詩客 ことばことばことば

詩客、相沢正一郎エッセーです。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ことば、ことば、ことば。第28回 からだ 相沢正一郎

2015-06-22 13:14:27 | 日記
 寝転がってテレビ「100分de名著」の「荘子」を観ていた。……そうか、「胡蝶の夢」や「無用の用」は荘子からきているのか。ちなみに、私はいままで「荘子」を「そうし」と覚えていたけれど、正しくは「そうじ」と読むらしい。なかでも「混沌の死」という寓話に「おやっ」とおもわず起き上がった。
 儵(しゅく)という帝と忽(こつ)という帝が、混沌という帝に、いつも会合のつど手厚いもてなしを受ける。厚意に感じたふたりが混沌にお礼をしようと、目、耳、口、鼻など七つの穴を一日に一つずつ顔に明けていく。それで見たり、聞いたり、食ったり、息をしたりできる、と思ったからだが、けっきょく七日目に混沌は死んでしまった……というお話。
 おやっ、と思ったのは、「穴」はカオスへの通路では、と考えていたのに、ここでは「秩序」だということ。混沌という生命の塊が、五感に分割されたことで死んでしまう、ということなのか。たぶん大切なものを五感を超えたなにか宗教的な感覚でとらえろ、ということなんだろう、きっと。もっとも、この手の寓話には多様で両義的な意味があるもの……読者の勝手な読み方は許してもらおう。
 さて、『荘子』は戦国中期(西暦前四世紀)に荘周によって書かれた、という。乱世のカオスに孔子の儒教がひろまるのはわかる。『旧約聖書』にしろ『古事記』にしろ、おそらく世界中の神話の始めにはカオスからコスモスへという物語があるのでは。それなのに乱世の時代に、荘周がわざわざ好んで夢や混沌の寓話を語るとは……。
 さっそく岸陽子訳の『荘子』(「中国の思想」⑫)を図書館から借りてきた。岸陽子の解説によると、中国の政治社会を律した「儒教」の説く道徳論の強固な枠づけは支配者にとっても息苦しい。老子・荘子(「老荘」)の思想「道家」はその閉塞感に風穴を明ける。「儒教」と「道家」は、いわばコインの裏表、という。
 でも、生きものだって穴(孔)――口→胃腸→肛門の栄養を摂取しエネルギーに変え、残滓を排出。消化器は孔、いっぽんの管。その管に、先ほどの『荘子』の「混沌の死」の話じゃないけれど、生きものは三十数億年かけて背骨や肺、手足や目などが加わって、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類に進化してきた。からだは空(から)だ、とおもわずダジャレ。
 ……そんなことを考えていると、岡本啓さんの詩集『グラフィティ』が浮かんできた。《これは鼻で/これは頬、これは口/これはまぶた/祖父のかわいた指の感触が/ここにある/誰のどんな/蜂の巣を抱きしめても/ずっとそう/くやしがるのも/わらうのも/いかるのも、涙をながすのも/ずっと/この顏だ》(「声」)。詩集をひらくと、まさに目、耳、口、鼻など七つの穴を明けられたよう。死なないですんだのは、共感覚のように五感がひとつの詩にまるごと吹き込んでくるから……。すこしまえに「風穴を明ける」という言い方をしたけれど、この詩集のひらがなの透明感と軽さが、読後、カオスの風が通りすぎていったような新鮮な解放感。
 以前、堀川正美の詩集をいつも持ち歩いたことを思い出した。有名な「新鮮で苦しみおおい日々」の《時代は感受性に運命をもたらす。》や《きりくちはかがやく、猥褻という言葉のすべすべの斜面で。/円熟する、自分の歳月をガラスのようにくだいて/わずかずつ円熟のへりを噛み切ってゆく。》など、たくさんのあざやかなフレーズがこころに刻まれた。そんな新鮮な驚きにふたたび『グラフィティ』で出会えた。もっとも、おおきな『太平洋』の乱反射するイメージの過激さではなく、もっとちいさな身振り。
ケイ/なあ知ってるか、祈るということ/スターバックの/なみなみとつがれた紙コップ/あんなふうに、ひとは持ちあるく/こぼさぬように首のうしろをかたくして/別れの記憶/うかがい知れぬこと/舌にのこる髪の毛のような/一本の針金/いつだったか頬のうらにあたるその一本を/はきだそうとして/落葉のいいにおいがした》(「椅子」)と、アクションでなくあくまでも身振り、からだが触れる範囲に限られている。それでいて、さきほども生きものがいっぽんの管に還元されることで壮大な時間を感じさせる、といったけれど、岡本さんの作品にもシンプルなからだにおおきな時間がひろがっている。
 また、ポップで即物的なからだの動きは、確かに現在の具体的な場所からはみ出さないけれど、宇宙と響きあっている。《ちがう/ぼくが言う くだけちったガラス/あらゆるものが萎れるんだ/ほんとうに宇宙は/なにもない/一人の女から産まれて/ここにいる それじたいが 暴動だ》(「序詞」)。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ことば、ことば、ことば。第2... | トップ | ことば、ことば、ことば。第2... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。