短歌散文企画 砕氷船

短歌にまつわる散文を掲載いたします。短歌の週は毎週第1土曜日です。

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第4回 アサッテに叶えられたユリイカ、そして 平田有

2017-08-04 16:57:30 | 日記
 本棚のスタメンを決める作業をときどきする。
 できることなら多くの好きな本を手元に置いておきたいとは思うけれど、引っ越す可能性を考えるとそう多くは持っていられない。本棚の前に立って、これは残す、これは残さない、と選別していく。
 一度目の一人暮らしは19歳、二度目の一人暮らしをはじめたのは23歳のときで、これまでに4回引っ越した。多いのか少ないのかわからないけれど、だいたい2年から4年くらいで1回引っ越すペースだ。
 スタメン選抜ではそのときの気持ちに寄り添うものは残るし、役目を果たしたものは手放される。そしてやっぱり必要だとなればその時に買いなおすことにしている。何冊も買いなおした本はあるし、3回くらい買いなおしてやっと、もう留めておく本なのだと諦めて本棚に収まり続けているものもある。短歌を読むようになって、もう二度と手に入らないという感覚がわかるようになり、どうしても手放せない本も増えてきてしまったのだけれど。

 手放さずにいる本も、通して再読することは多くない。東日本大震災を境に、わたしはすっかりボリュームのある本を読めなくなってしまった。あのときの混乱のなかで、ことばに対する気持ちのいくつかが損なわれたまま、未だ回復していないというのが個人的に思っている理由ではあるけれど、本当の原因はわからない。それでも時折、本棚から厳しいスタメン選抜を勝ち抜いてきた本たちを開く。開いては、ことばを拾う。それは流れを追うというよりも、自分にとって必要なことばを揺り起こしていく作業だ。

 これは僕が吃らずしゃべれる数少ない音列の一つだった。この鬼面人を驚かす九文字のひらがなは、発音する僕に一種奇妙な快感をもたらす。
「どちりなきりしたん!」
 こうして真顔で「どちりなきりしたん」と言い切った直後の、何ともいえない心地良さ。
「どちりなきりしたん!」
 いったいこれは何だろう。本当に、何度でも繰り返したくなってしまう。

諏訪哲史『アサッテの人』(講談社文庫)

 
 この部分の直後に、同様の効果をもたらすことばのひとつとして、「ヨハン・ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ!」が出てくる。わたしはこちらのほうが好きだ。

 ああ、
「ヨハン・ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ!」

 (ああ、ヨハン・ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ!)
 こうやって自分の中に残っていることばを探しては読み上げる。もっと読めると思ったときは前後、少しずつ読める部分を増やしていく。何かに役立つということとも違うし、具体的な思い出を想起させるわけでもない。ただ読む行為が自分にとって必要なことはわかる。長いものを読めなくなった自分の中でことばとつながっていく行為のひとつのようにも思える。読んでいると、音のふるえのなかに身体がまるごと沈んでいく。

 こうして読まずにはいられないことばはほかにもある。
 
 ――もし何でも出来るなら私は、私たちの惑星、地球の中心に出かけていって、ウラニウムやルビーや金を探したいです。まだ汚れていない怪獣を探したいです。それから田舎に引っ越したいです。フロリー・ロトンド。八歳。

トルーマン・カポーティ『叶えられた祈り』(川本三郎訳/新潮文庫)


 これに続く「可愛いフロリー。きみが何をいいたいかよくわかる。たとえきみ自身はわからなくても。まだ八歳のきみにどうしてわかるだろう?」、だとか、

 それから沢井は自転車に跨り、走り始めた。だがすぐに自転車は駐車場の中を弧を描いて周回し始めた。それが沢井のやり方なのだった。(中略)考えてみればそれは、沢井の生活そのものなのだった。同じところをぐるぐる回るのだ。その退屈さに耐えて初めて沢井は自分の生を感じることができたのだ。そのことを、いま直樹に伝えねばならなかった。

青山真治『ユリイカ』(角川文庫)


 このあとの沢井の問いかけに対する直樹の答え。それをわたしはいつも読む。

 ここでいま、そのことばを書いてしまうと、これからこの本を読むひとの大きな楽しみを奪ってしまうかもしれないので、書けない。だけれど、直樹の答えを、拾ってはいつも読み返す。

 こういう読み方をするのはわたしだけだろうか。随分とめちゃくちゃな読み方をしているので、怒られてしまうかもしれない。でもわたしにとっては必要なことだ。自分にとって必要なことばを、繰り返し読む。すると日常のなかで損なわれたものが少しずつ修復されていくような気がする。文脈から強く引き離されるわけでもなく、流れのなかにとどまるでもなく、いくつかの短いことばがクッションのような、やわらかな水のような、音のかたまりとなって、わたしの身体を支えてくれている。
 みなさんはどうだろうか。
 もし読書体験のなかでひっそり繰り返し読むことばがあるのなら。そしてそれを教えてもいいよと思ったのなら、ぜひ教えてほしい。お待ちしています。
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