Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「道の長手を繰り畳ね‥」(万葉集巻15から)

2017年07月16日 00時12分00秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 万葉集巻15は大伴家持の編纂の可能性が極めて高いという。前半部分の7首を取り上げたが、今回は巻15の後半の63首から。
 前半の「遣新羅使」が帰郷してから3年後、中臣朝臣宅守(やかもり)という官人が勅勘を蒙り越前の国府に配流となる。勅勘の内容は伝わらない。この宅守は狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)を娶ったばかりで、別れ住むこととなり多くの歌を取り交わした。
 伊藤博の集英社文庫の解説では、「万葉の非別歌はかならず女の歌から始まる」と記している。この63首のシリーズも娘子から宅守への4首から始まる。

★あしひきの 山道(やまぢ)超えむと する君を 心に持ちて 安けくもなし  (3723)
★君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天(あめ)の火もがも    (3724)
★我が背子し けだし罷(まか)らば 白𣑥(しろたへ)の 袖を振らさね 見つつ偲はむ
(3725)
★このころは 恋ひつつもあらむ 玉櫛笥(たまくしげ) 明けてをちより すべなかるべし
(3726)


 最初の2首は大岡信の訳、あとの2首は伊藤博の訳を引用する。

3723 アシヒキの山路を超えて越前まで行こうとするあなたを、心に抱きしめて、私は不安でたまりません。
3724 あなたが行く、配所への長い道、その道をくりくりと手繰り寄せ、折り畳んで焼き滅ぼしてくれるであろう天の火よ、どうかあれを焼き尽くしておくれ
3725 いとしいあなた、あなたが万が一、遠い国に下っていかれるなら、その時は、真っ白な衣の袖を私に振ってください。せめてそれを見てお偲びしたいと思います。
3726 今のうちは、恋い焦がれながらもまたこうして我慢もできましょう。だけど、一夜明けた明日からは、どうして過ごしてよいのやらなすすべもなくなることでしょう。

 最初の2首はすんなりと理解できる。そして第2首は多くの人が指摘するように万葉集のなかでも絶唱といわれる歌のひとつである。「日本の和歌が、本質的・根源的に、「女性」とは切っても切れない性質のものであったということを考えの中心に置かない限り、個々の和歌を見る見方も、必然的に偏ったものになる」と大岡信は述べている。

 しかし第3首以降は少し様相が違う。前2首は男の配流先がわかっていて実際の別れを下敷きとしたものであろう。すくなくとも別れる直前の嘆き、悲しみを詠っている。嘆き・悲しみが具体的な別れを目前にした現実性がある。
 つまり第3首はまだ配流先が未定のときの歌と解釈できる。すくなくとも勅勘を蒙り、刑が確定する前、それこそ捕縛される直前の不安な怯える日々の歌であるようだ。

 そして第4首は結ばれたばかりの若い娘の感慨というに私は躊躇する。これはもっと大人の、それこそ孫でもいそうな高齢になってから若いころの別れの悲しみを回想したように心境に思えないだろうか。若ければ今の別れを我慢などできない。明日のことなど考えられない。

 この1連の4首は伊藤博は「起承転結」といっているが、前2首を下敷きに別の歌2首をくっつけたものと思っている。
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