わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第23回 猫1 相沢正一郎

2015-01-19 21:18:30 | 詩客

 武田百合子の『富士日記』には、日付・天候のあと、その日の食事が記してある。たとえば《八月四日(水) くもり、風つよし》とあり、《夜 ごはん(味つけごはん)、かます干物、ひじきとなまりの煮たの、茄子しぎ焼き、みょうが汁、はんぺんつけ焼き》というように。よし、こんどは「食」について、ことばを集めてみようとおもっていたが、この日の話題に「猫」が登場していたので、急に猫のことを書きたくなった。

  『富士日記』の猫、タマがもぐらを咥えてくる。百合子の夫、武田泰淳はそれを見て、 《タマ。お利口さん、ああ、つよいつよい。えらいねえ》と猫に話しかけ、「私」(武田百合子)の方をむいて《こういうときは、ほめてやらなくちゃならんぞ。もぐらをとりあげて捨てたり叱ったりしちゃいかんぞ。猫がヘンな性格になるからな。いじけるからな》と言い聞かせる。

  ああ、あったな。そんなこと……と、もう二十八年前にわが家に猫がいたときのことを思い出していた。(もっと前、勤務していた会社の近くで、昼休みに二羽のカラスに餌づけをしたこともあった。散歩をすると、足もとに降りてきて、「これ、あげるよ」 と虫をダンゴにしたものを吐き出した、そんなこともあった。現在、犬を飼っているが、自慢そうに蝉や雀などをつかまえてくる)。

 猫が「自慢そうに」獲物をつかまえてきて、ご主人に褒めてもらいたがっている、と私たち人間は考えているが、本当は猫を「擬人化」して勝手にそう解釈しているだけ。動物の親が子に対する本能(「給餌行動」)の現れ、ということらしい。どうやら猫(カラスも犬も)の方でも私を同じ仲間として認めてくれていたようだ。さて、「自慢」で思い出したが、愛猫家の「猫自慢」は、猫を家族愛以上。そのくせ、昔話やマンガなどでは猫は悪役、ミッキーマウスなど(現実では嫌われているネズミ)の方がヒーロー。

 昔話やマンガだけではない。猫に鰹節。猫に小判。猫の手も借りたい。猫も杓子も。猫を被る……と、おもしろいことに、猫が擬人化された慣用句になったときは、みな猫の悪口。泥棒猫、猫婆、化け猫……なんて比喩もあった。はじめに猫が人間に飼われた紀元前千五百年前、エジプトでは猫は猟の神ダイアナ、愛の神ヴィーナスの化身として神聖視された。ヨーロッパの中世では、魔女狩りでたくさんの猫が殺される、といった受難の歴史があった。

 エジプトで神になったりヨーロッパで魔女になったり、まさに猫は文字通り 「猫の目のように変わる」。おなじ神でも、猟の神、愛の神の両面があるというのもおもしろい。 猫の目は太陽でもあり、月でもある、という。

 たまたま昨夜、ピエール・ルメートル『その女アレックス』を読み終わった。本の扉の裏の「主な登場人物」に人物の名前が並んでいて、いちばん最後に「ドゥドゥーシュ」。シリーズの主人公カミューユ・ヴェルーン警部の飼っている猫で、「人物」ではない。ポーの小説『黒猫』では、人間の無意識にひそむ矛盾した愛憎という二面性を象徴していて題名にさえなっている重要な登場人物だったが、本書ではどちらかというと、名前のないネズミのほうが強烈な印象が残っている。

 この小説で、黒猫の魔性と「魔女狩り」を思い浮かべたのは、小説の中心人物アレックスが監禁された立つことも座ることもできない狭い檻。少女(フイエツト)というルイ十一世の時代の拷問に使われた、という。いや、ポーの小説では『落とし穴と振り子』。子どものときに読んだが、スペイン異端審問の拷問という背景こそわからなかったものの、縛られたからだにゆっくり下降する鋼鉄の刃の振り子とたくさんのネズミ。ポーもメルトールもあまり書けないのが、こうした小説のマナー。さて、ドゥドゥーシュは、二、三カ所、ほんの数行しか姿を現わさないし、物語にとっても必要がないけれど、やもめカミーユのからっぽの部屋に棲むこの猫、あるムードを醸し出している。《日曜の朝は猫のために窓を開けることから始まる。朝市をみせてやるためだ。ドゥドゥーシュは活気あふれる市の様子にいつも夢中になる》。

 

  ミステリーに猫はよく似合う。ハードボイルドにも。これもまた擬人化で、群れ社会を先祖にもつ人間が、単独生活者の猫と出会い、個人主義、孤独、神秘といったイメージを投影したんだろう、 鏡のように。

 最後に、萩原朔太郎のミステリアスな詩をひとつ。《まつくろけの猫が二疋、/なやましいよるの家根のうへで、/ぴんとたてた尻尾のさきから、/糸のやうなみかづきがかすんでゐる。/『おわあ、こんばんは』/『おわあ、こんばんは』/『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』/『おわああ、ここの家の主人は病気です』》(「猫」)

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