わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第13回 日記3 相沢正一郎

2014-03-14 11:14:21 | 詩客

 詩からいちばん遠いジャンルが日記、そして日記が日常、詩が非日常――という図式は、実際に日記を読み漁ってみると見事に裏切られます。それでは日記とはなにか。何でもあり、です。ケストナーの日記はスナップショット。アミエルの日記は自分の分身との対話。アンネ・フランクの『アンネの日記』はキティーへの手紙。そのほか、会計簿、覚書、計画、夢、備忘録、断章、調理法、メモ、新聞の切り抜きなど盛り沢山。
 いろいろ読んできて、おもしろかったのが、ルイ十六世。革命の日に「何もなし」。カフカの日記では「今日は何も書かなかった」と書かれています。『変身』のように朝、虫になる夢なんかも記されている。このように創作者によってはスケッチブック、創作ノート、またプールのようなもので底の方から作品が浮かびあがってくる――そんな役割ももっています。なかには作品の下書き、いや作品そのものを日記に記す場合だってある(宮沢賢治が「雨ニモ負ケズ」を手帳に残したように)。
 日記がプライベートなもので本心を正直に書いている、ということだって実はたいへん疑わしい。公開を前提にする場合には、とうぜん不都合な記述は避けます。樋口一葉の日記にはフィクションもたくさん混じっています。野上彌生子のようにはじめは非公開のつもりであっても、だんだん発表欲が出てくる、という場合だってある(このケース、作家にはおおいんじゃないか)。それから読者がたとえ自分自身であったとしても、秘めておきたいことを石川啄木のようにローマ字にしたり、レオナルド・ダ・ビンチのように鏡文字にしたり、暗号化したりする心理がはたらく。夢のなかの検閲みたいに。
 つぎに、大雑把に西洋と日本の日記の違いについて考えてみましょう。ドナルド・キーン氏が第二次世界大戦のとき、情報局で日記の解読をしていた、という話はよく知られています。アメリカ人は情報が相手に知られることを恐れ日記を破棄するのに比べ、日本人はたくさんの日記を残す。そんな日本人の日記好きは、もしかしたら俳句を好む性格と深く関係があるのかもしれません。日本の日記の場合、些末な断片が四季のリズムに揺蕩い流されていくのが特徴です。永井荷風の口癖《往事茫茫都て夢の如し》のように。農耕民族の名残か、あるいは日記の書き方の習慣を守ってきたからか、日付のあとに几帳面に天候を記す。
 最近読んだ小説に川端康成の『山の音』があります。西洋文学の重厚な建築物というより、絵物語風。「山の音」という主調低音が不安にひびいていて、チェーホフの『桜の園』の弦の切れた音を思い浮かべました。「無意識」「戦争」「性」「死」といった非日常を濃密に感じるものの、あくまでも尾形家の舞台には現れません。そして、ページをめくると、蝉、小あじ、日まわり、団扇、颱風、公孫樹、栗の実、床の下で子を産むのら犬、湯たんぽ、鳶、枇杷の木、もみじ狩りといった季語のような小道具が、おおきな自然の流れを感じさせます。紫式部『源氏物語』や谷崎潤一郎『細雪』など日本にはこういう形の小説が多い。小説にかぎらず、絵画、音楽、文化などにも多い気がします。小津安二郎の映画のような。
 さきほどドナルド・キーン氏の話が出ましたが、氏は日記を解読しながら当時敵国であった日本人(鬼畜米英の反対です)も同じ人間だと感じたといいます。具体的にみてみましょう。たとえば『葛原勾当日記』に《やれやれ痛や。命のあらん限りは、この歯を痛むことかと思えば悲しく候》とある。歯痛はプライベートなことであると同時に、誰でもが共感できる普遍性をもっています。《どんなにありがたい哲学を説くものでも、歯の痛みをじっと辛抱できはしなかったはずだ》(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』小田島雄志訳)。松尾芭蕉のいう「不易流行」は、なにも俳句ばかりでなく日記にもいえます。そして「流行」は「不易」でもある。
 古今東西、日記で共通していることといえば「さまざまな断面が不連続に現れては消えていく」ということ。そして「いきなり文章がはじまり、ふいに文章が途切れ、あとには余白のページが……」ということ。はじまりも終わりもない、というのは日記の作者が、気まぐれに日記を付け、不意に終えてしまう(三日坊主)から。もっと極端にいうと、作者が誕生してからことば(や文字)をまだ知らない(日記を書くことが出来ない)ときには日記に作者自身は登場しません。それから、もう書くことができない状態(たとえば死など)のあとも。なにか当たり前のことをもっともらしく書いているような気がしますが、じつはこれはとても大切な気がします。次回は、このことについて考えてみようとおもっています。

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