Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

山上憶良の七夕の歌

2017年07月08日 11時07分17秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
★彦星し 妻迎へ船 漕ぎ出(づ)らし 天の川原に 霧の立てるは   (巻8 1527)
★霞立つ 天の川原に 君待つと い行き返るに 裳の裾濡れぬ    (巻8 1528)
★天の川 浮津の波音 騒くなり 我が待つ君し 船出すらしも    (巻8 1529)


 7月7日というのは旧暦で考えれば今年は8月28日、ということで本来は七夕は秋の扱いとなる。中国の説話では、「織女は天帝の娘で天の川の西岸に住む牽牛のもとに嫁がされた。しかし次第に機織りの仕事を怠けたので、天帝は織女を天の川の東岸に住まわせ、一年に一度しか会えないようにした」ということになっている。中国では織女にちなんで女性の手芸の技が向上するのを祈る祭りでもある。さらに織女が天の川を渡って牽牛に逢いに行く設定である。
 妻問婚の日本に合わせて、牽牛が織女を訪れるというふうに変換されている。

 大岡信の訳を参考に掲げる。
「彦星が妻迎え船を漕ぎ出したらしい。天の河原に霧が立っているのを見ると(櫂のしずくが霧となって散っている)」(1527)
「霧の立っている天の河原であなた(彦星)のおいでを待ちかねて、行きつ戻りつしているうちに、裳の裾も濡れそぼってしまった」(1528)
「天の川の浮き桟橋の波音が騒がしく聞こえる。私の待っているいとしい方が、いよいよ船を漕ぎ出したらしい」(1529)

 星にまつわる伝承・伝説は日本では労働(農・漁業)に基づく季節を知るためのものが多い。男女の関係の機微にまつわるものは、この日本の習俗に転換された七夕の祭り集約されてしまったかのようである。一年に一度しか逢えないが相思相愛を持続するという設定が人気の秘密なのだろうか。大岡信は「菊田一夫の「君の名は」を貫いているのも、つまりこれと同じ原理」としるしている。この飛躍にちょっと驚いている。
『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 牽牛・織女伝説と大伴家持の歌 | トップ | ブラームス「交響曲第4番」(... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。