Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「雪村」展(東京藝大美術館)から -2-

2017年04月19日 20時45分10秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 「雪村」展の図録らは辻惟雄氏の「雪村の奇想」という一文が掲載されている。そこで辻氏は「私に強い感銘を与えたのは、彼(福井利吉郎氏)が雪村を“水-瀧-雪-自然の威力”の画家と見るくだりである。‥私が何かを付け加えることが許されるならば、“風”と“波”を入れたい。その上でさらに加えたいのは、雪村が、鳥羽僧正のような伝説的存在を例外として、日本絵画史上最初に誕生した「奇想の画家」ということになる」と記している。
 今展覧会の副題でもある「奇想の誕生」はここからのものかもしれないが、いかにも「奇想の系譜」「奇想の図譜」の著作をあらわした氏らしい表現である。
 さて昨日「欠伸布袋・琥珀梅図」にふれたが、書き忘れていたことがある。左右の紅白梅図」の緻密な描き方と対照的な「欠伸布袋」の大胆で奔走な描き方の対比が私にはとても新鮮で魅力的に思われた。雪村という画家の二面性を表していると思った。このひとりの人物の描いた作品とは思えない極端な対比がこの作品の眼目であると思う。
 後期展示なので図録でしか見ていないが、辻氏は「瀟湘八景図」の秋冬の隻が残存する作品について「86歳の老人の筆とは信じがたいほど、大つかみな図様の細部に情感が籠っている。オーヴァーハングどころか、重力を無視して中空にせり出し、そこに伽藍が載っている。雪を冒してそこへたどり着こうとする人や馬、芥子粒のようなその姿は、‥北国の冬を熟知した者だけが描くことのできる光景である。‥「夏冬山水図双幅の冬景が、遥か以前に描かれながら、‥寒さを実感させる描写となっている」としている。

   

 ここで図録でしか見ていない「瀟湘八景図」の秋冬の作品(個人蔵)と、「夏冬山水図双幅」(京都国立博物館蔵)を並べてみると、筆致が実に対照的である。
 後者は実に細かく、念入りに描かれている。一方前者は大胆で早い筆致で描かれといる。このような大胆な筆致と緻密で念入りな作品の対比がここでもうかがわれる。
 この2面性が雪村という画家の魅力のひとつなのかと思うようになった。むろん若冲なども緻密な彩色画と奔走な水墨画という面を見せているが、水墨画風の作品でこのような対極のあがき方というのが雪村らしいところなのかもしれない。
 まったく蛇足ながら、辻氏のこの文章を読むと、辻氏は1972年ころ東北大学の助教授として学部に赴任してきたらしい。私が在学中のころである。私は当時の東北大にはまったくいい思い出はないが、少なくとも辻氏と仙台の地ですれ違っていたことは確かだ。
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