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オースター『幻影の書』読書中!

2012年01月28日 23時40分07秒 | 文学
ポール・オースターの『幻影の書』(新潮文庫)を読んでいる。(120頁ほど)
オースターの本を読むのはひさしぶり。ひさしぶりと言うほどの熱心な読者であったことはないのだが、オースターの本が流行っていたとき(いまでも流行っているのかもしれません)、いくつか読んだ。最初の短編集は英語で読もうとして本を買ったはずだけれど英語では読まなかった。その短編集の三作品と『最後の物たちの国で』と『ムーン・パレス』を読んだように思う。
『幻影の書』は妻子を飛行機事故で亡くした男が他に何もできなくなったがある無声映画にだけは惹かれるものを感じその映画作家の研究をするという話。
この、妻子を亡くし(特に妻)何も出来なくなるという設定に僕はとにかく弱い。それと実際の世の中にはないものを小説の設定の中で作ってそれを研究するという手の込んだ設定にも弱い。
何も出来なくなったけれどあることだけは出来て、必死でそれにしがみついて生きていくというのは惹かれる話だ。
思い出すのは、加藤典洋が若いころに全く本を読めなくなったが中原中也の詩集だけは読むことができて花屋で花を買ってきてそれを部屋に飾って中原中也の詩集を読んでいたという話。そういう話になぜだか惹かれる。
僕自身の経験としても、なんだか夏目漱石だけが僕の気持ちを分かってくれる気がして、夏目漱石の小説をずっと読んでいた時期がある。
そういうことが青年にはわりとよくあることなのかもしれないので、オースターはいまでも(たぶん)人気があるのだろう。
『幻影の書』には無声映画の描写が「そんなの知らねえよ」というくらい詳しく描かれる。たぶん、チャップリンとかバスター・キートンとかのイメージからオースターが作ったものなのだろうけれど、あまり無声映画を見たことがないので大学時代にNHKでよくやっていたミスター・ビーンのイメージに結び付けて読んでしまっている。(ミスター・ビーン好きだったなあ。)
で、読んでいると当然のごとくミスター・ビーンが見たくなってきた。
僕の身にもなにか不幸が訪れて、何も出来なくなってそれでも生命保険とかいろいろで生活に困らないというような状態になったらミスター・ビーンのDVDボックスを買って家で一日中ミスター・ビーンを見続けたら笑いが取り戻せるかもしれない。それはひとつのプランとして記憶しておこう。
『幻影の書』の主人公は、無声映画の研究のあとでシャトーブリアンの回想録の翻訳をやっている。なかなか不思議な話だ。確かに何もしないでいるよりは何か手を動かして仕事をするというのは救いになるのだろうなということはよくわかる本だ。そのへんの感じが切実で、そこが退屈そうな話なのに読んでしまっている理由なのだろう。
ジャンル:
小説
キーワード
オースター ミスター・ビーン 不思議な話 シャトーブリアン 夏目漱石の小説 ムーン・パレス 飛行機事故 チャップリン
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