「詩客」自由詩エッセー

「私の好きな詩人」など詩人のエッセーを掲載します。

ことば、ことば、ことば。第5回 星 相沢正一郎

2013-07-19 19:09:27 | 詩客

 見上げると、夜空に脈動する星のまたたき。古今東西、星は航海する船に指針をあたえ、不安な人間の運勢を占ってきた。星の運行が農耕や生活のサイクルに結びつけられてきた。また、散在する星をつなぎあわせ、天空に白鳥や蠍、大熊などを象り、そして、ものがたりを織ってきた。
 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の冒頭、《ではみなさんは、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか》と、先生に《大きな黒い星座の図》の銀河のあたりを指して問いかけられたジョバンニは、「星」と知っていたのに答えることができなかった。
 先生に《ぼんやりと白いもの》と表現された銀河の星のようなジョバンニの心身の疲れ(芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」も連想)があったのにしろ、これからはじまる銀河鉄道の旅のものがたりが無意識にあったから、先生の期待する科学的な「星」という答を言えなかったからかも。

 夜空を仰ぎ見る、という仕草には、星々が下界におくる信号を読みとる敬虔な祈りがある。本を読むには下を向く姿勢をとる。(これも祈りのかたち)。
 黒い天空に星の白いことば、とは反対に、本は、白い地上に黒いことばが刻まれる。一章「午后の授業」の《大きな黒い星座の図》は黒板に吊るされているが、この「黒板」も黒い板に白いチョークでことばが書かれる。
 本と「星座早見」とは似ている。本のことばと天の星との関係は、植物が暗い地中に根を下ろし、明るい空にむかって葉や枝をのばし花を咲かせる、といったこととも似ている。
 二章の「活版所」。ジョバンニが、輪転機のばたりばたり廻る暗い活版所の壁の隅、砂浜で貝をひろうようにしゃがみ込んでいる。鉛でできたちいさな活字をピンセットでひろい、ひらたい箱につめている。
 石でも木でも鉄でもない、ちいさな鉛が、白い紙に捺印した文字の凹凸を眼差しや指先のさわったときの硬さ、ぬくもり、冷たさは、「星」に似ている。もちろん、金属活字活版印刷のことで、オフセット印刷や電子書籍のことじゃない。
 ふと、ジョバンニが活版所で星をむすびつけるようにして編んだものがたりが『銀河鉄道の夜』だったんじゃないか。また五章の「天気輪の柱」の「てんきりん」は、「りんてんき」(輪転機)のことばのひびきから導きだされたイメージじゃないか、そんなことを妄想した。

 『おきなぐさ』、『よだかの星』、『十力の金剛石』、『雁の童子』、『烏の北斗七星』、『シグナルとシグナレス』……『銀河鉄道の夜』のほかにも、「星」が織り込まれている童話がたくさんある。
 宮沢賢治の生前、出版(自費出版)されたのは、九作品が収録された童話集『注文の多い料理店』と、詩集『春と修羅』のみ。原稿の段階で暗黒に散らばらず、「輪転機」を通って、わたしたち読者は星のように光輝く賢治作品に触れることができることの喜び。

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あおいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

 賢治によって作曲もされた「星めぐりの歌」は、童話『双子の星』に織り込まれている。『銀河鉄道の夜』にも、ケンタウル祭《子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり》していた。
 「蝎の火」のエピソードは、この童話のなかでとても印象的だが、『薤露青』にも、   

水よわたくしの胸いっぱいの
やり場所のないかなしさを
はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ
そこには赤いいさり火がゆらぎ
蝎がうす雲の上を這ふ

というフレーズがあった。
 この詩は、《みをつくしの列をなつかしくうかべ/薤露青の聖らかな空明のなかを/たえずさびしく湧き鳴りながら/よもすがら南十字へながれる水よ》ではじまるが、「南十字」、「くるみ」、「プリオシンコースト」など、『銀河鉄道の夜』とふかくひびきあう「双子」だが、生前発表されなかった。『春と修羅 第二集』に収録されている。
 音楽用五線ノートをちぎった紙葉の裏にエンピツで書かれたあと、消しゴムで消された。この傑作もまた、暗黒星雲に呑み込まれるところだった……二、三日、そんなことを考えていたからか、非常勤で務めている大学で、黒板に白墨で書いた文字を消したあと、目の前に星雲があらわれた。

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