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■キリン生茶、起死回生の復活なるか?!激戦お茶カテゴリーの戦い方、落とし穴!

2016年04月22日 | Weblog
■キリン生茶、起死回生の復活なるか?!激戦お茶カテゴリーの戦い方、落とし穴!



今、お茶市場が面白い。
キリン生茶が全面リニューアルした。
巷間いわれていること、マスコミの記事、商品そのものからの感想・憶測・独断をまじえて
筆者の見解をまとめた。
(以下)

A.キリン生茶の今のポジション:

生茶。
ブランドの認知は高い。
しかし4番手ぐらい?
なぜか?
いろいろな理由があると思う。

・自販機の設置数
・コンビニ、スーパー配荷の断続感(非継続性/おかれたりおかれなかっり)
・売り場の位置、目立ち度
・商品力(お茶は商品差別性がとりにくい)
・キャンペーンなどSP投資額
等々

結局のところ何が原因で後塵を拝しているのだろうか?
「おーい!お茶」というトップのメガブランドがある。
最強ブランドである。
生茶は、そこに一石を投じようと弱者ポジションで15年ほど前に参入した。
「生」という言葉はわかりやすく、ひとつのブランド心象を確保できた。

その後
サントリーの伊右衛門、コカコーラの綾鷹等、流通のPB等
ソフトドリンクの雄が個性的なお茶をだし、
コミュニケーションも半端なく、惜しみなく打ち続け、
市場に定着させていった。
そのあおりで生茶のポジションがどんどん狭まり、売場での存在感も厳しくなっていった。

今のキリン生茶の厳しいポジションは、
一言すれば、マーケティングの総合力不足に起因しているといえる。
結果、この10年間の競合の参入と成長を許してしまったということになる。

もっと仮説的に言い切れば、
「生茶」という言語の力の、
「連想アンカーポイント」の潜在力を生かすことが出来なかったということに尽きる
と思う。

今回のリニューアルは、この反省の上に立った、
「生茶」という言語の持つ潜在的なパワーとセンスを最大化する試みに他ならない
と思う。
(これは筆者の独断です)


B.生茶のリニューアルの意味、価値とは:

以下、今回の生茶リニューアルについての見解である。

1.まず、スペック:

事務所の下のローソンで買って飲んでみた。
ズバリ、おいしい!いける!と思った。
「生茶」の意味するところの原点、お茶のおいしさの原点を、
再現している?という印象を持った。
(筆者はお茶の専門家ではないので、あくまでも個人的な見解です)

生茶は、
新聞記事によると、茶ばを細かく、低温でじっくと抽出し、
かぶせ茶をブレンドして、味を調えているという。

飲みやすいと感じた。
癖がなくいい感じに仕上がっていると素直に思う。
無理をしていない、自然のおいしさ!という印象であった。

2.次にパッケージ:

パッケージは極めてシンプルで、何かありそうな予感・雰囲気を漂わせている。
生茶というワードがど真ん中で目に飛び込んでくる。
生茶という名称は当商品のブランド連想アンカーポイントであり、
生茶という商品は『生茶』という言語で代表される。

この連想点である、言語が前面に出て、
そこの1点勝負のパッケージとなっている。
(たとえて言えば、明治の「おいしい牛乳」のわかりやすいパッケージに似ている?)

深緑の背景色も、味の深さを想起させ、
成分が十分に抽出されたイメージがあり、うまみぎっしり感を漂わせている。
単なるお茶の抽出分が含まれているだけのものではない
奥深さを醸し出している。

分かりやすく暗喩的な・意味深なビジュアル&名称である。

他の競合のお茶がパッケージにこれでもか!
と目立つビジュアル要素を配して訴求しているのに対して、
生茶はかなり思い切ったシンプルなものに仕上げている。
シンプルであるか故に、逆に棚で目立っている。

商品・メーカーが何を言おうとしているかよく伝わってくる。
理屈で伝わるというより、感覚で伝わってくる。

生茶のことを忘れないで!、生茶が再デビューしましたよ!
と言いたがっている。
そんなラブマークをにおわせている。
ラブマークとは、マーケティング的には、
商品の意外性、フロンティア感を示し、延髄の奥にズシッとくる、何かのメッセージを醸し出しているサインのことを言う。
合理的な、科学的な証明性のある技術、機能ではない付加価値のことをいう。

今回の生茶パッケージは、
ひとの情緒を揺さぶる何かがあり、
生活者と当商品の最初の出会いの場で、
大きなつかみ力を発揮するデザイン表現となっている。

それでいて、
異常に尖がった、飛んでしまった異次元的なデザインではなく、
なんとなくわきまえた感じの、落としどころのよい、心地よさも合わせもった
パッケージとなっている。
いわゆる「お茶・生茶らしさ感」(=これはデザインではアフォーダンスという)
も保持した、実にバランスのよいデザインとなっている。

更に、今回のリニューアルパッケージは、
もうひとつ面白い工夫がなされている。
それはペット容器とラベルが一体化した、ビンのような印象のつくりである。
他のペットボトル飲料容器のようにペットの中に中身が入り、
その外側をラベルがまかれて、商品コンセプトを表現しているという風情がない。
いかにもつくり込んだというデザインではない点が特出される。

この容器は、
商品の中身と商品コンセプトとが一体となってひとつの世界観を作り出している
という特徴をもっている。
もっと言えば、
中身がそのまま表面ににじみ出てきて、生活者に訴えかけてきている感じで、
容器レス的な雰囲気のパッケージとなっている。
生活者は、パッケージではなく、中身を直接見ている感を抱く。

コンセプトを翻訳してラベルデザイン化したような他の競合の概念的なパッケージとは
異なり、中身で勝負しているのだ!
という感覚のパッケージとなっている。

今回のパッケージは、
生に、中身にこだわった商品!
というメッセージを放つパッケージといえる。
感性に訴える五官マーケティングの典型ともいえる。
(濃い抽出分から来る匂い、目に飛び込む深緑、舌にからむ茶葉成分、)
という感性に訴えるものになっている。

今回のパッケージはかっこよくもなく、ださくもなく不思議なデザインである。
何か心象に残る、不可思議な存在感のあるデザインである。
腕の立つデザイナーが関与したのではと思わせるデザインとなっている!?

実は、今回のパッケージには、
その制作作法について、何かを憶測させる雰囲気がある。

パッケージ、スペック開発の裏側でどのようなことが行われていたか?
外部の筆者にはわからないが、
以下のような過程があったのではと感じさせるものがある。

そこには、
今の商品開発のメガトレンドである、
デザイン思考アプローチがあったのではと思わせる節がある。

生茶という連想のアンカーポイント、象徴ポイントを
如何に4つの存在場(広告との出会場、買場、最初の開封場、日常の仕様場)で
花開かせるかを、商品開発の初期の段階から考慮して、
生茶のブランディングを進めてきたように思われるのである。

そのぐらい今回のパッケージは勝負している、
と感じさせるものである。
(実際は通常の流れで作業していたのかもしれない/コンセプトがUPした後にデザイン作業に入るという流れ)


C.生茶の今後の成功法則とは:
(KFS / KEY FACTOR FOR SUCCESSのポイントについて)

新しい生茶。
間違いなく、トライアルはとれるという直感がある。
また、飲んでみて、商品力としてのリピートも出そうな予感もする。

では、新生・生茶が失速することがあるとすれば・・・・?!
その懸念とは何か?

まずは、
ビギナーズラック的な生茶のよい心象を
如何に持続させるか!である。
良い心象の継続が、今後の生茶マーケティングの肝になる。

前述したように、生茶の第一印象は悪くない。

ソシアルジャッジメントという概念からすると生茶の第一印象は悪くないはずだ。
(人は最初の出会いで、自分の過去の経験の範囲でその評価を下す傾向がある。経験のないものは排除される傾向がある。最初の第一印象でその商品の90%ぐらいが評価され固定化されるという。従って、最初に良くない印象、評価を持たれると後からそれを覆すのはなかなか大変になる)

生茶の場合、既にブランドが認知・経験されていて、違和感のあるもの、自分から遠いものとして最初の思考フレームから排除されることはなさそうである。

むしろ、生茶の進化形として興味深く好奇心をくすぐり、受け入れられるように思われる。
生茶はもともと面白い視点の商品として皆から認知されていたという実績がある。

問題はリピート、二回目、三回目の購入である。
競合があまたある中で、お茶としての完成度が高いということだけで、
リピートされるか?が懸念として残る。

商品機能だけではない、
売り続けるマーケティング力があるか?!が問われる。
倦まず弛まず棚を維持するマーケ投資をつづける金銭力、営業の頑張り力
等々が勝負という感じがする。

ある意味、
生茶は、やや中途半端ではあるが、準・ロングセラーである。
これを本物の純・ロングセラーにするには
今回のようなリニューアルが必須であったということだろう。

準備はできた。

後は如何にサステナブルなマーケティングを続ける胆力、勇気があるかといえそうだ。
多少の問題がでたとしても、
めげずに頑張りぬくアナログ的なマーケティングの総合力が必要とされている。

D.最後に、生茶のブランド価値の創生について:

生茶を真のロングセラーとするために必要な価値とは?、

生茶という名称は、そのままにしておけば、あくまでも機能中心のものである。
今後どうするか?

競合を見ると、それぞれ独自の世界観を作り上げていることが分かる。

「伊右衛門」は老舗御茶園のストーリー、
「綾鷹」は開発のこだわりストーリー、
「おーい!お茶」は茶の間のコミュニケーションストーリー
(日常の会話、おちゃを入れる夫婦のさりげなシーン、まさに「おーいお茶(淹れてくれ!)」という感覚のスト−リーがある。
生茶は機能がまずイメージされるが、このまま機能に特化して突っ走ってゆくか、
何か独自のストーリーで、情緒的なポジションを確保するかの岐路に、
生茶はいる。

もうひとつ気になることがある。

広い競合の存在である。
単純にお茶という市場での競合ではない。
お茶ドリンクは清涼飲料という側面を持っている。
あらゆる清涼飲料が、
止渇、リラックス・・・・という飲用目的をもっており、すべてが競合になる。

従って、お茶はある種のストーリー性がないと、
生活者の心象に深く定着しないといえる。

十六茶をはじめとするその他の機能性のお茶系ドリンク、ウーロン茶、そして最大の競合は流通各社のPBのお茶である。
売場から消えてしまえば、
いくら良い商品機能・品質があってもアウトである。

如何に棚に残せるか?
が最大のマーケティング活動の目標となる。
即ち、配荷率がKGIとなる
(KGI:キーゴールインディケーター)

では、
そのKGIを維持し、高める各論的な目標下位概念、
即ちKPIは何か?

どんな価値イメージをKPIとして設定すればよいか?

・生茶は半端なくうまい、おいしい!
という超機能の理解率で設定するか?
・生茶はいい感じ!という情緒的イメージで設定するか?
(例えば「自然なおいしさ」というイメージ率で設定するか?)
・もっと原点的にもどり、まさに「生茶」ということで押してゆくか?
(この場合、生茶の純粋想起率をKPIとする)

いづれにしても
KPIを決めて、そのスコアを常にハイにしておく活動こそが、
生茶ロングセラーへのマーケティングである。

新生・生茶のローンチはうまく行きそうだという。
その後のサステナブルな二の矢、三の矢が打てるか。
前述したマ-ケティングの総合的な継続力とブランド価値訴求力が
車の両輪となって初めて、
新生・生茶は真正ロングセラーの道を歩むことが出来る。

この車の両輪で、
・小売りのリアルな売場シェアの確保、
・生活者のマインドシェア(心の売場)の確保、
の2つを実現することがポイントとなる。

生茶は一番手の「おーい!お茶」ではない、「伊右衛門」でもない、「綾鷹」でもない、
4番手である。
しかしニッチではまずい?
目指すは「ニッチボリューム」である。
個性を生かしつつある程度のボリュームもとる
というナローパス的な差配が求められる。

生茶の商品スペックは大合格として、
市場に定着させるブランドスペックはまだこれからである。


この稿終わり




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■ かわいいマーケティングとは!?その本質に迫る、小林製薬サワデー・リニューアルの妙!

2016年03月17日 | Weblog
■ かわいいマーケティングとは!?その本質に迫る、小林製薬サワデー・リニューアルの妙!

日本の、この不思議な言葉の奥にあるものとは?


かわいい!!!!!
いまやWOW言語へと進化している。
WOW言語とは?
翻訳を見ると、
感情がほとばしりでる様、と書いてある。
「かわいい」は少し前までは
「かわいらしい」を意味する普通の形容詞だった。
いまは感情的、情緒的な言葉で、その奥はかなり意味深なものである。

女性が「かわいい!!」という言葉をよく使う。
その時の様子は!といえば、
何よりも嬉しそうで、表情がいきいきとし、
素朴に何かに引き込まれている感じで、
横から見ていても微笑ましい感じである。

最近は、海外でも日本のかわいい文化がかなり浸透している。

かわいい文化のアーティストの代表、
例えば、キャリーパミュパミュは
グローバルなアーティストになっている。


A.小林製薬サワデーのかわいい商品開発:

そもそもかわいいとは何か?
週刊ダイヤモンドに
小林製薬・サワデーをリニューアルした商品開発担当の木村氏の
かわいい分析の話がのっていた。
このブログを書くきっかけになった。

事の発端は、
超ロングセラー1075年からの40年ブランドである、
サワデーの定期調査をみていて、
20代で使用率の凹みがあったことから始まったとのこと。

20代では匂いを消すということに嫌悪感があり、
むしろ積極的に匂いを楽しむという感覚があることがわかったという。
部屋に消臭剤があることが
部屋が匂っていて、それを消そうとしていると思われたくない、
また自分がそのような気持ちになることは他人の問題ではなく
自分にとっていやな行為と感じるらしい。

もともと消臭剤は50代の主婦中心に、
部屋の匂いをカモフラージュするというニーズにこたえた商品である。
それはそれで大きなマーケットだが、
20代は別のニーズを持っていたということである。
20代の部屋はそもそも匂うということがないらしい。
例えば、新しいマンションでは住宅の、生活における匂いという概念はない。

50代であれば、
昔、購入した住宅に長年の匂いが染みつき
その匂いをかなり気に出す状況が生まれてくる。

海外の柔軟剤が
若い20代の女性の部屋に侵入しはじめているという。
柔軟剤のほのかな香りを部屋でも楽しむという。
匂いを積極的に楽しむ、洗濯の柔軟剤のような匂いをもっと楽しみたいという
新しいかおりについてのニーズが台頭し始めていたのである。

サワデーのリニューアルに当たっては、
20代を意識して、かわいいというインサイトに潜むものをみつけ、
リニューアルへ反映させたいと考えたという。

若い女性誌の読者モデルに意見を聞き、生活者目線のパッケージ開発につばなげていった。
読者モデルの半歩先の感覚は、
生活者のちょっと背伸びした、
新商品を受容するギリギリのフロンティア(背伸びしすぎない)という認識があったようだ。

20代の女性にマーケッティングするのに、必要なことは何か?
それは「かわいい」という雰囲気を商品へどう反映させていくか
だという。

木村氏によれば、
かわいいの必須要素は以下の通り、という。

色では、ピンク、
デザイン、形状では、きらきら、ふわふわ、ひらひら等擬態語で表現されるもの
いわゆる御姫様願望を満たしてくれるもの
ということがわかったという。

そして完成したのが『サワデーピンクピンク』である。
消臭剤とはひとことも書いてないパッケージ、
ピンクをあしらったかわいらしい、トイレタリーの使い勝手の良さを失わないホールド感とキャップにディアラを連想させるデザインを施してお姫様ごころを刺激したという。

消臭剤というコモディディで、
『かわいい』を連想させて?!
18億円ものヒット商品を生み出した。

当商品のコンセプトは『かわいい』という【言語と色の連想点、象徴点】
そして『ティアラのキャップ』である。

商品機能・品質はサワデーという従来のブランドが保障してくれる、
匂いもおそらく従来の匂いが、少しかわいくなっているのだろうと連想させる。
200-300円の消臭剤であれば、
そんな冒険的な商品にしているはずもないとの感覚もあり
もし買って失敗しても大したことはないと考えて
買われたということであろう。


B.かわいい、その一般的な価値とは:

一般的に、かわいいから連想されることとは・・・・?

ペット、あかちゃん、幼児、孫
ピンク、
お姫様

等々

外形的には上記のようなことになる。

それでは、象徴的なかわいいものとは何だろうか?
それはなんといっても、自分の子供、孫ということになるだろう。

例えば
子供や孫のかわいさの奥には、何が潜んでいるのだろうか?

小さな子供の様子は・・・・・。
・目線が素直
・自我がない、本能に忠実、
・無邪気
・動きがよちよち
・外敵に食べられそう
等々

庇護されなければ一瞬の内に生命がたたれるという感覚の存在である。
動物の世界では、赤ちゃんの生存率は驚くほど低い。
環境が厳しくそこにさらされれば命は瞬間的に絶える。

かわいいという感情は、あえて本質的にとらえれば、
母性・父性のDNAの作用で、そのかわいい存在をまもってあげようという
生物的なサインとも考えられる。
かわいいと思う感情は、
自分が生んだ子供をまもり、その自分のDNAを受け継いだ生命をまもり、種を保存する本能とみることもできる。

かわいいものをまもるのは本能であるが、
同時に、
かわいいと思う気持ちは自分に幸福感を味合わせてくれる感情であり、
自分へのインセンティブにもなっている。
自分にとっても感情的なメリットがあるからこそ、
育児という長期の行為も耐えられるということらしい。

考えてみれば
親は、なぜあそこまで愛情をもって献身的に子供に関われるのか、
それは種の保存という生命にとってもっとも大切な行為だからである。
成長すれば種の保存ということが達成されることになるからである。

かわいいという感情は、
実は、神が人を支配して親に子供を守らせようとする種の保存実現の罠なのかもしれない。

子供の特性は・・・・・・
・どんどん大きくなる
・言葉が発達してくる
・エネルギーがありあまって本当に元気である
等々
生きて成長しているということである。
成長すれば、それはイコール、種が保存されたことになる。

成長する子供は、
種の保存の典型的な現象である。
こどもが成長する姿をみ親は泣き、喜ぶ。
本能的には
種が保存されたのが嬉しくて、泣く、喜ぶという感情構想を起こしているだけなのだ
と、身もふたもない解釈をする学者もいる。

かわいいという感情は、種の保存という本能と裏腹なものである。
子供のかわいさは、本当に奥深いインサイト言語である。

C.かわいい自分とは?:

かわいいは子供、孫に使うだけでなく、
今は、なんでもかわいい・・・!という言葉でかたずけられてしまうぐらい、
使われ過ぎという感じがする。


振り返って見て、女性は、
自分がかわいい
といわれることをどのように感じているのだろうか。
決して悪い気はしないようだ。

セクシー、大人の女、キャリアウーマン、逆に若目のガーリー・・・・
いろいろな女性の形容の仕方はあるが、
かわいいという言語は、
どのような年代の、ライフスタイルの女性であっても
ただかわいいだけでは嫌だが、決して悪いほめられ方ではないようだ。

また、自分の仕草、表情がちょっとかわいい、
ジュエリーでかわいいものをつけている。
持ち物でかわいい感じのデザインのものを持っている。
ワンポイントでかわいいがデザインされた服を身に着けている、
等は自分も嬉しいし、人からかわいい!
といわれると本当に嬉しい様だ。

自分の持ち物の中に自分がかわいいと思える雑貨類が、
あることはかなりの癒し、心地よさにつながるようだ。

かわいいは
複雑で奥が深いキーワードである。

かわいいは進化しているINGの言葉である。
女性が100人いれば100通りの意味で使っている。
それだけ巨大な意味空間を構成するものとなっている。

この言語をめぐるマーケティング領域は
まだ未達・未知数的で
いろいろな可能性を秘めているものと思われる。

かわいいは、もともと種の保存的な本能からの感情表現である。

従って自分、自分の持ち物、仕草・言葉に使う場合でも、
本来の種の保存的なかわいらしさと根っこではリンクしているものなので、
かわいいという切り口の女性の意識・行動を表面的にとらえるのではなく、
もっと根源的なものとして受け止めることが必要である。
マーケティング的な観点からも
決してあなどってはいけないものである。

生活する、消費する上で
かわいいは
単なる現象面の感情ではなく、
人間的な意識・行動を刺激し、アクティベイトするスパイスである
という認識が必要である。

要は「かわいいマーケティング」を
もっと本格的にやってみたら面白いのでは、
ということである。
また、その価値が、見返りが十分にあるマーケティング要素である、
といえる。

かわいいは
女性をうきうきさ、気持ちよくさせることは間違いない。
それは日本の今の不景気を吹き飛ばし、元気にするロケットエンジンになる・・・・・・?!

因みに筆者は男性なので
本当の女性の気持ちはわからないのですが・・・・?

この稿終わり





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■スキー場再生に見る未来のマーケティング視点!

2016年02月27日 | Weblog
■マックスアースの新しいビジネスモデル
スキー場再生という凄技に潜むマーケティングの新視点!



マックスアース。
2008の設立で今180億円の売り上げを達成したスキー場運営会社である。
今、スキー場を34か所、ホテルを29か所、
運営している。
半端ない成長企業である。

カンブリア宮殿で紹介された。
但し、マックスアースは、
スキー場再生分野の、ただの凄腕の請負会社ではない。

かなり本質的なマーケティングを展開し、
これからの日本のマーケティング戦略を考えるうえで、
多くの示唆を含んでいる、たいへんユニークな存在!
である。

社長は一ノ本辰巳さん。
もと国体スキー選手で、
兵庫・養父市のスキーロッジの実家でいつもスキーに親しんでいたスキー少年だったとのこと。
今でも、本社はその地にあり、行政の統合で廃屋になる寸前の決しきれいとはいえない、
元役場を本社としている。

以下、マックスアースのマーケティングを見る。
日本のマーケティングの今後の縮図ともいえる
新しい視点をご紹介する。

A.日本のスキー場の特殊性:

まず、日本のスキー場の現状から。

筆者も、
学生時代、20代のころはスキーが大好きで
毎週のようにゲレンデへ遊びに出掛けていた人種である。
スキーや、スキー場の知識はそれなりにあると思っていた。

しかし、番組で一ノ本社長が
日本のスキー場の特徴について説明するのを聞いて
目から鱗の感じであった。
改めて日本のスキービジネスの潜在的な価値の大きさに気づかされた感じである。

日本のスキー場は、今は600か所ぐらいあるらしい。

日本のどこにいても最大3時間あればどこかのスキー場へはいけるという。
そのような高密度な分布だという。
半端ないアクセスの良さである
南のあたたかい九州にも4か所、四国にも6か所あるという。
例えば、東京から一番近いスキー場へは2時間もあればいけるし
札幌という100万人超の政令指定都市からでも1時間もかからずにいける。

スキー人口は、
一時は1800万人にも達していた。

当時は、どのぐらいのブームだったのだろうか?

1987の映画・「私をスキ−に連れてって」は有名だ。
原田ともよ、三上博史主演のスキー恋愛映画に象徴されるように
スキーは若者の定番レジャーであった。

エグザイルの前身ともいわれる、
ZOOの1991のチューチュートレインという歌が、
JRのスキーキャンペーンのTVCMに採用されたのもこのころである。

しかし、今では、800万人弱に落ち込んでいる。

スキー人口が減り始めて久しく、スキー場は飽和状態で供給過剰になっている。
しかし、見方を変えれば、
いろいろなスキー場を楽しむことができるという
大変幸運にめぐまれた状況にあることが示され、なるほどと思った。

ある地方都市にリゾート気分で宿泊し
そこから毎日違うスキー場に簡単に遊びに行ける
という稀有な特徴を持っている。
このような国はスイス、リヒテンシュタイン・・・等々数える数しかないという。

一方、スキー場の負の部分を見てみる。

大都市から即アクセスできる便利なスキー場
という話の対極にあるスキー場の話である。

昔のスキーブームにのって、過疎地域にもスキー場がたくさん建設された。

これにより、
夏は農業をやり、冬は出稼ぎをしていた過疎地域は
冬にスキー場での雇用機会が発生し、民宿等の仕事が発生し、
出稼ぎの苦労から解放された。

しかし、ここにきて、
スキー場の来場者が激減してスキー場の経営が苦しくなり、破綻し、
地域の生活基盤が崩壊し、社会問題化してきたという話がたくさん出て来ている。


B.マックスアースのスキー場再生への思い:

マックスアースの一ノ本辰巳社長は、
スキー場破綻という厳しい状況に対して
どのような気持ちをもっているのだろうか?

