Sightsong

自縄自縛日記

ジョバンニは、「もう咽喉いっぱい泣き出しました」

2007-04-06 22:32:27 | 東北・中部

鎌田東二氏が聖地や沖縄について、あくまで自らとの関わりを中心に書いた『聖地への旅 精神地理学事始』(青弓社)は、面白いが、全くロジカルでなくハチャメチャで支離滅裂である。(繰り返し、面白いのだが。)

それに対し、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』について探った、『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』(岩波現代文庫)は、ターゲットを絞っている分、論旨がはっきりしており面白く読めた。

「銀河鉄道の夜」を、初稿から最終稿である第四稿まで追っていくと、主人公ジョバンニの甘えが次第に削がれていき、孤独や寂しさを独り引き受けていく様がわかる。鎌田氏は、それを、「修羅の涙こそが菩薩の道を切り拓く文字通り水路となる」と表現している。

この寂しさは、妹を亡くした賢治が旅をしたサハリンの風景とも重なっていく(萩原昌好『宮沢賢治「銀河鉄道」への旅』、河出書房新社)。

私が『銀河鉄道の夜』、初稿から最終稿までにおいて注目したのはジョバンニの慟哭である。

ジョバンニは、黄泉の国への汽車である銀河鉄道に、いつのまにか友達カムパネルラと乗車している。(実はカムパネルラは、溺れかけた友達を助けようとして、自分が死んでしまうのだが、それがジョバンニにはっきりわかるのは銀河鉄道からの下車後である。)

銀河鉄道のなかで、ジョバンニがふっとカムパネルラが居た席を見ると、そこにはカムパネルラがいない。本能的に、カムパネルラが永久にいなくなったことを悟ったジョバンニは慟哭する。

以下、その部分の変遷である(太字がその前の稿からの変更箇所)

(初稿)「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」ジョバンニが何とも云へずさびしい気がしてふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずたヾ黒いびろうどばかりひかってゐました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。そしてはげしく胸をうって叫びました。

(第二稿)「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずたヾ黒いびろうどばかりひかってゐました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びました。

(第三稿)「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずたヾ黒いびろうどばかりひかってゐました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣き出しました。

(最終稿)「カムパネルラ、僕たち一緒に行かうねえ。」ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずたヾ黒いびろうどばかりひかってゐました。ジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞えないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣き出しました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったやうに思ひました。

読み手の胸をうつ表現として、寂しさのクライマックスとして、次第に完成されてきていることがわかる。筒井康隆は、何かのエッセイで、宮沢賢治の『注文の多い料理店』に触れ、「二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました」という表現を、極めてエロチックなものとして評価している。ジョバンニの慟哭が、カムパネルラへの同性愛だとかエロチックだとか言うつもりはないのだが、感情の昂りを表現しつくすという意味では共通しているだろう。

テオ・アンゲロプロスの映画『エレニの旅』でも、探していた息子2人の死を知ったエレニが最後にただ大きな声で慟哭する。きっとアンゲロプロスも、この方法が最善だと考えたに違いない。

杉井ギサブローのアニメ映画では、たしか、ジョバンニは「カムパネルラー!」と叫ぶ。その点だけをとってみれば、やはり、非常に不十分な描き方に感じられた。


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2 コメント

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Unknown (きえふにいさん)
2007-04-09 14:38:50
『銀河鉄道の夜』はアニメも好きで見ました。なるほどねえ。「もうそこらが一ぺんに……」のあたりは、うまい表現ですね。アニメだとたしかに、そういうのを表現しにくいだろうなあ。
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Unknown (Sightsong)
2007-04-09 23:11:14
きえふにいさんさん
『銀河鉄道の夜』のアニメ、青を基調としている感じで、猫の目線も良くて、細野晴臣の音楽も良くて、私もいい映画とは思うのです。たしかに、声にならない声で叫び泣いたら、インパクトが強すぎるかもしれませんね。
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