもここにきて酒三合。升が空になるころにはすっかりありのままの自分に。

●安田純正「罅まみれ」  
弁天の生れ出でしてふ渓流に脚つけ遊ぶふたりの女の子

 音楽・弁舌・財福・智慧の徳を持ち、七福神の一としても信仰される弁天。インド神話では、河川の女神であることから、弁天と縁を持つという水辺も多い。とあるそんな渓流に無邪気に遊ぶ子供は、まさに弁天の化身。きらり。

●光森裕樹「旧盆のあとさき」  
デヴォン紀に遡るごと片降(カタブイ)に踏み重ねゆく光るアクセル

 カタブイとは、夏の沖縄特有の気候現象で片方は晴れていながら片方で降る雨という。激しいお天気雨という感じだろうか。この雨の中の運転は、まるで「魚の時代」と呼ばれ魚類が非常に繁栄した時代、デボン紀に遡るようだ。其の人もいつしか魚になって。カタブイの豪快さとダイナミックな比喩にアクセルが受ける太陽の光が眩しい。

●立花開「反射光」     
同じ家に帰るまねごと 鍵をさす指先を見るふと消えそうで

 同棲の風景だろうか。現実は確かにある様に見えて、実は夢のようなもの。儚さへの感受性は、今そこにあるものを失いたくない、と思う瞬間に強くなるかもしれない。鍵が冷たい。

●小宮山 輝「海辺常住」    
雲の上の空わたりゆく雁がねの声に啼くはよし啼かぬ雁もよし

 雁は、その声に郷愁を誘われるが、<啼かぬ雁もよし>と言って視野が広がり、歌全体に生き物を賛賞する心持ちが行き渡った。


●福田龍生「伊那の沢みち」  
すがやかに茅の穂の鳴る沢なだれ 踵ととのへひろひみる嫁菜(はな)

 すがやか(清やか)という美しい言葉がきらり。 心ははるか万葉の世界に誘われる。<踵ととのへ>に嫁菜の花を摘む人の心のすがやかさを思わせる。筆者の故郷は伊那谷であり、一首の透き通った空気感を楽しんだ。

●御供平イ吉「越谷初秋」    
開けて置く窓に一陣この朝の風のふるまひたちまちの秋

 <風のふるまひ>という措辞が風を生き物のように立ち上がらせ、朝の窓を開けた途端に吹き込んだ風に秋を感じた様子を生き生きと伝える。

●馬場昭徳「六十八歳」 
六十八歳初めての嘘つきてやる何だか知れぬ電話相手に

 おそらく電話を取った途端、詐欺だ、と気づいたのだろう。<初めての嘘>の瑞々しさ。<つきてやる>の潔さ。六十八歳を迎えていよいよ聡明で自由闊達。元気な姿が見えた。

●牛山ゆう子「歩く岸辺に」 
対岸の街に向き立ちハーモニカ吹く人のをり音色澄みつつ

 ハーモニカの音には懐かしさがある。川辺に立ち、何を思いながら吹いているのだろうか。音色を聞いているうちに、心は昔いた遠い遠い場所—それは対岸とも彼岸とも—までゆくようだ。

●今井恵子「キヲツケ」 
踏み入れば運ばれ登るほかはなしエスカレーターに浴びる晩夏光

 エスカレーターに足を置く、という日常の一コマに、後戻りという選択のない、運命とも言えそうな大きな流れを感知する鋭さ。疲れを帯びた晩夏光が美しい。

●寺尾登志子「利賀村」  
若女将の背(せな)の赤子と目が合ひきスプーン借りむと厨のぞけば

 <赤子と目が合ひき>が眼目。赤ちゃんの目が無垢に光る。一瞬から垣間見る女将の人生。 スプーンが食べ物を口に運ぶための、つまり生きるための道具の象徴としても働くとすると、そのスプーンが登場人物、若女将・赤子・其の人、それぞれの人生の風景に読者を誘い一首を劇的に演出している。

