俳句エッセイ わが愛憎句

毎月1回原則として第2土曜日に愛憎句のエッセイを掲載します。

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第3回 抱艫長男  酒卷英一郞

2017-11-05 13:54:30 | 日記
Ⅰ Prelude

 ある日こんな原稿依頼が飛來してきた。凡そ豫測してゐたことではあるけれど。「私にとって、俳句作品**とは如何なる存在か」というテーマのもとに、それぞれの俳句人生において決定的な衝撃を受けた『わが愛の、わが宿敵の、俳句作品』を古今問わず、具体的に挙げてもらい、その愛憎を存分に書いていただくことで、各同人の俳句観ならびに掲句へのあらたな視点が窺えるものが出来ればと思います。……云々」


Ⅱ Allemande 

 課せられた命題をどのやうに理解したらよいのだらう。「決定的な衝撃を受けた」俳句作品の存在。その衝擊ゆゑに「わが愛の、わが宿敵の」と成り遂せた「愛憎」の存在の有無。難義の周邊を低囘するのはこちらとしても得手なことではないのだから、早々に切りあげたいのだが、愛と憎しみとをほぼ表裏のものとして括ることには贊同できても、愛憎一句と宿敵の一句の存在とは必ずしも、あるひは大方重ならないのではあるまいか。
 愛の缺如をひとは言ふ。しかし、過不足なき愛などといふものが、果たして存在し得るのであらうか。こころみに愛憎の、その憎しみにややも情動を傾ければ、たちまちに愛憎の一句は宿敵の一句へと變幻するのだらうか。いやことはそれほど簡單なことではなからう。宿敵と見定めた刹那からその關係性のアンビバレントへと大きく目盛りを振り切らないかぎり、言語喫水の水平線に新たな夜明けは顯はれない。性急な心持ちはどうやらこの命題を「わが愛の、もしくは(※「もしくは」に傍点)、わが宿敵の、俳句作品」とは解したくないらしい。

   
Ⅲ Courante 

 謂はれなき憎悪のみが増殖し、眞の崇拜、敬愛がいよいよ以つて輕んじられるのは偏に時代位相のみではなからう。早晩俳句の世界の寓話でもある。小林秀雄風な物云ひをすれば「解析し分析する眼はちつとも恐かない、崇敬する眼は恐ろしい」とでも言ふことにならうか。冷靜に解析、分析する眼もときどきは羨ましくもあり、また疎ましくもあるのだが。


Ⅳ Sarabande 

 かがまりて     嚙合せの下駄     花冷えの     
 竈火の母よ  *  母の荷に    *  摺鉢の邊の
 狐來る       蜷のしめり      母とゐて
     大岡頌司『臼處』
 
 多行形式の振出しに大岡頌司は母を待つた。安井浩司であればさしづめ父に侍するところであらう。「遠耳父母」――その兩性を具有せむと高柳重信は懸命した。
 父を恃むか、母を持するかでひとりの俳句生涯は決定する。


Ⅴ Gavotte Ⅰ

 ふるさとの        一足さきに   
 踵の砂を盗る    *  くぬぎ林を  
 ながれ          いま過ぎる
             『臼處』

 もしも          落日はいま
 もしもと茅屋根の  *  靑き棗の
 百の雫を軒として     日中を撮む
       大岡頌司『花見干潟』
 
 時に           存問や
 茅舍の鳩時計    *  熄まざる雨の
 時に非ずと        在るごとし
       大岡頌司『抱艫長女』
 
 とはにとつぎて      近づいて
 おほばこぐさに   *  また遠ざかる
 かがまりぬ        彼岸花
        大岡頌司『利根川志圖』

 これら句群を貫通し、糸紡ぎ綾なす時閒のさまざまなる變幻、時の王(おほきみ)が繰り出だすありとある方途。眩暈を伴ふ時閒論、その時閒差構造。須臾を永劫と錯誤する至福、その時閒計測。およそ言語のみに許されたる祕術の數々。


Ⅵ Gavotte Ⅱ

 花緒なら
 紅なぎさひの
 堅緒擦れ
        『臼處』
 
 祕かにも一句成立の倒錯的顛末を直接作者より明かされ、確と掲句の背景とその命運をともにしてしまつたわが身には、その行く末を見定める負債とやらが生じてしまつたものらしい。初出は「花緒なふ(※「ふ」に傍点)/紅なぎさひの/堅緒擦れ」。即ち「なふ」は綯ふ。あざなはれる繩のごとく一字の誤植、誤謬が一句の命運を司る景色はまゝあるだらう。しかしその時、己が命運に重ねて一句の生死(しやうじ)を引き受ける覺悟があるか否か、すべては詩神の掌中の骰子にある。
 乾坤一擲、女神の賽は丁とでるか、半とでるか。


Ⅶ Menuet Ⅰ

 ぎんなんいる       
 ひるのてぐせ      
 とおもふべし
      『花見干潟』     

 こころざしとは
 よぐそみねばり
 かはつるみ
       『利根川志圖』

 手淫爲樣(オナニスム)風の方法論が言語的ウヰタセクスアリスを伴つて訪れてきた、私が訪ふた。言語オナニスムの濫觴。この夢の王國の成立をたつた獨りに委ねて、手淫と言語榮爲とは夜を繼ぎまひるまを繼いできた。俳句の志を立つるとは即、かはつるみを專らとすることである。ここに存命を、言語の必死を傾けては、片手の一技にをのこの俳諧の開闢が訪れる。

