Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「定家百首」(塚本邦雄)より

2017年05月17日 21時10分10秒 | 読書
 小説「等伯(上)」を読みながらウトウトを繰り返しているうちに日が暮れた。夕食の前後に少しは頭を切り替えようとして、本棚を物色。塚本邦夫の「定家百首・雪月花(抄)」(講談社文芸文庫)を開いてみた。2006年に購入して、「定家百首」だけは読み終わっていた。今から10年くらい前まである。どういう経過で読んだかは記憶にない。
 以下、塚本邦雄の文章は旧字体を使用するが、引用は現在の字体で表示させてもらいたい。



 「定家百首」で最初に取り上げている歌は、
★見渡せば花ももみじもなかりけり浦のとまやのあきの夕ぐれ     (拾遺愚草)
 (訳)
 はなやかなものはことごとく消え失せた
 この季節のたそがれ
 彼方に 漁夫の草屋は傾き
 心は非在の境にいざなはれる
 美とは 虚無のまたの名であつたらうか

 「五句それぞれ、切離してみれば常套的な決り文句に過ぎない。逐語訳を試みるまでもない平易な言葉の配列と一応考へられもしようしかしその第三句は「なかりけり」を氷の刃さながに置いた定家の真意は、果たして佗びを称揚する程度の生温いものであつたかどうか。」
「代表作に数へられながら、実は定家の例外的な作品である‥」


 塚本邦雄は「なかりけり」という鋭い断定がこの歌の鑑賞の要と見ている。桜も紅葉も盛られない海浜の侘しい風景に余剰があるとするだけでなく、余剰に流される気分を「なかりけり」という強い断定で突き放しているようなところが着目点なのかと、感じた。

★あぢきなくつらき嵐のこゑも憂しなど夕ぐれに待ち習ひけむ    (拾遺愚草)
 (訳)
 嵐の吹きつのり
 喘ぐ思ひは嵐に乗り しかしまだ
 あの人は来ない
 待つ 身を細らせて夕暮を待つ
 このむこい習慣を呪ひつつ

 (先の一首)「花ももみぢも」の直線的で削ぎ落したやうな詠風と正反対の、曲線的で粘着力のある表現が、同じ百首詠の中にあるといふのも、定家の多面性を証してゐる。‥上三句は、自然描写などではさらさらない。嵐の心の中に吹く嵐であり、「こゑ」なる語もひめいととる‥。‥「けむ」の推量・疑問で陰々と恨みの尾を引く技巧も、類歌を斥けて異様な後味を生んでゐる。」
「読者の心の中に、底ごもる烈風の音と共に、「など夕ぐれに」「など夕ぐれに」と輪唱エコー‥が鳴りひびく」


 そして立原道造の詩集「萱草(わすれぐさ)に寄す」所収の「またある夜に」の第三連は、この一首に触発されたものと思われるとしている。

 またある夜に    立原道造

 私らはたたずむであらう 霧のなかに
 霧は山の沖にながれ 月のおもを
 投箭(なげや)のやうにかすめ 私らをつつむであらう
 灰の帳のやうに

 私らは別れるであらう 知ることもなしに
 知られることもなく あの出会つた
 霧のやうに 私らは忘れるであらう
 水脈(みお)のやうに

 その道は銀の道 私らはいくであらう
 ひとりはなれ‥‥‥(ひとりはひとりを
 夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

 私には二たび逢はぬであらう
 月のかがみはあのよるをうつしてゐると
 私らはただそれをくりかへすであらう


 定家のこの一首と立原道造のこの詩が、つながったいたとはまったく思いもよらなかった。合わせて読むと、なるほどと思う。そして立原道造の「またある夜に」を読んだときに、第三連の()内が唐突に思えていたのが氷解した。

 頭の切り替えに手にした塚本邦雄の本、この二首の解説5頁ほどで、ウトウトした頭に刺激を与えたが、これ以上読んでは本日はつかれそうなので、閉じることにした。
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