大阪市此花区のパチンコ店が放火され、客や従業員ら23人が死傷した事件で、逮捕された高見素直(すなお)容疑者(41)は、大阪府警の調べに対し、無差別な放火殺人をうかがわせる供述を続けている。職を失い、金が尽きた容疑者に、なぜ「誰でもいいから殺したかった」という殺意が生じたのか――。12日で事件から1週間。高見容疑者の足跡を追った。
■協調性だけ「2」
高見容疑者は今年2月、ハローワークの紹介を受け、九州に本社を置く物流会社の大阪営業所でトラックの運転手として働き始めた。履歴書には、それまで「七つの運送会社に勤めた」とあった。
面接時の適性診断では、「感情の安定性」など10項目の大半で最高評価の「5」かそれに次ぐ「4」。だが、「協調性」だけは「2」だった。
運転は丁寧で、覚えもよかったが、4月下旬、採用からわずか3カ月で辞めた。
◇
高見容疑者は86年3月、広島県三原市の県立工業高校(廃校)の機械科を卒業後、県内の運送会社などに勤めたが、会社の経営難などで退職した。93年の夏、故郷を離れ、福岡へ移った。叔母が経営する香春(かわら)町の焼き鳥屋で働いたが、客に溶け込む様子もなく、黙々と焼き鳥を焼き続けた。
その後、人生は好転したかに見えた。妻と幼い子ども2人とともに、98年6月、福岡県春日市のマンションで暮らし始めた。「奥さんはいつも明るく笑っている人。幸せそうな家族だった」。家族連れで買い物に行く高見容疑者の笑顔が近所の人には印象的だった。
だが、約1年後、妻は「父の看病のため実家に帰る」と周囲に言い残し、子どもを連れて出て行った。高見容疑者は一変。うつむきがちに歩き、あいさつしても「あぁ」と応じるだけになった。
タンクローリーの運転手をしながら、06年8月には鹿児島県いちき串木野市へ移った。船乗りになる夢を福岡時代の運転手仲間の男性(45)に語ったこともあったが、このころにはあきらめていた。
◇
07年春に大阪に出てきた。この男性の紹介で、此花区の燃料販売会社でタンクローリーの運転手として勤め始めた。早朝や深夜の仕事も嫌がらずに引き受け、運転マナーも良かった。月給は約30万円だった。
だが、この会社の元同僚男性(37)によると、このころにはすでに消費者金融からの借金がかさんでいた。パチンコ店のスロットマシンにのめり込み、数万円負けても「まだ借りられるから大丈夫」と話していた。
そうしたなか、会社の経営が悪化し、給与の支払いも遅れ、昨年10月に退職した。その後勤めた物流会社では、仕事中、何度も携帯へ電話がかかってきていた。同僚らには「借金の督促」のように見えた。
6月初めには「風俗店の店番の仕事が決まりかけてる」と元同僚に話していた。7月1日夕。此花区の中古ゲームソフト店に姿を見せ、限定版のゲーム機やソフトを計2万4千円で処分した。その4日後、パチンコ店は炎に包まれた。
■「死刑、弁護士いらない」
高見容疑者は、大阪府警の調べに対し、自暴自棄の末の犯行と語り、死刑となる覚悟も示している。だが、それらの供述からは殺意の真相はいまだ見えない。
「放火する数日前から、誰とも会わなかった」「仕事も金も無く、人生に嫌気がさした」「何か事件を起こそうと考えた」
高見容疑者は、敷金・礼金なし、家賃5万円弱の9畳一間の自宅マンションに住み、府警によると、複数の消費者金融からの借金は200万〜300万円に膨らんでいた。姉からも金を借りていたが、4月下旬に物流会社を辞めて以降は定職に就かず、自室に閉じこもる時間が増えた。
「自分だけが苦しい思いをしている。誰かに八つ当たりしたかった」「通り魔みたいに誰でもいいから人を殺したかった」
不満が行き着いた先は放火殺人だった。ガソリンの取り扱いには慣れていた。刃物による犯行も考えたが、多くの人を殺すのは難しいと考えた。
「店内に人がたくさんいるのはわかっていた」
事件当日、狙ったのは何度か行ったことがある自宅近くのパチンコ店「cross(クロス)―ニコニコ」(此花区)。店とのトラブルや不満はなかったが、午後から、ガソリン携行用のタンクやマッチ、ガソリンなどを次々と買いそろえ、日曜の午後、95人もの客や店員がひしめく店内に放火したとされる。客3人と従業員1人が死亡し、19人が重軽傷を負った。犯行の様子が店内の防犯カメラで撮影されており、高見容疑者の供述と一致した。
「逃げた男のことを報じるニュースをみて、逃げ切れないと思った」
広島の実家には捜査が及ぶと考え、当日はJR岡山駅前のビジネスホテルに偽名で宿泊した。ニュース番組で犠牲の大きさを知り、出頭を決めた。だが、翌朝、ホテルを出るとためらいが生じた。JRで広島を行き過ぎ、山口県岩国市に到着したところで、岩国署に出頭した。
