これから書くことはとても暗い話です。
だから気持ちが暗くなる可能性があります。
それでも見たい方だけ見て下さい。
数年前の出来事です。
いつものように私は子ども達と遊んでいました。
そんなところにある男性が来ました。
私が子どもと遊んでいる場所は誰でも来て良い場所なので
特に何も言うことなく、その男性を迎えました。
最初は普通にやさしいおっさんだなぁと思っていました。
でも、途中から食べ物を無償にでくれたり、
「何か欲しいものない?おじさんがあげるから。」と言い迫ってきました。
最初は普通に丁重に断ってたものの、
ずっと言い迫ってきたので少し恐くなってきました。
そしたら予想通りその男性は「いいから遠慮するな」と怒鳴り、
私に襲いかかってきました。
私は以前にも襲われた経験があり、ヒステリックになり、
子どもを置いて逃げてしまいました。
幸い、子ども達も私の後を追いかけて逃げてきました。
でも、私は自分の事だけを守ろうとしました。
大好きな子どもを置き去りにして。
私は襲いかかってきた恐怖と子どもを守れなかった悔しさでただ泣いていました。
あの後、大人の人達を呼び、駆けつけてくれたお陰でその男性は去りました。
子ども達には「一人で逃げてごめんね」と何度も言いました。
子ども達は「大丈夫だよ!何かあれば俺たちすぐに走って逃げられるし!」と私を全く責めませんでした。
逆に「みっちー大丈夫?恐かったよね。」と慰めてくれました。
私はそんな子ども達に申し訳なくてただただ「ごめんね」と言って泣くばかりでした。
後から駆けつけた大人の方々には
「自分を守らなきゃ、子どもを守れない。だからみっちーのした行動は間違えじゃないんだよ。」
と言ってくれました。
でも私は子どもを置き去りにして逃げた自分が許せませんでした。
あれから私は少し、子どもと距離を置くようになりました。
子どもは大好きだけど、自分しか守れない私が子どもと遊ぶ資格はないと思ったからです。
でも、色んな縁で今は再びほぼ毎日子どもと触れ合ってます。
ずっと遠ざけてたので、また子どもと触れ合うとは思ってもみませんでした。
これは私の通らなくてはならない課題なのでしょうか?
「自分を守れるからこそ、子どもが守るのが正しいのか?
それとも自分を犠牲にしてでも大切な子どもを守ることが正しいのか?」
それが分からないまま天秤に掛けながら私はこうして生きてます。
ただ、思うことがあります。
3.11の震災の時、私は赤ちゃんにかぶさりあの揺れを耐えました。
私はあの揺れの大きさに恐れながら赤ちゃんに向かって「大丈夫だよ!」と笑顔で言ってました。
赤ちゃんはもちろんどんな状況になっているのか分からないのでニコニコしてました。
あの時を振り返ると自分を優先に守るべきか、子どもを優先に守るべきか分からないけど、
未来ある子ども達に辛い体験をさせない事、楽しい事を体験させることが自分の出来ることではないかと考えるようになりました。
過去には戻れないから苦しむ事が多いけど、
明日があるからやり直せる事もあると思います。
私は過去の傷が癒えないままここにいます。
傷が癒える為には何が必要か、いつになったら癒えるのか分かりませんが、
子どもの幸せを考えられる大人になれたらいいなと思います。
ずっと心にしまってたことを出してみました。
最後まで見てくれた方、ありがとうございます。
だから気持ちが暗くなる可能性があります。
それでも見たい方だけ見て下さい。
数年前の出来事です。
いつものように私は子ども達と遊んでいました。
そんなところにある男性が来ました。
私が子どもと遊んでいる場所は誰でも来て良い場所なので
特に何も言うことなく、その男性を迎えました。
最初は普通にやさしいおっさんだなぁと思っていました。
でも、途中から食べ物を無償にでくれたり、
