Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「遺品あり岩波文庫『阿部一族』」(鈴木六林男)

2017年06月02日 10時17分16秒 | 俳句関連
 大岡信「百人百句」より。
★遺品あり岩波文庫『阿部一族』      鈴木六林男
 解説では、
この句は、太平洋戦争中最も悲惨で、日本軍がほとんど全滅したフィリピンのコレヒドールの戦いの時のものではないかと思われる。この凄惨な戦いの戦死者の遺品の中に、薄い岩波文庫がおり、それが森鴎外の「阿部一族」であった。‥忠義や権威に深刻な疑問を投げかけた小説である。これは軍隊につかえていた森鴎外その人の深刻な疑問だったのだろう。この句には「悠久の大義」に殉ずべく死んでいった人の、最後まで大事にもっていた本が「阿部一族」という小説だったという皮肉がある。日本軍人の基本精神に対する大きな疑問が、所持品にあった。‥この場合抒情性をともなってしま季語はむしろない方がよい
と記している。

 「コレヒドールの戦いの時の句」と断定できる文言、表現はないので、大岡信の論の前提は鈴木六林男の経歴や句のいわれをしらない私たちには理解不能ともいえる。わずかに遺品=戦死者の遺品という想像をした場合のみ、先の戦争での軍隊への強烈な違和を前提としていることは微かに想像ができる。遺品=戦死者の遺品という等号は戦後70年を経て成り立たなくなった。それが自然過程なのか、政治的という人為的過程なのかはここでは問わない。
 ただしコレヒドールというフィリピンでの戦闘というだけに限らなくとも、「大日本帝国の軍隊」が森鴎外が違和感を抱き続けたという「日本軍人の基本精神に対する大きな疑問」を下敷きにした無季俳句が、コレヒドールという凄惨な戦いの具体的な喚起力がなくとも、あったことは残るのであろうか。

 この句が人々の記憶に残る社会であってほしい、という願望は捨てたくはない。
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