両親のスキーロッジも地元にスキー場ができたときに建ち、、
それで生活基盤が出来たいう現体験を持っている。
従って、
スキー場の破綻という地域への負荷は肌感覚で理解しているという。

マックスアースの経営理念は
『持続可能な中山間地域の創造をめざして』
である。
ご自分の原体験を踏まえての経営理念である。

一ノ本辰巳社長。
最初は実家のスキーロッジの手伝いで、経営に携わり、
冬はスキーの子供たちのスキー旅行、夏は林間学校で数百人規模の学生を受け入れ
ロッジ経営を成功させたという。

そうこうしているうちに、
ある自治体経営のスキー場から、破綻寸前の運営委託の話が舞い込んできて、
自分がスキーとともに育てられ、スポーツとして青春を掛け国体にも出たという経緯から、
その運営委託を受諾し見事成功させたという。

その後様々な、経営が苦しい、もしくは廃止になったスキー場の再生を依頼され、
利用者目線でそれらを再生させていった。

託児所を創ったり、
ラニングコストが大切ということで1シーズンのリフトパスポートを三分の一にしたり
小さなスキー場をフィットネスというコンセプトでイメチェンしたり・・・、
スキーのスター選手を育成するために昼間の空き時間を選手強化用に開放したり、
名古屋から高速で2時間でこれるスキー場では、夜の11時まで夜間を開放し、
LEDでゲレンデの樹木をライティングしたり
と、
様々な付加価値を追求してきた。

個々のスキー場のサ-ビス業としての潜在的な価値を顕在化してきた。
但し、ここまではよくある成功事例で、
マーケティングセンスのある経営者、やり手というだけの話になるが、
その奥には意外な事実があった。

C.マックスアースの意外なマーケティング価値・CSVについて

CSV.

クリエイティブシェアドヴァリュー。

最近、脚光をあびてきた企業の社会貢献活動のモデルである。
単純な、あしながおじさん的なお金を出すという、
CSRではなく、企業、地域、生活者、全員が、ビジネスを通して、
WIN・WINの関係になる
という新しいサステナブルなビジネスモデルである。

但し、これが意外に難しく、各社、試行錯誤しているのが実情である。
その考え方は誰も否定しないが、なかなか実現が難しい概念でもある。

筆者もいろいろな社会貢献プロジェクトに関わり、
その道程の長さ、WIN・WINの関係を築く手間・費用については
厳しい実感を持っている。

マックスアースは、
たいしたもので、この「CSVモデル」を結果として実現してしまった。

スキー場という核をトリガーにして、その巧みな再生感覚の運営で収益をあげ、
並行する形で地域の活性化を実現させた。
その地域に、雇用、観光という産業・仕事の基盤をつくった。

地域の行政からは、
単に収益性だけを追うファンド系、大規模リゾート系の考え方ではない
と評価されている。
地域、市域の住民の暮らしが守られ、スキー場を利用する人のエンタメ感覚が満たされ、、そしてマックスアース自身の収益も確保されている。

20年ぶりにスキー板をはいてスキーを楽しんでいるシニアの笑顔、
お客様がたくさん来て嬉しそうにしている旅館の若女将、
皆が嬉しくなる、単純な事業の再生ではない、関係者全員のWINが達成されたという
CSVのひとつの型がここにはある。

一ノ本社長の原点。
それは、実家の近くにスキー場ができて実家がロッジ経営で再生し、
地域が、夏の農業、冬の出稼ぎという過疎のパターンから脱出出来た
という原体験に尽きる。

そのような原体験があるからこそ、
本気でスキー場の再生に取り組み、成果を上げることが出来る、
請け負ったスキー場運営においても、地域を説得出来る、
ということになる。

図らずも社会貢献と大上段に振りかざしたCSVとは異なる、
地道な事業を通してのCSVという視点は
今後の社会貢献の在り方に一石を投じたものと思われる。

D.マックスアースのマーケティングの本質とは:

マックスアースのマーケティングは
今の、将来の日本のマーケティングの縮図になっている。

前述のCSV的な側面とは異なる視点について目を向ける。

1. シニアマーケティングという視点:

今の人口構成のボリュームゾーンは団塊世代である。
そこが日本の消費を牽引していることは紛れもない事実である。

以前のスキーブームをつくり、スキーを大いに楽しんだ団塊世代。
しばらくスキーをやめていたが、
マックスアースの再生スキー場で、青春を再び謳歌して楽しむ人が増えているという。

ダイエット的にスキーヲ楽しむ、
健康維持ですきーを楽しむ、
昔の友人と一緒にスキー場へくる・・・・。
スキー場再生のターゲットのひとつにシニアという存在がある。
シニアマーケティングは大きなテーマとなっている。

シニアマーケティング。
これからの日本の高齢化社会における旬のマーケティングテーマである。

シニアは
一般的に、いろいろな意味で難しい側面を持っている。
マーケティングに関わる人々を悩まし続けている。
まず、世代の塊としてはマスだが、心、体、家庭環境、収入・・・
あらゆるところで、個体差が大きく
若いころの団塊のように、
集団として束ねてのマスマーケティングが通用しにくくなっている。

また、この世代を理解しているマーケティング担当者が皆引退してしまっており、
生活文脈の中の臨場感のあるマーケティング施策が打てなくなっている
のが実情である。

2. インバウンドマーケティイングという視点:

このところ中国、台湾、アセアンからの日本への旅行が一大ブームになっている。
東京オリンピックまでの4年間はそのブームはつづくものと思われる。

海外の人からみると日本の観光資源は本当にすばらしいらしく、
特に、雪は質も良く、ダイヤモンドの原石だという評価もある。
スキー場へのアクセスもよく、魅力的という。
日本のパウダースノーで一度は遊びたい、滑りたいらしい。

日本のアクセスのよいスキー場のコンパクトリゾート・コンパクトレジャーという
価値は、短い滞在期間のインバウンドの人には大いに受け入れられるという。
スキー場のおもてなし対応をどのようにするか、直近の最優先テーマである。

スキーはもともと上質なレジャーである。
昼は雪のゲレンデで楽しみ、夜は宿でくつろぎ、その場所のおいしい旬の食事を楽しみ、家族で語らう・・・・・・。
改めて、スキーレジャーの上質さをインバウンドの人が教えてくれているようだ。

3. ブランドマーケティングという視点:

自分の担当している商品・サービスはどのような潜在的な価値を秘めているのか、
いわゆるバリュープロポジション(競合にはない戦略的な差別性)は何かを
企業内のマーケッター、ブランドマネージャーは日々模索している。

今回のマックスアースの事例は、そのヒントを示してくれている。

スキーマーケットの人口が1800万人から800万人弱になり、
スキー場の危機的な、困難な状況をどう克服したのか?

マックスアースの一ノ本社長の
課題克服の処方箋は、事例研究として傾聴に値する。

その処方箋とは何か?
スキー場とひとくくりにせずに、個々のスキー場の個性を丁寧に、丹念に見つめて、
そこを花開かせるというものである。
典型的な個別マーケティングの展開である。

そのスキー場の
・対象エリアはどこか、
・どこから人を呼んでくるか、
・どんな人が標的になるか、
・どんな手段、ルートで来場してもらうか、
・平日か、休日か、一日の時間帯は朝か、昼か夕方か、夜か、
・どんな食事が必要か(まずいカレーとラーメンではどうにもならない!)
・子連れの方には託児所がいるか・・・・・・・
等々

サービス業として必要な5W1Hの創造にエネルギーを使っている。
いわゆる体験ジャーニーのストーリー化を行い、
ブランド価値のブラッシュアップを行っている。

最終的な満足を得られるかどうかは、
リアル、かつ鮮明にそこに遊びに来た時のストーリーを疑似体験でき、
それが腑に落ちることが不可欠である。
来るかどうかはその疑似体験が自分向きかどうかにかかっている。

そして期待をもって来場し期待に対する達成度が高ければ、
その人はそのスキー場のファンになり、
口コミで知人、友人へ伝え、それがどんどん広がっていくことになる。

4. サステナブル・ロングセラーマーケティングという視点:

ビジネスは長続きしなくてならない。
ましてや地域の活性化が伴うとなれば、より大切となる。

新ためて、サステナブル・ロングセラーという視点はマーケティングの中でも
最重要のテーマである。

信頼感のあるブランドで、安定した収益をもたらす商品・サービスの存在は
経営的にも必須のものである。

スキーマーケティングのロングセラー化に必要なことは何か?
それにはスキー人口の裾野の拡大に尽きる、
と考えられている。

以下、一ノ本社長の考え方である。

以前の1800万人は別として、
インバウンドの人数も加味して。1000万人ぐらいへの再生は可能ではないか
と筆者は考えている。

そのためにはスキー関与者のヒエラルキー・ピラミッドの大きさを拡大する必要がある。
まずその頂点つくることが肝要である。
即ちオリンピックや世界選手権での上位入賞者の排出が不可欠である。
それによって社会の関心が高まり、競技人口が増えてくることになる。
一ノ本社長は、自分もアルペン出身でもあり、
アルペンスキー選手の育成に熱心である。

頂点がしっかりしてくれば、
裾野の子供、学生人口もふえて、
若者のレジャーのひとつとして、きちんとビルトインする
という構図が描けるようになる。

フィギアスケートはそのような展開になっている。

浅田、羽生選手のようなスターが誕生し、
後にも有望選手がひしめき合っているという循環ができている。
ジャンプも高橋、葛西選手のようなヒーローが生まれ関心が高まっている。
アルペンスキーもそのような好循環が必要になる。

但し、アルペンについては、
競技としての凄さと同時にゲレンデでファミリー、友人、恋人同士が楽しむ
というレジャーとしての別の付加価値創造の余地がまだまだ残されていて、
かなり有望な分野といえる。

5. 非日常マーケティングという視点:

ディズニー、村上春樹がなぜあそこまで人気があるのか?!

それは非日常感を味わい、日頃の嫌なことを忘れ、精神浄化し、
すがすがしさを味わうという
特殊な体験願望が人の心の中にあるからである。

話は変わるが、
旅行はいつの時代も人気NO1のレジャーである。
それは、非日常という価値を体験できるからである。

雪に対して、雪がないアセアンの人々が憧れを持つのはごく自然なことである。

雪を見慣れている日本人でも、
ゲレンデの銀世界にくると、別の非日常の世界にはいりこめて、
本当に楽しくうきうきする珠玉の時間が体験できることは皆が知っている。

精神的な混迷の時代、うつの時代ともいわれている中で、
非日常は旬の本質的なマーケティングテーマである。

6. 多様性マーケティイングという視点:

今ゲレンデへゆくと
2本足スキー、スノボー、モービル、ショートスキー、・・・・いろいろな面白い道具がそろっていて、多様な楽しみ方ができるようになっている。

スキーを、スノボーをうまくなろう、的な楽しみ方だけではない
もっとゆるくスキーを楽しむというスタイルができてきている。

昔のようにかっこよく滑り、
皆からも目線を集めようとの意識はなくなっている。

スキーの多様な楽しみ方が浸透すれば、もっと裾野は広がる。
家族、友人同士でスキーへいったときに
かならず自分にあった楽しみ方が選べるようにれば、
皆がハッピーになれるということである。

一般論としてマーケットの成熟化が進めば、マーケットは多様化するといわれるが、
実際にそのようになっていくことが自然であり、
スキーレジャーもそのような方向へ向かわなければならない。

E.最後にスキーの楽しさとは

スキーへいく。

この満足度は天候により大きく作用される。

風が吹いて寒いとき、晴天でぽかぽかと暖かいとき、雨が降ってベタ行きのとき、
いろいろな表情を見せるのが自然の中にあるスキー場である。

スキーの目的は第一義的には、
大自然の中でスキーを楽しむということに尽きる。

一方、外がどんな天候であろうと、
楽しいのは、
宿に戻ってくつろいで食事をしたり、
おしゃべりをしたり、
ゲームをしたり、
温泉にはいったり・・・・・、
うきうきの至福の時間である。

基本、スキーは転地的な気分を味わえる旅行という側面がある。

旅行という異次元に入ると、
人は無邪気になり宿で皆と話したり、遊んだりというマインドになる。

もうひとつ忘れてはならないのは、
スキーをした後の
あのけだるい脱力感の、何とも言えない余韻である
そういえば、私はここにスポーツであるスキーをしにきたのだ!
と思う瞬間である。

スキーとは、
大自然の中のゲレンデで滑る楽しみであり、
仲間との絆を強める旅行であり、
運動・スポーツであり・・・・・・
一石三鳥の「レジャー」である。

スキーマーケティング。
日本の、今と将来のマーケティング課題がすべて詰まった、
要ウォッチのテーマであることは間違いない。

この稿終わり


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■ 東京モーターショー、メインイベント自動運転車から読み取る社会・技術・消費のこと!

2015年12月05日 | Weblog
■ 東京モーターショー、メインイベント自動運転車から読み取る社会・技術・消費のこと!



今回はモーターショーを題材にして、特に自動運転車にフォーカスして、
今後の社会、技術、消費の本質を大胆に予想してみる。

A.モーターショーのイメージ:

本年11月上旬。
第44回モーターショーが開催された。
11か国、160社、内クルマ会社は30社41ブランドの出展!!!
は過去最高。
しかし来場客数は81万人と2年前の前回から9万人減少したという。
平凡になった、まじめになった車の祭典!
が筆者の第一感である。

昔のモーターショーはもっと華やかだった。
憧れのクルマ!
全くあたらしい感覚のコンセプトカー!
そのクルマを持つこと、乗ることの夢にあふれていた。
派手なコスチュームのコンパニオン!
いかにも産業ヒエラルキーのトップに君臨するの産業イベントという感じだった。
華やかで、ワクワクし豊かになれそうな予感に満ちたものだった。

昔は、クルマを持つことは、自分の存在感を示すことでもあった。
特に外車を持つことのこだわりは強かった。
クルマは持って乗って人から賞賛されてなんぼのものという時代であった。
外車は高かったので、社会の富裕層しか持てない状況だった。
その典型がベンツ、ポルシェであった。
最近の外車は、
日本車とさほど変わらい価格帯レンジに入っており、
昔と比べて外車購入の可能性は格段に大きくなり敷居は低くなっている。

ひと昔前は、生活者は「MORE」という価値観で消費をしていた。
人よりも高いものを早く持ちたい、
という典型的な成長志向の消費スタイルであった。

クルマはかっこいい!
消費財の申し子であるクルマは、
時の社会情勢の影響をもろに受け、消費の頂点に君臨していた。

今は成熟社会である。
クルマは、コモディティ化して、
社会の中に淡々と、普通の生活グッズとして定着している。
軽自動車が特にそうである。
こんなに安定して生活になじんだ耐久消費財はない!
というぐらい浸透した普通の財となっている。

こうなれば当然、車への興味は減ってくる。
モーターショーも地味なものになってくる。

B.今回のモーターショーのミッションは:

今回のモーターショーは、
どのような社会のトレンド・マインドを象徴しているのだろうか?

今回は、
自動運転、安全性・・・・・
といった社会性を重視した、ハイテクで担保された、
「実質的な価値」を前面に押し出している。

一般的に、今の生活者は、
不安定な世界情勢・社会情勢に時代の危うさを感じて、
何となくではあるが、
素朴な身の丈志向、まじめさ志向へと傾いている。
そのような控えめ志向が実質的な消費行動となって社会全体を覆うようになっている。
それが、モーターショー全体の控えめなイメージの背景にあるように見える。

もちろん一部には
アベノミクスによって、株高でキャピタルゲインを得て、ノリがよい層もいる。
しかし、大半の人は、
実態経済の再成長の恩恵を受け、
消費が地道に伸びているという気分は持てていない。

クルマは消費財の頂点にある。
現代生活を彩る消費行動の象徴である。

アベノミクスの好影響で、消費は一部では盛り上がっているが、
クルマもそれを体現して、
耐久消費財の王様として「消費の嗜好性」を前面に漂わせて、
迫力をもって消費者へ迫ってくるという感じはない。

モーターショーのパンフレット・ブースは
出展会社の考え方そのものである。

各社のパンフレット、ブースにはどのような思いがこもっているのだろうか?

以下、パンフレットとブースについての雑感である。

パンフレット。
まず地味なものが多い。
主張的ではない。
何らかのミッションは持っているのだろうが、
うちはこうなんだ!!というような臭みはない。
どちらかというと淡々としている。
サイズも小さい。
紙が環境対応である。
何となく「いい子にしている!」といった感じである。

ブースの作り方も同様に派手さはない。
・立体的なものが少ない、平坦である
・コンパニオンの派手さはない、華やかさ(=言葉は悪いが、けばさ)は消えている。
ミスコン的な華やかさはない。
・コンセプチュアルな、クルマとはこうだ!という大上段に構えたブースもない。
ダイハツが木(モク)を使い、生活密着感、環境感を醸し出している以外は
案外、無臭的なブースが多い。

新時代へのクルマは斯くありたい/あれ!
というようなコンセプトカーの展示も地味であり、
比較的オーソドクスである。

C.今回のモーターショーの本質的な意味:

今回のモーターショーは、
今後の車社会、産業界を見通すうえで大切な「2つのポイント」を提示している。

一つ目:

自動運転である。
自動運転は、今回のモーターショーの中で、半端ない意味をもつものとして
大きくアピールされた。
自動運転こそ今回のモーターショーのメインテーマである。

モーターショー以外でも、最近のマスコミの自動運転の取り上げ方は、量・質共に凄い。
自動運転は、いろいろな意味でくるま社会をかえる優れもので、
その影響は計り知れない。

自動運転。
実験室段階では数年後にはほぼ完成するといわれている・・・
自動運転は、モーターショーをきっかけに、大きく社会に認知された。
期待もされている。
2020年代の後半では、どんな状況下でも運転可能となりほぼ実用化される
といわれている。
くるまの自動化だけではなく、社会的な整備、法的な整備も含めて進むとされる。

そういう意味では、今回のモーターショーは、
後から振り返ると画期的なモーターショーだった!
と評価されるのかもしれない。
実質的に自動運転のデビューのモーターショーだからである。

やはり、モーターショーといういのは、
大きな単純な業界のイベントではなく、
社会的な意義のあるBIGイベントということがいえると思う。
格の違うイベントなんだ!と感じる。

二つ目:

もうひとつ、
今回のモーターショーで看過されてはならないことがある。

・VWの環境対応の不正ソフト問題
・大量、本質的なリコール問題(タカタのエアバッグが典型的)

このようなネガティブ要素を抱えてのイベントであったということである。
これらは今後のくるま社会・産業の大きな攪乱要因である。

フォルクスワーゲンは、
世界NO1を目指し、北米でシェアをとり世界1の生産性を実現しなければ世界的な大競合時代には勝てないという恐怖感があったらしい。
しかしお粗末というか、ひどいというか、阿保じゃないかという次元の話である。
あのドイツの超一流メーカーにおきうることだろうか!

環境対応テスト時のITシステム改ざん。
完全に詐欺である。
過失ではなく確信犯である。
皆唖然としてしまった。
資本主義の嫌な部分が見事に?出てしまった。
ただ、いえることは資本主義が暴走するとこのような話がいつ出てもおかしくない
ということが証明されたということである。
資本主義の負の側面は常に肝に銘じておく必要がある。

それにしても、
消費に、社会に暗い影を落とした罪はあまりにも重い。

大量リコール問題。
今の車、
部品が精緻化しくるまの本質的なところに使われ、
しかも部品の共有化が進む中で、
本質的で、大量のリコールが起こる土壌が出来てしまっている。

今後、リコール問題は、消費者、産業界の両方に大きなリスクとしてのしかかってくる。
これは開発・生産の開発マインドを萎えさせ、
更にまだまだ車の恩恵を受けていない土地、場所へのくるまの普及が遅れることにもつながり、大きな社会的な損失となってくる。

二つは、全く次元の違う問題であるが、ネガ度の深刻さ・大きさでは引けを取らない。
くるま産業が、今異なるなるパラダイムに突入しつつあるとよく言われるが、
この2つの負の現象は、
違う角度から、そのことを図らずも証明した形になってしまった。

D.最後に、自動運転の意味・価値:

そもそもクルマが無人で動く。
事故がなく、間違いなく目的地に着く・・・本当だろうか?
面白い話がいろいろとある。

以前、芸人松本人志の「すべらない話」という番組で、
六本木である場所へ着こうと思い、カーナビを設定すると、声がでて高速に乗れという・・・・
乗ると高速の上から飛び降りろ?!という。笑い!!!

このような笑い話があると、
本当に機械仕掛けの自動運転は大丈夫だろうか
と心配をしてしまう。

今までの自動運転の実験だと間違いなく事故は減るという。
間違いなく居眠り運転は減る。これは助かる!

家族全員が寝ながら家につくという素晴らしいことが実現されるという。
レジャーから渋滞を避けて早めに帰宅につく、
次の日の仕事に支障をきたさないように早くかえろうということはなくなり、
日曜の遅くまでたっぷりと遊び倒し、夜、自動運転で眠りながら帰ることができる??

長距離トラック、高速バス、タクシーの運転手は失業するのだろうか。
無人であれば、24時間就業する車社会が到来することになる。
しかし居眠り運転の高速バスに乗る勇気は、
皆にあるだろうか?

無人でスポーツカー、かっこよい車を運転するという様は全く絵にならない?
弁当を食べながら、談笑しながら運転するという姿からは、
かっこよく運転するというかたちからはほど遠い。

突発的な事故に対して、
気持ち体の準備が出来ていないと、まさに晴天のヘキレキ的な衝撃がおこり、
瞬間的に事故を予期して体が身構えてから起こる事故とは、
障害の度合も違うのではないだろうか。

いざという時にエアバッグの信頼性・安全性が大きな意味を持ってくるが、
それは大丈夫だろうか?

無免許でも誰でも車に乗れる?これって何?
自動運転車が交通違反をしたら、誰が違反者になるの?
事故がおきたら誰が責任者になるの?保険は誰に対して掛けるの?

ロボットタクシーで人件費がかからないので料金は半分以下となる。
交通利用手段の選択の在り方が大きく変わる。
地方の限界集落のお年寄りの移動手段がこの無人タクイシーで間違いなく確保される。
同じく、地方の子供の通学が楽になる。遠くの高校へも楽にいける。

渋滞がなくなる。
車間距離最短システムで車間距離が1M以内になると
車線は今の3倍になるのと同じ効果があるという。
また万が一事故がおきても
後ろからの追突は同じような速度でぶつかるので軽微のものになるという。

苦手な縦列駐車、車庫入れがスムーズになり、
店やイベント会場駐車場での接触事故はなくなる。
運転が苦手な女性でも車の利用が苦にならない。

視界にはいらない動物、子供への事故はほぼなくなる。

以上、実に面白いことが、いろいろと起きてきそうな
予感満載である。

ここで大きな課題をひとつ提起したい。

自動運転はITとの関連がかかせない。
インターネットからの情報も必要になる
ズバリ、バグ、ハッカーの侵入も心配だ。

最近のクルマのIT化の現状について。

今のIT専門家の就職先は当然IT周りだが、
企業単位で見ると、クルマ例えばトヨタが一番採用数が多いとのうわさもある。
今やくるまは機械ではなくITのかたまりである。

自動運転もITの申し子である。

ITのもつ危うさは正常ではなくなる原因が不特定・不明ということである。
ずばりバグである。
IT産業そのものが
もともとバグが生じるという前提で、何か不具合があれば
システムを止めて治すという業界である。

少し前に、
アメリカでトヨタがさんざんたたかれたITの制御の問題も
結局はトヨタが白となって決着がついたが、
クルマのITは、今後、波乱要因となる可能性が強い。

これは大事故になる可能性を常にはらんでいるということを意味する。

もちろん車は耐久消費財であるという原点からみれば、
機械は摩耗して動作部分がうまく作動しなくなるということはあるが、
これは今ではほぼクリアされつつある。
今のくるまは実に丈夫で故障がないのだ。

しかしIT問題は
これからいろいろなことが起こってくると考えておいた方がよい。

ITは、人知を超えた?車の中核を担っているので、
車の価値を大きく毀損したり、車の誤作動で重大事故を起こしたりという
致命的なことが起こる可能性を秘めているといってよい。

クルマの危険性も、またパアダイムシフトした次元にまで到達しているという事実を
我々は認識しておく必要がある。

自動運転の投げかけるテーマは、実にいろいろな論点を含んでいる。
こころせねばなない時代になったという自覚をもちたい。

モータ−ショーが実務的でおとなしい感じがするのは、
目玉の自動運転が、そもそも車とは何ぞや?!
いう大原点に我々を引き戻す本質的なエネルギーを持っているからである?

