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佃島の念仏踊り

2017-07-14 14:57:26 | 日記
佃島の念仏踊りは、

念願のことで、なんとか見物をしにでかけられた。


地下鉄有楽町線の月島駅から
徒歩
7、8分のところが
目的の踊り場
佃1丁目2番地10号であるらしい。

6番出口が最寄と駅員におしえいただいて、地上にでると、
まったく方角がわからなかった。

女性が
街並みの案内看板をのぞきこんでいた。

すみません。
盆踊りの場所はご存知でしょうか、とお尋ねした。
ワタシモ サガシテマス
なんと
マレーシアからの観光客であった。

彼女は英文のパンフをもっていたが、いまいち分かりづらいらしいのだ。

われわれ3人は佃中学の前にきていた。
このへんらしい。
学生5人ほどに尋ねたが、盆踊りをしていることすら、知らなかった。
地元のひとは、案外、無関心のようなのだ。

佃島は急速に都市化がすすみ、40階建てほどもあるマンションが林立していた。

住吉神社がみえてきて、
ほっとした。
ワンちゃんと散歩のご夫人は、赤い橋を渡るとすぐですよ。櫓が組まれています、とおしえてくれたのであった。
踊りは始まってた。
メロディーはのんびり調。
19時半ほどになると子どもの踊りは終わった。菓子が配られるとのことであった。
それもあってなのか、子は大勢踊りに参加していた。

仏様を拝んだひとはお菓子がもらえることになっているようであった。
仏様とは無縁仏。
関東大震災や、東京大空襲でご遺体が佃島に流れ着き、そのほとけを祀ってきたとの説明をきいた。
茄子、胡瓜、トマト、大きなほうずき、そして白いおだんごも供えられてあった。

8時を過ぎると、大人たちの念仏踊りがはじまるとんことだが、
腹ごしらえにでかけた。駅の前にもんじゃ焼き店があった。混みあっている麦の本店へはいった。
文化人が大勢きていたので色紙が壁をおおっていた。
宮本亜門さんもこられていた。

大人の念仏踊りは
江戸時代にタイムスリップさせてくれた。
太鼓を打つ
やぐら以外は照明のない踊り場で、二重になって仏へ踊りを捧げていた。

はじめて見る念仏踊りに
感動のあまり涙があふれてきた。

日本人のたましいの素なのだろう。
おだやかな音色のなか、踊りは続いた。
7時ころであった。昔からの木造の家の玄関口で迎え火を焚く家があった。
東京にあってはめずらしい迎え火。
その近くに劇作家の碑がたっていた。

佃島が好きで
渡し舟でわたったであろう劇作家さま。

迎え火をみていて
たしかに佃島には人情があったのである。
隅田川を納涼船が往き来していた。
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