わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第14回 日記4 相沢正一郎

2014-04-16 19:35:45 | 詩客

 ちょっと角度を変えて今度は「音楽」について考えてみましょう。西洋の音楽の源流ともなった古代ギリシャ(紀元前五~四世紀ごろ)のことば「ムーシケー」から「ミュージック」が誕生します。もともとはアポロンに仕える女神(ムーサイ)の職能をあらわしたことばで、はじめは「詩と音楽、舞踏」の三つ。日本でも、室町時代に始まり、以後六百年つづく芸能「能」の本質も舞と歌謡、そして囃子方(笛、小鼓、大鼓、太鼓の演奏)「能」が「橋掛り」から顕われた死者が物語る――といったことを考えているうちに宮沢賢治が浮かび上がってきました。どこか響きあっています。先ほど述べました「詩と音楽、舞踏」も、なにか賢治の作品の土台ともいえる、と思います。
 賢治の詩や童話には「死」のイメージが濃厚なので観念的に思われがちなんですが、じつは「能」の「足拍子」――足が床板を踏み拍子を取り、大地のエネルギーを呼び覚ますような生命力もまたあるような気がします。《ドツテテドツテテ、ドツテテド》と行進する『月夜のでんしんばしら』、《キック、キック、トントン》と足ぶみする子どもと狐の『雪渡り』などの童話。また詩やすべての作品には、大地を踏みしめ歩く足のリズム、呼吸、からだの鼓動が感じられます。文字を読む、というよりも声を聴く、とでもいったような生き生きとした口調に触れられます。ですから、詩を読むとき、意味をとらえようとすると難解かもしれませんが、じっさいに音読してみると、からだの奥底のリズムと共振します。
 さて、古代ギリシャに話を戻しましょう。哲学者のピュタゴラスは万物のアルケー(根源)を「数」としました。ピュタゴラス学派の人たちは後の西洋音楽の基盤ともなる8度音程――オクターヴの周波数比2:1の音程であることを発見します。おなじように音楽にとって大切な5度が2:3、4度が3:4と、数比は1から4までの自然数。合計すると10。このように音と数の調和した状態を「ハルモニア」(「ハーモニー」の語源)といいます。人間の心身の調和と宇宙の太陽と惑星の運行にも「音楽」が関係づけられてきました。ヨーロッパでは、音楽が自然科学と密接に結びついていた――科学者賢治と共通します。惑星の運行と「音楽」ということで思い出しました。一九三二年、無線通信の技術者カール・ジャンスキーによって「天の川」の中心から放射された電波が発見されます。電波天文学の登場です。哲学者の中村雄二郎は『かたちのオディッセイ』のなかで、一九六〇年代以降、いちじるしく発達した電波天文学によって、わたしたちの宇宙は急に賑やかになった、といっています。そして、ピュタゴラスやケプラーが「天球の音楽」について語っているが、それまでは隠喩的に語られていたのが文字どおり「天球の音楽」を聴くことができるようになった、と。そして惑星の出す電波は、胎児が胎内で聞く母親の心臓の音と似ている、といっています。
 実際、賢治はたいへんなクラシック好き。農民たちに農業に必要な科学の知識や肥料のことなど教える農学校「羅須地人協会」を開設。そこでレコードコンサートを開いたりしました。それでは、賢治の作品は……というと、本人が意識しているかどうかはわかりませんが、ずいぶん壊れています。中心となる音がなく、音どうしが細胞のように関係しあって作られる音楽――主音を欠いた「無調」といえば、「十二音音楽」を確立したシェーンベルク。音を「ことば」に置き換えてみるとそのまま賢治作品。詩を読むと「現代音楽」にずっと近い。わずかな理解者がいたものの生前無名だった、というのもわかるような気がします。早すぎたんですね。もっともシェーンベルクの無調音楽『弦楽四重奏曲第二番』の初演が一九〇八年、賢治十一歳のとき。ちなみに、複雑なリズムのクラスター、ポリフォニー、不協和音にみちた(賢治の詩にも言えます)ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』の初演が一九一三年、賢治十六歳のときです。この曲を聴くたびに賢治の詩『原体剣舞連』の《dah‐dah‐dah‐dah‐dah‐sko‐dah‐dah》のリズムを思い浮かべてしまいます。民俗音楽を吸収して作曲したバルトーク、不確率性の音楽、偶然性の音楽のジョン・ケージにも通じます。シェーンベルクに影響を受けた抽象画家の創始者カンディンスキーが、「芸術作品は時代の子で、しばしば感情の母」といっていますが、日清戦争の翌年、明治三陸大津波と陸羽大地震の年に生まれた賢治も、アインシュタインの相対性理論を『銀河鉄道の夜』に反映しています。ただ、ちょっと思うのですが、はたしてシェーンベルク、ストラヴィンスキー、バルトークなどの曲をレコードで聴いたかどうか、もし聴いたとしても好きになったかどうか。

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