自動運転は、決して、楽しい側面だけのちゃちゃらしたものではなく、
クルマとは何ぞや?!を問うものである。

この稿終わり

追記:
ひと昔前はマニュアルシフトの車が主流であった。
オートマチックが出来たときにそんな安易にくるまが運転できるようになったら、
モラルが下がる。
緊張感がなくなり、車社会の秩序が乱れるというような話が誠しやかに言われていた。
今はほとんどがオートマチック車である。

自動運転もそのような状況にあるのかもしれない。
今から10年後あの時のあの議論はなんだったのか!?
ということになるのかもしれない。

それにしても面白い時代になってきたな!
と、このモーターショーを見てつくづくと感じている。
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新しいヒット商品の切り口!金沢21世紀美術館・現代アートから探る!

2015年09月02日 | Weblog

■新しいヒット商品の切り口!金沢21世紀美術館・現代アートから探る!



A.はじめに:

今、金沢は旬である。
北陸新幹線が開通して2時間半でいける。

金沢は、加賀百万石の城下町であった。
加賀百万石・前田家は、
今の石川県と富山県(加賀、能登、越中)合わせて100万石の大大名である。
前田利家のころの金沢は日本で五番目に大きな都市だったという。

このお盆に、所用があり、金沢へ出向いた。
金沢には、隠れた評判の高い美術館があるときいていて、
楽しみにしていた。

金沢21世紀美術館である。
https://www.kanazawa21.jp/

兼六園、金沢城に連なる大きな公園の中にある。
一階建ての圧迫感のない、さりげな雰囲気で公園の真ん中に佇んでいる。
いかにも美術館・美術館然とした、主張するような外観ではない。
周囲ガラス張りの明るい雰囲気を漂わせる建物だ。

外庭には
茶室や遊び心のあるオブジェが点在し、派手さはないが、
ゆったりとした雰囲気を醸し出している。

現代芸術は、
この金沢21世紀美術館の所蔵品に限らず、
その時代の本質をアートという手段で表現している。

その作品は、アーティストがどこまで意識しているかは別として、
時代の気分を、否応なしに表出する。
作家がそのような意図を考えていなくとも、
見る人がいろいろな意味を感じ取れば、
それはその作品の個性、芸術性として独り歩きする。
作品は、その時代に生きている鑑賞者の感受性を刺激したことになる。

金沢21世紀美術館には、
現代を反映する作品がたくさんあり、極めて挑発的、挑戦的であり、
しかも身近的(自分に向いている感じ)である。
お高く留まって、分かるひとが分かればよい、
といった突き放した感覚はない。

マーケティングの世界に生きる人は、
日々のヒット商品から現代の社会・時代の息吹・本質のようなものを
感じとっている。

現代美術も同じく現代の社会・時代の何かを反映している、
筆者もそこから何かを汲み取ろうと、
そんなつもりで館内を回ってみた。

B.現代アートの意味とは?!

現代という時代にヒットする商品は、
現代アートの持つ時代性と同様の何か(価値)を具備している。

金沢21世紀美術館の作品からは何が汲み取れるのだろうか?
私の目線を通して、独断的に作品を紹介していく。

館内では、
作品ごとに空間が用意されている。
その間口に立って中を覗いた時の第一印象が、
その作品のメッセージであると
筆者は考えている。

メッセージ1:遊び心・好奇心をくすぐるプール

ホモサピエンスである人類は、考えること、遊ぶことが大好きである。
作品の中にはそのような現代人の遊び心をくすぐる作品が多い。

入館すると、すぐ目の前にプールがある。
上から覗くと水の中で人が動いている。
プールの中から地上を覗いている人がいる・・・・。

上と中とがコミュニケーションしているようだ。
上にいる人は、
そっちからは、どう見えているんだい?下から見ると、面白いかい?
と問いかけている。

実際にどう見えるのだろうか?
という好奇心!で心は一杯になる。

プールといえば、水がたくさん入った器としかイメージできないが、
意表を突いた、ものごとの見方の裏表と遊び心を教えてくれる作品である。

現代アートのような示唆的な匂いのする芸術は、
もともと子供的な素朴な発想(ねー!なぜなの?)近いところにあると思う。

この不思議なプールは、
そのような素朴な感情の大切さを教えてくれているようだ。

メッセージ2:キャラクターのフィギアが敷き詰められた空間:

その空間に入ると、
手のひらサイズの、カラフルな、かわいらしい、子供向けのキャラクターのフィギアが床一面に敷き詰められている。

ドラえもん、アンパンマン・・・・・等、
時代を代表するキャラクターがここまで敷き詰められると壮観である。
思わず、あっ!と驚いてしまう。

中央には、そのミニフィギアで組みあげられた、人間と等身大の恐竜が2体たっている。
これは何を意味しているのだろうか?

キャラクターは、今、ブームである。
アニメ、俳優、地方のゆるキャラ・・・・・と
キャラクターといえば、ゲームも外せない。
今の時代、ゲーム無しでは生きられない人が多いが、
ゲームの主人公もキャラクターそのものである。

シンボリックな何かを表現するものとして、もてはやされている。
混沌とした、複雑な、もやもやした時代は、
キャラクターがもてはやされるのかもしれない。

一言で、あるモノ・コトを表現してくれればわかりやすい、
わかったような気分になりたいという時代のニーズが、
キャラクターのブームを支えている。

忙しいバタバタとした時代には分かりやすいものが流行る。
また、そのような時代だからこそ癒しを求める気分も高まるが、
キャラクターは、意味的にも、ビジュアル的にも時代のニーズにこたえている。

だからこのようなキャラクター空間が、
理由はよくわからないが共感を呼び起こす。

メッセージ3:異界の世界への入り口、境界領域の不思議さ

ある薄暗い部屋に入った。

斜めの面(斜面)が設置されている。
その中央部に大きな黒い楕円が見える。
それは描かれたものか?穿たれているものか?
よくわからない。

なぜだかわからないが、そこに引き込まれていく。
解説によると、黒ではなく濃い青を使うとより漆黒の闇が表現できるという。

そこには村上春樹の異界の世界らしきものを感じる。
人は不思議な世界観を醸し出すものに何となく惹かれる。

その向こうには何があるのか?
今の自分の時代・社会とは異なるものがあるのだろうか。
現実逃避感、異界で夢を追いたい感、違う世界でやりなおせる感・・・・・・

違う世界があれば、
今の社会とは異なる新しいパラダイムが提供されて、
ほっとする、何か面白いことが起きてくる・・・・
という感覚が頭の中に擡げてくる。
なんとも不思議な気持ちになり、一種の精神浄化がなされる空間である。

メッセージ4:現代の情報過多の窒息感、閉塞感を示す木の空間

太い木がすごい迫力で目の前に迫ってくる。
木の洪水である。

人より大きな太い木のオブジェ(おそらく紙、木、布でできている)が
林立している空間がある。

そこに入ると、
現代社会の息苦しさ、ストレスのような雰囲気が漂う。
何かわからないが「嫌な感覚」が漂う。

迷う、絡み取られる、
今の現代社会の嫌な、負の気分が横溢していて、
そこから逃げ出したいと感じる。
現代の不安を醸し出した空間である。

メッセージ5:夢の中の混濁、混沌とした世界観を表す空間

不思議な大空間である。
左の斜め奥に大きな数面の大スクリーンがある。

モノトーンの、
いろいろな人物、人のパーツ(手や足・・・)動物、景色・・・
が次々と不気味な出方でゆっくりと登場してくる。
シャガールの絵をみているような感じでもある。

夢を見たときのような脈絡のない、
自分の内なる何かを示唆しているような、
なんとも言えない奇妙な気持ちにいざなう映像である。

ひとつひとつのシーンに意味があるかどうか、
はわからない。
しかし、何らかの作者の意図、意思が、
あることは感じられる。

いつの時代でも、その時点での「現代」というものがあり、
それは不安なものである。
世紀末思想はいつの時代にもあった。

現代は、高度成長の単純な価値観では語れない、成熟した多様な価値観が存在し、
自分を見失わせる。
それが人をして不安にさせる。
不思議な、何となく未来を予兆する、
そんな感覚の空間である。


メッセージ6:バラバラな切片がパッチワークされた現代社会を示す、コーナー

このコーナーでは、
超デジタルなパラパラ映像を見ることが出来る。
一枚一枚描かれたイラストがぱらぱらと連続して映し出される。
それも半端ないスピードである。
本当の動きかと思うような超々パラパラ漫画である。

超微分・スライスされた現代社会、
行き過ぎたデジタル社会への警鐘を感じさせる。

人間の営みは、本来はアナログなものだが、
現代社会はそれをデジタルに微分してなりたっている。

仕事、人間関係もろもろのものが・・・・時間、空間を区分して管理して、
産業革命以後の繁栄を築き上げ、今の豊かな世界が成立している。
今の情報時代は、そのフロンティアにある。

人は、少し前までは自然のままで自給自足して環境に身を任せて生活をしていた。
アナログな人間の営みを、
デジタルなもので変換して管理することの凄さ、リスクを
予兆させる感じを覚えた。

メッセージ7:あかるく楽観的な時代への希望を表現した空間

天使、天馬が飛翔する大空間。

ギリシャ・ローマ時代の架空の、人間をシンボリックに彫り込んだ像が、
高い天井からつるされている。

神話的な世界、天空へのあこがれが表現されている。
のびのびと飛翔する自由さ、人間の解放のような感覚がある。

このような感覚は、現代では持ちにくいものである。

例えはあまりよくないが、日本でいえば、
スタジオジブリ、宮崎駿のような発想、世界観でもある。
ゲームも、自由な発想を大切にしてひとつの世界観を表現しており、
似ているかもしれない。

メッセージ8:普遍的な詫び・さびの空間

普遍的な価値。

美術館の外庭に佇む、
茶室の詫び・さびのもてなし感も、また一興である。

およそ現代美術とは関係のなさそうな茶室が、
時代・社会の喧騒をこえた価値で人のこころの本質に触れてくる。

その中に入ると身分、属性を超えた、
対等の人間同士のつながりをつくり、包みこんでくれるとした、
千利休の思想を思い出す。

メッセージ9:帯状星雲の実況中継:

出口の空間。
いままでのものとは趣が異なる。
現代美術館の最後の紹介は、実際の星の話である。

将来、太陽、地球はどうなるの?
現代はどのように将来へつながっていくの?
それは連続しているの、不連続なの・・・・?
と問いかけている。

宇宙時間でみると、
太陽のような大きさの恒星は、最後は帯状星雲のようになり、
どんどんふくらみ地球を飲み込むという。
最後は小さくなり消滅する。
今、宇宙の中で、
そのような状況にある天体を実況中継?している。

この美術館は、
現代を語る芸術作品が展示されている訳だが、
その現代がどのような末路をたどるのかに触れている。
味な、斬新な視点の展示である。

C.現代芸術の価値とヒット商品:

現代芸術は、時代的な価値を醸し出す。

金沢21世紀美術館の作品から、
そのような価値を、情緒的なキーワードで示すと、

良いイメージ:普遍、ユーモア、自由、理想、
悪いイメージ:混沌、幻想、逃避、圧迫、消滅、痛み、不安、
中間イメージ:シンボル、マニュアル
等になる。
+−のいろいろな感情がないまぜになっている。
現代の複雑な状況を示していることがわかる。

ここで現代の人の深層心理について、
巷間よく言われていることを列挙してみる。

・刹那(瞬間々々でその場の空気を読みその場をしのぐ感覚)
・快楽(辛いことが多く、将来の不安もあると、瞬発的なノリの良さが大切)
・逃避(人生の多難なことから一時的に逃避したくなる、リセットしたくなる)
・耽溺(自分の世界にのめり込んで周囲から自身を隔離したい)
・依拠(マニュアルや何かに頼ることで、外れることのない最低限の結果は出せる)
・分析(今の状況を細かく分析して本質を理解することで安心を得る)
・現実(未来を見ない/現代をデジタル超微分して納得したい)
・運命(自分の意思とは異なる何かがあり、思うに任せないことの免罪符を得る)
・象徴(現代の複雑な状況をありのままではなく比喩的な象徴でわかりたい)
・社会(自分の自己満足でもあるが、社会、環境へ貢献したい)
・修正(現状を改善してすこしでも今が快適ならばいい)
・自由(周囲にとらわれずに自分の気持ちの趣くままに過ごしたい)
・仲間(他人との緩い絆を持ち群れとして繋がりたい/SNS的な関係)

等となる。

これらは、現代の時代的な深層心理だが、
現代芸術の醸し出す雰囲気そのままである。

現代は、技術・情報革新が進み、グローバルなヒト・モノ・コトの流れが奔流化して、この先どうなるのだろうか、
と、皆が不安を抱く時代である。

地球は自然環境の激変にさらされ、
冷戦後の世界秩序の枠組みが定まらず、
国、民族の利害がもろに表面化する時代でもある。

現代のヒット商品は、上記のような時代的な背景価値に支えながら
ヒットというステージの乗せられている、
といえる。

D.現代のヒット商品と現代芸術の関係

本章では、
今日の時代を語るヒット商品を、具体的に列挙してみる。
同時に、ヒット商品の裏側にある消費心理を示してみる。

東京ディズニーランド・・・・辛いことから逃避して現実をしばし忘れさせてくれる
軽自動車・・・・・・・・・・実質的な、社会的な意味も持つ自分のこと消費の典型
スマホ・・・・・・・・・・・自分の世界へ浸る道具、異界の世界を垣間見る道具
リフォーム・・・・・・・・・自分の人生をリセットし、未来を紡ぎだす行為
ゆるキャラ・・・・・・・・・非公式な緩い感じで地域、商品との親しい関係を保つ
育休、育メン・・・・・・・・必須の男性の仕事として認知、男女ユニセクス化の象徴
LINE・・・・・・・・・・人を特定し緩く縛り、程よい関係性を持つ
PB ・・・・・・・・・・・NBより安くて同品質は昔の話、今は中身をいろいろと試せるエンタメ・ゲーム感覚の商材である。
アウトレット・・・・・・・・2つの消費、ウィンドウ&実質ショッピングを同時実現
  ブランドをまとめて見れて、便利に時間消費
セブンイレブン・・・・・・・近くでいつでも、個人分が買える個人主義業態
トクホ飲料・・・・・・・・・全国民健康シンドローム、なんでも健康飲料の時代
東京スカイツリー・・・・・・久しぶりに日本初のNO1の象徴的なもの
ニトリ・・・・・・・・・・・普通のいいものをしっかり安く変える
ユニクロ・・・・・・・・・・ハイテク素材を安く買える非ファッション業態、
金沢・・・・・・・・・・・・眠れる地方の観光資源を発掘、身近に見る喜び
女子会・・・・・・・・・・・女性同士、気を使わずにだべり、至福の時を過ごす
NHK朝の連続ドラマ・・・・朝の15分間の区切感、超短編小説のような時間消費
インバウンド・・・・・・・・日本にあこがれる外国人に教えられる日本品質
SNS・・・・・・・・・・・緩い関係で絆感が得られる現代の交換日誌
動画配信・・・・・・・・・・数分で情報が頭を刺激、TVにかわる新コンテンツ
フードトラップ・・・・・・・0から調理はなくなる、メーカー超マニュアルへの依存
コンビニスイーツ・・・・・・やすくてうまいいつでも買えるスイーツの大衆化
バイキングレストラン・・・・個人の状況にあわせた、少量変調の食事体験
芸人・火花の芥川賞受賞・・・研ぎ澄ました言葉と動作、瞬間的に勝負する芸人の価値
外車・・・・・・・・・・・・ミニバブルのお金で実現、自分のこだわりの対象
  株・・・・・・・・・・・・・アベノミクスで上昇気流、そこでゲームを楽しみたい

等となる。

消費は経済情勢、流行に安易に引っ張られることはあるが、
時代を映す鏡である。

どのヒット商品を見ても、
どれも、30年前には、ほとんどないものばかりである。
日経がかなり前に提唱した30年企業寿命説という概念があるが、
ヒット商品も同様で、つくづく時の流れを感じさせる。

時代は変わり、
人々の求める価値観は、どんどん変わっていることを示している。

現代のヒット商品は、一言でいえば、
個人のこだわりを示す、ソフト・フェザーヴァリューな「コト消費」である。

単純線形的な、早くて、安くて、便利で、丈夫な商品を買う
という「モノ消費」ではない。
周囲の人より高くて、かっこよいものが欲しい
という単純な消費もほとんどない。

高度成長時代は、
クルマでいえば、カローラから始まり、末はクラウン、
近所の家より早く車がくる、
という牧歌的な単純競争、成長経済下の「モノ消費」だった。

現代のヒット商品は、
なんとなくふわふわした根なし草のようで、
何が理由で売れているのかよくわからない・・・・?
と表面的には見えるが、
実は、個人のこだわりに根差した、
確固たる自己価値観をまとった「コト消費」である。

現代の消費は、
物質的に満たされているが故に、
逆に、こころの満たされ方を模索している、
といえる。

それが「コト消費」というスタイルとなって表れている。

何か自分に納得のいく理由が欲しい、
即ち、時代を背景とした内面的な充実を求める消費だからこそ、
現代芸術の背景にある時代の価値観とも一致してくるといえる。

E.現代のコト消費を深掘りするノウハウとは:

現代のヒット商品がコト消費そのものだとすると、
人のこだわり(コト)で、
マーケットを見ることができないか?
その新しい枠組みで(新しいパラダイムで)マーケティング戦略を組めないか?
という期待が、当然でてくる。

人の心理を扱うためには、
マーケットをいままでとは異なる分類軸でリ・セグメンテーションする必要が出てくる。
従来の単純属性、単純商品購入使用状況からのセグメンテーションではなく、
心理のSBU(戦略的最小単位)別の見方を導入しなくてはならない。

従来からある、ライフスタイル・生活価値観でマーケットを見る
という立場はこの文脈の上にある。

その中でも、最近注目されてきているマーケティングノウハウは、
『インサイト』と『ライフスキル』という、2つのサイコ概念である。

インサイトマーケテイングとは、
消費者を、生活文脈上の生活する人と見立てて、その商品購入・使用行動の裏にある
本音を掴もうという概念である。

「本音」はほとんど「欲求」と考えてよい。

本音が分かれば、
最適なマーケティングに少しでも近づくことができる。

最適を「良い」と置き換えると、
良い商品、良い広告、良い売り方・・・の定義は難しいが、
コンシューマインサイトが分かれば、いわゆる『良い』というレベルに
達する可能性が高くなる。

ヒット商品の裏には、
このコンシューマインサイト、即ち、『個人のこだわり・BIGWORD』が
必ず潜んでいる。

ライフスキルとは、
生活の術(すべ)を体系的に知り実行する概念である。

従来は、ライフスタイルの中で矮小化されて、押し込められていたものを、
前面に引っ張り出して、
生活の知恵、生活のノウハウとしてまとめあげたものである。

このライフスキルが良くなれば生活が向上して幸福になれる、
という概念である

ライフスタイル、ライフステージ、ライフスキルを3つのLSと、
弊社では呼んでいる。

個人のライフスタイル・価値観はそんなに変わるものではない、
ライフステージも家族状況という範囲で見ると、10年単位で動くものである。
即ち、ライフスタイルもライフステージも自分で簡単に変化させられるものではない。

しかし、ライフスキルは、「術(スベ)」なので、
明日からでも個人的に工夫出来て、
自分のQOLを向上させ、人生をハッピーにすることが出来るというツールである。

このライフスキルというマーケティングツールを巧みに扱うことにより、
人のこだわりを生活の中で具現化することが、
より可能になったといえる。

即ち、現代という時代に合ったヒット商品を生み出す確率が
高まってきたといえる。

この稿おわり

追記:
BIGDATAという情報処理概念が、今、ブームである。

数字が大量に羅列されているBIGDATAの裏側にある深層心理・こだわりを見つけることがBIGDATA分析、BIGDATAマーケティングの本質である。

BIGDATAは人の行動面の情報であるが、
その分析はあくまでも行動を規定する因果(心理)を求めることにある。

即ち、人のこだわりから来る「コト消費の可能性」を発見する分析でなければならない。




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消費財メーカーの宝の山、マーケティング・BIGDATAとは?

2015年07月23日 | Weblog
■消費財メーカーの宝の山、マーケティング・BIGDATAとは?

今のメガトレンド、マーケティング・BIGDATAとどう付き合う!
メーカーのBIGDATAとは何か?

前回のブログでは、CS(顧客満足)とIT・BIGDATAの関係について触れた。

今回は、マーケティング・BIGDATAについて詳しく、
BIGDATAが、いかに重要なマーケテイング機能となっているか!
について見ていく。

A.マーケティング・BIGDATAとは何か?!

マーケティングデータの分析は日常行われている。
では、同じマーケティングデータでも、
「BIGDATA」と「普通のデータ」では何が違うのか?

・大きいこと、
・幅があること、
・リアルであること、

の3つにおいて違うとされる。

違いは以下。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■一つ目の違い:
n値(人、モノ、件数・・・)が大きい。
nが100なのか、100万なのか
でその価値は全く異なるものになる。
それはデータを分析するときの深さ、細さが全く異なってくる
からである。

大きさのイメージは、以下の事例で。
・数百、数千万人の多様な商品購入履歴データ(アマゾン、楽天)
・検索エンジンデータ(ヤフー、グーグル)
・様々なポータルサイトの会員データ
・クレジットカードの利用状況データ(JCBカード)
・ポイントカードの利用状況データ(Tポイント)
・ECサイトのデータ(楽天、アマゾン・・・)

■二つ目の違い:

データの種類が多い。
扱う変数の種類は、
商品、金額、店、SP情報、日時・・・・属性、ライフスタイル・・・気候、商圏情報・・・とかなりの種類になる。
さらに、他の異種データと連結されて、変数の数が異常に多くなる場合もある。

また、不連続なデータがたくさんあって、
データ間では一気通貫での集計、クロスは出来ないが、
データを一覧できるように並べることで
いろいろな横関係の推論が可能になる、
というBIGDATAもある。

■三つ目の違い:

BIGDATAはリアルなものである。
瞬間々々にどんどんデータが蓄積される、変更される、追加される。
次の瞬間は同じデータではなくなる。
早い、変わる、進む・・・というまさにリアルなデータが現在進行形でそこにある、
という特徴を持つ。
いつも最新のデータでものを語れる、語らねばならない性格のものである。

例えば、以下のようなことは日常的におこなわれる。
サイト上で何らかの施策を試行錯誤すれば、即結果が出ることになる。
即ち、A/Bテストなどが臨機応変に即時にできる。
例えば、
ある表現をしようと思うと、ふたつの表現案を試しに流してみて、
どのようなレスポンスがあるかが数時間、数日で取れ、判断できる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「大きい」と「幅がある」と「リアル」の3つが備わっていれば
まさにBIGDATAである。

B.マーケティング・BIGDATAの凄さ:

BIGDATAがあれば、消費者の考えていることがかなりわかる。
BIGDATAには、生活者・ユーザーのインサイトが潜んでいるからである。

数字の裏側、行間に潜む生活者の深層心理が読めてくる。
あるいは深層心理を読まなくとも、
その行動データだけでいろいろなことが相関関係の中から見えてくる。
(ヤフーでは因果関係、すなわちその心理が分からなくとも、行動データの相関関係がクリアであれば、大概のことが予測できるという)

実際に、マーケティング・BIGDATAでは、
以前の普通のデータと比べて、何をどこまでできるようになっているのだろうか?

・たくさんの変数間の相関を詳細に見ることが出来る。
今ままでは考えられなかった変数間の相関が発見できるようになった。
・変数同士を組み合わせて新しいデータを作り込むことが
かなりのレベルでできるようになる。

・多変量解析を実行する場合でも、今までのデータ分析では
数学的な誤差を考え、無理しない範囲で妥協していたが、
BIGDATAではかなりのレベルまで追い込むことが出来る。

例えば、先の衆院選での、ヤフーの選挙予測は実に96%の確率であたったという。
簡単なアルゴリズムで予測しているらしく、
今までの予測のように、フィールド調査に手間、お金をかけることの意味が問われている。
他にも事例はいくらでもある。

大きいことのマーケティング的な本質は、
データに潜む生活者のインサイトが、
統計的に担保された状態で抽出できることに尽きる。
だからBIGDATAが注目される。

逆に言えば、
普通のサイズのデータを普通に分析しているレベルの分析を、
BIGDATAで実行しても意味は無いことになる。

それでは、
改めて、大きいとはどのぐらいのスケールをさすのだろうか?

