わたしの愛憎詩

月1回、原則として第3土曜日に、それぞれの愛憎詩を紹介します。

第6回 ―鮎川信夫― 鮎川信夫「必敗者」再読 田中 庸介

2017-11-06 13:39:31 | 日記
 戦後詩の巨人、鮎川信夫の代表作「必敗者」ほど、その詩句が批評家らに繰りかえし掘り起こされ、一人歩きしていった例はないだろう。タイトルの「必敗者」からして、あえて散文家との距離をたもつ戦後詩人の自恃の象徴であるがごとくに喧伝され、そのペシミズムや自己韜晦、ルサンチマンの英雄的な過剰さが言挙げされた。結びの一行も、藤井貞和氏の『口誦さむべき一篇の詩とは何か』(思潮社、1989)といったタイトルに採られているように、上代歌謡のような「口誦性」を喪い衒学的に難解化してきた詩の自己批判であるとして、かなりの耳目をあつめた。これらの詩句は、詩論のバトルフィールドにおける作者本人のポレミカルな言辞とも相まって、七十年代から九十年代の詩壇の中心的な《愛憎》の対象となった。ぼくも「『ポジティブ』志向とは何か」(「現代詩手帖」1992年2月号)というエッセイで激しく追撃してしまった記憶があるが、果たして本来のゆき方としてそれでよかったか。
 この詩「必敗者」は、詩集『宿恋行』(思潮社、1978)に収録されている。まるで劇中劇のような入れ子構造をもった詩で、「たまたま手にしたパーチザン・レヴュウ誌の最近号で/デルモア・シュワルツが一九三八年に書いた短編を読んだ/コーネリアスという無名の男の 涙が出るほどおかしな物語/それがなぜ私の心をしめつけたのか?」という海外文学紹介の体裁をとっている。ぼくのちょっとしたリサーチによれば、これは”In Dreams Begin Responsibilities and other stories”という本におさめられた”SCREENO”という小説。シュワルツの学生であったルー・リードが前書きを書いている。
 この詩でもっとも鮎川がいいたいことは書き出しの二行「忘れられていく人間の過程が/いやに透明に見えてきた 今年の冬」にある。すなわちそれは、そろそろ自分も《死後の名声》を気にせずにはいられなくなってきた、といういじらしい「野心や虚栄」の真情の吐露だろう。そしてそれを、(1)コーネリアスが群衆の前で暗誦してみせる「現代最高の詩人 T・S・エリオット」の「歴史というものが どんなにわれわれの野心や虚栄とくいちがうかという/哲学的な」詩、(2)英雄的なとっさの行動(「詩人の気前と品位にとっては 小さな犠牲で/たいせつなのは感情の純粋な喜び!」)によってその場の喝采をあびたコーネリアスが口ずさみながら帰る「十四世紀のスコットランドの詩」、(3)「アルコールと麻薬に蝕まれた生活で/アメリカ社会における成功の蔭にある失敗のさまざまな痕跡が/かれの肉体に刻まれていき/ニューヨーク市の死体置場までつづく」シュワルツ自身の人生の軌跡、という異なった三層の文学物語にくるんで提出する、エスプリにあふれた引用の手つきこそが秀抜なのだと思う。
 だから、末尾の「ところで 日本の社会の日蔭を歩む/われわれのコーネリアスは いまどこにいるのだろう?/制度の春を病むこともなく 不確定性の時代を生きて/自殺もせず 狂気にも陥らずに/われわれのコーネリアスはどこまで歩いていけるのだろう?/口誦さむ一篇の詩がなくて!」というところは、エミリー・ディッキンソンらのプロト・モダンの詩のような、詩についての自己言及詩という読みからその深遠な真意を探ろうとする傾向が長らくあったようだけれども、これはそもそもニューヨークの氷雨に比べたら随分生ぬるい雨しか降らない、作者自身を含めた東京の住人たちを皮肉ったガルブレイスばりの文明批評として、さらりと受け流しておけばそれで十分だったのではないか。ぼくはこのごろ少しずつ、そんなふうに思えるようになってきた。
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