「詩客」今月の自由詩

毎月実行委員が担当し、その月に刊行された詩誌から1篇の自由詩を紹介します。

第6回 「記憶の消息」中塚鞠子 カニエ・ナハ

2017-11-15 09:01:57 | 日記
 このコーナーはその月に刊行された詩誌から1篇の自由詩を紹介する、ということなのだけど、前回の記事を見ると9月の詩誌から紹介されているので、こんかい私は10月の詩誌から紹介すればよいとおもうのだけど、不思議なことに、10月に刊行された詩誌がまったく見あたらない。9月の詩誌も11月の詩誌も、仕事づくえのかたわらに、寝室の枕もとに、いくつもあるのに、10月の詩誌だけがどういうわけか見あたらないのだ。この世界から10月の詩誌がまるごと消えてしまったかのように。
そういえば私は10月になにをしていたのだったか。まるで思いだせない。思い出そうとすればするほどなにひとつ思い出せず、私からすっぽりと10月が抜け落ちてしまったようでもあるし、あるいはそもそも2017年に10月は存在していなかったのではないか、という気すらしてくる。(みなさん、今年の10月って存在してましたか?)
そんなこんなで、10月の詩誌はおろか、10月が存在していたかすら疑わしくおもっていたところ、せんじつの金曜日(11月某日)にとあるパーティーに出席したら、魔法のように、10月刊行の詩誌が、つまり10月そのものが、私の手のなかにやってきて、その詩誌「時刻表」第二号(2017年10月20日発行)をひらくと、中塚鞠子さんの「記憶の消息」という詩篇が私の目にとびこんできたのでした。中塚さんのこの「記憶の消息」という詩篇は、見開き2頁、計4ページで、1頁に1篇の短い詩篇×4篇による連作となっていて、4篇とも、ぜんぜん異なったモチーフをあつかいながら、ゆるやかに繋がっているように見えるのだけど、ここでは3番目におかれた「憧れは」という詩篇(あるいは部分)を引かせていただきます。

  憧れは

  見たこともない美しい球体
  なんだかぷよぷよした感じ
  気持よさそうなので触った
  と目の前で突然口が開いた
  思わず入ってしまったのだ
  入ったときは空洞であった
  徐々に空間は狭まってきて
  隙間なくぷよぷよが満ちた
  密閉された空間の中でなら
  自由が利かないことはない
  動けないことはないのだが
  確かに閉じ込められている
  ここは一体どこなのだろう
  閉じ込めたのは誰だろうか
  確実に虜になってしまった


 読後、私の10月はこのように「見たこともない美しい球体」にすがたを変えてここにあったのではなかったか、とおもえてくる。それで見えなかったわけがわかる。
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