Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「めでたさも中くらいなりおらが春」

2017年01月04日 20時40分41秒 | 俳句関連
めでたさも中くらいなりおらが春   小林一茶
めでたさも一茶位や雑煮餅      正岡子規


 二句目の子規の句は無論、最初の句を踏まえている。そして一茶の句には、「門松は冥土の旅の一里塚目出度くもあり目出度くもなし」(一休宗純)も踏まえているといわれている。一茶57歳の句で、50歳で郷里に帰り若い妻を迎えた者の生まれた子は次々に亡くなりその妻も若くして亡くなる。さらに継母や異母弟との遺産争い、自信の度重なる病気や住居の消失と不幸が続く。迫る老いとの葛藤の中で、どちらかというと投げやりな、そして社会に対し斜に構えた「拗ねた」姿勢を感じる研究者もいる。
 また江戸時代の後期は、農村の社会もまた子供の間引きなどや幼い家からの奉公など、厳しい状況であった「中くらい」というのが、当時の一茶の住んだところ付近では、「たいしたことではない」「どうでもいい」というニュアンスあるとの指摘があるらしい。
 そういうことを踏まえると、「めでたい、めでたい、と云ったって、そんなに目出度いことなどどこにある。誰がそんなに浮かれているんだい」というニュアンスも読み取れる。一筋縄ではいかない一茶の一面を感じることが出来ないか。
 そうすると子規の読み、解釈が明治以降の江戸ことばに引きずられているのだろうか。私たちはこのような解釈で教わってきた。はたしてこれで正しいのだろうか。
ジャンル:
その他
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« お節料理の残り | トップ | 風邪をひいたか? »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

俳句関連」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。