「詩客」今月の自由詩

毎月実行委員が担当し、その月に刊行された詩誌から1篇の自由詩を紹介します。

第1回 明滅・海東セラ 森川 雅美

2017-04-22 14:53:09 | 日記
 今月から新しいコーナーとして「今月の自由詩」が始まる。その月に発行された詩誌からひとつ自由詩を選び、実行委員が紹介します。今回はウオーミングアップで森川が執筆します。若い知られていない詩人を紹介したかったのですが、残念ながら私がいただいた4月刊行の詩誌からは見つかりませんでした。ということで以下を紹介します。
 個人詩「ピエ」19号・4月25日発行。

明滅 海東セラ

きいろい花のあかるみに、はこばれてくる翅たちの後ろにまわろうと、
しのび足したのです。光の差配のそとへ、そとへ、翅は移動をくりかえ
し、庭の花壇は見えかくれしています、少年の捕虫網がとらえ、逃がさ
ないように、領域をせばめて虫かごに移すとき、やわらかな網を、もが
きまわる、かぼそい脚たちや、陰気な斑紋。やがて葬るのはわたしです。
この指がおぼえてしまったぬくもりを標して、見ることに向かう少年の、
見たことの軌跡をあつめています。そうして声に呼ばれてすぐ駆けもど
り、かたときも虫かごを離さないでいる彼が、たまさか食卓のミルクを
零してしまったとしても、できるだけとじることなくみつづけています。

わたしは冷たい――。半ズボンの裾がそうつぶやくので初めて濡れてい
ることに気がつく。濡れる、という感覚が後からやってくるのは、液体
に浸食される忘我に体があまいから。泣いたりしませんが、顔を赤らめ、
強ばらせるとき、ようやく身におぼえた不快のなかに、抗いを取りもど
してのことでしょう。きっとすぐさま濡れたものを脱いで、たいせつな
虫かごを両腕の、ミルクに侵されないよう爪先だって、蠢きに立ちどま
らない彼としては、目の前のことがらはすべて虫かごに入れて忘れてし
まいます。それは少年の記憶のはずなのに、一部始終を感じているわた
しを今のわたしが俯瞰していて、ちょうど古い写真で思い出すように。

もりあがったミルクの縁の丸さをながめています。ゆっくり冷ややかに
堪えている、さかいめのところに蹲り、足先が濡れないよう注意ぶかく。
目の前もふるえる、みなぎる層はひともに光沢。なめらかに濃く撥ねか
えしています。そこに映された白い部屋の、とびらも時計もカーテンも
白く、光も風も白いでしょう。初夏だったはず。枝と葉の揺れるかげの
窓をながめながら、ミルクはいくばくかの小さな虫を溺れさせ、窒息さ
せたかもしれません。わたしの指は汚れています。気づいたときには、
どうしていつも遅いのか。いつのまに溢れそうになる、ミルクはうすく
広がろうとして。はやく着替えを持ってこなければ。少年は庭に出たが
っています。網をかざし、息をとめ、白と黒の交叉に惑いたくて。腕の
なかを、虫かごのおびただしい翅が、さかんに乾いた音をさせています。

つつましいカーブの縁のあたりからささくれ、鱗粉は剥がれ、透きとお
り、翅脈をあらわに触覚で探り、ふれることの怯えに羽ばたきはうつる、
その風で、虫かごは浮きあがり、かけらが舞って、わたしは目が痒くて
しかたありません。指の腹でこすると、きらきらの粉は香ります。翅は
音を聴いているって、ほんとかしら。そっと耳打ちしてみます。もぞも
ぞさせて、背中を見ようとするのでしょうか、少年は首をひねってふり
かえり、その場所から、白くういういしくひらくものがあるのかもしれ
ません。翅たちは、秋まで何度も生をくりかえします。かたい亡骸で虫
かごがいっぱいになったら、花壇に埋めてあげましょう。空の庭へ――。
少年が捕虫網に手を伸ばしたとたん、後ろからわたしたちは声に呼ばれ、
零れたミルクは、すばやくしなう麻の白布でふきとられてしまいます。

 4つの断片から成り立つ散文詩だ。少年の無意識な生の目覚めが、やわらかな官能の感覚で描かれている。微妙に脈打つようなリズムが言葉を運んでいく。セピア色の風景に白や黄や赤が鮮やかで、懐かしくもある豊な時間だ。しかし、豊かな時間は儚くきえるだからこそ美しく永遠近づく。微妙にずれていく断片と、句読点で切断された短い言葉の連なりが、読者に染みこんでいく。9、9、10、11行の構成も物語を広げていくのに巧みで、3つ目の断片から挿入される別の視点が詩の世界を広げる。


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