俳句エッセイ わが愛憎句

毎月1回原則として第2土曜日に愛憎句のエッセイを掲載します。

第2回 蝶々毬子-吉村毬子- 佐々木 貴子

2017-08-06 12:56:18 | 日記
潜像や蝶の倭名の日を叩く 吉村毬子 (吉村毬子句集『手毬唄』)

俳人・吉村毬子の第一句集『手毬唄』は平成二十六年に刊行された。

金襴緞子解くやうに河からあがる
羅や水になる魚舎利の魚
裏海へ色なき蝶の憑く時間
鎖骨のやう花冷えに添ふ山脈は
夜の梅 ゆつくりと真水に還る
春月へ釦失くした女達
輪を外し枯蓮の穴透きとほる
白萩の白を授かり生国よ
水鳥の和音に還る手毬唄
       (『手毬唄』より)

吉村毬子句集『手毬唄』は、俳人・毬子の煌びやか且つ上質な言葉遣い、微細なる違和の感覚と屈折の世界、女性的な抒情あふれる世界を十分に堪能できる句集である。時に、美しさの演出に長け過ぎている、厭味だとすら思う。香水のように句に雰囲気をまとわせる。私は毬子のその手法を憎む者である。毬子は、美的に見せる手練を心得すぎていると思うのである。
LOTUS句会に参加して以降、俳人・毬子の上質な言葉の感覚に感銘を受けながら一方で、私は反感をも抱いてきたのだ。

わが愛憎の一句「潜像や蝶の倭名の日を叩く 毬子」を初めてみたのは恐らく四年ほど前、LOTUS句会と記憶している。最初この句を見た時ぎょっとした。「潜像」などという概念的で書類的な語を句頭にもってきて、「や切れ」とは。
「潜像(せんぞう)」―潜る像、何ものかに潜んでいる像、そういったイメージか。辞書をひくと「潜像」とは写真用語であり、「露光によって写真感光層に生ずるが現像するまでは目に見えない像」とある。そこからフィルムの「ネガ」のイメージが惹起される。そして同時に事象として「現像するまでは目に見えない何かがある」ということの暗示も受ける。あるいはそれは、辞書によらずとも「潜る像」ということからイメージを広げ、想像することもできようか。
「潜像」の次にひっかかったのは「蝶の倭名の日」であった。「倭名」など如何にもそれらしく、雰囲気で言葉を組み合わせたのではとの疑念をもったが、いや何か連関があるのかも、と念のため調べてみた。その時「蝶の倭名」と「日」との連関は発見できず、結局分からず仕舞いであったが、二度三度と読むほどに「蝶の倭名の日を叩く」というフレーズは、特に「日を叩く」の力強さに牽引され頭の中に流れ込み、私の中にこの句のイメージが造形されていったのである。

ネガの中から蝶が舞い出で、太陽にむかって飛翔する。蝶は高く飛び上がり太陽を叩く。ネガより出ずる蝶は太陽の名をもち、太陽は蝶であり、蝶は太陽である。蝶とは本来、ひらひらと儚く飛ぶ姿であろう。それが、意志をもってまっすぐに太陽へ向かう。そして、日を「叩く」。なんという力強さであろうか。
「潜像」の中から飛び出した蝶が、まるで喉から手が出るかのようににゅっと腕を伸ばし、太陽を叩く様。そこにいるのは蝶であるが、毬子その人が透けて見えてくるようでもある。「潜像」―目には見えなくとも現在している像―がある。隠されてある「其処」を飛び出す蝶の意志は、毬子の意志でもあるのではないか。
この句には、毬子という美に長けた俳人のもつもう一つの側面、まるで男性のように強い「剛の気性」が表れていると思うのである。

後日、再び「蝶の倭名と日」について調べてみると「太陽蝶・太陽モルフォ」なる存在が見つかった。それは濃い黒茶の翅に少しだけ光の筋を刷いたような、美しい蝶であった。フィルムのネガを思わせる姿でもあった。
毬子がこの「太陽蝶」をモチーフにこの句を書いたかは定かではない。いずれにしても、この句にとって重要なのは「蝶の倭名と日」の間に連関が存しているという事実ではないのである。

相変わらず、私は毬子の美しすぎる言葉の手練を憎む者である。毬子は耽美に走り過ぎているのではないか。こうすれば香しくなると十分に知りつくし、掌中の美の手法、手持ちのカードを切っているのではないか。そのような反感が心中にあふれ、黒い波に押し流されそうな時、毬子のこの一句が立ち上がってくる。
この一句は、毬子がただ美に長けているだけでない、一本の芯をもった俳人であることを知らしめるのである。ただただ美しいばかりの俳人、と切って捨てることを許さない吉村毬子の作品世界は、私にとって羨望の対象でもあり、また、苛立ちと畏敬という相反する感情、愛憎の対象でもあるのだ。
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