わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第10回 蛙3 相沢正一郎

2013-12-13 23:07:11 | 詩客

 必要があって、太宰治の『津軽』を読み返していたら、《古池や蛙飛びこむ水のおと》の句と松尾芭蕉のことが書かれていて、オヤッとページをめくる手をとめました。このごろよく蛙のことを考えていたら、本のあいだから蛙がよく飛び出してきます。手紙をもって街を歩くとポストがよく目にはいる、ということでしょう。(以前に読んだときには、読み飛ばしていたのか、それとも忘れてしまっていたのか)。松尾芭蕉は、太宰治にとって目の前に立ちふさがる志賀直哉とおなじ「父性の権威」のような存在なのかな、とおもいながらページをめくりました。

 太宰治の師(というより、頼りになる兄のような人物)井伏鱒二に、「蛙」というユーモラスな詩があります。《勘三さん 勘三さん/畦道で一ぷくする勘三さん/ついでに煙管を掃除した/それから蛙をつかまえて/煙管のやにをば丸薬にひねり/蛙の口に押しこんだ//迷惑したのは蛙である/田圃の水にとびこんだが/目だまを白黒させた末に/おのれの胃の腑を吐きだした/その裏返しになった胃袋を/田圃の水で洗いだした//この洗濯がまた一苦労である/その手つきはあどけない/先ず胃袋を両手に受け/揉むが如くに拝むが如く/おのれの胃の腑を洗うのだ/洗い終ると呑みこむのだ
 どこかとぼけた味わい。井伏鱒二といえば『山椒魚』、蛙とおなじ両棲類。いまでこそ「芥川龍之介賞」と「直木三十五賞」との垣根を超えた小説家が増えてきましたが、第六回で受賞した『ジョン万次郎漂流記』は、エンターテインメントの楽しさと文学の味わい。詩、ファンタジー以外にも、歴史小説『さざなみ軍記』、市井の風俗風の『集金旅行』、『多甚古村』、原爆犠牲者に対する鎮魂歌『黒い雨』、エッセイ風、私小説風……。
 パロディー、技巧的、引用は、芥川龍之介にもよく見られますが、井伏鱒二には頭で知的に組み立てた手つきがまったく見えず、井伏の飄々とした作風、自然体の文章と溶け合って血肉化し、体臭さえ感じられるのは不思議です。
 井伏鱒二を読むたびに、なぜか草野心平のことをおもいだしてしまいます。心平は「蛙の詩人」といわれ親しまれていますが、たくさんの「蛙」を描いても、いろんな角度から、いろんな表情を見つめています。もちろん蛙のほかにもすばらしい詩がたくさんあって、「天の詩人」、「富士の詩人」などともよばれていますが、草野の詩はそうした呼称からはみだしています。蛙語の翻訳あり、リアリズムあり、超現実主義あり、東洋的な墨絵のようなもの、日記風なものなど……。
 井伏鱒二にしろ草野心平にしろ、スタイルをもたない、つかみどころがない、ジャンルを超えた、そんな魅力があります。二人とも、もしかしたら作品の高さにくらべ、文学史に位置づけしにくいのは、そのためかもしれません。「蛙2」で、もう草野心平の詩を取り上げましたが、おもしろい作品をいくつか。
 蛙の卵のような《るるるるるるるるるるるるるるるるる》(「春殖」)や静かに寝息をたてながら、ゆっくり眠りにはいっていく《るるり/りりり/るるり//りりり/るるり/りりり/るるり/るるり/りりり/るるり/るるり/るるり/―――》(「おれも眠ろう」)、それから、地面の下で眠る蛙のすがたのような《》(「冬眠」)など、音楽的であると同時に、丸い形がビジュアル。ほかの詩人が書いたとしたら抽象的、観念的に傾きかねないけれど、草野のことばのリズムには、心臓の鼓動や呼吸を感じます。
 そういえば、草野心平の文章には(句点)が多い。「中止法、体言止め」です。シャキッとしていて歯切れがいい。もうひとつ、心平は、丸の形が好きなんじゃないか、と思います(赤ちゃんがおっぱいを好きなように)。

 もっと本の中から「蛙の詩」を採集したいのですが、切りがないのであとひとつだけ。ボードレールを原書で親しんできた大手拓次の作品は、ヨーロッパの世紀末をおもわせますが、詩集『藍色の蟇』の冒頭にある「藍色の蟇」などには、濃厚な官能とともにどこかファンタジーの「永遠の少年」が住んでいるような気がします。全文引用してみましょう。《の宝庫の寝間に/藍色の蟇は黄色い息をはいて/陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。/太陽の隠し子のやうにひよわの少年は/美しい葡萄のやうな眼をもつて、/行くよ、行くよ、いさましげに、/空想の狩人はやはらかいカンガルウの編靴に。》)
 さて、本の外――わが家の猫の額ほどの庭に蟇蛙が棲みつきました。花を観賞するついでにゆっくり這うすがたを探します。マクベスという名前をつけました。ある日の朝、車に轢かれ、腹から赤黒い内臓を出して死んでいるマクベスを見つけました。

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