例えば、クレジットカード、ポイントカード会社が、
1000万人の会員をもち
100万アイテム・サービスの商品の利用状況が管理されている
とする。

いつ、どこで、なにを、いくらで購入したか、
その時の環境(気象、周囲のイベント・・・)はどんな感じだったか?
購入者はどのような属性、ライフスタイルか
サイトで購入した場合は、どこから来てどんな回遊をして購入に至ったか?
というような膨大なデータ群を想像すればよい。

BIGDATAからは、
分析すればするほど味のある、
するめのようなマーケティング戦略立案に役立つ
「宝の山」・インサイトが抽出される。

但し、BIGDATAについては留意しておくべきことがある。

ハイプ曲線によると、
BIGDATAという技術には、まだまだ期待先行のバブリーなところがあり、
これからじっくりとその真価が発揮される段階にあるとされる。
(ハイプ曲線:米ガートナー社が提唱/新しい技術は当初インフレーション的な期待値が高まり、それが落ち着いて初めてその真価(実需)が発生するという法則である)

BIGDATAをめぐる、今の喧騒は超ホットである。
BIGDATAは、多分にイメージ先行的なところがあり、
打出の小槌のようなツールと思われている節がある。

しかし、実際には、前述のようなNET業態では、
「BIGになったデータを駆使してマーケティングの最大・最高の成果を求めて運用されている」という現実もある。
BIGDATAの恩恵は、今後、様々な産業、企業、商品で現実化してくる、
と考えられるが、万能の経営・マーケティングのツールではないことは、
認識しておく必要がある。


C.マーケティング・BIGDATA分析のクリエイティブ性:

データはどんどん増える。
超膨大なデータ量になっていく、BIGDATA!

マーケティング・BIGDATAの分析!?
とはいっても、どこから手を付けるか?
マーケティングの経験、自社商品の置かれている環境等々を鑑みて、
試行錯誤しなければならない。

BIGDATAの中から、
生活者の本音のニーズ・ダイヤモンドの原石を発見し磨き上げるには
以下のような「3つの段階」とそれに付随する「力」が必要である。

段階1における力:
「BIGDATAをどう分析するか、どこに目をつけてデータをいじくるか?
の視点を見つけ出す、センスのあるクリエイティブ力(創造力、想像力)」

段階2における力:
上記視点に基づいて、
「BIGDATAを縦横無尽に取り扱う理科系的なデータ処理ノウハウ」

段階3における力:
更に、得られた結果に基づいて、
「具体的なビジネス、プロモーション、コニュニケーションに落とし込む実務的な能力」

の3つの力が求められる。

特に「段階1」は重要である。
膨大なBIGDATAをやみくもに試行錯誤し、いじくりまわしても
意味のある結果は得られない。

段階1の力、
「BIGDATAをどう分析するか、どこに目をつけてデータをいじくるか?
の視点を見つけ出す、センスのあるクリエイティブ力(創造力、想像力)」」
という意味は、以下のような分析工程に置き換えられる。

自社・商品のマーケティングの目的・ゴールは何か!を考え、
あるKGI,KPIを設定する。
その目標テーマと数値を達成するために、
下位概念のデータを解析する。

最終ゴールである、
売上向上、利益向上、コスト削減・・・・・!
は、KGI(キーゴールインディケーター)と呼ばれ、分析作業の途中でチェックすべき重要な指標であり、いわば当たり前のものである。

課題は、KGIを達成するための行動指標を、
どう設定するかである。
それが勝負の分かれ目となる。
この行動目標がKPI(キーパフォーマンスインディケーター)と呼ばれるものである。

KPI。
何をKPIとして設定するか、どう管理すれば良いかを、
BIGDATAの中から探し出すことが肝要である。

ここに創造力、想像力が求められている。

KPIを探し出すポイントは以下の通りである。

分かりやすく、創造的なKPIを設定することが、まず肝要である。
KPI設定後は、
KPIに影響する下位概念のデータを分析し、最終的にKGIを達成することになるが、
そのためにはわかりやすい、納得感のある、これが商品の、事業のヘソ!!となるような
KPIの設定が肝になる。

まず、だれが見ても必要とされるKPIというものがある。
実はそれ以外に、
一つ目:これは面白いといわれる、中心点となるKPIを見つけ出す、
二つ目:変数を組み合わせて、データを作り込んで、KPIとする、
三つ目:何か新しいムーブメント(例えばキャンペーン)を起こし、そのムーブメントの達成率を使う

など創造的、想像的なKPIを紡ぎだすことが重要である。

例えば、
一つ目の例/
ある普及品に対して、特殊な上位機種を売るために、
普及品の不満層を吸収し、さらにスノッブ感覚的な新規層を吸収するために
その上位機種を支える新・技術キーワードへの『興味惹起度』をKPIとする。

二つ目の例/
ある新商品の資料請求数ではなく、
商品認知者の中の資料請求者の比率をKPIとする。

三つ目の例/
ある会員制宅配事業では、
新規客獲得キャンペーンをおこない、
そのキャンペーンの認知率、会員からの声掛け率をKPIとした。
この場合このキャンペーンは営業活動の中で定例的な動作になっていることが必要である。
単純な新規客獲得数、顧客中止者数を管理するというのはKGIの話である。

次いで、
KPIを達成するためにKPIに影響する下位概念の変数を見つけ出す訳だが、
変数とKPIの間の単純な関係性をみつつも、
・変数組み合わせを作り込みそれとの関係性をみる
・KPIを外的基準とした直接的な多変量で関係性をみる
(AID,判別分析、重回帰分析・・・・)
・変数間で多変量を行いその関係性マップにKPIをプロットし、
KPIの特徴を浮かび上がらせ、関与する変数や合成変数見つける。

等々試行錯誤が必要となる。

D.BIGDATA分析のKP・とマーケティング会計:

通常の会計では、
売上、利益、それを組み合わせた経営指標を設定して経営をみてゆく。
例えばROE,ROI・・・・・等々が最近では流行である。

マーケテイン会計とは、
以下のような視点での売上高、利益管理のことを指す。

■商品に上市後の経過年数の旗をたててベテラン商品、フレッシュ商品に分けて管理する。
(その配分を管理する)
⇒KPIとして、ブランドフレッシュネスインディケーターを設定

■商品・ブランドエクイティを金銭換算して、初期投資も加味して価値を管理する
⇒KPIとして、M&Aブランド資産勘定インディケーターを設定

■各ブランドを成長性×売上高×ブランド内部の商品数×ブランド内部の新商品比率で
4次元管理する/その組み合わせ象限の比率を管理する。
⇒4次元ブランド配置コントロールインディケーターを設定

■各ブランドを営業利益べース、粗利益ベースとそのマーケティング投資額を対応させた効率で管理する。
⇒マーケティングROIインディケーターの設定

マーケティング会計の視点は、KPI設定の新しい側面を示唆している。
採用すれば、
従来の当たり前化しているKPIとは異なる分析が可能になる。


E.改めてBIG・DATA分析の本質的な意味:

BIG。
人(N)が大きい、変数がたくさんある、リアルなデータであることの意味とは何か

■意味の1:

マイクロセルの設定、データ(変数)間の組み合わせが幾重にもできるようになる。
マイクロセルの作り込み、データ間の組み合わせとは何か?

・東京在住の2015年4月以降のフレッシュマンの、こんな職種の、こんなライフスタイルを持った若者の資料請求を伸ばすには何ができるか、
・更に資料請求の後に契約をしてくれそうな人(プロファイル)をどう特定すればよいか・・・
というように、
幾重にも想定ターゲットを掘り込むことができる。

■意味の2:

因果関係とは何か?を精緻に求めることができる。

・あるKPIに対してきわめて因果関係の強い変数はどれか? を求める
・ある商品を100%購入(行動)する人に関与するの複合的なプロファイルを求める
・ある行動(例:資料請求)をする人に効いている他の行動変数は何か?
それは単独で効くのか、複数の変数の組み合わせで効くのか
その効き方は性年代別ではどうか、エリア別ではそうか、
ライススタイル別ではどうか、

もっとわかりやすく言えば、
・この人はどんな商品を買う可能性が高いか?
・この人はどんなタイミングで行動を起こし、どんな問い合わせをしてくるか?
・この人はどんな順序で商品を買うタイプか?
・この人にどのような訴求をすれば資料請求をするだろうか。
・この人へはどんなキャッチを入れればチラシ、ポスターからの反応が良くなるか?

などの解が導き出せる。

注:厳密に言えば、上記のチェックは、数学的には、因果関係ではなく相関関係である。
但し、相関関係が精緻になると、一部の関係性はあたかも因果関係を示すこともありうる。

■意味の3:
マーケティング現象の裏側にある本質的な心理とは何か?
データの裏側にある、潜在心理は何か?を求めることができる。

異なるデータの裏側には実は本質的な底流があり、
コトの本質も物語っていたりする。
それを発見する。

・例えば一見何の関係もなさそうな羅列的データの中に、深い因果関係がみつかる。
多くの変数が存在することで見えにくかったことの本質が、
雲が晴れるように見えてくる。
・例えば、平面的な距離データから立体的ない位置関係をみつける。
変数間の相対関係がよりわかりやすくなり、
どの変数をどう扱えばよいか見える化できる。

■意味の4:
エクストリームユーザーを発見できる。
nは小さくともある母集団の本質を体現している、その母集団の未来のメインストリームを予兆させるユーザーを発見することができる。

たくさんのnの中にはその集団(=母集団)の本質・未来を象徴する
少数のイノベータ、オピニオンが、低い発生率ではあるが、必ず存在する。

では、本質的、未来的な少数のエクストリームユーザーとは何か?

・その集団の最大公約数を示すサンプル(メディアン、モードな人)、
・その集団の最先端を示すサンプル、
・その集団の原点を示すサンプル、
・そして最も大事なサンプルは
今は一見異常値だが、その集団の近未来を示す逸脱事例サンプルである。

上記は、集団を今までの過去的な、既定路線ではない方向へ引っ張ってゆく。
これらを総称して、エクストリームユーザーと呼ぶ。

これらエクストリームユーザーの発見が
今のような不透明な時代にはきわめて大切なこととなる。

BIGDATAからのエクストリームユーザーの抽出方法は3つある。

■方法1.
変数の組み合わせによる方法が一般的である。

データの元ネタは大きく4つに分かれる。
・行動変数(商品の利用状況、競合状況等の商品・マーケット絡みの設問による)
・デモグラフィック変数(ライフステージ、ライフコース、・・・)、
・サイコグラフィック変数(ライフスタイル、ライフスキル・・・)
・環境変数(商圏情報、気候情報、エリア特性情報・・・・・)
これらを組み合わせて、これはと思うエクストリームユーザーを紡ぎだす。

■方法2.
もともとある商品カテゴリーで、ターゲットが何通りか仮説化できている場合は、
そのターゲット像が切り取れるように変数を組み合わせて
エクストリームユーザーを抽出する。

■方法3.
OA回答では、その人の人となり、知性・・・がしのばれる?回答が多く得られる。
その自由意見の内容からエクストリームユーザーを特定する。

例えば、通販サイトでは、
商品購入者へ、
商品購入時にポイントを付与し、購入理由、買い物状況の感想などを記入してもらい、
回答を得る。
その内容から判断して、エクストリームユーザーを選ぶ。

エクストリームユーザー分析で、
購入行動パターン別、サイトへの入り口サイト別や
様々なセグメンテーション・クラスター別のこまかいプロファイリングが可能になる。

その人、本人でさえもが気づいていない、
潜在化にある欲求をエクストリームユーザーから探り出すことが、
できる。

BIGDATAで、nが大きくなったことで、
今、切れ味のよいマーケティングの将来像を仮説化できる時代になった。
企業にとって、こんなことがわかればありがたい、
ということが、エクストリームユーザーからわかるようになったのである。

■意味の5:少し観点が異なるが、極めて実務的な方法について

「不連続な一覧型分析」という方法も実務的には重要な意味をもつ。
アナログ的ではあるが実務的であり、マーケティングの仮説を得るには
きわめて有効である。

要は、A3版にデータを並べてあらゆるデータが一覧できるようにする方法である。
デジタル的にはつながっていないブロックデータ間の文脈を推理してゆく。

例えば 
POSデータ、顧客クレーム、販売データ、人口動態データ、商品開発プロセスリサーチデータ、需要予測データ・・・・、
データ間に紐がついてない異種データを紙(画面)の上に並べて、
じーっと見つめてそのデータ間の文脈を想像・発見して、
今何が問題で、優先課題は何で、どんなソリューションをおこない、
どんな効果を期待するか、その検証はこのようにおこなう
というというデータ横断型の筋道をつける方法である。

実は、この方法は、
どんな企業でも通常おこなっている作業である。
これをコンピュータの画面上でブロックデータを組み合わせて視覚化して行うわけである。
この異種データを画面上に並べるというソフトも出ている。
ブロックデータのレイアウト・並べ方の妙でいろいろなことが見えてくる、
実務的な手法である。


G.最後に/マーケィング・BIGDATAの総括:

マーケティングもBIGDATAの時代になった。

ネット関連業態では、
既にBIGDATA分析により、
市場機会の創出、商品・サービス提供、CE/CSの向上につとめ、成果を上げている。
半端ないIT投資によりそれを実現している。
(CE:カスタマーエクスペクテーションズ)

但し、課題も多い。

行動面でのデータはたしかに膨大にあり、データ間の関連性を分析すれば
かなりのことが分かるようになってきた。
問題点は、行動の裏側にある深層心理(いわゆるDEEPDATA)
がないことである。

また人ベースのライフスタイル、商品カテゴリースタイル、NET使用スタイル
のような基本意識データがブラックボクスになっていることである。

これらの背景心理データがあれば、
よりきめの細かい商品、サービス、表現提案ができ、
KPI向上にもっと寄与できるようになる。

■ 実務的にはどうするか?!

・サイト利用者の中から数万レベルでランダムサンプリングして、
通常のアンケート調査をおこない、心理・意識についてのデータ採取をおこなえばよい。

・その調査データから、クラスター分析などをおこない、
サンプルをサイコグラフィックに類型化し、
そのクラスター毎にそのサイトでの購買・利用履歴等々をパターン化する。

・そのパターン毎に
サイトユーザーへの施策・コンテンツ等を類型化して提案すれば、
ユーザーからのレスポンスのよい、効果的なKPI向上管理ができるようになる。

中・小規模のネット通販やポータルサイトでは、
BIGDATAの扱いは、まだ発展途上であるが、
上記のBIGサイトと同様の作業を行えば、サイトユーザーのKPIへの歩留りはもっとよくなる。

一方、
消費財メーカー系の開発、ブランディングのデータ処理はどうだろうか?
まだ、原始的な段階にある。

消費財メーカーの場合、
データには様々な領域のものがあり、それらの規模は不揃いで、かつ、不連続である。
開発途中のリサーチデータ、POSデータ、コールセンターへのクレーム、SNS上の反応、営業サイドの定性的な意見、自主サイトのアクセス者のログ、書き込みの意見・・・・・・・等々とばらばらである。
一括したBIGDATA分析にはなじまない状況にある。

それでも、実務的には、
BIGDATA的な工程を踏むことが求められている、
それが今のトレンドである。

それが先ほどの「不連続データの一覧処理」という方法である。
かなり実務的な方法であり、

ここで、ひとつ特筆したいことがある。

消費財メーカーの中で上記の一覧方法ではない領域が出て来ている。
それは、「BIG・自主サイト」の運営である。

最近では、新商品への興味者、キャンぺーンへの興味者は、
TV、口コミ等でそれを知った後に、ほとんどがサイトへアクセスして確認をする。

特にスマホが身近で便利になっているので、半端でないアクセス数が起こる。
従って、自主サイトでのBIGDATAを、
継続的に採取し分析をすることは極めて重要なことになる。

自主サイトのデータ分析から、
マーケティング施策をスムーズに進めていくことが
可能になるからである。

この先端を歩んでいるのがコカコーラパークである。

1000万人ぐらいの会員登録があり、
そこに常時会員がアクセスしてきて遊んだり、情報提供を受けたりしている。

コカコーラ社からの新商品、キャンペーン等々のマーケティング情報を浴びて、
いつも商品、サービスの刺激を受けている。

コカコーラ社から新商品がでて、その情報をメルマガで発信されたとすると、
たちまち、1000万人に伝わるという仕組みとなっている。

消費財メーカーが
不特定多数の生活者と1対1で対応できる時代になっている。
一般生活者と、流通経由・売場で間接的にしか接触できない
時代ではなくなっている。

H.エピローグ/BIGDATAの国民経済的な効果:

そもそもマーケティング・BIGDATA分析とは何か、
どんな目的でおこなうのか、どんな効果があるのだろうか?

BIGDATAをうまく活用してKPIを達成することは
企業にとっては当たり前の経済行為である。

では、マクロ経済的にはどのような意味をもつのだろうか?

マーケティング・BIGDATA分析は、
市場機会を探り出し、良い商品・サービスを開発・提案し、
買う時の様々は有効な情報提供により、気持ちよく買物をしてもらう、
ために行う。
これがマクロ経済的には、どのような意味を持ち、社会へ貢献しているのだろうか?

■マクロ的な効果1:

GDPがUPする。
もしBIGDATA分析で、
ある企業がよい商品を販売できたとする。
しかし財布はひとつなので、
トレードオフで他の商品を買わなくなるという単純な正則効果がおき、
総額的には意味のないことになるのでは?という議論がある。

たしかに、
そのような側面はあるが、必要なものを納得して買うときは客単価が大きくなる、
また、他の商品からも同じような機会が提供される場合は、
合わせてGDPの高まりは確保される可能性が高いと考えられる。
従って、国民経済が伸びるということになる。

■マクロ的な効果2:

GNHが向上する。
グロスナショナルハピネスの増加が起こる。
同じようなものを購入してもタイミングよく提示されて、気持ちよく買えれば、
満足度・幸福度は向上する。

直接GDPに現れない効果でも、国民経済的には大きいといえる。
皆が幸せになる確率が高まるのは非常によいことである。
ハッピーになれれば、将来的には財布の紐もおおらかに開くことになり、
消費増加にも繋がることにもる。

この稿おわり


追記:

1.CSの基本理念である、早く、正確に、低コストでものをつくる、販売する、使って
満足してもらうことが、BIGDATA分析によりスムーズになった。

サントリーが最近オランジーナ、南アルプスの天然水フレーバータイプで
需要量を読みそこない、欠品をおこし、非難を浴びた。
これも近い内にかなりの精度で需要予測が当たるようになり欠品はなくなると見ていい。

2−1.ユニクロとアクセンチュアの提携
ユニクロが店、NET販売の顧客データを本格的にBIGDATA化して、
より効果・効率的なマーケティングを目指すという。

本格的に実行するには、
以下の生活者の5つの側面のデータがそろわないといけない。

P:オーディエンスの顔としてのデータ:
マーケティング施策への感度・反応(例えばTVCMへ・・・・)
Q:ショッパーの顔としてのデータ:
会員化して購買履歴をとる。
R:ユーザーの顔としてのデータ:
ユニクロを買った後どのように使ってどう評価しているか、
ユニクロ以外では何を購入してユニクロとどのように使い分けているか?
S:生活文脈の中にある、普段の消費や生活の動き
T:商圏、気候・・・・などの環境データ

これらが連続的に日々データとしてそろって、
初めて完璧なBIGDATA分析が可能になる。

ユニクロのネット販売ではQは取れている。
PとR、また普段の生活・消費意識行動、環境データは
ユニクロネット会員に対して定期的にアンケートを取らないとデータは集まらない。

ユニクロの店頭販売では、改めて来店者を会員化し、その都度カードをつかい買い物をしてもらい購入履歴をしこしこ貯めることが必要である。

カード会員では例えばTSUTAYAの会員との共通カードと組めば一般の買物行動とのクロス的な視点はある程度は見える。
しかし、コストは少しかかる。
ユニクロのデータも匿名ではあるが他社に使われることもある。

ユニクロが純潔主義的に、独自のデータの確保に動くとして
どこまでいけるのであろうか。

2−2.ユニクロの今をどう見るか?:

ユニクロの既存店の単月の落ち込みが報道された。
ここにきて、
ユニクロのビジネスモデルの旬は過ぎた、
という見方も出て来ているようだ。

ユニクロは、
地味な分野の衣料を取り上げハイテクの繊維織物技術を駆使して大量生産でもうける。
エアリズム、フリース・・・・・・
少数変量のファッション産業とは全く異なるビジネスモデルである。
ユニクロは、品質性能志向の製造業に近い。
小売業ではない。個性を競うファッション産業でもない。

ということは、常にハイテクで衣料を革新し、大量生産で安くものを供給してゆく
という操業モデルを余儀なくされている業態といえる。
技術革新がこのところあまりないとされる、値上げがおこなわれる、
となると、
ユニクロのビジネスモデルの核である技術、価格という側面が
大きく毀損されることになる。
ユニクロモデルのミッションはボケてしまい、人気も落ちていくことになる。
そのようなことが無いように
・どのように業態シフトをしてゆくか?(例えば、ファッションな要素をとりいれてゆく)
・新しいACBをいつも取り込む努力をする?
(未充足点/ACCEPTED CONSUMER BELIEAF)
という行動が必須の企業といえる。

マーケティング・BIGDATA的に言うと、
今ある膨大な顧客情報、店舗情報を駆使して、
新しい消費者インサイトを発見することが急務といえる。

3.BIGDATAの第二ステージでは

IOT(internet of things)が台風の目になる。

今後は、あらゆるもの(THING)にチップが入ってくる。
それがセンターに集まってくる。
まさにBIGDATAである。
そのデータを分析すれば、そのTHINGが関与している領域での革新、創造を起こすことができる。
「もの」とは商品、ツール(カタログ、雑誌・・・・)設備・備品等々を指す。
このIOTについては、別の機会でお話をする。






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■ マーケティングの将来、ITは消費行動へどんな変化・進化をもたらすか。

2015年06月12日 | Weblog
■ マーケティングの将来、ITは消費行動へどんな変化・進化をもたらすか。


今回は少し基本的な話を取り上げる。
ITとマーケテイングの進化についての話である。

A.プロローグ1:

今、第4次技術革新が起ころうとしている。

第一次は蒸気機関の発明による歴史的な力の産業革命、
第二次は、電気・内燃機間の発明による動的な社会革命
第三次は、第二次世界大戦後のいわゆるハイテク革命、
コンピュータ、航空機、原子力発電、・・・・・といった類のものだ。
第四次は、人工知能、ナノテク、バイオテクノロジーなどのマイクロ革命である。
脳は、心は、細胞は・・・・・・と、どんどん小さくなり本質に迫ってゆく。

人工知能はIT革新の進化形である。

チップはどんどん小型、マイクロ化して目線からきえる。
モノの中、素材の中、体の中に入り込んでくる。
性能も半端なくUPする。
昔、月面へ人類を送り込んだプロジェクトのコンピュータは、
今の携帯電話程度のコンピュータレベルである、
というから驚かされる。
恐ろしくなるほどの進化である。
どんどん生活・仕事が、ITにマネジメントされていく。

例えば、翻訳ということばは死語になるという。
翻訳はIT化でなくなるということである。
それも10年以内でそうなるといわれている。

マーケティングの世界も同様である。
人の消費行動・買物行動も、ITからおおいに影響を受ける。


B.プロローグ2:未来の予測に関して

ニューヨーク市立大学。
世界で一番古い公立大学である。
ノ−ベル賞学者を10人排出、うち3人が物理学賞という。

そこにミチオ・カクという超弦理論の世界的な理論物理学の権威がいる。
未来学の権威でもある。
物理がもたらす社会・時代の未来を通しする慧眼をもった人である。
現代物理学が語る未来についての特別講義があり、NHK白熱教室として放映された。
SF的な世界の空想のものではなく、物理という理論を踏まえた未来像が提示された。

驚くべき内容である。

前章でその一部を紹介した。

彼によると、
万物の有り様を説明する理論を手にすることで
いろいろなことが見えてくるという。
この宇宙を支配している、
弱い力、強い力、電磁気力、重力の4つの力
を組み合わせる理論、方程式が導き出されることで
未来が見通せるようになるという。

宇宙、社会の仕組み、職業・生活・・・・・・
未来のこと・・・・・、
人のこころ、魂、・・・・
と・
カク教授の未来像はあらゆる分野に及ぶ。
縦横無尽の解説である。
並行宇宙、タイムトラベル、宇宙の終焉、社会におけるコンピュータの影響、
コンピュータそのものもどうなるか

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、マーケティングはどうなるか?
以下は筆者の意見・感想である。

ITがどのように影響し、どのように消費システムを変えるかを考えてみる。

端的にいえば、ITによって、
商品購入・使用時の顧客期待(CE)と顧客満足(CS)が
格段にUPすることになる、
という話である。
そのメカニズムについて考えていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
CE:CUSTOMER EXPECTATIONS、
CS:CUSTOMER SATISFACTIONS


C.マーケティング分野の近未来について:

まず、マーケティングとは何か?

