詩客 協同企画

短歌俳句自由詩の協同の企画を掲載します。

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俳句自由詩協同企画評  俳句を超えた俳句 柴田 千晶

2015-08-26 19:04:33 | 日記
 森川雅美さんからの依頼は「俳句の発想を根底から覆してくれるようなもの」「俳人には発想できない、まったく斬新な1行詩」ということだったのだけれど、半分は俳人の血が流れている私にとって、「俳人には発想できない」というところで躓いてしまった。
 具体的な例としてあげられた安西冬衛や北川冬彦の代表的な一行詩は、果たして俳人には発想できない一行詩なのだろうか?

●安西冬衛『軍艦茉莉』(昭和4年刊)所収の
     春
  てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
     春
  鰊が地下道をくぐつて食卓に運ばれてくる。


などは、タイトルの「春」と句点の「。」をとってしまえば自由律俳句のようにも見える。

●北川冬彦『検温器と花』(大正15年刊)所収の
     馬
  軍港を内蔵してゐる。


 タイトルの「馬」は外せない。馬体に内蔵された軍港というイメージの衝撃力。でも、この詩は頑張れば俳句に転換できそうな気もする。例えば「馬が軍港を内蔵してゐる」と、自由律風にしてみる。「馬 軍港を内蔵している」もありか。うーん、どちらもやっぱりだめだ。衝撃力が弱い。
 この詩の良さは、タイトルと詩との間の深い亀裂にある。跳び移ることが出来ない断崖が、詩のイメージを鮮烈にしているのだ。俳人には発想できない、かどうかはわからないが、この詩は、明らかに俳句とは違う一行詩である。
 では、次の俳句はどうなのか。

  いっしんに螢が食べている軍艦   西川徹郎

 螢が軍艦を食べている。この句もイメージ鮮烈。螢と軍艦で、ふつうならもっと情緒的な句を作るのではないか。螢といえば英霊。電灯艦飾の一つ一つの光がだんだん螢に見えてくる。みたいな。
 でも、西川徹郎はそんな常套的な句は作らない。
 この俳句の凄いところは「いっしん」に「食べている」にある。ここにも深い亀裂がある。

      螢
  いっしんに軍艦を食べている。

 こうなってもすごい一行詩なんじゃないかな。今書かれている前衛的な俳句に、果たしてこれだけの亀裂があるのか。一句の中に断崖があるのか。と、一度問うてみたい。
 

●草野心平の『第百階級』(昭和3年刊)所収の

     春殖
  るるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる


 この詩はどう頑張っても俳句には転換できないだろう。これこそ俳句とは明らかに違う一行詩だ。
 と、思ったのだが、いや、まてよ。るるるるるるるるといえば、

  くるるるるるる音無谷の羊歯のうぶごゑ   三橋鷹女

 この句がある。古賀新一の「のろいの顔がチチチとまた呼ぶ」をいつも思い浮かべてしまう異様な世界。生まれてしまったことへの畏れと歓び、禍々しい産声がほんとうに聞こえてきそうだ。
 心平の蛙と鷹女の羊歯。二つはぜんぜん違うものだけれど、どちらも誕生に関わりがある。どちらも斬新な一行詩であると思う。
 鷹女のこの句こそ、「俳句の発想を根底から覆してくれるようなもの」ではないのか。

 森川さんの依頼は、ものすごく単純に言えば、詩人なら俳人には書けない一行詩を書いてみせろ、ということなのだと思うが、一行詩そのものが、詩人にとっては古い型の一つなのではないかと実は思っている。だから今、一行詩を書くのなら、中身がよほど新しくないと作品から黴臭さは拭えない。
 今回、詩人側、萩原健次郎、森川雅美、柴田千晶(私)が試みた3作品は正直どれも古臭い。安西冬衛や北川冬彦の時代に流行った一行詩という古い型の前で、やはり詩人は身構えたのだ。
 私自身のことを言えば、この試みに対する敗北感がある。一行で勝負したら詩は俳句には勝てない。一行詩を書こうとすると、言葉が俳句の方へどんどん引き寄せられていってしまう。言葉が俳句になりたがってしまうのだ。そのほうがずっと自由になれるからだ。定型の魔力には抗えない。