「何か欲しいものない?おじさんがあげるから。」と言い迫ってきました。
最初は普通に丁重に断ってたものの、
ずっと言い迫ってきたので少し恐くなってきました。
そしたら予想通りその男性は「いいから遠慮するな」と怒鳴り、
私に襲いかかってきました。
私は以前にも襲われた経験があり、ヒステリックになり、
子どもを置いて逃げてしまいました。
幸い、子ども達も私の後を追いかけて逃げてきました。
でも、私は自分の事だけを守ろうとしました。
大好きな子どもを置き去りにして。
私は襲いかかってきた恐怖と子どもを守れなかった悔しさでただ泣いていました。
あの後、大人の人達を呼び、駆けつけてくれたお陰でその男性は去りました。
子ども達には「一人で逃げてごめんね」と何度も言いました。
子ども達は「大丈夫だよ!何かあれば俺たちすぐに走って逃げられるし!」と私を全く責めませんでした。
逆に「みっちー大丈夫?恐かったよね。」と慰めてくれました。
私はそんな子ども達に申し訳なくてただただ「ごめんね」と言って泣くばかりでした。
後から駆けつけた大人の方々には
「自分を守らなきゃ、子どもを守れない。だからみっちーのした行動は間違えじゃないんだよ。」
と言ってくれました。
でも私は子どもを置き去りにして逃げた自分が許せませんでした。
あれから私は少し、子どもと距離を置くようになりました。
子どもは大好きだけど、自分しか守れない私が子どもと遊ぶ資格はないと思ったからです。
でも、色んな縁で今は再びほぼ毎日子どもと触れ合ってます。
ずっと遠ざけてたので、また子どもと触れ合うとは思ってもみませんでした。
これは私の通らなくてはならない課題なのでしょうか?
「自分を守れるからこそ、子どもが守るのが正しいのか?
それとも自分を犠牲にしてでも大切な子どもを守ることが正しいのか?」
それが分からないまま天秤に掛けながら私はこうして生きてます。
ただ、思うことがあります。
3.11の震災の時、私は赤ちゃんにかぶさりあの揺れを耐えました。
私はあの揺れの大きさに恐れながら赤ちゃんに向かって「大丈夫だよ!」と笑顔で言ってました。
赤ちゃんはもちろんどんな状況になっているのか分からないのでニコニコしてました。
あの時を振り返ると自分を優先に守るべきか、子どもを優先に守るべきか分からないけど、
未来ある子ども達に辛い体験をさせない事、楽しい事を体験させることが自分の出来ることではないかと考えるようになりました。
過去には戻れないから苦しむ事が多いけど、
明日があるからやり直せる事もあると思います。
私は過去の傷が癒えないままここにいます。
傷が癒える為には何が必要か、いつになったら癒えるのか分かりませんが、
子どもの幸せを考えられる大人になれたらいいなと思います。
ずっと心にしまってたことを出してみました。
最後まで見てくれた方、ありがとうございます。










状況は違うけど私も仕事をしてて自分を守ってしまったことがあり、自分が卑怯だなぁと思い、とにかく嫌になったことがあるよ。
その時先輩に言われたのは、自分を犠牲にすることはないっていうこと。
あんたの体なんだからね!
って言われた。
言葉に残すことは大変なのにみっこすげえ!それだけ整理ができてきたのかな!?
判子うまく押せるようになってなによりw
お祝いメッセありがとう!
さがっちもあるんだ。
でもやっぱり他の大人の人は自分を大切にって言うよね。
分かるけど分かりたくないところだなぁ。
なんか最近、襲われた恐怖感が蘇ったり、それと同時に子どもを守れなかった思い出も蘇ったりして悶々としてるんだ。
だからこうしてブログで整理してみたの。
でも書いてみたら意外と暗い日記にならずにプラスな自分がいたのにびっくりした感じw
なんかプロセスレコードやってる気分になった。
いつかお互い子どもに関わる仕事人として色々語ろうね。