Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

ちょっと気になった句

2016年12月24日 20時48分25秒 | 俳句関連
 ツィッターで2014年12月8日の日付と共に次の句が取り上げられていた。

★レノン忌より小さき記事なり開戦忌  藤本章子

 そして「増殖する俳句歳時記」に「今日十二月八日はかつての大戦の開戦日であり、ジョン・レノンの命日でもある。日本人にとって、いや世界の人類にとって、どちらが社会的に大きな出来事であったかは言うを俟たない。だが、この日の新聞はレノンの忌のことを大きく取り上げていたというのである。むろんレノン忌のことも風化させてはなるまいが、開戦の日のことはなおさらだろう。だが、ジャーナリズムとは残酷なもので、戦争の記憶の風化を嘆く舌の根も乾かぬうちに、かくのごとくに事態を風化させて平然としている。作者はそのことに大いなる義憤を覚えて詠んでいるわけだが、今日配達された紙面はどうであろうか。来年は戦後も七十年だから、そのことに引っかけて、多少大きめの記事を載せているかもしれない。近ごろの私は万事に悲観的だから、どのような大きな出来事もいずれは風化してしまうと思ってしまう。が、せめても自分の中では風化させないようにとも願っている。開戦日については、敗戦日よりもっと多々論じられてよい。俳誌「苑」(2011年3月号)所載。(清水哲男)」と記されていた。
 私はこの論については大方は賛成するが、ただこの論では抜けている大事なことがあると思う。それはジョン・レノンによる「イマジン」という歌の存在である。
 反戦歌として取り上げられるこの歌について、評者も句の作者も知らないわけではないと思う。
 私は、開戦忌も重要だが、レノンの忌日が語られなくなることもまたまずいと思う。共に語られることによって、「戦争」全体への忌避の思いが重ねられ、豊富かされることの方がずっと好ましいのではないか。それぞれを縁として、いろいろと思いを巡らす日となるといい。思いが余ってかえって広がりを狭くしてはいないか?
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