「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評第207回 どこでもドアの先―橋本篤『どこでも小径 認知症回診日録』 駒ヶ嶺 朋乎 

2017年02月25日 | 詩客
 「認知症」、それは直面するまでできるだけ避けて通りたい問題であり、そうすると遠巻きに見ることになる。遠景からは物忘れ、徘徊、食事を終えたばかりなのに嫁が食事をくれないと言うおばあちゃん、などが見えるだろうか。現時点で有病率は65歳以上の10%(厚労省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」から)ともされ、誰しもが介護や当人として関わる問題である。物忘れ、つまり一緒に過ごした時間があっても思い出が共有できないとすると、介護者は一人で空白の時間に取り残されるのか。その日々に成長はあるのか。目的指向性を持った日常生活とはかけ離れた悲哀が感じられる。
 しかし実際近寄ってみると、実に多様で示唆に富む。“健康となんら変わりない”ということが言いたいのではなく、時に健康だと思っている日々に忍び込む不思議な出来事を、認知症のほうの日常が解き明かしてくれることがある、と思っている。日常と非日常とのあわいに詩が生まれるというのか、介護者によるすぐれた詩を最近見かける。私は診療に携わって10年目の若輩医師・詩人として、そうした詩歌から学ぶことも大きいと日々感じているが、この度は脳科学者・神経内科医の岩田誠先生に教えていただき、認知症診療に日常的にかかわる橋本篤氏の『詩集 どこでも小径 認知症回診日録』(編集工房ノア、2016年)を読んだ。ここに描かれているのは橋本医師が40年以上に渡って診療にあたってきたたくさんの出来事を匿名化して再構築したいわば“症例集”である。

あんた 中村先生の息子さんだね
お父さんにそっくりだね
お父さん元気かい?

キクさんは
しゃべりながら
自分でうなずき
じっと私をみる
私は一瞬ためらう
どう答えたらいいのだろうか

(「楽しく悲しい人物誤認」 p.71-75)


 人物誤認とは「ある人物を本人と認識することの障害で、患者は未知の人を知っている、もしくは肉親や友人など既知の人を知らないといったり別人だと主張したりする症状である」(長濱康弘「認知障害としてのカプグラ症状」Brain and Nerve 神経研究の進歩 66巻12号2014年、紙上討論 村井俊哉・長濱康弘「人物誤認は妄想か錯覚か?」より)という。これには家族と瓜二つの別人が家族に成り代わっていると確信する「カプグラ症候群」や自己の分身が同時に他所に存在すると思い込む「自己分身症候群」などが含まれる。“勘違い”の範疇を越えて対人関係の中で到底あり得ない取り違えをしている状態は、認知症の方の話をよく聞けば、ありふれた症状である。「そこの奥さん!お茶を一杯くれないか/一人の女性がお茶を差しだしてくれた/中年女性だと思ったその人は/まだ小学生で あなたのひ孫ですと宣言した」(「私の家」p.12)もこれに該当するだろう。家族さえもわからなくなる、また、人と人との違いがならされて区別がつかなくなってしまうと思うと根本的なルールが壊されてしまう恐怖を感じるかもしれない。が、実際のところ、認知症にありふれた人物誤認に関しては、この詩集に取り上げられているように、礼儀正しくほがらかで、人としてつきあって行く上で取り違えていることをやっきになって否定するような根拠もみあたらないことが多いのである。他者と私との境界線はここでかき乱されるのかどうか。こんな時、「私以外私じゃないの」(ゲスの極み乙女。)と言えるのかどうか。“こちら側”の認識は、“あちら側”(仮定)との接触で揺るがされるのか、揺るがなくていいのか。迷い出すときりがない。極めて詩的な問いである。

私は死ねない身体になりました
永遠に 生の苦しみから逃れられないのです

先生 なんとか死ねる身体にしてください

えっ?