●尾崎朗子「釣瓶落としに秋の日は」 
踏み入らば森に多くの眠りあり草食むものはいのち丸めて

 一歩。森に住む無数の生き物の眠りを感じた一瞬。<いのち丸めて>が優しい。

●廣瀬美枝「ハーモニー」  
わが指が和音にのりて いつさいはここから始まる 夏の雲ゆく


 自分が奏でていると思っていた楽曲。気づくと実は音楽という大きな流れに自分が導かれていると気づく瞬間はないか。夏の雲は流れる。大きな存在に私たちは生かされている。

●相馬二三男「卒寿の坂」   
寂しくは無きかと己れに己れ問ひ一人歌詠む秋の一日を

 一個と思っている自分という存在は、実はたくさんの存在の集合体、もしくはその一番先端の部分、かもしれない。現実への対処に絶え間無く追われる頭脳には、心身の奥にある魂の声は聞こえづらい。歌を詠む、さらに物を創造するという営みは頭脳が魂に話しかけ、魂のために働くという、美しい秋の一日のような、至極のひととき。


●永井正子「蓄へを問ふ」
夕日差す海見てゐしが石段に畳める影を引き上げて立つ

 夕日の海を石段にしゃがんで見ていた首中のその人が立ち上がった、という様子を<畳める影を引き上げて立つ>と言ったのが好い。その人の心情を、その心情を具体的に言わずに読み手に伝えるから。例えば、萎えていた心が自然の息吹に癒されていて、癒されきったわけではないが、よし、それでも頑張ってみようと思えるところまで充電できた瞬間。


●飯島由利子「あはき影」 
ヒーヨヒーヨ鳴る風音に似たるこゑあげつつ河童闇に溶けたり

 昔から悪戯好きの河童。人間に捕われ手を切られ、その手を返してもらう見返りに、秘伝薬の製法を人間に伝授したという。骨継ぎや打ち身、ねんざ、止血。河童の妙薬として知られる。さてこの河童、手を返してもらい、痛む傷口をいたわりつつ、沼に戻るのかな。

●斎藤 梢「海の鍵」 
旅びとであること悲しタマネギの秋の畑の浸水かなし

 旅先で見た風景。それは収穫最盛期でありながら、天災のために水に浸かってしまった玉葱畑。瞬時に生産者の心の痛みは如何許りかを想像する。想像はできるかもしれないが、実際に経験するその痛みとは明らかに違うだろう。思いはあるが、その思いを共感できるとは言えない痛み。ストレンジャーの心の軋み。

●石井育子「金木犀」 
突然に眼下に深き谿ひらけ秋あかね一つ宙に停まる

 山登りだろうか、それとも渓谷をゆく列車旅行の一コマであろうか。突然現れた広大な空間への驚きは、また瞬時にそれはそれは小さな秋茜へと移る。目眩するようなスピード感とズームの効いた一瞬の美しさが際立つ。

●生沼義朗「ビールかけ」  
胃カメラの麻酔を鼻にいれるとき眼裏にたしかに広がる花野

 無機質な診察室。消毒の匂い。ベッドを囲む医療機器。横たわるベッドの硬さや冷たさ。鼻を通る麻酔の管。胃カメラ体験が、其の人の心身の奥にある記憶の貯蔵庫にシグナルを送り<広がる花野>の映像を<たしか>な感触と共に、意識上に運んできた。動物から少し距離を置く、植物感。此岸をほんの少し離れる彼岸感。花々の色と冷たさが印象的。

●西巻 真「台風の夜」 
延々とくる台風の欲望を思ふ密かに一日を終へて

 この一日は、台風まっただなかというより、一つ台風の騒ぎが去った後の静けさ、という趣が伝わってくる。その瞬間にもどこかでまた生まれ、ぐんぐんと押し寄せてくる台風。その様子を<台風の欲望>と捉えた感性きらり。



 アヴェニューに灯が点った。雪はまだまだ降り続く。きらめきをありがとう。おやすみなさい。


■月野ぽぽな つきの・ぽぽな
 長野県生まれ。ニューヨーク市在住。金子兜太主宰「海程」同人。現代俳句協会会員。海程新人賞、現代俳句新人賞、海程賞受賞。 月野ぽぽなフェイスブック

※引用中丸括弧内はルビ。
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