わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

スカシカシパン草子 第13回 ファッションについて 暁方ミセイ

2013-09-11 11:22:54 | 詩客

 祖父は律儀な人で、デジカメで撮影した写真を、必ず数日の内にはプリントし、日付別にアルバムに綴じている。故に、祖父の家に行くと、時々思わぬ形で過去の自分と対面することになる。
 先日のこと、数カ月ぶりに訪れた祖父宅で、長椅子にもたれてぐだぐだと携帯をいじっていると、ふと視線の先に小奇麗な冊子の束を見つけた。手にとって開いてみると、それはアルバムだった。およそ三十冊程のアルバムが、棚のなかをぎっしり埋めていた。何気なく手にとったのは2008年のアルバムで、ぱらぱらめくると、祖父母の旅行や、趣味の絵画教室での写真の他に、家族での食事の写真なども出てくる。「ユキちゃんあどけないなー」「うわ、弟がまだ痩せてる・・・」などとひとりごちながら、ページをめくった瞬間、固まった。
 20歳のわたしが、ソファに足を組み、笑顔になりきっていない妙なしたり顔でこちらを見ている。それはそれで残念なのだが、一番の問題は服だ。
 ペンキのような真っ赤な水玉模様のセーターから、もぞもぞと襟に特徴のある灰色のハイネックが覗いている。この服には覚えがある。確かこの年の11月に、クリスマスを意識して購入した物だ。結構お気に入りで大学に着て行っていた。わたしはこんな格好で、行き交うひとの目を道々刺激しながら千代田区を闊歩していたのか。別に人から見られていたことは、ただのダサい大学生だと思われたというだけで済むからいいが、恥ずかしいのはこれを意気揚々と着ていた自分自身だ。正直、わすれたい。

 ファッションを好になったのは、中学3年生で、それまでおっかなびっくり渋谷や町田に買い物に行っていたのが、どういう訳か、ある日髪を切った帰りに急に何をしてもいいんだという気持ちが湧き上がり、以来紫や緑といった好きな色の服を素直に着たり、母に似合わないからと禁止されていたパステルカラーの服をじゃんじゃん買ったりした。いつもコーディネートには命名をし、それなりに詩的な名前をつけた。往々にしてやり過ぎるので、サンタセーターのように失敗に終わることも多かったが、服を選び、着るということは、やっと何者かになろうと思い始めたあの頃の中で、案外切実な行為だった気がする。現在の自分自身を追い越すように、他人のような服を着て、それに見合うように、後付で服の中身のわたしは成長しようとしていた。大人っぽいドルマン袖のカーディガンや、明るく快活な花柄のシャツを着ながら、妙な虚無感と、希望が入り交じる、未来しか無い感覚でいっぱいになっていた。
 高校生の時、友人のとてもおしゃれな女の子が、洋服について「守りに入ったら負けだよ」と言っていたのに深く共感した。その言葉は不思議に、いま物を書くときにも時々よぎる。やるかやらないか迷ったら、やってしまった方がいいんだろう。と同時に最近は、「少しでもおかしいと思うことはそのままにしない」という言葉も、よく原稿を見直しながら思い出す。こちらはある日、ラジオから聞こえてきた言葉だ。話していたのは売れっ子スタイリストの女性だった。この意識の高さを応用したいと素直に憧れる。
 止まらない時間の流れの中、たった一度のある一季節を駆け抜けるために、意識をピンと張り詰めるファッションは、やっぱり凛々しくて美しいものだなあと思う。たとえ刹那的で、消費的であっても、何か確かに、人生の手触りがする。

 ちなみに、祖父のアルバムを更にさかのぼり、15歳頃の写真も見てみた。
 絶句。どうしてこんな継ぎ接ぎだらけのジーンズを履いているのか、緑色のキャップをかぶっているのか、心が暗澹としてくる。
 「過去の自分がひどすぎると、過去を振り返らないで済むよね。」と自分を励ました。

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