「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評第214回 反戦詩について―主体性のありか 須永 紀子

2017年08月13日 | 詩客
 毎年八月には新聞に戦争をテーマにしたコラムが掲載される。私事だが、以前エッセイに「敗戦」ということばをめぐる一文を書いたとき、断りもなく削除されたことがある。また詩のなかに「戦う」ということばを使ったときに執拗に意味を問われて、この国のひとはかくも「戦争」ということばにナイーヴなのかと思った。

 コラムでは栗原貞子さんの詩『生ましめんかな』や石垣りんさんの『弔辞』などが引用されることが多い。この夏、宮尾節子さんの詩『明日戦争がはじまる』を引用する新聞もあるだろうか。

 時評でありながら少し古い話になって申し訳ないのだが、『明日戦争がはじまる』について書きたい。同タイトルの詩集(思潮社)は2014年発行。わたしが手にしたのは2015年で、この年には自衛権の行使を可能にする安全保障関連法が参院本会議で可決され、成立した。国会周辺では学生グループ「SEALDs(シールズ)」らが反対デモを行った。
反戦ムード一色になった時期だった。詩は七年前に書かれたものとのことだけれど、宮尾さんは「反戦の旗手」と呼ばれ、行動していたと記憶している。

 明日戦争がはじまる  宮尾 節子

 まいにち
 満員電車に乗って
 人を人とも
 思わなくなった

 インターネットの
 掲示板のカキコミで
 心を心とも
 思わなくなった

 虐待死や
 自殺のひんぱつに
 命を命とも
 思わなくなった

 じゅんび
 は
 ばっちりだ

 戦争を戦争と
 思わなくなるために
 いよいよ
 明日戦争がはじまる


 タイトでうまい詩である。でも無防備に過ぎるのではないか。とても危険な詩だと思った。

 自然な感性と素直なことばで書かれている。わたしたちはみな戦争が起こらないことを願っているが、それをストレートに書くのではなく、反転させている。戦争という集合的記憶にチャンネルを合わせるのではなく、現在の社会状況を戦争につなげているところが新しい。 
 詩人の現実認識に対応する感性秩序と、一般の人びとのそれが同調しているように思える。平易なことば、わかりやすい表現。宮尾さんが目ざしていたのはこういう詩だったのかと思った。

 既に指摘されたことかもしれないが、気になるのは「主体性」はどこにあるのかということ。人間の「主体性」は、自己が他の何かのためではなく、自己それ自身のためにあるという意識、自己は自由であるという意識だ。現実が自己を抑圧していると感じたとき、「主体性」は外に向かって表現することを選び、詩の形になっていく。
 そういうものがこの詩には見えない。上から見ているように思えるし、かすかに党派性も感じられる。

 詩人がどのような宗教や政党を支持しようと自由だけれど、それを前面に出した作品は何らかの有効性を目的としているようにみえてしまう。反戦の詩であるとはいえ、逆の意味で党派的に利用されるということも起こりうる。
 宮尾さんの詩は著作権フリーになっているので、「機は熟した」という宣言として引用されることもあるだろう。
 その場合、詩という表現形式の持つ自由が揺らぐことにつながるような気がするのだが、どうだろうか。

 先に挙げた栗原貞子さん(1813-2005)は広島出身の詩人。「生ましめんかな」は原爆が投下された後の夜、地下室に避難していた被爆者の一人が産気づき、近くにいた重傷の産婆さんが赤子を取りあげたという話を栗原さんが聴いて、詩にしたという。
 詩のなかでは産婆は死んだことになっていて、「生ましめんかな/生ましめんかな/己が命捨つとも」と結ばれているのだが、この詩も主体性が見えない。
 非常時にあって心温まるような、よい話ではある。けれども名詩と評価されていることには疑問を感じざるをえない。
 栗原さんはまた行動する詩人として、平和運動に参加し、反戦、反核、反原発、反差別、反天皇制を主張した。

 三十年ほど前、飢えた子どもたちのために詩には何ができるのかという論争があった。
 そのことを直接問われたとき、答えることはできなかったのだが、いつか答えたいと考えていた。

 飢えた子どもたちのために目に見える形で詩にできることは何もない。けれど、優れた詩は飢えた子ども、飢えたひとの心に降りていき、くりかえし思いだされることになるかもしれない。そしてそのひとの生きるちからを強くしてくれるのだとわたしは思う。

 優れた詩は人びとの意識を吸いあげるようにして作られるものではない。一般の人びとの、現実の社会秩序に対応するような感性秩序に違和感を抱く詩人が、ひとりそれについて考え、時間をかけて作りあげた作品。そういう詩(文学作品)こそが尊いのではないだろうか。
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