世界の詩最新事情

毎月1回原則として第3土曜日に世界の最新の詩を紹介いたします。アジア、ラテンアメリカ、中国語圏、欧米の4つに分け紹介。

第7回 西川(シーチュアン/Xi Chuan) ―中国― 竹内 新編訳

2017-10-06 13:57:38 | 日記
 西川(シーチュアン)  1963年江蘇省徐州市生まれる。1985年北京大学英文系卒業。現在、北京中央美術大学人文学部で教鞭を執る。西川は80年代以降、全国に広がる青年詩歌運動に身を投じ、現在も旺盛な表現活動を続け、広く海外でも評価されている。
 魯迅文学賞(2001)など、受賞多数。『空想の家系図』(詩集・1997)、『深浅』(詩文集・2006)など著書多数。その著作は、散文集、詩論集、翻訳(ボルヘス、ミヲシュ)にも及ぶ。『海子詩全集』(2009)の編集の仕事もある。
 西川の詩は、最初に紹介する「ハルカイで星空を仰ぐ」のようなスタイルから、その次に紹介する「近景と遠景」・「歴史鑑シリーズ」のような散文詩風に変わった。最近はさらに変貌をとげているが、今回は割愛させていただき、次の機会に委ねたいと思う。

西川詩3篇

ハルカイで星空を仰ぐ
神秘は人には制御のしようがない
傍観者の役割を与えられて
その力が遥かな地点から
合図の光を発し 心を
貫いてゆくままに任せるしかない
たとえば今夜 このハルカイ
都市から遠く離れた この荒涼たる
場所 チベット高原の
空豆大の駅のかたわらで
僕は顔を上げて星空を仰ぐ
このとき天の川に声なく 白鳥の翼に光り淡く
草々は星々へ向かって狂おしく伸び
馬の群は天翔けるのを忘れている
風は広漠たる夜に吹いては僕にも吹いてきて
未来へ吹いては過去にも吹いてゆき
僕は誰かになり 灯火の点いた
狭苦しい部屋となる
だがその狭苦しい部屋の冷え冷えとした屋根は
星々の億万の足踏みで祭壇となり
僕は最後の晩餐を受け取る子供のように
大胆になりながらも 息をひそめるのだ
(1986年発表)


国家機構(「近景と遠景」18篇のうち、その9)
宗教もなく神話もない国家においては、国家機構そのものが宗教であり、神話だ。きみはそれを打ち砕くことはできても、運び去ることはできない。それは比類なく大きいのに、言葉と同じで、見ることも触ることもできない。制服、テレビ画面、賞状および公告は、日夜動いている国家機構の排泄物にすぎない。その機構は、自然状態における国家とは別のものだ。現実の利益のために、国家機構は、自身が蔑む一切のものを、己の組織の中に呑み込む。これまで一度だって個人の精神が眼中にあったことはない。しかしそれにも拘わらず、国家機構は非常に個人に似ていて、一個人の聡明と愚鈍のすべてを抱え持っている。大きな虚栄で突っ張るのは、たくさんの秘密を持つことであり、強大な力を持つのは、大きな野蛮を持つことだ。そして、足の先から頭のてっぺんに至るような、だらだら長い庶民から君王への成り上がりの道は、数え切れない野心家と御機嫌取りとを罠に陥れる!ただし、この哀れな立場を正反対から見ると、国家機構は、どんな個人の意のままにもならず、それは、一時期出現して命令を下した者の、身も骨も押し潰して粉々にし、しかも、そういう情況下でも、事はいつも通りに進行してゆき、昼も夜も停止することはないということだ。
詩文集『深浅』(2006年)より


唐代にないもの(『歴史鑑シリーズ』より)
現代的産物はすべて除外するとして、唐代にはないものを、ちょっと数えてみよう。唐代にこれはなかった。あれはなかった。うん、唐代には思想家がいなかった!唐代に皇帝はいた美女はいた宮殿はあった軍隊はあった役人はいた、天文学者はいた月はあった雲はあった歌い手はいた舞姫はいた詩人はいた女郎はいた戦乱はあった野良犬はいた荒野はあった氷雪はあった、貧乏人はいた目に一丁字もない者はいた科挙はあった閨閥はあった……。しかし唐代には思想家がいなかった。――どういうことだろう?思想家がいなかったから唐代はお手本通りのきらびやかさだった。思想家がいなかったから唐代は誰もが気を遣わなくてすんだ。皇帝はいよいよ気を遣わなくてすんだ。遊ぼう。唐代は遊んで大唐を生み出し、詩人は遊んで大詩を生み出した(詩人は中唐以降になってやっと眉根に皺を寄せた)。唐代は余りのも多くに詩人が輩出したので、唐代以前はまるで詩人は登場しなかったかのようだった!唐代の人間は、詩人が思想家の代わりをしてよいと考えたわけではないけれども、唐代はたしかに思想家が出なかった。後の世の、唐代回帰を夢想する人よ!きみたちに警告する。必ずじっくり思想準備をするべきだ。思想家のいない第二の唐代をつくり出すか、それとも唐代とは違う何らかの王朝をつくり出すか?

唐代には思想家がいなかった!このことは頭の回転の速い韓愈の見識のうちに見える。彼は焦っていた。聖道の伝達人を自称した。それなのに韓愈を嫉妬する人はいなかった。というのも、唐代の人間は実際のところ、思想家の肩書を手にすれば何か良いことがあるとは感じていないのだった。あいつは騒げばいいさ。大脳を進化させればいいさ。俺たちは俺たちの下半身を進化させなければならんのさ!だが韓愈は真面目だった。韓愈は推測した。もしかしたら造物主というものがいるにではなかろうか。さもなければ、どうして山水が、このようにピッタリのところに、勇壮な論理を表現することができるだろう。韓愈は推測した。虫はリンゴが腐ってはじめて成長する。だから、きっと人は陰陽の秩序が崩れた大地から這い上がってきたのだろう。この奇天烈な議論を聞いて冷笑しない者はいなかった。あいつは騒がせておけばいいさ。騒がせておけ。韓愈は仏骨を迎えるのに反対するという騒ぎまで起こし、長安を離れざるを得なくなった。大河のほとりまでやって来ると、十匹の鰐が彼の愚かしさを笑った。彼は怒りに駆られて河のほとりに告示を貼り出した。「お前たち鰐は十日に内に家族を連れて海へ去れ。命令に従わなければ切り捨て御免である!」鰐たちはワーッと声を上げて四方へ逃げ去った。彼は幾らかすっきりした様子だった。
詩集『個人好悪』(2008年)より

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