Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

都市の変貌

2017年05月18日 17時31分09秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 朝6時半頃に起床、8時20分頃に組合の会館に着いた。現役時代の職場はもう少し時間がかかかったものの、8時45分の始業時にギリギリ間に合う時間であった。5年2か月ぶりの出勤の気分である。思ったよりも交通機関は混雑していなかった。
 しかし久しぶりに早起きしたので、正午前には空腹を感じた。

 多少の作業の後、関内駅にもどり北口の改札と階段・エスカレーターの位置が新しくなっていることに気が付いた。最近はもっぱら南口を利用するか、ウォーキングで通過してしまっていたので、工事が完了したとは知らなかった。もっとも改札口はまだ一部の改札機しか開放しておらず、仮囲いの中では工事が行われていたようだ。
 いつの間にか昔から使われていたものが少しずつ変わっていく。久しぶりに利用するときにはとても大きな変化があったように感じてしまう。

 実は私が最初に配属になった職場は、9か月後に落成した。それから41年経過した。待つまでに新しい場所に移転すると聞いている。そのうち33年務めたので、愛着がある。敷地がウナギの寝床のように長く、膨大な資・機材、廃材、20数台の車庫の配置には苦労した。変更がとても難しく、足りない事務スペース、会議室、書庫の配置に苦労した記憶が残っている。 しかしそれが移転するとなると寂しいものがある。職場が無くなるわけではないが、自分の苦労したものが、消されるような気もする。大袈裟に言うとやってきたことが否定されているような気分にもなる。それはそれで致し方の無いことではあるが、それだけ愛着をもって作り上げてきたということでもある。
 区としては新しい区であったが、鎌倉の後背地として中世以降交通の要衝地でもあり、鎌倉道がいくつか残り、公図上も現地もたどることが出来る。開港後の古い歴史のある施設もいくつかあった。そんな中で40数年の歴史は短いが、確かに寂しい。
 区の中心駅、繁華街も再開発で大きく変貌した。これは私が現役であった時。商店街は日々変貌している。
 私が勤め始めたとき、ゴミの焼却工場も稼働しており、高い煙突が区のシンボル的な存在であった。区の多くの地点で眺めることが出来た。燃焼効率がよく、有害物質も出ず優良な施設であったという。しかし今は解体されてしまい、煙をもう見ることはなくなっている。これもまた残念であった。
 40数年たつと、日本の都市はどんどんと変化していく。私はこの変化に追いついていくことが出来るであろうか。

 先日、開港期以降からの地図をいくつも見ることが出来た。内陸であるが、この区の変貌もまた海岸部に劣らないほど激しい。
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3 コメント

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おーーーい、 (通りがかり人)
2017-05-19 04:46:28
また、出てきましたよぉ。昨日は、少し失礼なことを書いてしまいました。氏は依然、少年である。Still少年。これは大事なことだ。普通の人間の倍は少年を謳歌しているのだ。この私をみたまえ‼ 老いさばらえていく、これが現実なのだ。たしかに体は不調な訴えが増えているが、案外臆病なところもあり、それが救いだ。医者代は必要経費だね。氏の場合は。少年であり続けるために、欠かせぬ経費と言うことだ。
 そうか、国会は山場なんだね。体に気をつけて、参加して下さい。調子悪い時は、撤退を。頼みましたぞえ。
訂正 (通りがかり人)
2017-05-19 08:18:27
老いさらばえるに。
通りがかり人様 (Fs)
2017-05-19 10:00:02
いつもあたたかいコメントありがとうございます。
今日はいい天気です。
気分は最高。
体調の悪いときは横浜に一目散ですね(^_^)v

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