 仔細なし        ぢざうくじかな     せくしよんの
 醉ふてみる    *  つるみとんぼの  *  夜半の鼻學に
 茱萸のくれなゐ     ふたざまかぎり     すぎざれど
     『抱艫長女』
 
 灰買ひこそは      しばらくは       兎穴に墜ち
 をとこの仕事   *  陰に歸らむ    *  猶墜ち續く
 姫糊買ふ        麥の秋         行方かな
     『利根川志圖』
 
「しばらくは」一句、「陰」をかげと讀むではおおひに作者を嘆かせたことも、今となつては懷かしい。


Ⅷ Menuet Ⅱ

 ふなくぎあとの       寸烏賊は
 いはぬへのへの   *   寸の墨置く
 いはぬへのへの       西から來て
     『花見干潟』

 火の見櫓は         松の皮の
 影をつちかふ    *   駱駝を剥がし
 影でござるか        家來を剥がす
    『抱艫長女』

 大岡頌司の言語ナショナリズムとは、そもそもいかなる干潟跡に顯現しては寂しい言語相を遺していつたのであらうか。「寸烏賊」一句について、「寸断されたフレーズの何処かに語源明示詞なるものが匿されている」(『現代俳句全集』「自作ノート」)と記し、その端緒を『臼處』跋文の加藤郁乎言「言葉は單元(モナード)に繁る」に尋ねてゐる。大岡宅を訪れた粗方の客人が、挨拶もそこそこにいきなり始まり、しかも延々と續く、曰く「卑彌呼考」やら「昴探査行」「黄道光跡攷」果ては「小用、大用地名論」と云つた話柄、話しぶり(※「話しぶり」に傍点)にあるひは魅了され、あるひは辟易したのかも知れないが、廣範な言語狩猟を縱走して在野の大岡民俗學を夢見た最後の遺言とも言ふべきが、當時、病床より僅かの人間に託した色紙言であつた。のちに『大岡頌司全句集』所收の未刋句集『慫慂』「あとがき」として收められた一文には、ヘブライ語の贖罪の山羊を望見して、かの斷崖に佇たしめ、言語ナショナリズムの軌跡を言語インターナショナリズムの彼方へと臨ませてゐる。
 松のことは松に習へ、言葉のことは言葉に習へとは、大岡宅忘機庵存問の折り、俳句初學の唯一にして絶對の命題として倣つた。

Ⅸ Polonaise 

 風袋の        内聞の         そよいでは
 たおごし母郷   *  なんきん咲かす  *  靜もる笹の葉に
 ほぼろ籠       浦戸ばかり        臼處
          『臼處』       

 ちづをひらけば     釣瓶つる      山中に
 せんとへれなは  *  錨もありぬ  *  朝市  
 ちいさなしま      忘機庵       ともに隱れあふ
    『抱艫長女』
 
 利根川圖志の     川下に向つて       山海經の
 表紙を讀むは  *  左側が左岸である  *  郭注に言ふ
 あきみとせ      どのごおとんか      赤い鮭
     『利根川志圖』
 
 俳句評論系の目覺しい句的方法論に、地勢的ユートピアの構築ならびに書誌學的換骨奪胎がある。先師高柳重信の『伯爵領』『罪囚植民地』『山海集』『日本海軍』然り、寺田澄史『がれうた航海記』『新・浦嶼子伝』然り、志摩聰のとりはけ漢字表記に殉じた諸作また然り、折笠美秋『虎嘯記』もこれらのヴァリアントと解して宜しく、さらに岩片仁次の多行作品にも勿論それらは通底してゐる。大岡頌司はいまは無き、そしてまたいまひとつの、いまふたたびのふるさとの創出に端を發し、不在郷(ユートピア)、黄金郷(エル・ドラド)、隱れ里、稱郷遁花(ドノゴオ・トンカ)を連綿させてはここに言語千年王國の桃花源記、その殘闕をひとり祕かに繕つてゐた。
   
Ⅹ Gigue
 
 海の貰はれ         今は花なき花いちじくの
 海靑く        *  日は龍宮の
 この靑海の聲かぎり     杖のつりざを
          『花見干潟』
 
 一介の言語榮爲が、人をしてかくも果てなき遠つ方へまで、かくも無窮の寂しさ、その盡(はたて)へと連れ立つものだとしたら、もはや一句が俳句と、各々の一卷が句集と稱ばれまいが一向に構ひはしない。
   
ⅩⅠ Chaconne 

 高柳重信多行俳句の本然を貫く起承轉結の四行構想を打つ棄(ちや)つて、ここにたつた一行を干滿する序破急の時閒干潟が立ち顯はれたとき、大岡多行構造の發明が發見されたのではあるまいか。

ⅩⅡ Passacaglia 

 以上に偏在するアナクロニズムをひとは糾彈するであらう。句的資材がこの方たかだか百年が程の代物であつたなら、一句はたちどころに蒼ざめて卒倒するかも知れない。言語水位の言語觀とことば見(※「ことば見」に傍点)とをいつたい何處に標準するのか、俳句方法論の語られぬ要諦であり、しかもそれは昨夜出來(しゆつたい)した出來事であり、未來のモノガタリでもある。

ⅩⅢ Finale
 
 愛憎一句の消息がいまひとつ判然としない。わが句的生涯は未だ憎むほどに愛すべき一句と相見(まみ)えてゐないのではないか。ことばの端くれに連なる言語奴婢のひとりとして、この一事を最大の不幸と謂はずして何と……。


                                       (初出 『LOTUS』第11号 2008.7)

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