わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第11回 日記1 相沢正一郎

2014-01-19 17:18:06 | 詩客

 日々を描く、といったら「日記」を思い浮かべ、また「詩」と正反対のジャンルといったら「日記」と考えられる方が多いんじゃないかと思います。個人の日常を超えた「永遠」とか普遍のなかに「詩」(①)がある。多様な価値を内包し、矛盾をも許容した遠心力が「日記」(②)だとしたら、ひとつのヴィジョンに収斂させる求心力こそが「詩」(①)……いままで、だいたいこんな風に考えられてきたんじゃないか。
 もっとも「日記」といっても、『土佐日記』、『蜻蛉日記』、『更級日記』などの古典は、わたしたちが思っているイメージとはだいぶ違い、むしろ「詩」(①)に近い。また『泥棒日記』(ジャン・ジュネ)や『悪童日記』(アゴタ・クリストフ)、『狂人日記』(魯迅、ゴーゴリ、色川武大)などの小説も「求心力」「永遠」という視点からみると「詩」(①)に近い。
 じゃあ、エッセイや戯曲、哲学というジャンルは、とどんどん疑問がひろがっていきますが、「日記」や「詩」については後ほど(次回以降)定義してみたい(できるかどうかわかりませんが)。とりあえずは「日記」イコール「日々のなかの些末なできごと・ものごと」(②)ぐらいに考えて話をすすめてみましょう。

 よく知られた名作に吉野弘の「夕焼け」があります。満員電車のなかで、立っているとしよりに娘が席をゆずるところから話がはじまります。《礼も言わずにとしよりは次の駅で降り》、娘は坐るのですが、ふたたび横あいから押されてきたとしよりに、《又立って》席をゆずります。《二度あることは と言う通り/別のとしよりが娘の前に/押し出され》、こんどは娘はうつむいたまま席を立ちません。《次の駅も/次の駅も/下唇をキュッと噛んで/身体をこわばらせて――》。
 なにげない日常を切り取り、淡々と描かれたちいさな劇。読者の足もとと地続きの世界だからか、「そうそう、わたしも立川行きのバスで、としよりに席をゆずり、坐ってもらえなくて、ずっとひとつの空席の前に《次の駅も/次の駅も/下唇をキュッと噛んで》立っていたよ」と、おもわず吉野弘の詩を読んだときに作品に参加してしまいました。この詩の場合、はじめに述べた「日々のなかの些末なできごと・ものごと」(②)で書かれている。それなのにすぐれた詩になっている。
 じつは、わたし自身は詩(①)と日記(②)の分け方に疑問をもっています。フェルメールが、風俗画を超一級の絵画に昇華したように、描き方(書き方)によって「日記」②もまた「詩」①になる、と思っています。
 吉野弘の「夕焼け」のなかに①の永遠があるとしたら「夕焼け」ということばが、それにあたるでしょう。おもしろいことに四十五行のなかで、題名にさえなっている「夕暮れ」ということばが出てくるのは最後の一行だけ。《やさしい心に責められながら/娘はどこまでゆけるだろう。/下唇を嚙んで/つらい気持で/美しい夕焼けも見ないで》。
 
 吉野弘とおなじ「櫂」の同人に谷川俊太郎がいます。『二十億光年の孤独』(二十一歳のときの処女詩集)に《あの青い空の波の音が聞えるあたりに/何かとんでもないおとし物を/僕はしてきてしまったらしい》(「かなしみ」部分)と書く詩人は、地球に墜ちてきた宇宙人の眼差しで「日々のなかの些末なできごと・ものごと」(②)を見つめている。だから「地球へのピクニック」の《ここで一緒になわとびをしよう ここで》ではじまり、おにぎりを食べたり、星座の名前を覚えたり、「ただいま」を言ったり、熱いお茶を飲んだり、涼しい風に吹かれたりすることだって、新鮮な体験のひとつ。
 《本当の事を云おうか/詩人のふりはしているが/私は詩人ではない》(「鳥羽1」部分)の決め台詞をもじっていえば、《本当の事を云おうか》「私は人間ではない」とでもいえそうなのが、《そして私はいつか/どこかから来て/不意にこと芝生の上に立っていた/なすべきことはすべて/私の細胞が記憶していた/だから私は人間の形をし/幸せについて語りさえしたのだ》(「芝生」全文)。DNA理論に霊感を得て書かれたこの作品を読むと、「生きる」で、「生きていること」がのどがかわいたり、木洩れ日がまぶしかったり、ふっと或るメロディーを思い出したりする読者が「谷川俊太郎」個人を超えて、わたしたちもまた孤独な宇宙人のひとりだった、と気づかされます。
 「日記」②のなかに「詩」①を見るにしろ、「詩」①の眼差しで「日記」②を見るにしろ、 「日記」のなかに「詩」はあるし、「詩」のなかに「日記」がある。もしかしたら①と②のせめぎあいこそが「詩」なのかも。

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