筆者の定義は以下の通り。
ニーズとシーズをマッチングさせるツール(仕掛け)である。
シーズという供給側の提供価値(できること)

ニーズという需要側の要望価値(ほしいこと)
の交換をおこなう行為、
という定義になる。

本稿では、
ITにより大きく影響を受けるであろう消費・買物行動の満足度、
即ち、マーケティングの重要な一分野である
「CS」について考察してみる。

1. 基本CSとは:

前述のマーケティングの基本定義の中に、CSの基本概念は含まれている。
マーケティング、すなわち供給側と需要側の価値の交換を、
早く、正確に、低コストで行うことが
CS(顧客満足)である。

実際には、
シーズ、ニーズのマッチングの態様は4つある。
・シーズ、ニーズが顕在化しており商品・サービスが金銭で交換できる状態
・シーズは顕在化し、ニーズは潜在化にあり、シーズをアピールしなければならない状態
・シーズは潜在化にあり、ニーズが顕在化し、これから商品・サービスをつくるという状態
・シーズ、ニーズが両方とも潜在化にあり、これから両価値を顕在化させる状態

一言でいえば、CSの基本は「商品開発」そのものということがいえる。

2. 使用CSとは:

商品・サービスを買い使い始めてどのような満足を得るかが
従来から言われている狭義のCSである。
この満足度が高ければ、LTV(ライフタイムバリュー/生涯購入金額)に占める
購買シェアがUPするといわれている。
もっと簡単に言えば、
次回購入で同じブランドを選んでもらえる、
ことにつながり、マーケティングの生産性がおおいに高まるとされる。
次回購入で、ある顧客を失い、新たに新規客をとる労力は、
顧客継続のケースより何倍にもなる。

よく言われるクレームがあった時にスムーズに処理をするという行為も
価値交換の態様のひとつであり、使用CSの態様である。

但し、ライフタイムバリューを追及する上で、
最も大切なことは「1」の基本CS(=4つの態様)の的確さである。
よい商品が提供できることがCSの基本の基本である。

例えばセブンイレブンの最近の動きをみると、
100円コーヒーの提供とドーナッツの提供がそれにあたる。
コンビニの100円コーヒーの販売量は・・・であり、
見事に消費者のニ−ズにマッチさせた。
何でもないコーヒーを店頭で気軽に買えるようにしただけで
コンビニのオリジナリティを高からしめた、といえる。
よくよく考えて見ると、出来立てコーヒーが100円で飲めるという商品・サービスは
いままでなかったものである。
このコーヒーとドーナッツがセットで売れるという。

セブンイレブンは、あの狭い、限られた店の中で、
最適の品ぞろえをして来店客の満足度を最大化する商品・サービス開発という努力を
常にしている。

3. 選択CSとは:

CSの中には、選択CSという概念がある。
商品等を選択するプロセスに関するCSである。
商品選択行為が十分納得いくまでできたか、
という満足度である。
同じ商品でも選択のCSが十分に満たされないと、
最終の使用満足も高くならないことが知られている。
マーケティングの専門用語でいえば、「認知的不協和」が発生する。

自分の買ったものへの納得感が少なく、
失敗だったのではないか、他にもっと良い選択があったのではないか
との思いがよぎる、その心理を指した言葉である。
人はいつでも自分の選択行為に後悔を残す、動物といってもよい。

注:CSには、「絶対的な最終満足度」と、「事前期待に対する達成度」という、
二つの指標があり、各々一長一短がある。

この3つのCS、
基本CS、使用CS、選択CSに、ITはどう影響するのだろうか。


D−1.ITの、CSへの具体的な影響について:

話はCSから少し離れる。

BIG・DATAの話をする。

BIG・DATA分析という『IT』は、CS向上に大いに影響する。

例えば、NET通販。

ある人が、ある商品を購入した際のNET上の買物行動の経緯は
データとして残る。
例えば時間データ、場所データ、購入したものデータ、購入までのサイト内の動きデータ、
また、その人の他のサイトでの動きも場合によっては入手できる。

顧客登録時にその人のプロファイルをとり、定期的に情報を更新しておけば、
そのひとの購入の人物的な背景データも揃うことになる。

これらを、
登録人数分、サイトアクセス数分、顧客人数分、購入回数分、
集め積み上げれば、膨大な気の遠くなるようなデータ、
すなわちBIG・DATAが得られる。

このデータは典型的な行動データである。

その裏側にある心理面は完全にブラックボクスになっている。
ややこしい人の心理というものを考えることなく、
純粋数学的に行動の因果関係が説明できるデータとなっている。

ここでこんな行動をとった人は次にこのような行動をとる確率が高い、
ということを知って、その人への様々な提案をするわけである。

わかりやすい例で言えば・・・・。

アマゾンでこの本を買った人は、
こんな本も買ってますよ!と親切に表示してもらえる。
自ら探さなくとも欲しい本に出会える。

YAHOO!やグーグルで検索ワードを打ち込んで出てくる検索結果も、
過去の本人の検索事例に、他の人の同じようなワードの検索事例を加味し、
さらに性年代別、エリア別等々の絞り込みデータから、
その人に最適の順位で検索結果を表示してくれる。

カード会員のデータも典型的なBIG/DATAである。
カード会社のデータサイエンティストは、
ダイレクトメールで、WEBメールで、電話で次にどんな提案をすればよいか、
いつもコンピュータと格闘しているといってもよい。
私事であるが、最近よく保険の話が舞い込んでくる。
これも、私の日常のカードの使い方からしてみると、納得がいく結果である。
おそらくBIG・DATA分析の結果によるものと思われる?!

将来は、これらの分析精度がますます良くなってくる。

但し、BIG・DATAは、「DEEP・DATA」ではない、
という謙虚さも必要である。

NET上のBIG・DATA分析は
あくまでも、行動予測の確率的な精度を高めるための手段である。
万能ではない。

その人の行動面でのBIG・DATAの裏側にある、
心理情報や生活文脈情報(DEEP・DATA)は別の手段、
例えば、事例研究的な方法やアンケートでとる必要がある。

DEEP・DATA]によってBIG・DATAはその威力をますます発揮することになる。

しかし、ここまでデータがBIGだと、
それを詳細分析すればいろいろなことがわかるようになった、
ことも事実である。

上記のように、
YAHOO!,グーグル等の検索エンジン、アマゾン等のEC、カード会社は、
会員向けに有効な情報を送り続けている。
それは想像以上にピンポイントであたる情報(=提案)になっている。

BIG・DATAは間違いなくCSを向上させる。


D−2.セレクション(選択)CSとITについて:

もう少しCSの範囲を絞る。

購入プロセスにおける満足度(=検討納得度)の向上について、
ITはどう関与できるのだろうか。

今後、買物時において最適な情報が提示され、十分に商品の検討ができる状態をつくる
必要性がますます高まってくる。

情報は多すぎても、頭で判断出来ずに最終判断をミスリードする。
最後にプレゼンされたものを一番いいと感じて購入してしまうように
人の判断というものは案外といい加減、非合理なものである。

また、少なすぎては十分に検討したという満足感は得られない。
少ない情報で中途半端に検討・購入しても、
後で不満が残り、
認知的不況和が生じてキャンセルを喰らうことになる。

商品検討時の情報として重要なことは何か?
どうすればセレクションCSがより高まだろうか?

ポイントは、
その商品のスペック情報、品質・機能情報、商品開発秘話だけではなく、
今までに購入した顧客情報・使用情報等々が提示され、
生活の場で商品がどんな風に馴染んでゆくのかがわかるような情報
(生活現場に商品がアプライドされる)が多様に有機的に提供されることである。

もちろん周辺のマーケティング情報、例えばTVCM情報があれば、
映像的なインパクトがあり、その商品をより良く知り、買う気にさせることも出来る。

例えば、今、あなたが店で何を迷っているか、どんな情報が欲しいかが分かれば、
その状況を自動判断して、スマホ上に、適切な情報を流すことも可能である。

ITはセレクションCSに大いに寄与する。

セレクションCSは、当然のことながら購入後の使用CSに影響を与え、
さらに、その後のライフタイムヴァリュー(生涯価値)の向上にも大きな影響を与える。


E.スマホの登場とCSについて:

スマホの登場は、ITによるCS向上の可能性を格段に高めた。
ITとCSにとって、
スマホは欠くべからざる存在となっている。

スマホの効用1.

スマホがあれば、何にでも気軽にアクセスできるようになった。
いわゆるユビキタスツールである。
いつでも、どこでも、どこにでもアクセスできるという時代が到来した。
例えば、楽天への総アクセス数のうち4割はスマホからである。
スマホで、買物の最適情報がいつでもどこでも得られるようになった。

スマホの効用2.

スマホで、
大きな画面で画像が見れるようになった。
情報が視覚化され、理解促進、興味促進がスムーズにはかれるようになった。

スマホの効用3.

位置情報という、
今までとは異なる、別のデータが利用できるようになった。
いつ、どこで、PRするか?買うか・利用するか?
がコントロールできるようになった。

スマホで、
自分の位置を利害関係者、例えばお店と共有すれば、
その店からキャンペーン情報等の特典をもらうことができる。
リアルな店にとって、顧客の位置情報は顧客来店誘因にとって必須のものである。

スマホの効用4.

スマホで『状況消費』が可能になった。

人はモノを買うときに、
WHAT(モノ/商品)を買うのではなく、
状況(コト/コンテキスト・生活文脈情報)を買う。
誰が、いつどこでどう使って満足している、という文脈で判断したい。
商品スペックだけでは必要条件を満たしたにすぎない。
コト/コンテキスト情報を提供することで、十分条件を付与し
検討の場、購入の場をマネジメントできるようになる。
スマホは、
そのコト情報を生活者へ提供する上での必須のマーケティングツールとなった。

スマホの今後。

スマホがあることで他のメディアの視聴時間は間違いなく減っている。

今、「プチグル」という仲間と過ごす時間消費が静かなブームになっている。

これはSNSによる影響が大きいが、
最近ではスマホによる絆つくりがその主たる要因といわれている。

今の20代は、さとり世代といわれる。
ものを競うより、仲間で共通の心地よい時間をつくることに価値を見出す。

生まれてからずっとネットが近くにあった世代である。
ネットで情報を共有、情報を手軽にサーフィンすることの価値が嬉しい世代である。

スマホは今や生活の基本ツールである。
通信費は、仲間と時間を共有化するためのお金である。

スマホは若者中心に必須のアイテムなので、
そのスマホを、どう武器化するかは、
マーケッターの重要なミッションになりつつある。


F.エピローグ:

ITは間違いなく消費行動に影響を与える。
それもスマホというツールでますます加速される。

店はリアルな品物が並ぶ場である。

リアルな商品を触って目でみて、試して見て
間違いがないと納得して買物をする空間である。

しかしそれだけではない。

クリック(PC・インターネット)&モルタル(店)ということばが
インターネット黎明期によく使われたが、
スマホの登場で、それら2つの要素、クリック&モルタルが、
店という空間内で見事に融合したのである。

スマホのお蔭で、来店客は、店の中で、
リアルな商品はもちろん、
画面の奥のバーチャル商品を、リアルなものと比べながら確認でき、
さらに、リアルな商品の周辺にあるコト/生活文脈情報までも確認でき、
商品選択をしっかり納得いくまで検討できるようになった。

店はきわめてリッチなマルチメディア空間になったといえる。

もちろんネット通販でも、
スマホからのアクセスはますます増える。
スマホを使いながら、多様な商品情報、生活情報をじっくり検討し、
確信をもって買うことができる。

現在は、
すべてのお店、ネット通販で、
ITを駆使してCSを高める状況にはなっていないが、
いずれそのような時がくることは間違いない。

余談。
CSの肝である、『BIG・DATA』については、
次回の稿でより詳しく触れようと思う。
乞うご期待!!

この稿おわり


追記1:
スマホの、意外な消費拡大への貢献例

話は変わるが、昨日日経MJの消費ヒット番付で、
東の横綱はインバウンド(海外からの日本旅行)がはいった。

中国、台湾からの日本旅行ブームが半端ではなく、
青息吐息の百貨店が、旅行者の爆買い消費で蘇ったともいわれている。
しばらくは、インバウンドが東の横綱の定位置ではないか
との論評も出るぐらいの勢いである。

実は、日本旅行へのアピールは
スマホアプリが牽引するようになってきている。
施設、自然、飲食、レジャー、エンタメ、ホテル、文化・・・・・・などの
情報提供がスマホのアプリを通して、
旅行前の中国、台湾の人に届けられている。
さらに、日本国内へ入ったあとも具体的にどこへいけばよいかを、
スマホ経由で細かく情報提供がされている。

追記2:
IOTによるCS向上について

IOT(INTERNET OF THINGS)で、
あらゆるものにICチップが入りそれがつながると、
いろいろな解析が可能になる。
このような時代はまもなく到来する。

例えば、ブランド品に微細なICチップが入れ込まれたとする。
ここには本物ということを証明する情報が入っているとすると、
たちまちにして偽物が排除されることにある。
本物鑑定人は失業することになる。
これは画期的な、また究極のCSである。

ユニクロが、ある店で実験的にレジの人数を減らした。
買物かごをレジにさらすと、
たちまち購入金額が提示され支払いができるという。
いちいちバーコードを読み込む必要がなくなり、
待つという行為がなくなり
イライラ感が激減する。

スタッフの空いた時間を他の店内の案内、ガイドに使うという。
CSは間違いなく向上するであろう。

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■「たかが砂糖水、されど砂糖水」 成熟消費社会の激烈なドリンク開発競争?!

2015年04月14日 | Weblog


■「たかが砂糖水、されど砂糖水」成熟消費社会の激烈なドリンク開発競争?!

春。
バッグの中に500MLペットボトルを忍ばせて歩く季節になった。
歩きながら水分を補給したくなる季節だ。

飲料の世界に、
キャップ付ペットボトル、500MLが出てから、かなりの時間が経つ。
この容器の登場で、飲料は本当に身近で自分のものになった。

机の上、バッグの中、会議室で、家のセンターテーブルで、車の中で・・・・・・
飲料のユビキタス化(いつでもどこでも飲める)が進んだ。
革命的?な容器の登場である。

500MLのペットボトル。
何でもないローテクである。
しかしその影響は計り知れないものになった。
実際に500MLはコロンブスの卵のような、出てみればなんだ?!
という商品開発の事例であった。

そのお蔭で、
お茶のように手淹れでただ同然に飲んでいたものが、
お金を払っても飲みたいものになった。

手軽で冷えていてすぐおいしく飲める、
ということで、
明らかにあたたかい手淹れのお茶とは違うものである。
お茶というカテゴリーには属するが、全く異なる飲料となり、
市場を席巻した。
500MLのペットボトルによってそれが実現した。

飲料は、
生活の中で、特に生理欲求をつかさどるものだけに、
実にダイナミックな世界である。
当然、ソフトドリンクのマーケティングは生き馬の目を抜くような激しさになる。
メーカー数も半端なく多い。
その業界にいる人にとっては日々戦場にいるようなものである。

特に今の日本のような成熟社会ではその傾向が強くなる。
市場の大きさが天井に届いているのに、
細かいニーズだけがどんどん出てくる状態である。
供給側(メーカー)は需要側(生活者)のニーズに振り回されている、
のが現状である。

本稿では、
成熟社会の日本で、
ソフトドリンクの商品開発がどのような状況になっているか?!
を知り、
商品開発の本質を探っていくことにする。

A.序章:

まず飲料に関するトピックスを
2つばかりご紹介する・・・・・・。
飲料の世界は実に面白い、というお話である。

■水はどれがおいしいか?
味覚官能が敏感な特殊な人は別として、
15℃に冷やした水道水が一番おいしいとされた。
わざと温度帯を別々にした他の名だたる銘柄のミネラルウォーターより評価が高かった。

なぜ、水道水が??という感じを持つと思う。
人の味覚なんて?そんなものさ!という事例である?

商品は、味覚官能の鋭い人に合わせてつくるのか、
一般に人の味覚レベルにあわせてつくるのか、
結論は前者にあわせてつくることが正しい!
となる。

しかしそれが必ずしも一番うまいと感じて買ってくれるか?というと、
そう簡単ではない。
相手は普通の味覚官能の人になる。
別問題ということである。

うまいと感じるには、上記の事例からも、
生活者が飲むタイミングでの温度管理が大切である。
暑い夏の日の屋外の15℃は最高にうまい。
部屋の中で18度に保たれた状態での10度の水、これもうまい。

一方、ブランドイメージが大切である。
例えば、アルプスを水源とする水があるとする。
高原イメージは冷たくてミネラルがふくまれていて、
若干硬水チックで、
少なくとも普通の水道水よりはうまく感じる?!、うまく感じたい!?
という心理が生じる。

皆、ブランドイメージでだまされる。
しかし、目くらましがマーケティング・コミュニケーションの本質である。
本当はどうか?ではなく、生活者がどう思ったかが真実である。

技術系の人には納得のいかない話であるが、
マーケティングは生活者の心象で行うものである。
生活者が黒を白!といえばそれが物理的に黒であっても、
それは白ということでマーケティングは進めなければならない。
マーケティングとは生活者の思い込み、誤解を修正する作業ともいえるのである。

話を戻すと・・・・。
東京都の水道水は非常によくできていて、本当はうまい。
しかし、昔ながらの水道水というイメージがあり、
水道水はまずいとこたえなければ
社会的に、仲間的に変な目で見られるので、水道水はダメだ!
と答えなくてはいけない雰囲気がある。
人間は、社会的な回答をする動物である。
本能に基づく回答はしないことも多い。

これは、いわゆる社会的制約に縛られた回答である。
本当にうまいかどうかより、周囲との折り合いが優先される回答が求められる所以である。

今、東京都が水道システムを輸出しようとしている。
いつでもどこでも安定的に水道が供給できるシステムというのは大変なハイテクであり、さらにその水質は一級品ということになれば、当然の動きである。
日本では、蛇口をひねればよい水道水がでてくるのが、
当たり前になっているが、
海外ではすばらしいことと評価されている。

■「君はいつまで砂糖水を作っているんだ!」
あるアメリカの有名清涼飲料のCEOが、
IT企業にスカウトされるときの殺し文句という。
飲料(砂糖水)とITと、
どちらがダイナミックで、社会・産業に貢献しているのか!?
と問われた言葉である。
このCEOは、「砂糖水」という言葉にやられたようだ。
その後新しい会社へヘッドハンティングされたという。

職業に貴賤はなし。
どのような商品、産業でも需要がある限り必要不可欠なものである。
同じように社会貢献をしている。
たかが砂糖水かもしれないが・・・・・・・・。
・のどを潤し、飲んで生き返ったと感じる。
・おいしいものを液体の形で冷たく、温かく飲めば、
おいしさを求める生理欲求をかなえられる。
・飲んで気分をリフレッシュして、次の仕事に向かえる。
・パーティで、皆で楽しく飲む気分は最高。
・スポーツの後の水分補給は何物にも勝る。
等々、
『たかが水』は、実はすごい生活の潤滑油である。
『されど水』ある。
これなしには生きてゆけないものである。
但しコモディティであり、競合がいくらでもあるカテゴリー(産業分類)であれば、
君がそこにいなくても問題はないのでは?
とスカウトする人は、暗に言いたかったのかもしれない。

砂糖水(飲料)をめぐる戦いは極めて熾烈で、
マーケティングの能力を総動員して生き残らなければならない
ダイナミックな分野である。
「たかが砂糖水、されど砂糖水」の分野である。

飲料(ソフトドリンク)の世界は、
消費財マーケティングのダイナミズムのほとんどを含んだ、
典型的な競合の世界といえる。


B.飲料は時代・社会を反映して進化、変化する。

飲料マーケットは成熟した分野である。
その成熟した世界で、商品は微妙な変化・進化をしている。

その変化・進化は、特にCVSで目立つ。
CVSの棚は回転が速い。
飲料は生き残れるかどうか?
を厳しく問われ、日々戦っている。
売れないもの(=変化・進化しないもの)は、
すぐ棚から消える。

CVSの飲料の棚を見ると、
時代的、社会的な本質(変化・進化)がいろいろと見えてくる。

変化・進化1: 新しい容器が目立つ。

長期で見ると容器は飲料の世界を大きく変えた。

プラカップ容器(カップコーヒーというジャンルをマウントレーニアが確立)、
四角いずんぐりプラ容器(明治ヨーグルトドリンク、白のひととき)、
リキャップ缶容器(少し前のJTのブラックリキャップ缶)
500MLペットボトル
等々
容器の変化によって、、
生活・ライフスタイルが大きく変わった。

実は、他のジャンルでも、今、容器が旬である。
調味料、化粧品、トイレタリー・・・・・

見た目のビジュアルが大きく変わらないと
バイヤーにも消費者にも振り向いてもらえない。
また容器を工夫・創造しなければ、QOLの向上をはかることもできない。

成熟したコモディティ・飲料の世界は、
成熟した日本社会のフレームを反映した状況になっている。
わかりやすく自分の存在感を示すためにビジュアルを工夫する社会風潮を投影している。

変化・進化2: 実は、飲料のほとんどが健康食品である。

カロリーオフ、0、高血圧・中性脂肪対応、トクホ、乳酸菌、アロマ成分・・・
と健康表示のオンパレードである。
ビタミンCが防腐剤替わりにはいっている。
これも健康成分そのものである。

今や、一億人全員健康シンドロームといわれるぐらい、
日本全体が健康ブーム・フェチの時代である。
飲料の世界もそのような状況になっている。

変化・進化3: 次から次へと新商品が出ては消えてゆく。

CVSは、賑わいのある棚となっている。
新旧商品の交代が激しい。
生活者にとっては極めて面白い売場である。
成熟市場で、
ニーズが微妙に変化し、進化し、
新しいものを求めるわがままな?(個性的な)モンスターニーズが増大している。

変化・進化4: 高級・高品質飲料がどんどん増えている。

特に嗜好品の代表であり、一番売れているサブジャンルのコーヒーで、
その傾向がある。
缶、容器を見る限りどれもおいしそうに、高品質にみえる。
よくできている。
豆の種類、産地、栽培法、抽出製法(焙煎、寝かし・・・・)がどんどん良くなっている。

高級感を示すデザイン、名称には歯止めがない。
どれも高級感にあふれている。

日本の成熟した消費社会では、
生活者は個性的、上昇的なものを求める。
ちょっと違う、こだわりのものを求めるようになっている。
これが高級化、高品質化という現象となって商品に反映される。

しかし、コーヒーの世界では、
何が高級なのか、その定義があいまいになっている。
皆、高級に見えてしまう。
成熟した分野での商品開発はこのような傾向になる。
エスカレートしていき、高級品が普通品になっていく。

因みに、ビールの世界ではプレミアムジャンルが見事に確立して、
商品名称もそれなりに判別できるものとなっている。
プレミアムモルツ、一番搾り・・・・・等々
デザイン、名称もどれも高級品のような顔つきをしている。

嗜好品のコーヒーでは、どれも高級、高品質的な顔つきをしており、
比較という行為がなかなか難しくなってくる。

メーカーが高級といっても客観的に判断する基準がない。
何が良くて何が良くないかの判断がつきにくい。
高級感が味にどう反映されているのか、この問いに答えられる人はいるのだろうか?
高級感という雰囲気が伝わる飲用場面がそんなにあるのだろうか?
と感じる。

即ち、コーヒーに代表される飲料は、
イメージマーケティングの世界になっている。
高品質、味にこだわっている、そして実際においしいということの証拠をイメージとして発信し、信用してもらわなければならない。
各ブランドは、TVCM,パッケージ、名称、WEBサイト等々を駆使してイメージづくりに余念がない。

以上紹介した4点が、
飲料の世界で、現実に起こっている
「変化・進化」である。

飲料の世界は、
マーケティングでいうところの情緒価値が問われる、
機能的な差別性がつきにくい世界である。
健康飲料も一見機能の勝負のようでいて、実は効果効能に大きな差がある訳ではなく、
また同じような成分が入っていると生活者が単純に思ってしまっているので、
イメージの戦いになっている。

飲料は、イメージというものを扱う、
きわめてダイナミックでエキサイティングな世界である。
今、飲料では、
ハード(ファンクション・機能)中心のマーケティングではない、
ソフト化、ヒューマン化されたマーケティング手法が重要となりつつあるが、
それは日本の今の成熟した社会・時代を鏡のように投影した結果なのである。

C.飲料の世界に新商品がでない?!

