ダブログ宣言!

ひとりでするのがブログなら、ふたりでするのがダブログ。

☆米アカデミー賞

2010年02月11日 00時12分14秒 | 映画
バスを待っていると黒い服を着た男が風呂敷に包んだ骨壺を抱えてやってきたのだが、よく見ると、骨壺ではなくてナイロン袋に入ったケンタッキーフライドチキンの「バーレル」だった。
「バーレル」は鶏の骨壺と言えば言えるかもしれないが、完全な見間違いだった。

今日は咽喉も頭も痛かったが、だいぶ良くなった。
風邪をひくかと思ったが、ひかないで済むかもしれない。

米アカデミー賞のノミネート作品の中では「ザ・ラスト・ステーション」(原題)と「ジュリー&ジュリア」が気になった。
「ザ・ラスト・ステーション」(原題)はトルストイというところが気になった。タイトルも彼の死に場所を思わせるもので興味を惹く。
「ジュリー&ジュリア」はメリル・ストリープのフランス人っぽい英語(アメリカ人っぽいフランス語だったかなあ)を聞いておもしろそうだと思った。
作品賞ノミネートが10作品になったのは不況の影響なのかなあ。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

☆夏目漱石「門」

2010年02月08日 22時19分16秒 | 文学
門 (岩波文庫)夏目漱石の「門」(岩波文庫)を読んだ。
「門」は最後に禅寺に行くけど悟れない話という印象しかなく、あまりおもしろくないかと思っていたが、ものすごくおもしろかった。「それから」も好きだが、「それから」よりもおもしろかった。
こどものいない夫婦という設定が、自分と同じだからかもしれない。
崖の上のお金持ちの坂井さんの家と崖の下の野中宗助の家との交流のあたりが好きなところだった。きっかけとなるのが泥棒というのも面白い。たしか「吾輩は猫である」にも泥棒が登場した。
宗助の弟の小六の進学問題は読んでいてかなりつらい気持ちになるので、坂井さんの家の書生になるという話になったときはほっとした。
恋人(現在の自分の妻)を奪い取った男と出会うことを恐れて禅寺に入るのは唐突な設定といえば唐突だ。しかし、退屈かと思っていた禅寺の場面はとてもおもしろかった。
ひとりになって禅寺で考えるのもいいなあと思った。
いまの日本は宗教アレルギーのようなところがあり宗教的なことを避けようとするので、お寺に行くとかは世間体が許さず出来ないのだが、マラソンやジョギングなどがいまの日本では禅寺で修行することの代わりとなっているのかもしれないと思った。
禅寺に求めるものも、マラソンに求めるものも、結局は過去の記憶から自由になることなのかもしれないなあ。
禅寺生活は、ついこの前やった入院生活も思い出した。

宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」は、「門」と登場人物の名前と崖付近に住んでいること以外に共通点はあるのだろうか。
宮崎駿といえばついこの間「ハウルの動く城」を早送りでざっと見たけれど、相当おもしろいと思った。今度じっくり見たい。
人間の内面とか他人に心を許すこととか心の闇とか、そういうテーマがごちゃごちゃしててぼうっと何かを考える(つまりは具体的には何も考えない)のにちょうどよい映画だ。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

☆夏目漱石「それから」

2010年02月04日 23時51分01秒 | 文学
それから (岩波文庫)夏目漱石の「それから」(岩波文庫)を久しぶりに読む。だいたいのあらすじは記憶していたのだけれど、細かい部分はほとんど忘れていた。おしまいのあたりはどうなる事やらとどきどきした。
平岡に、妻の三千代に病気が治るまで会わせないと言われたときの代助の、
「あっ。解った。三千代さんの死骸だけを僕に見せるつもりなんだ。それは苛い。それは残酷だ」
という台詞は、代助のそれまでのイメージとかなり違いがあり強烈だ。
その少し前の、三千代に告白した前後あたりで、それまでの頭でっかちで父親や兄や嫂に何を言われてものらりくらりと答えていたのから一新して、しゃんとした真面目な印象に変わったときはとても好感をもったのだけれど。
時系列にまとめると僕の、代助のイメージは、
のらくら → 真面目 → 狂気
というふうに変わっていった。
とてもおもしろかった。やはり傑作だと思う。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

☆太腿それから渡辺一夫

2010年02月02日 22時24分56秒 | 文学
会社の帰りにバスを追いかけて走ったら太腿が痛い。バスには乗れたから良かったけれど、きちんと毎日運動しようと決意を新たにしたのでした。(このところ天気が悪かったからサボっていた。)
決意と言えばそろそろ資格試験の勉強を始めなければなるまい。本を買い申し込みを済ませただけで、今回はほんとうに何もしていない。

夏目漱石の「それから」を読んでいる。
もっとセンチメンタルな話だと記憶していたが、わりと知的な話だった。当時自分がセンチメンタルであったからそのように思ったのであろう。しかし知的に感じるからといって、現在の自分が当時に比べて知的になっているわけではないと思う。
漱石はやはり、いつ読んでもおもしろい。
「それから」「門」「こころ」を読みたいと思っている。

少し前に大江健三郎を読んでいて、彼が尊敬してやまない渡辺一夫(先生)の本が読みたいなあと思ったのだけれど、今月岩波文庫から「渡辺一夫評論選 狂気について」が復刊するようだ。読まねばなるまい。
同じく復刊されるグリンメルスハウゼンの「阿呆物語」も大江健三郎の小説に登場した。
なにゆえに復刊するのかわからない本はたいてい大江健三郎か村上春樹の本に原因があるものだ。
コメント (0) | トラックバック (0) | goo

☆松本清張「点と線」感想

2010年01月31日 17時44分00秒 | 文学
点と線 (新潮文庫)松本清張の「点と線」(新潮文庫)を読んだ。
松本清張を読むたびに「古いなあ」と感じる。今回も古かった。
黒澤明の映画も、時代劇ではあまり感じないけれど現代劇になると古いと感じる。それと同じ感じ。
女はこういうものだからこうだろうとか、課長補佐はだいたいこうだとか、それで推理が成り立っているのがすごい。
昭和のおっさん臭さを思い出したければ松本清張を読めばいいと思うが、僕はもういいです。
コメント (3) | トラックバック (0) | goo