→前回(佛日庵)へ
佛日庵の次に行ったのは円覚寺最奥にある塔頭(小院)・黄梅院です。↓

黄梅院は、1354年創建の夢想疎石の塔所(高僧の墓所)だそうです。
で、夢想疎石とは。↓
鎌倉時代末期から室町時代にかけての臨済宗の僧侶。
後醍醐天皇の命によって南禅寺の住職となったのち(1325)、鎌倉で浄智寺、円覚寺の住職を歴任する。
他、鎌倉では瑞泉寺の前身・瑞泉院を、京都では天龍寺、西芳寺(苔寺)を開いた。
足利尊氏に、後醍醐天皇らの菩提を弔うための「安国寺」を全国に建立させたのもこの人。
名庭の設計で有名で、鎌倉・瑞泉寺の石庭や、国の特別名勝である京都の天龍寺、西芳寺の庭園などを手がけた。
ちなみに円覚寺・妙香池(みょうこうち)も彼の作と伝えられている。↓

これは大分以前に一度紹介しましたね。(昔過ぎて誰も覚えていないでしょうが
)
そんな黄梅院の境内の様子はこんな感じ。↓

ミツマタや椿?サザンカ?が咲いており、大きな本堂と小さな観音堂がありました。
とても小さいお寺さんですが、円覚寺塔頭の中で数少ない拝観できるところですので、貴重です
他に拝観できるのは、前回の佛日庵、前々回の龍隠庵、期間限定で舎利殿は拝観できる正続院、あとはなぜか未だに入ったことの無い(入りそびれるんです
)松嶺院くらいですかね。
一応、拝観不可の塔頭でも、お寺巡りの特別企画に参加されたり、また個人で往復はがきもしくは電話でお願いできる可能性はあるようですが、自分でチャレンジしたことは無いのでなんとも…
ちなみに、現在の塔頭は全部で19寺あるそうですよ(最盛期は42)。
さて、拝観はできませんでしたが、他の塔頭もちらっとご紹介。
門前まではいくつか見て回ったので。
例えばこちら。
円覚寺山門の(入り口から見て)右側にある帰源院さん。↓

こちらは夏目漱石・島崎藤村が参禅していたお寺さんで、漱石の『門』に登場する「一窓庵」のモデルになったところだそうです。
結局確認は取れなかったのですが、やはり漱石の『草枕』の中の主人公の回想シーンに出てくる”鎌倉の塔頭”のモデルもやはりここかなと思います。
石段があり、振り返れば杉の木が立ち並ぶ。広い本堂と広い庫裏。
彼はスンナリ山門をくぐりましたが、例によってこちらは拝観不可ですので、私たちには叶いません。
うーん残念。
せめて、すれ違った僧侶が姿を隠した杉の木の間を体感しましょう
↓

ちなみに私は、普段からこんな『草枕』みたいな文学を読む人間では全くありません。
たまたま読んだらたまたま書いてあっただけです
でも、古い文学作品を読んでいれば円覚寺は結構でてきそうですよ。
前回の佛日庵の茶屋は、川端康成の『千羽鶴』の舞台になったところだそうですし。
私が見そびれ続けている松嶺院は、有島武郎が『或る女』なんかを書いた場所だそうですし。
次はこちら、如意庵さん。↓

やはり「當庵は 非公開です あしからず 御海容を」なんて書かれているお寺さんです。
でもこういう文章にご住職の人柄が垣間見えますよね。
”あしからず 御海容を”とは、なかなか良いなと思います。
門の中にはもちろん入れませんけど、門の手前の石段を上るのは可能(だから上の文言を見られた訳ですが)。
故に、前に来た時には石段の途中のミツマタに人が群がって写真を撮ったりしていました
あと、方丈の大体西側にある壽徳庵さん。↓

こちらもやはり中には入れませんが、柵がある所までは行けそうだったのでちょっとだけ上ってみました。↓

おお、いい眺め
分かりにくいですが、階段正面の壁の向こうは、方丈前庭園と百観音です。
壽徳庵さんは円覚寺百観音の霊場の一つですので、百観音巡りの方であれば参拝出来るようですよ。
では、ぼちぼち円覚寺をあとにしようか、と思い山門付近まで戻ったのですが。↓

「墓地見学会実施中 お気軽にお立ち寄りください」との看板が。
いや確かに、年齢的にも金銭的にも、まだ積極的に墓地購入を考えている訳ではありません。
が、しかし!
この先にいったい何があるのかは全く知りませんでして。
せっかくなので行ってみました
まず幼稚園があり、さらにしばらく上ると、↓