日本コカコーラのジョージアブランドの
山田孝之のガテン系の頑張る人、現地人の栽培スタッフ
ワンダ、AKBの朝の応援TVCM

コーヒーの広告はなかなかおもしろい。

しかし、よく考えてみるとどのTVCMシーンも、
そのブランドでなければならない必然性はない。
商品を代えれば、どのブランドでも通用するTVCMが多い。

前述したように、
これは、コーヒーカテゴリーが差別化しにくい分野であることを示している。
ちょっとした味の、品質の、価格の差別性では、
明らかに凄いということを納得してもらうことが出来なくなっている。
従って、イメージのようなファジーなもので差別性を競う結果となってくる。

飲料の世界は、勢い、
情緒マーケティングの世界となる。
情緒価値をあつかうということは、
その『情緒イメージ』を生活者の心理の奥に定着させるということで、
お金と手間が半端なくかかることを意味している。
またイメージ定着後の販売に結び付けるために売場の棚を確保し続けるコストが大きくなることを意味している。
イメージ発信を倦まず弛まず続けるという根気と投資が必要ということになる。

実は、飲料の世界では、このところ新商品が出ていないといわれている。

以前のようなBIGHITは確かに少なくなっている。
新商品の投入の過当競争は起きているが、大きな成果があがりにくくなっている。

飲料の世界に、新しいヒット商品がでない背景、理由は以下の通りとなる。

1. 飲料の世界は戦いが厳しく、メーカーも小売りもお疲れ気味である。
休みたい気分が横溢している。

2. 新商品が生き残り収益を上げることが難しい時代になった。
ローンチ時期に無理して売上を上げてもコスト増で大きな収益になりにくい。
出せてもそれを定着させるだけのマーケティング投資の体力がない。
0から新ブランドを育成して定着させることは半端ないお金と手間がかかる。
また、CVSでは新ブランドが育つまで悠長にまっていてはくれない。
筋が良いものでも棚落ちということになってしまう。

3. 既存のブランドのテコ入れで収益を確保した方が効果・効率がよい。
これは既存ブランドの価値を最大化するという発想で、決して後ろ向きの発想ではない。ブランド価値の伸びしろをどのように生かすかという視点である。

4.既存のブランドのテコ入れをしないと他社からの攻撃にあい、
ブランド価値が減耗する。

5.最後になんだかんだいっても新商品のヒット確率が低く、定着しない。
要は売れるものが出せない。
最大の理由、背景は、生活者が飲料に対して飽きてきた、
飲料のコモディティ化意識が増大してきた
ということに尽きる。
また、ニーズが多様化しているので、ひとつの話題性のある新商品に皆が喰らい突くということがなくなってきたことが大きい。

皆、冷めている。
いろいろな飲料がでてきて確かに面白いが、
それから感動を受けて、試しに買うという行動までの意欲が高まってこない。

「たかが飲料、」されど飲料」
「たかが」の構成比が大きくなってきているように思う。

新しい発想の商品はなかなかみつからない。
とすれば、
既存ブランドを丁寧にロングセラー化するための、
以下の3つの作業がきわめて大切となってくる。

作業1:マーケティングスティミュラント

ユーザー、流通、社内の人のマンネリ感、飽きを除去し、
商品を常に高鮮度に保つ。

作業2:コンセプトシフト

マーケットのニーズの変化・進化に対応し、巧みにコンセプトのチューニングを行う。
時のマーケットニーズに最適の状態で臨むというアプローチである。
ロングセラーは皆このようにして、サバイバルしてきた。
故にロングセラーなのである。

作業3:商品R&D・ラインエクステンション

メイン商品の周辺を固める、周辺に起きてきている新しいニーズに商品開発という原点から対応する。

の3つを丁寧に進めるということになる。


C.最近の飲料のヒットを見ると何が見えてくる?!

なかなか、飲料にヒット商品がでないとはいうものの、
最近のヒットといえば、
エナジードリンク、明治白のひととき
の2つが思い出される。

事例1:エナジードリンク

あんな高いものがなぜうれているの?
というのが第一感である。

エナジードリンクは缶が多い。
カジュアル感をだし、CVSで購入してその場で一気に飲んで、
体、心にチャージするという飲み物である。

値段が高いことで何か栄養ドリンク的な効能がありそうに見える。
典型的なスノッブ効果を狙った値付けである。
言い切ってしまえば、エナジードリンクはサプリメントの一種である。
液体ということで瞬間的な効果がでそうな雰囲気も醸し出している。

コンセプトは、元気をだせ!働く人を応援する!である。

もともと若い人中心に今体の不調を聞くと、疲れているという回答が
上年代よりもかなり高い。
実は、今までCVSで気軽に買えて、
すぐ元気になれそうな若者中心の飲料はなかったのである。
ここがエアポケットになっていた、ということである。

実際は成分にカフェイン、アルギニン、ジンジャー、ビタミン、アミノ酸等々を多く含み
手軽だが、それなりのものが含有されており、
飲用した時に即効感が感じられる仕立てになっている。
案外、イメージ先行の商品である。

・成分的には、
栄養ドリンク未満、オロナミンC以上というポジションを確保している。
・飲用オケージョン的には、
缶で手軽、飲み干す・即元気というポジションである。缶コーヒーに近い。
・価格的には、
実はエナジードリンクが一番高い。

3つ合わせると、非常にユニークなコンセプト要素をもっていることがわかる。
奇妙な、既存カテゴリーの境界領域にある商品なのである。
だから存在感が示せる、
逆にマーケットに定着するまでに手間と時間がかかったともいえる。
セブンでのレッドブルの育成、
リゲインのエナジードリンクへのカテゴリー転換までの、
長い熟成の助走期間が必要であった。

日本市場に導入にあたっては、欧米での普及という実績があり、
日本でもポジション(日本マーケットにおけるミッション)をうまく押さえれば、
いけるという読みはあったようだ。

エナジードリンク。

栄養ドリンクとどこが違う?!
栄養ドリンクは医薬部外品である。
栄養ドリンクはリポビタンDをみればよくわかるのだが、
ミニサイズのビン容器で、ドラッグ中心のチャネル扱いでやはり薬である。
タウリン1000MG配合・・・・とかの成分訴求、疲れた時の疲労回復といったポジションでカテゴリーが位置付けられている。
ユンケル、アリナミン・・・・・皆そうである。

オロナミンCとはどこが違う?!
オロナミンCは、
清涼飲料と栄養飲料の中間系のもので、味は清涼飲料の中でも超甘仕立てとし、
逆に絶対量を少なくしてその甘さの絶対摂取量を一定レベルに抑えている。
栄養飲料的にはビタミンをいれた通常のビタミンサプリメントのような
安心感、普及感があり手軽に飲めるようになっている。

オロナミンCは、実は、その所属するサブカテゴリーで語るものではなく、
オロナミンCというひとつのカテゴリーをつくったと解釈する方が正しい。
お化けブランドである。
支えているのはTVCMときめ細かいチャネルである。

エナジードリンクは、
飲料のパーセプションマップの中で、
未踏の際・境界領域を探しだし、そこに打ち込まれた新・商品であった。
若者の内角ぎりぎりを攻めたストライクゾーンである。


事例2:明治・白のひととき

これはポジショニングの勝利である。
いままで牛乳主体のコーヒーフレーバーの飲料はなかった。
当該商品がコロンブスの卵といわれる所以である。
牛乳好きの人のコーヒー飲料はなかった。

従来は、一次線形・短軸上で、
コーヒー成分・甘さ成分の濃淡で、
グリコ、雪印コーヒー、マウントレーニア、スタバという線形ポジショニングができていた。
その単純な構造に、
少し異なる、牛乳を主成分とするというポジションを持ち込み、
新しいポジションを作ったのが「白のひととき」である。

この登場により、横軸/コーヒー対牛乳成分比、縦軸/甘さ度合という
リッチな2次元空間(X−Y軸)が生じたといってよい。
従って、今後、この2次元空間上で、
熾烈な商品開発競争が起きてくることが容易に想像される。

白のひとときは、
コロンブスの卵のような商品ポジションであった。
明治という牛乳の信頼性をバックにしていることも、
このポジションの強さを補完した。

リキャップずんぐり容器のユニークさと使い勝手の良さにより、
CVSでの売り場をしっかりと確保した。

エナジードリンク、白のひととき、
両方ともパーセプションマップの隙間をしっかり探索し、
そこに商品を打ち込んだ例である。

商品開発でいうところの典型的なポジショニング型の開発アプローチである。
逆にいえば、そのような既存のマップの中でしか商品が生まれなくなっている、
小粒化している事例といえるかもしれない。

D.飲料の世界の可能性は、大きなナマズがいる?

飲料マーケットはバカでかい。
だから大きな収益があげられる可能性がある。

皆、大きな皮算用をする。
そこにビジネス機会があると思い参入してくる、
ランエクステンションしてくる。

しかし、実際は、
ウーロン茶/サントリー、
紅茶/キリン午後の紅茶、
日本茶/おーいお茶、伊右衛門、
コーヒー/ジョージア、ボス、
乳性飲料/カルピス、
炭酸飲料/三ツ矢サイダー、
コーラ飲料/コカコーラ、
健康飲料/花王ヘルシア、
カップコーヒー/マウントレーニア
トマト野菜飲料/カゴメ、
栄養ドリンク/リポビタンD、
エナジードリンク/RedBull、
乳酸菌飲料/ヤクルト、
ドリンクヨーグルト/明治LB81・・・・・・・・・

と市場はきっちり押さえこまれている。


NO1は指定席で、その他の2−3ブランドが高級、ニッチオケージョン等々のポジションでかろうじてぶらさがっているという構図である。

新規商品の参入は厳しい状況にある。
とすると、前述したように、
勢い既存のブランドをテコ入れする方向に資源が投入される。

・コンセプトシフトする、
・ラインエクステンションする、
・既存品そのままで刺激策を打って、関心を鼓舞する、
という方が無難であり、成功確率が高い。
上記のTOPブランドは皆そのような視点で、お金をかけて、
ブランド価値の向上に努めている。

生活者もそんなに新商品を求めていない!
今でも
十分に品ぞろえはあり、選ぶのに十分すぎる。
多すぎて選ぶのが大変という声もある。

止渇、嗜好、エンタメ等いろいろなベネフィットを感じて、
飲料は飲まれている。
しかし、結局は、飲料は「たかが砂糖水ではないか」という思いが生活者にあったりする。
新しい飲料を拒否はしないが、渇望しているという感じではない。
妙に冷めた白けた感じがある。

E.最後に、成熟社会のマーケティングとは!

今まで、「成熟社会のマーケティング」を飲料というジャンルで見てきた。

ここで視点を変えて、
ブランドの数の話をする。
ブランド数を増やす、減らすという意思決定は経営の最高決定事項である。
ブランド数を増やせば、シェアをとれる。売り上げ増も確保でできる。
ブランド数を減らせば、利益は上がる、ブランドのエクイティは大きくなる。(すなわちブランド力は増大する)
ブランドの増減は時代とともに繰り返される。
増やす、減らすに正解はなく、
環境によって、どちらも取りうるアプローチである。

成熟社会では、ニーズは多様化・個性化しわがままになる。

その時のマーケティングマネジメントとしては、
・既存ブランドを守る「守勢(守生)」か、
・競合相手、マーケットを攻める「攻勢(攻生)」か(新ブランドを投入するか)
の2つに1つの選択に迷う局面が増える。

成熟社会のマーケティングは、
ブランドコントロールの精度を増し収益をあげる方向に振られることが多い。
即ち、既存ブランドをきっちり守りその価値の増大を図る方向にいくことが多い。
総論としては、その『守生』が正解である?!

「守生は創生よりも難し」とは、中国古典の教えである。
守生というと保守・コンサバのイメージがあるが、
実際は立派なマーケティング戦略である。
地味かもしれないが実は間違いのない戦略である。

守勢(守生)は、結構資源(ヒト、モノ、カネ、チエ、ジカン・・・)を使う。
攻勢(創生)と同時に進められるほど簡単ではない、
というのが一般的な考え方である。

F.飲料マーケティングのエピローグ

いろいろなむずかしさ、ややこしさはあるが、
飲料の世界は、
どこまでを飲料と定義するかは別として
5兆円を楽にこえるビッグなマーケットである。
そこでブランドを確立して、
チャンスをものにするというにふさわしいマーケットでもある。

しかし、新商品開発だけにかまけていると、
即ち、既ブランドをテコ入れせずに放置しおくと、
必ず負の力が働き、敵から攻め込まれる。
当然、ロングセラーは望めず、
場合によっては、マーケットから退場ということになる。

既存ブランドを売上、イメージともに維持する、向上する余地は存外大きい。
そこでしっかりと伸びしろを現実のビジネスに替えて収益を上げてゆく
という戦略には、妙に説得性があり、地に足の着いた感覚がある。

飲料の世界は屍累々である。
飲料メーカーが多すぎて、新商品が次から次へと出てきては消える。
販促費を掛けて定番生き残りをはかろうとするので、
収益効率はとうぜん悪くなる。
もうからない。

新規商品を開発、投入し、育成するには、
閾値をこえた差別性でなければ見向きもされない。
オンリーワン、ファーストムーバ的な際をさがす、
という視点で動かないと、流通も消費者もなかなか振り向いてくれない。

しかし、これがなかなか難しい。
「言うはやすし、行うは難し」である。

飲料マーケットは、
生き馬の目を抜くようなマーケットである。
特にCVSはそうである。
そこで何が大切かといえば、既存ブランドのブラッシュUPである。
高品質化、シーン提供・・・・ソフトドリンクの世界で、
最もBIGなコーヒーはその方向が徹底されている。

この項をしたためているときに朝のニュースでワンダが朝専用コーヒーというコンセプトで、7日間の朝の応援TVCMを打つという。
AKBの5人がそれぞれの衣服・コスチュームを着て、
例えば、柏木由紀はコンビニの女の子、高橋みなみはメッセンジャーという具合に
サラリーマンを側面から応援する役柄を演じている。

飲料の世界に限らず、マーケティングでは、
新しい存在感を示す新ブランドを確立する挑戦、
と同時に、
そのブランドを維持する防衛戦
の両方の資源(ヒト、モノ、カネ、チエ・・・・)がいる。

どちらも大変である!?

しかし、チャレンジャーよりディフェンディングチャンピオンで在り続ける方が大変、
ともいわれる。

大変ではあるが、防衛戦はつづけなければならない。
従って、そこに傾斜的に経営資源を投入しつづけなければならない。
新規の商品開発への資源配分はどうしても少なくなる、
ということになる。

伊右衛門のトクホは、既存ブランドのテコ入れの好例である。
ノンカフェインの十六茶、爽健美茶もその例である。
通常のお茶ブランドで今の健康ブームに乗り、
健康分野でラインエクステンションした例である。

最後に。
新規商品の参入でも、既存ブランドのブラッシュアップでも、
知恵より覚悟がいる!
戦い抜く胆力がいる。

この稿おわり
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■初夢トピックスのマーケティングインサイトとは?!

2015年02月24日 | Weblog
■初夢トピックスのマーケティングインサイトとは?!

前回につづいて、
年末、年初のトピックスへのマーケティングインサイトについて考察する。
今回は、年初のトピックスを取り上げる。

取り上げる、年初のトピックスは3つ。
・TV番組の予測番組
・ウィーンフィルのニューイヤーコンサート
・箱根駅伝
である。

A.「年初の予測」のインサイトについて

新年となれば、この一年は!、あるいは向こう10年は!
という予測の話が必ず出てくる。
NHKでシリーズ展開した、この一月の予測番組は、
30年後の世界を語っておりなかなか興味深いものであった。

予測!
当たるか、当たらぬか?
はわからないが、
時間差はあっても、いつかはそのような社会、時代がくるということでは、
予測というのは、そんなには外れないものである。

昔、手塚治虫さんが予測したことは現実に当たっている。
ドラえもんの手品も結構現実化している。
遠い将来の予測は何の問題も生じることがなく、
無責任に語ることが出来るし、大体当たる。
また、夢があって気軽に見ていられる。

しかし近未来のこの一年ということになると、
途端に予測は現実味を帯び、予測を発表する人は控えめになる。

最も極端な例は、
短期の投資家の株価、債券相場、商品相場である。
一年どころではなく、
この一日、この一時間、この一分の予測をして、お金を投じる。
生き死をかけた予測をしている。
当たらなければ大きな損失を被る。
長い相場感でみると、長期トレンドの上げ潮相場でなければ、
儲けるけることはなかなか難しい。

乱高下する相場では、
その場その場の勘定でたまたま儲けることは出来ても、
長期にわたって、生き馬の目を抜いて儲け続けることは神業に近い。
結局、手数料収入がとれる胴元が一番儲かるということになる。

もし、胴元である証券会社が自己勘定で取引をすれば、単なるプレーヤになるので、
儲け続けることは不可能である。
多くの金融破綻は自己勘定的な投資からおこることが多い。

さて、一年に戻る。
一年ともなれば、
予測をする気持ちも萎縮する。
保守的になる、
どうしても周囲の状況をみてしまう。

この予測の萎縮という話には、
昨年の総選挙と絡んだ面白い話がある。

もともとは秋口発表のGDPの予測値が大いにくるった(外れた)ことから、
12月の総選挙の話がでてきた。
短期の予想は当たらない、
の好例である。

昨年の秋口の当初のGDP予測値はさほど落ち込まずに維持できると、
各種シンクタンク、エコノミストは予測した。
しかし、その数字は驚くべきものであった。年率換算で大きなマイナスとなった。
えっ!という感じの数字だった。

この数字では、安部内閣としては、
消費税10%への増税はとてもはいいだせない、
当然、施行延期というという選択肢になる。

実は、このマイナス予測を安部内閣かなり前から知っていて、
秋以降の総選挙の準備をして、
消費税アップという政策を延期するという旗をたてて総選挙に臨んだ、
といわれている。

この裏には、今総選挙をすれば圧勝できると結果予測があり、
ここで総選挙により政治情勢を清算し、あらたな多数派が構成できれば、
安部政権の長期化に結び付けられる、
自分の延命ということではなく、保守本流の目指す抜本的改革、憲法改正という彼岸が達成できるという成算のもと、総選挙という勝負にでたといわれている。
消費税は政権運営の「だし」に使われたといわれている。

税の問題は大変な問題である。
議会というのは、
もともと貴族たちが
王権の課税を見張る、お金は議会が管理するということで
イギリスで生まれた制度である。
だから増税問題は大切なことであり、総選挙により民意を問う価値はある訳だが、
今回は課税を延期するということなら総選挙という手段はとらずに
そのまま消費税増税の延期宣言をすれば済む話であった。

ここには政治という魔物の判断がある。
総選挙をおこなわずにずるずるといってしまった内閣は、
いずれレームダック化して、政権の座を放り出すことになる、
というシビアな現実を踏まえての衆議院解散となったようだ。

結果は大方の予想通り与党の圧勝であった。
選挙予測はあたった。

本稿で取り上げたいのは、
このきっかけとなった、GDPの速報値が事前の予測から、
なぜこのようにはずれたか?である。

予測の方法が拙劣?
各シンクタンクで似たようなモデルを使って予測すると、
はずれたときは似たようなずっこけ方をする?
本当は悪い予測値も創造できたが、こんな悪いはずがないという予測担当者の思いが、
その悪い予測値をネグってしまった、発表しなかった?
もしそのような予測値を発表してはずれたら、
シンクタンクとして、エコノミストとしての政治生命はおしまい
と思ったのかもしれない。

今は、アベノミクスの1本目、2本目の矢がうたれ、
上げ潮的な社会情勢の中で、
客観的なエコノミスも、その雰囲気に染まって、
目が曇ってしまったのかもしれない。
特にシンクタンク、エコノミストはいつも政治の近くにいて、
アベノミクスの良い点に触れていて、
こんな下振れの予測は、数学的な可能性はあっても現実味はない、
という判断をしたことは想像に難くない。

たとえ話。
富士山がいつか爆発することは明らかである。
これが1−2年かといわれればだれもが予測したくない。
予測は、爆発する、爆発しないの2択である。
1―2年といわれれば、外れる可能性の方が高い。
だから爆発しないと、予測した。
しかし、実際は爆発してしまった、
というのが今回のGDP予測の顛末である。

短期の予測というものは外れると思った方がよい。

外れた原因について、後からあれこれ言い訳をするのは辛い。
しかし、突拍子もない予測でも現実味があるのなら、
それを公表する勇気、気概が求められているのも事実だ。
そもそも予測は占い、博打とどこが違うかということでもある。
占いの世界に、
当たらぬも八卦あたるも八卦という言葉があるように、
面白い予測を発表してほしいものである。

そういえば、年末の清水寺貫主の揮毫、2014年は『税』であった!


B.ウィーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサート

ウィーンの学友協会の黄金の大ホールで、
現地の1月1日の正午に毎年おこなわれる恒例のコンサートである。
戦前1939年から始まった大ロングセラー(イベント)である。

世界40カ国に同時中継される。
NHKの恒例番組でもある。

今年の指揮はズービン・メータさん。アジアのひとである。
以前は小澤征爾さんも指揮をとったことがある。

華やかな花の装飾が良く似合う会場、指揮者の個性豊かなアドリブありで、
楽しいものである。
ヨーロッパの一大イベントである。

曲はほとんどが、ワルツ、ポルカ。
ヨハンシュトラウス時代の古きよきウイーンの時代を髣髴とさせる、
うきうきするような雰囲気を伝えてくれるイベントである。
途中ではではウィーン国立バレー団の演技も挿入される。
ワルツに乗った踊りは実に華やかで美しく、世界最高峰のものである。

定番の美しき青きドナウ、ラデツキー行進曲はもちろん、
普段はなかなか演奏されないワルツ、ポルカの小品がつぎつぎと演奏される。

なぜ、何年もニューイヤーコンサートは続くのか。
マーケティング的に言えば、なぜ、ロングセラーなのか?
ということである。

紅白がその年の終わりを飾ると同じで、
ヨーロッパの人たちは、
年初はこれで始まるという恒例感がある。
このイベントに抗して別のことをするというような野暮ったいことはしない。
何といっても楽しいワルツの世界に浸れるという素朴な感覚がある。

演奏会の最終局面では、
会場に入った人、皆が一緒になって、ラデツキー行進曲に手拍子をする。
一緒に盛り上がりこの演奏会に参画した気持ちが嬉しいとされる。

華やかな社交の場にもなっている。
演奏を楽しんだ後の食事、交流などがあり、華やかな社交空間となっている。

19世紀初頭のナポレオン戦争のあとのヨーロッパの秩序を話し合うウィーン会議。
会議は踊る、されど進まずという名言が生まれたが、
そのようないわば古きよき時代へのノスタルジーを、
この一大イベントは刺激するのであろうか。

クラシック音楽は、
時代の風雪、評価に耐えて、生き残ったものである。
人の苦難、喜びを描いたもの、恋を描いたもの・・・・・、
いろいろな感情を描き出したものが残ってきた。
なかでもワルツは音楽ってこんな楽しいもの
という極地を描き出したものである。

ヨハンシュトラウスは、時の大人気作曲家だった。
引っ張りだこの人気者で、いまのJ―POPの人気アーティストを連想すればよい。
彼の父、弟も、一家こぞってワルツを作曲しまくった。

クラシックといえば苦虫を噛み眉間にしわを寄せて、礼服を着て
鑑賞するというイメージがあるが、本当はもっと楽しいものである。

歴史を経たものは変な権威がつき格式というプロトコルが付随してくる。

クラシック音楽は、
もともとはふるくは宮廷に作曲家が出入りし、
宮廷の貴族の家族のために曲をつくってやったり、
宮廷、教会の音楽の管理をしてやったりという経緯で、
連綿として生き延びてきたものである。
華やかな宮廷の式典、貴族のパーティのバックグラウンドミュージックといってもよい。
華やかで楽しいものが多い。

職業作曲家がでてきて、
社会的、市民的な存在になったのはベートーベン以降である。

因みに、現代音楽は、
社会の、人間の深淵をとらえ、
音という手段でその深奥を描き出したものである。
音を楽しむというより、音の意味することに意味があるというたぐいのものである。
したがって映像のバックグラウンドミュージックとして使われ、
その映像の描き出す世界観をより深めるときにもっとも威力を発揮する。
およそ、その音を、音楽を楽しむということでは正直言って機能しないといってよい。
(現代音楽家の人々に怒られそうですが)

さて、現時点から見ればクラシックと呼ばれるが、
クラシックもその当時に戻れば、
当時の流行のJ―POPと考えてよい。
クラシックは、特にワルツは本当に楽しく人気の分野だった。

では、ニューイヤーコンサートのインサイトとは何か?

