スラヴ叙事詩の15番目の作品、「イヴァンチツェの兄弟団学校-クラリツェ聖書の印刷」という題となっている。この学校は非カトリックでこの地で聖書がチェコ語に翻訳され、近くの「クラリツェ要塞」で印刷された。イヴァンチツェはミュシャの生誕の地でもあり、左下に描かれている老いた盲人の横に座っている若者がミュシャ自身の若い頃の姿といわれる。解説では若者は盲人に聖書を読んで聞かせせいると記されているが、その視線は聖書ではなく、鑑賞者のほうを見つめている。その眼光はとても鋭い。
解説によると場面は学校の風景と収穫作業にいそしむ農民の姿が描かれているという。風景画のようでもあり、これまでの戦いなどの場面からすると少し散漫な情景に見える。収穫の時期とすると明るい太陽の光は暖かい秋の陽ざしである。空の雲の白と青空、教会の尖塔の白も印象深い。
この平和な風景は、40年後には「チェコが主権を失う」悲劇とその後に続くハプスブルグ王朝の抑圧を前にした一刻の「平穏」ということになる。
若者ミュシャの鋭い眼光はこの苦難に翻弄される民衆を予告している眼なのであろう。ミュシャの眼は、為政者や軍人に向かうことはない。一般化され、理念化された「民衆像」に過ぎないのかもしれないが、しかし私はそのベクトルの向きには共感はある。