
最近のリメイク映画の、当初上映された時期からのあまりにも短い期間についての上映について、その意味を考えている。リメイク映画とは言わず昔はリバイバルといったものだが、だいたい10年以上は元作品と間隔が開いていたように思う。
昨年上映された「モールス」(10)は何と「ぼくのエリ 200歳の少女」(08)から2年しかたっていない。原作が一緒でも内容を多少変えていればそれなりに見られるが、問題は演出、出演者が違えどほとんどストーリーが変わらないということなのである。
こういう現象は僕の記憶では「ディパーテッド」(06)「インファナル・アフェア」(02)辺りから顕著だと思うのであるが、今上映されている話題のフィンチャー監督の「ドラゴン・タトゥーの女(11)」も「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」(09)から2年と超短い間隔である。
僕の短絡的な見識からは、大した作品でなかったら見なければいいのである。僕はだいたいリメイク映画は見ない主義なのであるから。(間隔にかかわらず)
しかし、「ディパーテッド」はスコセッシが監督し、確かアカデミー賞作品賞を獲得している。そして今フィンチャーも同様のことをしようとしているのである。
何故こんなに短い間隔で映画をそもそも撮ろうとするのか、その動機と、効果というか意味合いを知りたいのである。
敢えて、理由を考えるに、DVDなどで一つの作品を何回も見る人がいるが、そういう人たちからはリメイク映画はてんで気にならないのかもしれない。
でも僕のような一回見たら再度見る気の起きない映画ファンは(そもそも僕が変わっているのかなあ)こういうリメイク映画の登場に困惑するのである。前作を見ていなければその個人にとってはリメイクでも何でもなかろうから新しい映画である。でもリメイク映画を見るファンはストーリーを覚えている。そこに何の楽しみを見つけるのだろうか、、。
僕はリメイク映画を、けれど性懲りもなく前述したようにしっかりと見てはいる。しかし感心した覚えがないのである。
今「ドラゴン・タトゥーの女」を見ようかどうか迷っている。その作品に思い入れがあればある程困惑するのである。
皆さんどうですか?









「ドラゴン・タトゥーの女」はフィンチャー作品だとしても今いち食指がわきませんなあ。
まあ、アメリカ人ってのは自国映画しか見ない連中が大半だそうですから、スウェーデン版なんか関係ないんでしょうが…。
企画力の欠乏を言う向きもあるそうですが、世界がマニュアル的に安易な方向にふれていってるのが最大の理由じゃないでしょうか。
ところで、随分ご無沙汰ですが、近いうちに一杯どうですか?
そういえば外人は吹き替えで映画を観てるというし、いい加減なんでしょうね。
けにろんさまのブログに書き込みしました。
いつもシネスケでの鋭い論評にぶっ飛んでおり、ヌートリアEさまのファンでした。
リメイクですが、単に面白いから、売れそうだからに尽きるんではないでしょうか。ベースがあるんで予算もかからないですし。
またけにろんさまがご指摘されている様にアメリカ人は、ハリウッド映画以外観ないという人も多いと思います。アメリカの映画館に行きましたら、全部ハリウッドでした・・・。
「ぼくのエリ〜」は、公開直後から企画が始まっていると考えると末恐ろしいですね。
またはじめまして。
シネスケでわが拙評を読んでいただけたなんてびっくりしました。相変わらず自分中心のコメントで、みなさんに迷惑かけていないかと心配しています。
僕はミステリーを読むのも好きなんですが、ミステリーはネタが勝負です。
指摘しているリメイク映画は「ぼくのエリ〜」を始めすべてミステリーっぽいんですよね。
それでは、またお越しください。失礼します。