 定型の魅力は、型の中で藻掻くことにある。
 藻掻いた結果、俳句を超えてしまった俳句がある。それを一行詩と呼ぶのではないか。

  雪夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び   加藤楸邨
  凍瀧を亡母の衣裳嗚呼のぼる         飯島晴子
  妻の遺骨を網棚におきねむたくなる      栗林一石路
  父の陰茎の霊柩車に泣きながら乗る      西川徹郎

 これらの作品は、俳句の形をしているが、俳句を超えた一行詩であると思う。
 もしも、定型の枠を外して自由に書いていいよと言われたら、果たしてこれらの作品は生まれてきただろうか。定型の枠があったからこそ生まれた作品なのではないか。

 詩人と俳人の定型意識の差のわかりやすい例として

  金魚鉢割られたあとが なお金魚       宗 左近
  金魚玉とり落しなば舗道の花         波多野爽波

 宗左近は、中句と名付けた一行詩をたくさん残している。この作品はたまたま五七五形式になっているが、定型意識はおそらくないと思う。金魚鉢が割れて、床に落ちた金魚がもがくように跳ねている。その姿がなおいっそう金魚らしいと言っているのだが、肝心の金魚の姿が見えてこない。イメージの金魚、観念の金魚、金魚という言葉があるだけ。
 一方、波多野爽波の金魚玉は、実際にはまだ舗道に落ちていない。金魚玉をもし落としたならばという仮定を詠んだものだ。なのに、舗道に落ちた金魚が生々しく見えてくる。硝子の破片、水に濡れた舗道、舗道で跳ねる赤い金魚。これは定型意識の中で揉まれた作品だ。イメージの金魚、観念の金魚では短い詩の中で存在が弱くなる。金魚の存在をリアルに描くためにはどうすればいいのか、舗道の固いイメージと、花の美しさ、儚さ、そんなイメージを盛り込むことで金魚が生々しく見えてくるのだ。定型の中でぎりぎりまで粘る。これが俳人の性だ。

 まだだれも試みていない詩の形があるのかもしれない。
 でも、試みの面白さだけでは詩は支えきれない。やはり中身の新しさが命なんだと思う。

 終わりに。いちばん心惹かれた小津夜景さんの「うきはしをわたる風景」について。
 作品は、行分け詩、俳句、行分け詩の3つのパートからなる。冒頭の行分け部分は90年代に好んで使われた言葉、例えば「非人称」「かまびすしい」「リノリウム」など、当時量産された詩のムードが漂っていて、そこが損をしているなと思う。この部分、詩を意識した形ではなくて、例えば、小津さんが「blog 俳句空間」で連載していた【小津夜景作品 No.8】「冬の朝、そのよごれた窓を(その2) 」の散文部分のような風景を描いたものを置いた方が効果的だったのではと思ってしまう。これは私の好みの問題かもしれないけれど。
  ……( une jetée flottante )以降の俳句がとても魅力的。
 
  はなびらに吹かれて貌となる日かな
  ほころびて馬酔木を垂らす首のあり
  ためらひの母音よ東風の腕いづこ
  かぎろひに来よやとばかり眼湧く
  まなぶたは綴ぢて硝子のばくてりあ


 ばらばらに生まれてくる貌や首や腕。遠いところで生まれたからだの部分が互いに呼び合っているような、あるいは、もっとはるかなものからそれぞれが呼ばれているのかもしれない。
 この俳句をくぐり抜けた後の行分け詩からは、冒頭の行分け部分に感じたぎこちなさが消えている。

  本を閉じ、土を嗅ぎ、目の前の馬酔木に指を入れた。
  花が、けざやかに裂けた。
  ぞっと、そのあざやぎに震えた。
  指を葬られて。


 この指、向こう側へ持っていかれてしまったのだろう。身体がばらばらになってゆく感じがたまらなく好きだ。
 そして、この作品の末尾に

  わたぼこりこんな時間に旅立つか

 という句が置かれている。旅立ったものは何だろうか。わからないが、はるかなものから呼ばれて生まれてくるものと、はるかなものに呼ばれて旅立ってゆくものが、うきはしの上ですれ違ったのだろうか。
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