「死刑になるから弁護士はいらない」
逮捕後は落ち着いた様子で府警の調べに応じ、弁護士との接見は断り続けている。
■協調性だけ「2」
高見容疑者は今年2月、ハローワークの紹介を受け、九州に本社を置く物流会社の大阪営業所でトラックの運転手として働き始めた。履歴書には、それまで「七つの運送会社に勤めた」とあった。
面接時の適性診断では、「感情の安定性」など10項目の大半で最高評価の「5」かそれに次ぐ「4」。だが、「協調性」だけは「2」だった。
運転は丁寧で、覚えもよかったが、4月下旬、採用からわずか3カ月で辞めた。
◇
高見容疑者は86年3月、広島県三原市の県立工業高校(廃校)の機械科を卒業後、県内の運送会社などに勤めたが、会社の経営難などで退職した。93年の夏、故郷を離れ、福岡へ移った。叔母が経営する香春(かわら)町の焼き鳥屋で働いたが、客に溶け込む様子もなく、黙々と焼き鳥を焼き続けた。
その後、人生は好転したかに見えた。妻と幼い子ども2人とともに、98年6月、福岡県春日市のマンションで暮らし始めた。「奥さんはいつも明るく笑っている人。幸せそうな家族だった」。家族連れで買い物に行く高見容疑者の笑顔が近所の人には印象的だった。
だが、約1年後、妻は「父の看病のため実家に帰る」と周囲に言い残し、子どもを連れて出て行った。高見容疑者は一変。うつむきがちに歩き、あいさつしても「あぁ」と応じるだけになった。
タンクローリーの運転手をしながら、06年8月には鹿児島県いちき串木野市へ移った。船乗りになる夢を福岡時代の運転手仲間の男性(45)に語ったこともあったが、このころにはあきらめていた。
◇
07年春に大阪に出てきた。この男性の紹介で、此花区の燃料販売会社でタンクローリーの運転手として勤め始めた。早朝や深夜の仕事も嫌がらずに引き受け、運転マナーも良かった。月給は約30万円だった。
だが、この会社の元同僚男性(37)によると、このころにはすでに消費者金融からの借金がかさんでいた。パチンコ店のスロットマシンにのめり込み、数万円負けても「まだ借りられるから大丈夫」と話していた。
そうしたなか、会社の経営が悪化し、給与の支払いも遅れ、昨年10月に退職した。その後勤めた物流会社では、仕事中、何度も携帯へ電話がかかってきていた。同僚らには「借金の督促」のように見えた。
6月初めには「風俗店の店番の仕事が決まりかけてる」と元同僚に話していた。7月1日夕。此花区の中古ゲームソフト店に姿を見せ、限定版のゲーム機やソフトを計2万4千円で処分した。その4日後、パチンコ店は炎に包まれた。
■「死刑、弁護士いらない」
高見容疑者は、大阪府警の調べに対し、自暴自棄の末の犯行と語り、死刑となる覚悟も示している。だが、それらの供述からは殺意の真相はいまだ見えない。
「放火する数日前から、誰とも会わなかった」「仕事も金も無く、人生に嫌気がさした」「何か事件を起こそうと考えた」
高見容疑者は、敷金・礼金なし、家賃5万円弱の9畳一間の自宅マンションに住み、府警によると、複数の消費者金融からの借金は200万〜300万円に膨らんでいた。姉からも金を借りていたが、4月下旬に物流会社を辞めて以降は定職に就かず、自室に閉じこもる時間が増えた。
「自分だけが苦しい思いをしている。誰かに八つ当たりしたかった」「通り魔みたいに誰でもいいから人を殺したかった」
不満が行き着いた先は放火殺人だった。ガソリンの取り扱いには慣れていた。刃物による犯行も考えたが、多くの人を殺すのは難しいと考えた。
「店内に人がたくさんいるのはわかっていた」
事件当日、狙ったのは何度か行ったことがある自宅近くのパチンコ店「cross(クロス)―ニコニコ」(此花区)。店とのトラブルや不満はなかったが、午後から、ガソリン携行用のタンクやマッチ、ガソリンなどを次々と買いそろえ、日曜の午後、95人もの客や店員がひしめく店内に放火したとされる。客3人と従業員1人が死亡し、19人が重軽傷を負った。犯行の様子が店内の防犯カメラで撮影されており、高見容疑者の供述と一致した。
「逃げた男のことを報じるニュースをみて、逃げ切れないと思った」
広島の実家には捜査が及ぶと考え、当日はJR岡山駅前のビジネスホテルに偽名で宿泊した。ニュース番組で犠牲の大きさを知り、出頭を決めた。だが、翌朝、ホテルを出るとためらいが生じた。JRで広島を行き過ぎ、山口県岩国市に到着したところで、岩国署に出頭した。
「死刑になるから弁護士はいらない」
逮捕後は落ち着いた様子で府警の調べに応じ、弁護士との接見は断り続けている。