インサイト1.
クラシックを
とにかく楽しむとう雰囲気がこのニューイヤーコンサートにはある。
いやなことは忘れて、一年を楽しく船出しようという気持ちが
この演奏会を盛り上げている。

インサイト2.
楽しくてうきうきするものは、
理屈抜きに見たい聞きたいということになる。

インサイト3.
誰もが、華やかな音楽や舞台を見て、
夢を掻き立てたい、シンデレラプリン・プリンス効果を得たいという気持ちを持っている。

インサイト4.
古きよき時代へのノスタルジーに浸りたい。
安心、安穏をえたいという欲求にミートしている。
ワルツ王の古き良き時代へ戻り純粋に楽しみたい。
日本人が水戸黄門をみてなんとなくほっとするという感覚に似ている?

ニューイヤーコンサートのチケットはほとんど入手困難である。
超レアものである。これも人気に拍車をかける。
いつの日か、あの会場でラデツキー行進曲に手拍子したいと願っているのだが?


C.箱根駅伝

恒例の箱根駅伝。
2日、3日で往路・復路でおこなわれる。
各々の優勝と総合優勝の3つが争われる。

毎年テレビ中継で、何となくチャンネルを合わせてしまう。
長期間を走る必死の選手、もくもくと走っている選手!
なぜ見入ってしまうのか?

毎年、毎年同じような状況の繰り返しなのに、
ついつい見てしまう、そのインサイトとは?

一言でいえば、駅伝にはいろいろな楽しみ方が潜んでいる、
人それぞれ見るツボがあり、飽きさせないということになる。
それが駅伝をついつい見てしまうインサイトにつながっている。

インサイト1.中距離をつなぐ競技としての面白さ

駅伝なので、
まず1つ目のインサイトはこれになる。
10人がたすきをつないで完走し、よいタイムをだし、次回のシード権をとる、
という報酬へ向かって必死になる姿が面白い。

団体競技と個人競技の合わせ技で、同時に2つの楽しみがあるという感覚がある。
短距離走だと、あっという間に終わってしまい、何か味気ないものが残ったりする。
駅伝は2日にわたり、各チーム10人が走り、2日に渡って楽しむことができる点で、
他の陸上競技とはかなり違う。
これだけじっくり楽しめる陸上競技はない。

インサイト2.躍動的なスポーツへの感動

駅伝に限らず、スポーツの感動の根源は
「走る行為は動物的な本能をくすぐる」、
ということに尽きる。
本能を突かれると、見ている人は動物的な反応を起こさざるをえなくなる。
特に駅伝の場合は、ひとりで1区間20KMを走り抜けるわけだが、
マラソンのように駆け引き、ペース配分等々の高度の頭脳プレーがあるものとは
異なる。
全力疾走感があり、走り終えると力尽きるという悲壮感もあり、マラソンより純粋感がただようのか、感動させられる。
因みに選手は1区間20KMを一時間で走り、
普通の自転車のスピードより速いというから凄い。


インサイト3.恒例の定番イベントという安心感

恒例の年初の箱根駅伝。
保守的なイベントである。
その保守性に安心感、伝統的なノスタルジーを感じる。
見ると何か安心する。

そういえば、駅伝という競技、意外や日本が発祥の地という。
1917年に東海道の京都(三条大橋)、東京(上野不忍池)間ではじまったとされる。

インサイト4.群れることの大切さ

皆で助け合わなければことは成就しない、群れをなす人間の本能を呼び覚ます
動物としての仲間愛の本能を掻き立てられる。

たすきを渡してリレーしてゆく。
チームの誰がずっこけてもレースは負けとなる。
気候、怪我、体調、突発的なアクシデント、駅伝には何がおこってもおかしくない。

足をくじいた、自分一人なら棄権でよい。
駅伝は違う。
仲間のことを考えると、這いつくばってもたすきを渡さなければならない。
泣かせる話がそこにはある。

TV中継を通して、
チームワーク、群れる哺乳類の仲間をかばい合うという本能が垣間見える。
これが見る者の脳を刺激する。

裏話:
今年は青山学院大学が見事に優勝した。
TVの中井君の番組で、
苦節10年の優勝秘話が放映された。

山梨学院大学、早稲田大学、東洋大学という駅伝で有名な大学とはかなりテーストの違うチームであることが紹介された。

青学優勝のポイントは2つになる。
ひとつは上記の絆に関わるものである。

ポイント1.チームワークの勝利

笑いの絶えない仲良しチームである。
単純なストイックな自己克己的なイメージからは想像もつかないくらい
面白いチームである。

原監督が、高校へスカウトに行っても、
駅伝で無名の青山学院大学に来てくれる生徒はいない。
素質のある無名の生徒をみつけて、その子のマラソンへの熱意、表現力をみて、
チームを明るくしそうな子をスカウトしていったという。

陸上の合宿所が笑いの絶えない、リラックスした場とし、
先輩・後輩の旧態依然とした人間関係ではない新しいチームをつくっていったという。

スポーツ医学的にいっても、笑い、リラックスは、
その人の最高のパフォーマンスが発揮できるインフラを脳内に整える
といわれているらしい。

ポイント2.目標管理の勝利

青学は独自の目標管理を導入し推進した。
原監督は指導者経験のないもと陸上選手だという。
広島出身で、中国電力で陸上をしながら、怪我がもとで営業職に転じ、
独自の目標管理方式で努力し伝説のNO1営業になったという、異色の監督である。
青山学院陸上監督就任時の条件は3年で駅伝出場というものであった。
当初は根性論にもとづく激しいトレーニングが中心で
なかなか結果がだせない状況がつづいたという。
3年たっても駅伝出場の可能性はなく絶望的だったという。

サラリーマン時代に培った目標管理、小さいことの積み重ね方式、自分が達成できそうな目標から入り、その積み重ねで大きな目標を達成するという方式を導入し、
更にその目標管理を生徒、チーム自らやらせたという。

原監督就任時は、
何もかも0ベースからの出発でユニークなニッチな手をつかわなければ、
先に進まない状況にあった。
逆に言えば、
フリーハンドで自由にチームをつくることができたということでもある。
上記の2つのポイントはその象徴である。

インサイト5.シード権争い

勝優勝争いもさることながら、10位内に勝ち残り、
来年度のシード権を確保する、生き残りに必死になる姿が、
ひしひしと伝わり、どきどきさせられる。
これは実力があるチームが必ずしもシード権が保障されるということはなく、
一人でも何らかのアクシデントで危険すれば、遅れればもうアウトである。
他の選手がいくら調子が良くてもダメである。
何か起こりそうなメークドラマ感を予感させるもの、これが駅伝の面白さである。

インサイト6.ギャンブル感
2日にわたる長い競技で、終わってみるまでなにがおこるかわからないというギャンブル的な要素が、気持ちをはらはらさせる
人間というのは人の不幸の中に幸せを見出すという不思議な本能をもっている。

人の不幸をみると、脳の報酬系の部位が活性化するという。
不幸が自分の状況を優位に押し上げ、ある種の報酬を得たのと同義となるらしい。
途中で選手に故障がおこったり、反則があったりすると、そこで失格になる。
チームでの完遂がこれほど求められる競技はない。
駅伝には、
悲喜こもごもの人間劇が毎年繰り広げられる。
人間ドラマがある。

つまり、視聴者の側には、
アクシデントをある意味では期待している節がある。
悲劇のヒーローを見たいという願望は0ではない。
その時のアナウンサーの実況に酔いしれたい願望でもある。
もちろん完走した選手に心底感動するというポジティブな感情もある。

そのあたりの複雑な心理的な機微が、
駅伝の醍醐味ではないだろうか。
複雑さゆえの面白味、エンタテイメント性がある。
駅伝には、単純に走ってリレーしているだけではない深みがある。

以上が、5つのインサイトである。

最後に、
競技ではないが、
昔からある飛脚は宿場の間を人から人へと引き継いでものを運んでゆく。
そういう意味では、駅伝的なものは古くからあり、また世界共通のものである。

そこで提案が?!
東京オリンピック競技にならないだろうか?!
オリンピックに、
皆でたすきをつなぐという長距離マラソンがあっても不思議ではない。

東京オリンピックでは、
ぜひ正式種目としてとりあげてほしい?

■ 年初のトピックスとマーケティングインサイトにまつわる話は以上となる。

■ おめでたいお正月に起こるトピックス(マーケティング現象)には、
普段とは異なるインサイトが潜んでいる。
年が変わる節目でのリセット感は、
過去一年の感傷的な、向こう一年の未来高揚感的なもので構成される。
インサイトには、
・いままでの自分を大切にしたいという保守的なもの、
・いままでの自分から変わりたいとする革新的なもの
の両面が根本にある、ことと通じている。

■ 正月の晴れ晴れとした、今年はやるぞ!というリセット感的なインサイトを、
いつも持ち続けていたいと思う・・・・・?
しかし、現実は、既に2月末で正月気分もなくなり、
日々、忙殺されている状況である?

この稿おわり


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■ 年末、年初のトピックスにみるマーケティングインサイト、その初夢!

2015年02月04日 | Weblog
■ 年末、年初のトピックスにみるマーケティングインサイト、
初夢にマーケティングの本質をみる!


あけましておめでとうございます。
遅ればせながらのご挨拶で恐縮です。

ばたばたの一月もようやく落ち着きをみせ、通常の生活・仕事に戻ってきました。
本年もよろしくお願い致します。

新年最初のMD篠原マーケティングブログは年末年始のトピックスを拾い
弊社独自のインサイトマーケティング的な視点で眺めていきます。

A.年末、年初のトピックス、そのマーケティングインサイト:

年末、年始のトピックスといえば・・・!?

年末からは、
・ 日本レコード大賞、
・ 紅白歌合戦、
・ 流行語大賞

を、

年初からは、
・恒例のマスコミ未来予測、
・ウイーンフィルのニューイヤーコンサート、
・箱根駅伝、

をとりあげます。

■今回のブログでは、年末のトピックスを取り上げ、
年初のトピックスは次回ブログへまわします。

B.日本レコード大賞とインサイト:

歴史は長く、昨年で56回を迎えた。
筆者の年齢だと、大昔?に吉永小百合、フランク永井さんが受賞したという記憶がある。とにかく紆余曲折はあっても、長く続いているということは、
何らかの存在意義、生活者のレコード大賞を望むコンシューマインサイトがあると考えてよい。
なぜ、日本レコード大賞はかくもロングセラーなのだろう?

日本レコード大賞は
日本作曲家協会が主催する賞で当初は内輪の賞だったものが、
時代とともに成長し今に至っている。
歌を糊とするする人、それに関係している人にとっては、
その年の締めくくりの集大成のイベントである。
TBSのTV中継も入り雰囲気を盛り上げる。

受賞の選考基準は以下のように説明されている。

⇒対象年度に発売されたすべての邦楽シングルCDの中で、
・ 「作曲、編曲、作詩を通じて芸術性、独創性、企画性が顕著な『作品』」、
・ 「優れた歌唱によって活かされた『作品』」、
・ 「大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映・代表したと認められた『作品』」、
以上3点に該当する『1作品』に贈る。
そのため、賞の授与対象は対象曲を歌唱した歌手に限らず作詞・作曲・編曲者・所属プロダクション・所属レコード会社が対象になる。

今年はEXILE3世が選ばれた。

業界あげての大イベントであることは間違いはないし、
それなりの権威があるから皆が注目する。
ただし、選考が関係者(日本作曲家協会の役員、著名人、有識者)の投票によるもので、年によっては、なぜ、あの歌が?という年もあるようだ。

客観性に欠けるといわれることもある。
必ずしも大ヒットした曲が選ばれるとは限らない。
ヒットはしなくても業界の目からみれば、よい曲?ということで選ばれることもある。
いわゆる業界の中で有力な事務所が審査員へ強烈に働きかけて
決まるケースもあるらしい?といううわさもある。

いずれにしてもエントリーされた歌にかかわる関係者(作曲家作詞家・・・プロダクション・事務所)の総合力、即ち歌そのものが持つ力、放映回数、事務所の販売力、PR力、営業力等々が問われる賞である。
このような性格の賞であると割り切れば、
審査の結果が何か変?
という話に目くじらを立てずに済む。

昨々年は、AKB48とエグザイルが争ったが、
下馬評では圧倒的にAKBの恋のフォーチュンクッキーが有利だったという。
この曲は世間を楽しくさせて、その振り付けが大ブームとなりいろいろな会社、組織で勝手に振り付けをして映像化し、UTUBEに投稿された。

そのような経緯から本命視されていたが、ヒロの引退、ヒロと結婚した上戸彩が司会をする等の話題性でエグザイルが受賞した!?とされた。
いわゆる出来レースといううわさがたった。
しかしそのおかげでTBSのレコ−ド大賞中継の視聴率は17.6%と、
近来になく高くなった。
興行的には大成功ということになる。

日本作曲家協会主催の私的なイベントなので、
どのような審査基準で誰が選ばれようと問題はないわけだが、
ここまでレコード大賞の権威、イメージが普及すると、
そこには社会性・公共性という別の見方をされるので、
たかが一団体のイベントということでは済まされなくなる。
誰かを選んで表彰してTVを通じて社会へ発表するということになれば、
その選考のプロセスを公表した方がよいということになる。

一方、客観的にみて、
日本レコード大賞の長い歴史を見ると、
それなりの曲が選ばれてきていることも事実である。

また、日本レコード大賞の中継は、
昔は30−40%という視聴率をたたきだしていたが、このところは10%の半ばの数字になり、落ち着いてしまってはいるが、
それでも、昨今のTV視聴率の状況を考えると、悪い数字ではない。
安定的なイベント、TV番組である。

では、なぜ日本レコード大賞は60回近くも続いて、
安定的な興行になっているのだろうか?
ロングセラーになるには多くの危機を乗り越えて復活するような局面が
あまたあったと考えてよい。
レコード大賞の場合、例えば、
受賞歌手の出席拒否(都合で出席できないケースも含めて)、受賞の偏り、審査の不透明さ、紅白歌合戦いとのTV中継時間帯のかぶり、放送日の大晦日から30日への移行・・・・等幾多の試練を乗り超えてきた。

日本レコード大賞の存在価値はどこにあるか?

1.その年のヒット曲は大体エントリーされ、日本を代表する賞という基本フィールドを維持している。
2.業界こぞって、賞をとるためにエネルギッシュに動く、そのエネルギーが周囲に、歌が好きな人に伝わる。
3.TBSのバックアップできちんとTV中継され、継続的に社会へアピールされてきた。
4.レコード大賞の舞台はよく演出され、イベントとしての華やかさを備えている。
5.レコード大賞の危機に対していろいろな改革をおこない、そのブランドを磨き上げている。

等々、
いろいろな理由・背景があり長くつづいている。

最大の継続の要因は、業界(いわば身内)が一生懸命にやっていることに尽きる。

マーケティングの5C分析、カンパニー、チャネル、コミュニケーション、
コンシューマ・カスタマー、コンピチターの当事者分析から見ると、
以下のようなことがわかる。

■ 5Cの中のコンピチターをみると・・・・・・。

年末の歌周りの競合を見ると、
競合は有線大賞、ゴールドディスク大賞(CDの売り上げ、ダウンロード数が基本)、
いろいろあるが、一番長く華やかなポジションにあるのがレコード大賞である。
つまりNO1である。
NO1というのはマーケティングの中で最大、最高の資産(価値)である。
間違いない、信頼がある、何かをもっている、勝ち馬にのらなくてはいけない、・・・・
等々の競合と比べてかなり有利な心理的なポジションを消費者の中でとることが出来る。

しかし、最大の競合は、紅白歌合戦ではないかとも思われる。
有名な歌手が歌う姿を見るのであれは、31日・大晦日の紅白をみればすむ。レコード大賞へのノミネート者は多くが紅白にも出演する。
時期も年末の30日、31日の2日間の間での勝負である。

しかし、見方を変える必要がある。
『協争』という原理が働いている。(『協争』という漢字は間違いではない)
あるマーケットで、一見激しく競争しているようで、実はその競合同士は、切磋琢磨して。マーケットの維持、成長に大きく寄与しているという現象が起こる。

レコード大賞、紅白についても、
クラスター(房)効果というブランド特有の現象が起きている。
つまり、年末は一年の総括。
歌という側面で楽しく一年を締めくくってみたいという感覚が生活者にはある。
紅白とレコード大賞は二つあわせてそのニーズに、しっかりこたえている。
二つで相乗効果をあげている。

■もうひとつわすれてはならないのは、5Cの中のカンパニーである。

レコード業界そのものが一番頑張ってエネルギーを傾けている。
くじけずにエネルギッシュに動いている。
自分自身が自信をなくしたら、マーケティングはおしまいである。
自助努力をしてこそ活力が出てくる。

レコード大賞の今後
TV中継され、視聴率が10%の半ばということになれば、半端ではない認知、理解、好意が発生し、大きなブランドイメージ、エクイティをもつ。
大きなイベントである、レコード大賞が、TV番組によって、
視聴率で担保されているということになれば、それ相応の責任、義務が生じてくる。

レコ−ド大賞の選定の透明性、結果の妥当性(みなが納得すること)が広まらないと、
将来、ブランドを継続する上で、いろいろと辛いことが多くなってくることは、
容易に想像できる。

歌の世界には権威は必要ない。
その曲が良いか、良くないかである。
その良し悪しの判断に妥当性があればよい。

演歌でいえば、そのジャンルが好きな上年代の人はレコードは買わない、ダウンロードもしない。
その演歌はあまり目立つ存在ではないとしよう。
しかしプロの間ではいい曲だとしよう。
それがレコード大賞にノミネートされ受賞するということがあっても何らかまわない。

要は、なぜその曲か?ということが何となく納得いけばいいのである。
ただし、芸術、アートの世界に良し悪しといううまい基準が持ち込めるのだろうか?という永遠のテーマは残る。

さて、何かうまい選出方法がないだろうか?

最後に、日本レコード大賞のインサイトとは何か?

インサイト1.
ここまで長く続いた権威の選ぶ賞は、いろいろとあるけれども聞きたい、見たいという素朴な心理がある。

インサイト2.
賞の選ばれ方がどうかという野次馬的、シニカルな側面の楽しみがある。
どんな知らない子が新人賞をとるのか?誰この子は?
という妙な期待があったりする?
揶揄的な心理を満足させる。


C.NHK紅白歌合戦とインサイト:

今年の紅白歌合戦。
大とり、松田聖子さんの時に最高視聴率47.5%となったとのこと。
今までの最高視聴率と比べれば確かに少ないが
時代のエンタメ、レジャーへの嗜好の多様性を考えると
ものすごい数字といえる。
昨年でいえばサッカーワールドカップのコートジボワール戦につぐ視聴率だという。

紅白というブランド力を何で推し量るかといえば、
このTV視聴率という秤が最もわかりやすい。

日本全国の中でたくさんの人がみてくれたということで、
紅白歌合戦というブランドが保たれれば、NHKという公共放送は十分に役割を果たしたことになる。

NHKでは、紅白歌合戦のブランド、あえて権威を維持するために、
半端ではない一流どころの歌手・アーティストを集め、当日、本番の4時間も拘束する凄みがある。
リハーサルをいれたらその倍以上の拘束である。

審査員と称する人の顔ぶれのそろい踏みも凄い。
なんだかんだいっても、」事前の交渉、舞台つくりへのお金、手間の掛け方、
さすがNHKといわざるを得ない。
紅白というブランドを維持する(=視聴者の期待にこたえる)ために、
民放では考えられない資源を投入している。

紅白歌合戦というブランドはいろいろな意味を含む。

・生活者からみれば、素直にその年の流行の歌が、また、過去のなつかしの歌が聞ける。
・歌手にしてみれば紅白に出演したという箔がつく、
・新人にとっては一流歌手へのステップとなる、
・NHKにしてみればNHKのすごさを社会へ誇示したいと思う。

NHKは自分の最高のブランドを維持したい、
それは形の出来上がった紅白の品質を最高レベルに保ちたい、ということに尽きる。

結果として視聴率が50%以上とれればなお嬉しい。

いくら国営放送とはいっても、
だれも見ないものでは国会の予算の審議の場で厳しく問われる。
少数の視聴者のニーズへ対応した、民法ではとても作れない番組づくり
社会啓蒙的、教育的観点の番組づくり、
がNHKの役割とはいっても、やはり視聴率は気になる。
(例えば、大河ドラマの平均視聴率では、本音では20%オーバーにしたいところであろう。今は平均で15%未満である。)

紅白歌合戦。

年末は外出でもしなければ、
こたつに入ってみかんを食べながら紅白を見る
という行動パターンが頭に刷り込まれている。
ロングセラー商品には、買う、使うときのパターン行動がある。
人それぞれにパターンがある。
紅白のパターンは「こたつパターン」である。

生活者には、
安心して、安定感のある商品を手に取りたいという思いがある。
ふだん歌にあまり縁のない人もテレビの前に集まる、
戦後始まった、紅白という年末の習慣がおおいなるマンネリとして生きている。
年に一回というというところがミソである。
これが毎週、毎月となると、飽きてしまうし、
歌に縁がない人はチャンネルをまわさないだろう。

紅白についてはこの10年以上改革の声がかまびすしく言われてきた。
マンネリ、出場歌手の選考基準が不明朗、紅白で争う意味は何?
どっちが買っても何の意味もない・・・・・
それはロングセラーになればどんな商品・サービスでもいわれることである。

昔はアンチ紅白という歌手が多くいた。
出場を拒否する歌手のパターンは以下のような感じだ。
・ 紅白のような、国営放送が電波をジャックして年末放送するような芸能会的な番組にでられるか、という反権力志向、
・年末は自分のファンのためにコンサートを開きファンに、
生の自分を見ていただく方が真のファンサービスだ、という歌手いる。
・紅白に出れば、たくさん出場する歌手の中の一人にしか過ぎず、
アーティストとしての存在感はなくなるという考え方もあったようだ。
いまではこのような出場拒否の歌手はほとんどいない。
大晦日に自分のコンサートをしていても、そこから特別出演で中継されるということも普通になった。
昔ならありえないことである。

いろいろなことは言われるが、
なぜNHK紅白歌合戦はロングセラーなのだろうか?
NHK紅白歌合戦のコンシューマインサイトとは何か?

インサイト1.
年の締めくくりは紅白という刷り込みがおおきい。
(ブランドの決定の非・拒否選択という心理である。
特に弊害がないし、安心だからそれを選んでおくというロングセラーブランドの大きな特徴である。)

年末、家にいるとすれば、
トランプ、ゲーム・・・をするのもいいが、とにかくNHKをつけておこうという感覚が大きい。
実際に番組を凝視してみているわけではない。
歌番組なので声が聞こえれば済むということもある。
これが視聴率が高くなる理由のひとつである。

ドラマではそうはいかない、一生懸命見なければ意味がない。
もし何かの用事をしていて、10分ぐらい番組をスキップしてしまうと、
チャネルを変えるということが起こってくる。

インサイト2.
「年末の恒例のお祭り」だから安心して見れる、理屈抜き楽しめばよい。

インサイト3.
バンドワゴン効果がある。
何だかんだいっても皆の話題になることは触れておきたいという群集心理が大きい
(ブランド理論でいうところのバンドワゴン効果・勝ち馬にのりたい心理)

インサイト4.
巨人、大鵬、玉子焼きといわれたように、人は強いもの、おいしいものに弱いという動物特有の本能がある。
紅白は、なんだかんだいっても、強い、おいしいものである。
群れをなして、生存する動物はみな、その群れの強いものにいい意味でまかれ、庇護されるという行動をとる、処世術がある。

インサイト5.
玉手箱心理がある。

人は玉手箱が大好きである。
紅白の3時間は玉手箱である。

この3時間の間にその一年の歌手のカリスマ性・個性がつまっている。

例えば、コンビニの3000アイテムの中にはいろいろな商品が詰まっている、
あのコンパクトなスペースの中でそれを見るのが楽しみということで、
その店の売り上げが最大になる。
コンビニの魅力のひとつは玉手箱の魅力である。

紅白もどのような歌手をその3時間の中に詰め込めば、
最大の売り上げ(=視聴率)になるか
という魅力的な玉手箱をつくる数学の問題に帰着している。

D.流行語大賞とインサイト:

東京エレキテル連合の、
ダメヨ、ダメダメ・・・・・
が流行語大賞をとった。

最近の流行語大賞はおもしろい。
世相を反映しているような、いないような、
ゆるい感覚の楽しい、軽いものが多くなっているように思う。

ことばは人間だけにあたえられたものである。
社会、時代を映し出している。
社会の規範がゆるくなった、とは良くいわれる。
だから、流行語がゆるくなったというわけではないのだろうが?

