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☆大江健三郎「憂い顔の童子」感想

2009年11月05日 23時22分28秒 | 文学
憂い顔の童子 (講談社文庫)大江健三郎の「憂い顔の童子」(講談社文庫)読了。
この間、この小説の続編である「さようなら、私の本よ!」と一緒にふとサガンの「悲しみよこんにちは」を買った。買ったあとで題名の類似に驚いた。
「こんにちは」のあとに「さようなら」するか、「さようなら」してから「こんにちは」するか少し迷っている。しかしやはり先に大江健三郎の本にさようならすべきかもしれない。

以下、なんだか長くなってしまったけれど、「憂い顔の童子」の感想です。
小説のなかに、「若いニホンの会」という、古義人が若いころに芦原(石原慎太郎がモデル)や迂藤(江藤淳がモデル)らと作った会の話があり、ほんとうにそのような会に大江健三郎は所属していたのだろうかと調べてみたら本当に「若い日本の会」は存在していた。
会に所属していた人として蟹行という人もいたらしく、これを僕は「かにゆき」と読んで吉行淳之介のことかなあ、大江健三郎と交流があったのかな、と思っていた。しかし読んでいくと、大江健三郎と同様若いころは痩せていて年をとって太った人物であることが分かり、吉行淳之介は若いころは知らないが年をとったときに痩せているので違うと思い、調べてみると、蟹行と書いて「かいこう」と読むことが分かった。開高健か。
モデルといえば、古義人の長女の真木が電話で「私はサクラコではない」と相手に訂正する場面は意味がよくわからない。他の小説からの引用か? 長女をサクラコと名付けている大江健三郎の小説があるということか、それとも大江健三郎の次男の名前が桜麻(サクラオ)なのでそれを仄めかしているのか、よくわからなかった。
長女の真木が混乱して頭をがんがん壁に打ち付ける場面は印象に残った。ほんとうにこのようなことがあるのだろうか。ほんとうだとしても嘘だとしても小説家の娘は大変だ。
そういえばこのシリーズには次男がまったく登場しない。古義人には二人しか子供がいないように読める。なんかあったのだろうか。
僕が大江健三郎の息子だとしたらあまり父の小説に登場したくない。

「ドン・キホーテ」になぞらえてこの小説を前篇と後篇に分けて考えると、前篇は「壊す人」とか「銘助さん」とか僕はもうすっかり忘れてしまっているしそもそもあまり興味のない四国の森の神話からの引用が多く退屈だったが、後篇(「第十三章 「老いたるニホンの会」(一)」以降くらいから)はたいへんおもしろくなった。
前作「取り替え子」で僕にはよくわからなかった”アレ”について、よくわからなくて正解というようなところがあり安心した。
《アレの一切が、計算される。古義人も吾良も、奥瀬にあった練成道場の若者らの、米軍語学将校殺害に手をかした。》(401頁)
つまり、この小説(「憂い顔の童子」)のなかの古義人は小説「取り替え童子」を発表している。「取り替え子」と内容が同じであるだろうその「取り替え童子」で、古義人が過去に殺人に手をかしたことがあるとは書くことはできない。
しかし今回はっきりと”アレ”について書いてしまったので、次回作でどういう展開になるのか楽しみだ。

あとは、加藤典洋のことだけれど、ここの部分(「第二十一章 アベリャネーダの偽作」)はとてもおもしろかった。大江健三郎のユーモアを感じた。
加藤典洋の評論には大江健三郎の名前も出てくるのに、そこはうまく端折り、まるで古義人の書いた小説「取り替え童子」に加藤典洋が評論を書いていると読めるようになっている。しかも古義人として(大江健三郎として、ではなく)きちんと反論しているのがおもしろい。

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