円覚寺の外っぽいところへ出てしまいました。
そして、右側に階段が続いているのがわかりますでしょうか?
実はここも円覚寺の塔頭で、富陽菴さんというお寺さんでした。↓

なんでしょう、この素敵な雰囲気は
しかし、墓地見学会をされているのはこちらではないようです。
先へ進みまして、見学会をされていたのはこちらでした。↓

白雲庵さんです。
こちらもやはり円覚寺塔頭です。
が、お坊さんに墓地の説明を懇切丁寧にしていただく訳にも参りませんので、ちらっと覗いただけで中には入りませんでしたよ。
まあ、もう夕方4時をまわっていて、そもそも見学会をまだやっていたのかも不明ですが。
しかしこちらはずいぶん近代的なお寺さんだなぁと思いました。見た目が。
先へ進みます。
行く道もなかなか趣があって良いですね!


高台の道なので、景色の良い道のりでした。
そして、この円覚寺塔頭ストリート(勝手に命名)の一番端にあったのがこちら。↓

雲頂菴さんです。
茅葺の屋根がなかなか可愛らしいですが、中の様子はまったくうかがい知ることが出来ませんでした。
この先に行くともう普通の住宅街で、そういえばどこから円覚寺じゃなかったんだろう??といった感じも。
そんななか、八雲神社という神社に辿り着きました。↓

地域密着型の、小さな小さな神社です。
が、景色が良いのです。↓

画面中央に見える細長い屋根は、北鎌倉駅のなが〜いホームのものですね。
塔頭寺院には一般の人はなかなか入れなさそうですが(良い感じなのに残念です)、こちらは普段子供が遊び場にして、大人は犬の散歩に来て、ふと開けた景色に心癒されたりして、そうやって愛されている場所なんだろうなと思いました。
さて、この後は円覚寺境内に戻り、鶴岡八幡宮に寄って、鎌倉駅より帰りました。
という訳で、これにて鎌倉三十三観音巡りは終了です。
この後も何度も鎌倉には訪れているのですが、とりあえずこれをもって鎌倉日記は終了とさせていただきます。
いやぁ、ちょっとのつもりで書き始めたら異様に長い連載(?)になってしまいました
今後については今のところ決めかねています。
とりあえずしばらく休むかも。
では、今日はこれまで。
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佛日庵の次に行ったのは円覚寺最奥にある塔頭(小院)・黄梅院です。↓

黄梅院は、1354年創建の夢想疎石の塔所(高僧の墓所)だそうです。
で、夢想疎石とは。↓
鎌倉時代末期から室町時代にかけての臨済宗の僧侶。
後醍醐天皇の命によって南禅寺の住職となったのち(1325)、鎌倉で浄智寺、円覚寺の住職を歴任する。
他、鎌倉では瑞泉寺の前身・瑞泉院を、京都では天龍寺、西芳寺(苔寺)を開いた。
足利尊氏に、後醍醐天皇らの菩提を弔うための「安国寺」を全国に建立させたのもこの人。
名庭の設計で有名で、鎌倉・瑞泉寺の石庭や、国の特別名勝である京都の天龍寺、西芳寺の庭園などを手がけた。
ちなみに円覚寺・妙香池(みょうこうち)も彼の作と伝えられている。↓

これは大分以前に一度紹介しましたね。(昔過ぎて誰も覚えていないでしょうが
)そんな黄梅院の境内の様子はこんな感じ。↓

ミツマタや椿?サザンカ?が咲いており、大きな本堂と小さな観音堂がありました。
とても小さいお寺さんですが、円覚寺塔頭の中で数少ない拝観できるところですので、貴重です

他に拝観できるのは、前回の佛日庵、前々回の龍隠庵、期間限定で舎利殿は拝観できる正続院、あとはなぜか未だに入ったことの無い(入りそびれるんです
)松嶺院くらいですかね。一応、拝観不可の塔頭でも、お寺巡りの特別企画に参加されたり、また個人で往復はがきもしくは電話でお願いできる可能性はあるようですが、自分でチャレンジしたことは無いのでなんとも…

ちなみに、現在の塔頭は全部で19寺あるそうですよ(最盛期は42)。
さて、拝観はできませんでしたが、他の塔頭もちらっとご紹介。
門前まではいくつか見て回ったので。
例えばこちら。
円覚寺山門の(入り口から見て)右側にある帰源院さん。↓

