「詩客」自由詩時評

隔週で自由詩の時評を掲載します。

自由詩時評第200回 五年後、十年後 藤井 貞和

2016年11月28日 | 詩客
 若松英輔さんの『石牟礼道子 苦海浄土』(NHK100分de名著、2016・9)に、なぜ『苦海浄土』を書いたのかに答えて、「新しい詩の形を示してみたいと思った」と石牟礼さんが述べたとある。「近代詩というのがありますね。古典的な詩もあります。それらとは全く違う、表現が欲しかったんですよ。水俣のことは、近代詩のやり方ではどうしても言えない。詩壇に登場するための表現でもない。闘いだと思ったんです。1人で闘うつもりでした。今も闘っています」(「新潟日報」2016・3・27)という石牟礼さんの答え。
 池澤夏樹=個人編集世界文学全集(河出書房新社)版の『苦海浄土』が、3/11の直前(2011・1・30)に出て、多くの読者を改めて引きつけた。詩の作品は連載をへて『祖さまの草の邑』(2014)に結実する。

宇宙は お産のわずらいに
はいったのかもしれない
まだ名づけられない
創世記
父親は誰だろう
予告のような大雷鳴が
天を突き抜けてゆく日に
そんなことを感じている
小さなひとりの人間

幼児の頃から
どこまでもどこまでも歩いていったら
この世の終りの曲りくねった木の根に
とっつかまっていた 

海と空の間の
天と地のぴったり合わさるところ
誰とも何も話せないさびしい崖に
行きつきそうなものだと思っていた
そう思いながら山の中の細い細い道を
ひとりで歩いているととても恐かった
終りがくることは恐しい (前半)

石牟礼道子「創世記」


 まあ、文学史的な詩の流れというやつは、一年目、二年目、三年目、……というようにして、五年目、十年目と順行し、織り上げてゆく代物かと思うと、3/11という断層が、十年後に生まれてよい作品を一年目にあらわし、五年後の作品は二年目に生まれ、という混乱をもたらし、反対に、書かれるべき作品がまだ書かされず、というような(だれが、どこがという具体的なことでなく起きた)逆転現象を見せつけているように思われる。それ以上言うと、語弊そしてさしさわりがあるから、なかなか言えないにしても、すこし探ってみたくて、若手の女性書き手の作品をいくつか石牟礼さんに並べてみることにした(都留文科大学にて、10・16)。
 石牟礼さんの「創世記」の傍らに、

  目を閉じれば、私は消える。
  まばたきの隙に、
  あの一瞬の暗闇のときに、
  からだは別の何かへすり替わっていく。
  私が地球をはらんだのは
  誰のしわざでもない。
  まぶたの裏に一幕の宇宙をひろげて
  ここからずっと、覚えている。……(下略)


という文月悠光さんの「大きく産んであげるね、地球」を置いてみる、というような。
 あるいは、

  ……
  光狂うあぜみちに
  昏睡している。もうもうと雲が湧く。
  心臓が暗いとき、
  がらんとした明るいあぜみちは、脳髄がわっと芽吹いて
  今朝のあたらしい遺跡をつくるのだった。(それはまたたくまに消えうせる)……


と、暁方ミセイさんの「ゆきみなとをゆく人は」を置く。

  ……
  ほしいものはありますか、
  (電話線が廊下へと延びて)
  ほしいものはありません
  (断ち切られたコードをつなぐ術を探して)
  ほしかったものはありますか
  (かつて在ったものたちが空へ土へ回収されて)
  ほしかったものはありません 
  ……
  あの子
  静かに眠っている


は一方井亜稀「mirror」で、3/11以前に書かれた予言的な作品の一つ。これらの作品が五年後に、あるいは十年後にどこへゆくか、よくわからないにしても、反面で、いま息切れしている詩を書く“ぼく”たち(じゃない男性書き手たち)は、そのころになればきっと新しい遺跡で息を吹き返してくる。いまがダダイスム/シュルレアリスムから百年であることをだれも気づかなくてよかろう。
 石原吉郎さんの没後何十年、あるいは黒田喜夫さんの何年と、いろいろ思い出されることの多い一年だったと、だれの感想にもひとしおだろう。『現代詩手帖』には黒田特集を見る(11月号)。よいお年を!

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