不老長寿の願いからすれば
何とももったいない悩みではないか
(中略)
コタール症候群がこの病気である

(「不死妄想」p.65-70)


 コタール症候群、Cotardが1880年に報告した症例では「魂も神も悪魔も存在しない。生きるために食べる必要もない、自然死もできず、永久に生き続けなければならない」(古川哲雄『ヤヌスの顔 第5集』科学評論社、2004年p.274「55. Cotard症候群」より)という様相を呈していたようで、なんとも不思議な精神状態だと思う。八百比丘尼ってこんな方だったのかもしれないと思ったり。珍しいように思うが、ご高齢の方のお話をじっくり聞けば、折々触れる機会もある。Cotardの報告は「否定妄想」で自分自身だという実感がないような点がひとつキー所見だと思うが、一般に、では自分の死の感覚などというものが実感できるものなのか。むしろ程度の差こそあれ、皆、薄いコタール症候群であると言えないか。でないと死が日常的に怖くて仕方がない。“メメント・モリ(死を忘れるな)”だといって、生活を律する宗教的教義があるとしても、誰しも避けられない死というものを四六時中意識していたら精神生活がままならない。もろい我々の精神を保護する目的として、あえてこのような仕組みを脳が持つのかもしれない。

鷲尾さんだけは違った
大部屋がいいの 多床室がいいのと
個室が空いても決して移らないのだ

そんな鷲尾さんの容体が
ある日 急変した
(中略)
看護師がとんできた
鷲尾さんお部屋変わりますからね
詰所のすぐ近くだから 安心してね
(中略)
鷲尾さんはつぶやく

個室には行きたくない
一人にはなりたくない
(中略)
そんな鷲尾さんだったが
移動中のエレベーターの中で
あっという間に息を引きとったのだった
(中略)
娘夫婦はひとしきり涙を流すと
もとの大部屋の住人たちに
お付き合いの礼を言いに部屋を訪れた

その時だ 私だけではない

鷲尾さんが
娘夫婦の横に 寄り添って
大部屋仲間に深々と頭を下げている姿を
周りの者 皆が 確かに見たのだった

(「大部屋がだい好き」 p.92-96)

 この詩では、“あちら側”を経験するのがもはや認知症の患者さんではない。残された医療者たちが、亡くなったはずの鷲尾さんをたしかに見ている。親しい人、思い入れのある人を失くした時に、どれだけの人が幻視(幽霊?)を経験するのか。配偶者を失くした293人への聞き取り調査で、実に137人(46.7%)が亡くなった配偶者の幻覚(幽霊?)を経験したとする論文があることを上級医から教えてもらった(Rees WD. The Hallucinations of Widohood. British Medical Journal 4, 37-41, 1971)。“存在を感じる”という人が最も多く、声を聞いたり姿を見たりするのがそれぞれ十数%ずつあり、10人に1人が会話ができると答えたという。看護師さんとの雑談では、時に“患者様を看取った急変部屋から、今日は誰もいないはずなのにナースコールが鳴った”といった類いの怪談っぽい話が交わされるものだが、患者さんと医療者も人間同士で、残された側は患者さんが残した時間の延長に、たしかに生きている。人間双方の思い入れが、そのような形となって、生者と死者との境界をも塗り替えられる時間を経験するのかなと思う。これまた、単なる幻覚だよ、当直・夜勤が見せた疲労の形だよ、とやっきになって証明する点が見当たらない詩的瞬間である。悲しかったんだね、寄り添ってくれていたんだね、と思う。
 「どこでも小径」はあとがきによると『ドラえもん』のどこでもドアからつけたという。医療者が認知症の方との触れ合いから知ることができる私たちの知覚・世界の不思議は、通常、症例報告として医師の間でひっそりと読まれるに留まる。本質的な描写が正確でないと、興味本位に実像から逸れてしまう危険があるからだ。この詩集は極めて実際の臨床像に近い。以倉紘平氏による帯の論にあるように、「作者は、この人間の不可思議に寄り添って、どこか高貴なものを見出そうとしている」と私も思う。普段はなかなか開かれないが、認知症の方によって容易に開かれる扉、その先がどこにつながるのか、寄り添って一緒に見に行けば、とてつもなく新しい世界が広がっていたりするのである。
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