「詩客」自由詩エッセー

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スカシカシパン草子 第6回 -集合住宅について 暁方ミセイ

2013-02-02 14:32:29 | 詩客
 一年ほど前から川崎市内に部屋を借りて住んでいる。
 ごく狭いささやかな部屋だが、道路に舗装された丘陵のてっぺんにあって、昼間は彼方に雪をかぶった山々と富士山が、夜は箱のようなマンションの窓がそれぞれに火が入って灯篭のように見える、誰にも知られない秘密基地のようだ。その上、駅前には第一回で語った大好きな鉄塔がモニュメントのように大きく聳えたっているし、部屋までの五分ほどの道には、さみしい電灯と夏は蔓草が蔓延ってこちらに手を伸ばしてくる石の昇り階段と、走り去る電車をちょうど目線の位置で見られる鉄橋さえもある。この鉄橋は、月夜の晩に、やたら緑色に浮かびあがり、滅多に人も歩かないので、立ち寄って、ちょっとした空想や、幻視を見るには絶好のスポットである。
 ときたま、急行電車が、黄色い窓に黒い人影を残像のようにぱっぱっと映して飛び去る。そこからもう数十秒でわたしの部屋だ。
 我ながら、家賃に対して、なかなか優良な物件だと思う。同じマンションの他の部屋より三割ちょっと安いので、人から「絶対いわくつき物件だ!」と度々言われている。が、多分違う。この部屋は相当セキュリティーが低いのだ。部屋のドア鍵も何だかすぐ開きそうだし、第一ベランダが、隣の民家の屋根と直結状態で、お隣さんの育てている花が、夏はアサガオ、ホウセンカ、冬はツバキにサザンカと、日進月歩でこちらのベランダに領地を拡大している。
 盗まれて困るようなものは何も無いけれど、もしも、ある日帰ったら部屋が荒らされていて、必死に物色したのであろう床に散乱している本のなかで、詩集が何冊かなくなっていたら、なんだか素敵な感じがする。

 考えて見れば、幼い頃からずっと、アパートやマンションに憧れていた。
小学生くらいの頃の友人には、親の転勤に付き合って何度も転校をしている子も少なくなくて、彼ら彼女らは大抵、画一的なデザインのマンションに住んでいた。
 友達の家に遊びにいくと、同じ形のドアと窓とバルコニーがずらっと並んでいて、どれが友達の家の正しいドアか毎度わからなくなった。マンションの敷地の中で、何度もかくれんぼをした。階段から階段へ、コンクリートの壁づたいにしゃがんで歩いた。ほとんど絵のような不自然に似通った景色のなかに、ひょっこりと、友達の頭が見えたり、また隠れたりした。単調なコンクリートのなかに、ふいに小さな花畑が現われることもあった。
 集合住宅に得たい知れなく感じられるポエジーのようなものは、夢の中のような違和感から発光している。
圧巻の大きさのマンションに、同じ形のドアが整然と並び、そこに花や傘やそういう儚い変化がある風景は、非常に不自然で、そして畏怖の念さえ起こる。元々空だった空間に、人間の作った、とても非自然的なデザインの、ま四角の大きな箱を、きちんと並べている。団地などで、そこに黒い大きな数字が張りつけてあれば完璧だ。人々はぱたぱたとドアを閉め、似通った部屋に鳩のように収まっていく。
わたしもそのドアのどこかに入り、鳥のように隠れて、いつか暮らしたいと思っていた。
 
 またアパートならば、今度は、思いと時間が染みこんでいそうな部分にポエジーを感じる。そこに住んでいる(あるいは、いたであろう)人物の、過ごした時間にどきどきする。アパートのイメージには、売れる前のバンドマンや漫画家や苦学生がつきもので、東京のやや下町の路地を入っていくと出くわす、二階建てで階段がカンカン鳴るタイプの、たてつけが悪そうなアパートを見ると、情熱を燃やして東京で懸命に夢を叶えようと頑張っている青年が、あの部屋には住んでいて…という妄想を掻きたてられる。
 あるいはまた、古いアパートの白や薄い緑のドアは、不意に、かつて好きだった人や、これから好きになる人や、どこかの分岐点で別れた自分とは違う自分自身が、ギッと音を立てて出てきそうな感じがする。アパートにはそういう魅力がある。

 集合住宅のドアや、反対のバルコニーがずらっと並んでいるのを見ると、仕切りのある標本ケースか鳥かごのように、とにかくそこに人が何人かずつ入っているのを思う。集合住宅は、人の人生のコレクションだ。それぞれはせわしなく新陳代謝し、たまにとんでもない経験をする。それでも隣の部屋ではまったく違う人生が流れていて、水槽のように仕切られていて、この不思議さに魅入られている。
 念願かなって今はマンションに部屋を借りているが、欲張りだから、まだまだ他の物件も気になる。今日も、駅前の青い、中庭を中心に回の字の形に作られた中東風建築のマンションを、横目にちらちらと見ながら歩いている。
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