こちらは夏目漱石・島崎藤村が参禅していたお寺さんで、漱石の『門』に登場する「一窓庵」のモデルになったところだそうです。
結局確認は取れなかったのですが、やはり漱石の『草枕』の中の主人公の回想シーンに出てくる”鎌倉の塔頭”のモデルもやはりここかなと思います。
石段があり、振り返れば杉の木が立ち並ぶ。広い本堂と広い庫裏。
彼はスンナリ山門をくぐりましたが、例によってこちらは拝観不可ですので、私たちには叶いません。
うーん残念。
せめて、すれ違った僧侶が姿を隠した杉の木の間を体感しましょう
↓
ちなみに私は、普段からこんな『草枕』みたいな文学を読む人間では全くありません。
たまたま読んだらたまたま書いてあっただけです

でも、古い文学作品を読んでいれば円覚寺は結構でてきそうですよ。
前回の佛日庵の茶屋は、川端康成の『千羽鶴』の舞台になったところだそうですし。
私が見そびれ続けている松嶺院は、有島武郎が『或る女』なんかを書いた場所だそうですし。
次はこちら、如意庵さん。↓

やはり「當庵は 非公開です あしからず 御海容を」なんて書かれているお寺さんです。
でもこういう文章にご住職の人柄が垣間見えますよね。
”あしからず 御海容を”とは、なかなか良いなと思います。
門の中にはもちろん入れませんけど、門の手前の石段を上るのは可能(だから上の文言を見られた訳ですが)。
故に、前に来た時には石段の途中のミツマタに人が群がって写真を撮ったりしていました

あと、方丈の大体西側にある壽徳庵さん。↓

こちらもやはり中には入れませんが、柵がある所までは行けそうだったのでちょっとだけ上ってみました。↓

おお、いい眺め

分かりにくいですが、階段正面の壁の向こうは、方丈前庭園と百観音です。
壽徳庵さんは円覚寺百観音の霊場の一つですので、百観音巡りの方であれば参拝出来るようですよ。
では、ぼちぼち円覚寺をあとにしようか、と思い山門付近まで戻ったのですが。↓

「墓地見学会実施中 お気軽にお立ち寄りください」との看板が。
いや確かに、年齢的にも金銭的にも、まだ積極的に墓地購入を考えている訳ではありません。
が、しかし!
この先にいったい何があるのかは全く知りませんでして。
せっかくなので行ってみました

まず幼稚園があり、さらにしばらく上ると、↓

円覚寺の外っぽいところへ出てしまいました。
そして、右側に階段が続いているのがわかりますでしょうか?
実はここも円覚寺の塔頭で、富陽菴さんというお寺さんでした。↓

なんでしょう、この素敵な雰囲気は

しかし、墓地見学会をされているのはこちらではないようです。
先へ進みまして、見学会をされていたのはこちらでした。↓

白雲庵さんです。
こちらもやはり円覚寺塔頭です。
が、お坊さんに墓地の説明を懇切丁寧にしていただく訳にも参りませんので、ちらっと覗いただけで中には入りませんでしたよ。
まあ、もう夕方4時をまわっていて、そもそも見学会をまだやっていたのかも不明ですが。
しかしこちらはずいぶん近代的なお寺さんだなぁと思いました。見た目が。
先へ進みます。
行く道もなかなか趣があって良いですね!


高台の道なので、景色の良い道のりでした。
そして、この円覚寺塔頭ストリート(勝手に命名)の一番端にあったのがこちら。↓

雲頂菴さんです。
茅葺の屋根がなかなか可愛らしいですが、中の様子はまったくうかがい知ることが出来ませんでした。
この先に行くともう普通の住宅街で、そういえばどこから円覚寺じゃなかったんだろう??といった感じも。
そんななか、八雲神社という神社に辿り着きました。↓

地域密着型の、小さな小さな神社です。
が、景色が良いのです。↓

画面中央に見える細長い屋根は、北鎌倉駅のなが〜いホームのものですね。
塔頭寺院には一般の人はなかなか入れなさそうですが(良い感じなのに残念です)、こちらは普段子供が遊び場にして、大人は犬の散歩に来て、ふと開けた景色に心癒されたりして、そうやって愛されている場所なんだろうなと思いました。
さて、この後は円覚寺境内に戻り、鶴岡八幡宮に寄って、鎌倉駅より帰りました。
という訳で、これにて鎌倉三十三観音巡りは終了です。
この後も何度も鎌倉には訪れているのですが、とりあえずこれをもって鎌倉日記は終了とさせていただきます。
いやぁ、ちょっとのつもりで書き始めたら異様に長い連載(?)になってしまいました

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