世間の実像をみると、
実際は過去より凶悪犯罪率は減少している、

食品会社の異物混入率も、最新のチェック設備を導入し本当は減少しているらしい。

アルバイトのお店でのいたずらも昔からあったものが、
ここにきて、ネットの自己投稿のブームの中で、
たくさん出てきたようにみえるが、実は昔からあったことでもある。
このところのバイトの一連の不祥事は、
ネットにのってしまったのでしゃれにならない状況になってしまった
ということに過ぎない。

ただし、全体的にいえることは、
世の中がネット社会化し、
いろいろな現象がネットを介しておこなわれるようになった。

面白い日常的な出来事がすぐネットに紹介される。
真実も嘘も関係なくネットに投稿されてしまう。
いじめも携帯電話をつかっておこなわれたりもする。
ネット社会により、規範が緩くなり、
緩いことによるいろいろなことが世の中に増えてきていることは
事実であろう。

ダメヨダメダメ・・・・!
女性二人のコンビによりゆるく発信され、
このようなつ緩い世相を見事についた。
そして大賞をとった。

もし、厳しいことばであったら、あまりにもシリアスであり、
しゃれにならない。

社会の緩い感覚にさりげに警鐘を鳴らすような言葉なので、
逆にルール無し的な世相を
よく言いあらわしたとも言えそうだ。

まじめな言葉、ジャーナリスティックな言葉では、
ここまで大衆の賛同は得られなかったといえる。

正に大衆のインサイトをついた流行語であった。

■ 本稿では、年末のトピックスを扱った。
次回は年初のトピックスを取り上げる。

この稿おわり

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■ マーケティングの戦後の精算、代ゼミ、ダイエーの退場の意味とは?

2014年11月21日 | Weblog
■ マーケティングの戦後の精算、代ゼミ、ダイエーの退場の意味とは?


A.戦後のマーケティングの精算!

少しセンセーショナルな感じだが、
この一年の間にそれを連想させる典型的な話が2つ起きた。

2つとも、
高度成長時代にもてはやされた業態、手法が
徐々に金属疲労をおこし死を迎えたという事例である。
それは団塊世代の退場をも意味している。
また、マーケティングの手法の大転換をも示している。

戦後の高度成長を牽引してきた団塊世代が絡む2つの事例とは?
その受験期に最盛期を迎えた大学予備校、代々木ゼミナール、
戦後高度成長時代の大衆消費を支えた大量販売チェーンオペレーションの雄、ダイエー、
である。

この二つの事例は、業態としての退場を示している。
そこには資本主義の厳しさがある。
利益の上がらないビジネスは市場・社会から退場せざるをえないという鉄則である。

しかし、本質的なことは、戦後の大衆消費社会を牽引してきた団塊世代、
その塊がいよいよマーケティングの主流からはずれてきたという事実である。

団塊は、企業サイドからは、既に外れているが、
実は消費者としても外れつつある。
団塊世代は預金を持ち優雅な生活者のかたまり
といわれてもてはやされているが、実態は厳しい。
老後までの20年強をどのように過ごすか(しのぐか)で、
実は実質的な可処分所得がそんなに多くはないといわれている。

個別に見ても、肉体的な差、収入的な差、健康的な差、家族構成の差・・・・
実はばらばらで塊のマーケティングができない状況にある。
彼らが、現役のころに高度成長に乗りたい気持ちを具現化するために、
いろいろなモノを購入していた2−30年前の状況とは
明らかにに違うという点が重要である。

また、マーケティングの方法論では、
今は、マスマーケティングから個別対応マーケティングの大転換期に、
あるということである。

何が言いたいかというと、戦後の精算が
・企業サイドでも、
・生活者サイドでも、
・マーケティングサイドでも
起こっているということである。

本稿では、2つの事例を分析する。

B−1.大学予備校のケース:代々木ゼミナール

青春の思い出、青春の挫折の象徴(浪人)である大学予備校のたそがれ?!
代々木ゼミナールの終焉

代ゼミは1957年に設立された。
受験戦争の中心的な存在、超過剰人口の代表である団塊世代が小学校へ入学する時期に産声をあげた。
代ゼミはそれからマンモス予備校の道を突き進んでいった。
たくさんいる生徒をどのように取り込んでいくか?
経営者であれば当然規模の拡大に走る。

因みに、当時、駿台予備校は、
校舎数をあまり増やすことなく、毎年東大へ1000人以上合格させるという、
その質で勝負して、代ゼミとは棲み分けていた。
河合塾は名古屋でエリアマーケティングを展開してひとつの存在感を示していた。
3校はそれぞれも持ち味を活かして健全な経営をしていた。

このあたりの事情は、
受験戦争に青春を賭けた団塊世代であれば、すぐにピンとくる話である。
当時から代ゼミはビジネスライクで商売が上手という評価であった。

その代ゼミが、
20校を廃止し、7校を残し、希望退職者は400人に昇るという。

なぜ、代ゼミは退場するのか?
ロングセラーマーケティングの逆説的な研究として、
非常に典型的な要因が示されている。

要因1:マーケットニーズがない、

生徒数、浪人生の激減
大学受験生人数は、92年は100万人弱、今は66万人である。
91年に30万人いた浪人生がいまは8万人という
90年代前半は、受験生の4割は浪人生だった。
今後もどんどん人口は減少し、先行きは全く暗い 。

因みに団塊世代の人数の多さは半端ではない。
団塊世代が中・高校生の頃、公立では、
クラスは10クラス以上あり、
一学年の生徒数は400―500人という人口密度であった。

代ゼミは、
大学受験だけではない生涯教育、専門ノウハウ教育、子供の教育と手はのばしたものの、うまくいかなかった。

実は受験産業というのは、大量生産型の装置産業である。
大量生産を志向する高度成長型の産業である。

受験というマーケットがあり、そこのクライアントは学生、浪人である。
その学生を志望の大学へ合格させるためのノウハウを徹底的に教え込む、
という産業である。
テキストというマニュアルを徹底して頭に覚えこませる。
頭がよい、よくないということより、
受験というテストの傾向をパターン化してある一定の点数が取れるように訓練するという大量の生徒(お客様)を擁する職業訓練産業なのである。

受験の科目とどんなテストが出題されるかは決まっている、即ち
・教え方のノウハウ(マニュアル)
・教える先生のキャラクター、ノウハウ
・校舎というインフラ
が確保されれば、廻る産業だった。

その規模の拡大で生産性を高め収益を上げていた産業である。
後は毎年どんどん排出される受験生を、
各予備校がシェアを奪いあうマーケティングを展開すればよかったのである。
代ゼミなどは一次善全国で3万人入学し武道館でその入学式を実施した。
いまの一流企業以上の人数の入社式である。
代ゼミの金ぴか先生の教室は500人もの生徒で溢れたという。

しかし、ここに来て、
そのマスマーケティング的な事業モデルが破綻してしまった。
社会のニーズが多様化、個性化する中で、
そのようなマスマーケティング事業はやっていけなくなった
という意外と平凡な破綻要因がそこにはある。

当時の大学予備校の
マスマーケティングのブランディングKPI(マーケティイングゴール)は単純で、
生徒の中の何%が、何人が、どの有名大学に入学したかという数値である。
生徒の受験テストの結果は偏差値で示されるが、
予備校も大学入学指標という偏差値で縛られていた訳である。

その他には先生のキャラ、予備校の場所、校舎の設備、綺麗さ・広さ等々はあったが、
結局は、合格率、合格者数という分かりやすい指標で評価されていた。
そのための工夫は出来ていて、
教材をきわめて精緻に作りこみ、教える先生の質も高めていった。

特に、教材はかなり難しくつくられていて」、
およそこれが本番のテストに出題されるのだろうか、
というような難問?をそろえていた。
特に数学はその傾向があった。
これが口コミで、半端ない勉強をしているようなイメージで伝わり、
その予備校のブランドイメージを形成していった。

予備校の偏差値である合格率を上げるために何をしていたか?
前述の教材と先生の質を高める、勉強する校舎の環境を快適に保つ・・・
に加えて、
最初に予備校の入学試験を行い、優秀な生徒を集めることも大切であった。
浪人して鍛えれば合格ラインに達する見込みのある生徒を選抜して入校させていた。
また、合格人数を多めに見せるために、
夏季・冬季などの講習に集まった人、現役受験生の中からも、
有名大学合格者がでると、それを合格人数分として加えたりもしていた。

いろいろな工夫はあったが、ニーズの極端な減少には抗しきれなかった。

要因2:受験生意識の変化

人口動態的に見ると、
学生、浪人の絶対人数の減少はどうしようもない負の環境要因である。
一方大学定員が大幅増という状況では、
大学の名前を選ばなければ、必ず大学へ進学できる状況になっている。
今は推薦入学枠が10年前と比べてかなり増えている。
大学定員の40%台にもなっているらしい。

優秀な予備校経営者でもこの事実にあがない実績をあげることは難しい。

お客様(生徒、親)の意識が大きく変化してきた。

浪人の生涯収支のバランスを考えると、
浪人時代の費用がかかる上に生涯賃金が少ない事実がある。
浪人の数年間は無駄なことという風評が広まった。

また、現実に有名大学をでたからといって
高度成長時代のように良い会社にはいって、
安定的に出世して豊かな生涯賃金を得るというようなことがなくなった。

企業は倒産するし、リストラもあるし、M&Aで違う会社になることもあり・・・・
と安定的ではなくなっている。
専門学校へ通う、いきなりバイトから起業する、
というような多様な生き方が、社会的に許容されていることも大きい。

即ち、良い大学にはいろうというインセンティブが小さくなっている
という事実は重い。
また、有名大学をでていても、必ずしもハッピーにはならない、
という事実も浸透してきた。

マーケットの対象者、受験生が緩い意識になり、何が何でもよい大学へ!
という強い意識ではなくなってきている。
ユーザーサイドの緩さが大きな破綻要因であることは間違いがない。

要因3:代ゼミのターゲッティング

受験生の構成をみると、理系より私立文系志望が多い。
人数が多くマスビジネスにはぴったりである。

彼らを標的として、
全国の主要な都市の駅前に自社ビルをたてて集客をはかっていった。

全国の都市に進出すれば、偏差値が低い生徒まで入稿する。
有名大学志望でない人も勉強にやってくる。
大学の定員割れを考えると一所懸命に勉強しない、受験に対して緩い感覚の学生もおおく、
いつでも止める感覚で入校してくる、

大学に入ろうと思えばどこでも入れるという緩さがあると、どうしても
予備校の方針(生徒を大学に送り出す)、先生の熱意、生徒のやる気の3つが噛み合わず
空回りする。

このような緊張感のないマーケットというのは、
何かあると途端にその緩さがマーケット指標にあらわれてくる。
即ち、規模の縮小と言うことが露骨に起こってくる訳である。

地方の文系志望というマーケットがどんどんシュリンクしていった。
昨今は理系人気で、
文系中心の代ゼミはより苦戦をしいられたともいわれている。


B−2:代ゼミのリストラとリハビリ

代ゼミのリストラは時間の問題であった。
直近ではあるクラスでの受講生が2−3人のときもあったという。

代ゼミのリストラとは、
全国模擬試験は中止、
校舎を27校中、20校廃止
職員のリストラは400
というドラステックなものである。

古きよき時代の受験生ブギ!
確かに良い時代はあった。
今は昔、
代ゼミでは、金ぴか先生、年収3億円
駿台予備校では英語の鈴木長十先生、数学の根岸先生、
今なら答申ハイスクールの林修先生のようなキャラ豊かな先生がたくさんいた。

価値観も、「浪人しても東大!?」という社会風潮があった。

予備校側の教材も5年サイクルでもっていたという。
何が何でも東大と言うことであれば、五浪までできるよといわれた。
五回も受ければ受かるのではという時代でもあった。
いまではそのような学生はいない。

当時は、
東大にはいり一流企業に入り定年まで勤め上げれば、
生涯年収はそれなりのレベルに
最後はそれなりの役職を手にしてよい退職金を得て、
老後は安泰、
という高度成長時代の一次線形の人生モデルが根底にあった。

代ゼミの今後。
駅から近いビルは売却、用途転換が可能という。
それを見越していたともいう。
もちろん駅から近いことが学生を沿線から集めるのに必要だったことは間違いない。
また駅前の看板効果というアピール効果もあった。
予備校事業としても駅前校舎は十分機能していた。

駅に近いので、
休校、廃校後は、結婚式場、ホテル、会社の社宅等々の転用を考えているらしい。

B−3.代ゼミの退場から学べること:

東進ハイスクールは、今全国881校毎年5校ずつ増えている。

そこには担任の先生がいて、映像でつくられた先生のIT講義を聴き、
分からないところをマンツーマンで詳しく教える方法という。

あの有名な「今でしょ!」の林先生もITで国語を映像化し、
それが全国の校舎で待機している生徒にながされるという。
今は、肉声の講義はないという。

しっかりとマスコミに露出し、広告塔としてPR担当的な存在にもなっている。

今の予備校はFC展開が主流だ。
小さい教室、ITによる映像講義の配信が主流となる。

あの先生の講義は全国どこでも聴ける、とコピーにうたっている。
このシステムが徹底されれば、
正にマーケティングの究極の姿である、
『個別対応マーケティング』
になる。

極端に言うと、聴きたい事を聴きたい、聴きたい日時・場所で聴けて、
わからなければそこにいる担任の先生の解説がもらえるというシステムである。

東進は、もともとマス対応マーケティングの典型である受験産業を、
ITの力をうまく使い個別マーケティングを実現した革新的な事業会社といえる。

団塊世代の誕生で、マスマーケティング型の方法がいよいよダメになることを見越し、
現代的なマーケティング手法にシフトした(変化した)
ことが東進のマーケティングの本質である。

生物界は、
強い、知恵があるではなく、
変化できたものが環境に適応して生き残る、
という原則で動く。
東進は、この原則どおりの経営をしたということになる。

余談:
18歳が激減する2018年問題の行方は?
代ゼミに限らすどの予備校でも大変な影響受ける。
東進はどうする?

C−1.ダイエーの消滅:戦後マーケティングの精算の典型的事例

これも衝撃的であった。

イオングループが株を100%持ち、
完全子会社化し、食品スーパーとして再生させるという。

ダイエーの名前が消える!

バブル崩壊後急速に経営が悪化し創業者の中内氏が退場した後も、
何人かの鳴り物入りの外部経営者が起用され頑張ったが、
結局ダメであった。

社会の、買物に求めるニーズの
『デファクトスタンダード』
が変化・進化している。

ダイエーの事例は、
従来の小売業態が、今の時代・社会に対応できなくなり、
デファクトスタンダードから外れると、
そこには退場と言う厳しい現実が待っていることを示している。

ダイエーのようなGMS業態は、
高度成長の大量生産・大量販売という平均的な大衆像、団塊世代を対象とした
小売業態の典型である。

時代遅れなのである。
あの高収益のセブン&ホールディングスでも、
GMSのイトーヨーカ堂は苦戦している。
平屋1F立てのSMも高収益のところは少ない。

今元気なのは、コンビニである。

C−2.コンビニのマーケティング的な意味

コンビニは、大衆対応・大量販売業態のスーパーとは対極にある
「個別対応業態」の典型である。

コンビニがなぜここまで頑張っているのか?

近くて便利、いつでも利用できる、いろいろな買物、決済、がコンビニで済む、
身近な必要必需の物が、それも最新の売れ筋のものがそろう、
ホットデリカ、コーヒーとファストフード的なサービスも受けられる、
といろいろな理由はある。

本質的な理由を2つだけ理由を挙げてみる。

一つ目:個別対応型マーケティングの徹底

コンビニには個人対応の商品、がそろっている。
一人で利用する人が、自分の分だけ買えるという業態である。
無駄がない、無理がない。

SM、GMSでは高度成長時代の標準家族4人の商品が多いので、
結果として無駄な買い物が多くなる。
食品でいえば、家庭内で賞味期限が切れて捨てるという経験は誰もがもっている。

近くで便利は、
どんどん多くなっている単身の、胃袋の小さくなっているシニア層にとっても、
非常に使い勝っての良い業態になっている。

また首都圏中心にどんどん増えている単身世帯に対応する業態は
実はコンビニやミニスーパーだけという無風状態がコンビニの今日の繁栄をもたらしている。

個人が自分の分だけ買って食べる、使うということで無駄がなく
結局お手軽、お手頃ということである。
惣菜、生鮮、弁当、パン、ホットデリカ・・・・と自分の手軽なキッチン感覚で、
それも、自分のものをひとつだけ買えるという業態である。

先ほどの大手スーパーとは大違いの業態である。

二つ目:単品管理的の徹底

単品管理的な対応を徹底しているので、
いつも売れ筋のものしかおいていない。
(結果そうなっている)

生活者は極めて便利で無駄のない買い物行動が取れることになる。
コンビニは、今、社会で一番売れているものが集まった業態、
という実は優れもの業態なのである。

コンビニは、品揃えも、店舗管理も、日々変化・進化させている。
小さいお店なので、また本部の力が強く、
各店をコントラールできる力、ノウハウ、実績をもっている。
だからこれらが実践できる。

社会環境に敏感に対応し変化・進化できている業態だからこそ、繁栄している。

C−3.ダイエーの過去のこと

ダイエ−は、戦後間もなく、
日本の大量消費を牽引するとのミッションを掲げ、
アメリカからチェーンオペレーションというビジネスモデルを持ち込んで、
大量生産、大量販売の申し子として社会へ君臨した。

中内氏は名だたるメーカーと喧嘩をしてまで、安さにこだわった。

一時は日本の小売NO1企業にもなっている。
中内さんは経団連の副会長まで勤めた人である。

今から30−40年前の話である。

大学新卒者、団塊世代やその次の世代は、
流通革命にのった大手スーパーに就職しようと必死の時代もあった。
遠い昔の話である。

今は流通といえば楽天をはじめとするNETである。
また、小売といえばコンビニである。

コンビニは、今では社会のインフラになっている。
身近な冷蔵庫、身近が銀行、身近なキッチンと言うことで隆盛を極めている。

今ではスーパーも、
食品に特化した食品スーパー、コンビニ的なミニスーパー、ヤオコーのようなこだわりスーパー、成城石井のような高級スーパーというように、分化している。

成熟社会の細分化されたニーズに対応して変化・進化し活路を見出すものが
何とか頑張っている状況である。
これらも個別対応型のマーケティングを実践している。

C−4.追想

1.創業オーナーの時代の終焉:

中内さんは、日本で新しい業態を立ち上げ上場するという、
典型的な成功者・創業者オーナーだった。

基幹産業の定義は難しいが、
社会のインフラとして欠くべからず産業と定義すれば、
そのような産業は、どれも成熟を迎え、
ベンチャーからの創業者・オーナーは生まれにくくなっている。
IT産業の楽天・三木谷氏、ソフトバンクの孫氏は
創業者・オーナーの最後の人かもしれない?!

ソニー・井深氏、盛田氏、ホンダ・本田宗一郎、パナソニック・松下幸之助
と日本経済を牽引してきた企業・創業オーナー企業の時代は終わった。
これらは、どの会社も大きな課題を抱え、転換期を迎えている。
名実ともに戦後マーケティングが終わるという感慨を持つ。

2.団塊世代の本格的な退場、マスマーケティングの終焉:

高度成長を担ってきた団塊世代の退場が始まった。

団塊世代をマスでとらえるマーケティングは、
戦後の高度成長型の大衆・大量消費マーケティングである。

同じ団塊世代でも、これからは、その塊を個衆/個集ととらえて、
個別対応マーケティングをする時代である。

代ゼミ、ダイエーの2つの事例は、
戦後高度成長時代の産業ビジネスモデルが終焉を迎える
という現実を端的に示してくれている。
これらは日本社会の縮図である。
今後つづくであろう、高齢化成熟社会の予兆を象徴している事例でもある。

この稿おわり

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夏のガリガリ君!君がスターだ!夏といえばチューブ・・・・・

2014年08月30日 | Weblog
■ 夏のガリガリ君!君がスターだ!
夏といえばチューブ、稲川淳二?

夏。
いろいろな夏の人が登場する。
例えばチューブ、典型的な夏のバンド。
例えば怪談師・稲川淳二、夏の怖い話の定番タレント。
そして、ガリガリ君?
もともとアイスは夏に似合うものだが、
特に氷菓・カキ氷の雰囲気をぷんぷん漂わすガリガリ君は、
よく似合う

ガリガリ君。
何が奇跡か?単体で年間5億本近くの売れ行き、
赤木乳業・400億円弱の4割を占める。
30年以上ものロングセラー
子供に大人気だが、おとなもよく食べる。
なぜ、こんなに売れるのだろうか?

セブンアイの店頭のカテゴリー横断的な売上ランキングをみると、
そのベスト10にアイスが2つ入っている。
しかも、ハーゲンダッツを抑えてガリハリ君が上位に来ている。
セブンの中でトップである。

アイスは冷たくておいしい独自のカテゴリーである。
レストランで食事をすると定番デザートとしてふるまわれる。
安くて、甘くて、まろやかで、いろいろな味があり、
お菓子的なエンタメ感があり、こんな表情豊かなスイーツはない。

それでは、
ここから、ガリガリ君の秘密を紹介していく。
まず、アイスカテゴリーのマーケティングモデルは
どのような特性をもつのか?
次いで、ガリガリ君のようなユニークなアイスは、
アイスカテゴリーの中でどのような存在感を放ち、
30年もの間、なぜ小さな子供たちに愛されてきたのか?
を考察する。

はじめに:


アイスカテゴリーのビジネス特性とは?

アイス売場をみると、ヒット商品、ロングセラーブランドが10ヶぐらいある。
ピノ、ジャンボモナカ、ジャイアントコーン、ハーゲンダッツ、雪見だいふく、
スーパーカップエッセル、クーリッシュ、パーム、ガリガリ君、爽、
ドールフルーツマルチパック、バニラバーマルチパック・・・・・
これ以外にも準ロングセラー商品が続く。
これらで売場の半分を占める。
後の半分は新しい商品、リバイバル商品・・・・が占める。
新商品が雨後のたけのこのようにうまれては消えてゆく。
激戦区の食品カテゴリーである。

アイスの事業は、もともと、
ブレークイーブンポイントが高い商品で、
あまり利益がとれないカテゴリーといわれている。
しかしこの数年は普通のお菓子類と異なり、
猛暑の追い風を受けて、売り上げが上がり
損益分岐点が下がり、気をはいている分野といわれているが、
それでも苦しい分野である。
(因みに今夏は異常気象もあり対昨年同月で激減という)

アイスカテゴリーは、生産性が悪い?
その中で、各社はどのように収益を確保しているのか?
大手のビジネスモデルは、
・まず基本ロングセラー主力アイテムを抱え安定的な収益を確保し、
・ついで、毎年のラインエクステンションでそのロングセラーを守り、拡大し、
・それ以外に毎年のアドホック的な単発商品を出し売り場を確保し、
という組み合わせで出来ている。

つまり運動神経の良い、もぐらたたき的なビジネス感覚が求められる。
ある年にヒットしても、それが次の年にヒットするとは限られない。
単年ごとの一回毎感覚のマーケティングになる、
しんどい、つらいカテゴリーともいえる。
なぜか?

次の年には各社がこれぞという新商品を出し勝負にでてくるので、
その勢いに飲まれてしまうことがよくある。
競合からの攻勢で前年のヒット商品といえども油断は出来ないのである。

単年毎のアドホック商品が売れなければ、
アイス事業の収益はますます苦しくなり赤字になり、
ロングセラーの収益をくってしまうので、
各社は必死なのである。

また、最大の原因は、冬休みにはいって、
カテゴリーが冬眠状態になり、
その夏にたまたまヒットしたといっても、
強制的にサステナブルなマーケティングができない状態となり、
次年度は仕切り直しになってしまうからである。

但し、夏冬間の落差についていえば、
今は暖房の聞いた快適な住宅が多いので、
以前ほどはないといわれている。
またアイスが冷菓ではなく、スイール的な色彩を強めているので、
冬でも食べたいスイーツというニーズが生じてきていることも落差を少なくしているようだ。

前述したように、
アイスのロングセラーは以前とほとんど変らない。
逆に言えば、
新しいロングセラーがなかなか育たない特殊なカテゴリーということも出来る。

そんな中でガリガリ君は異常に?頑張っている!
ロングセラーなのにヒット商品である。
半端無く伸びているのである。
その秘密は???


A.ガリガリ君の、3つのマーケティング特性

1.環境特性:

・このところの毎年の猛暑でガリガリ君には
大フォローの風が吹いている。
気温が高いと、
同じアイスクリームでもいわゆるアイスクリーム的なべたべたしたものより、
氷菓的なさっぱりしたものはよく売れる。

・このところのデフレ的な経済下で安いものは良く売れた。
ガリガリ君のお得感はおおいに受けた。

2.商品特性:

ガリガリ君には、極めてユニークな商品特性がある。
アイスカテゴリーの中で異彩を放ち、食品全体の中でも際立った存在感を示している。
ランダムにあげると以下のようになる。

■氷菓(カキ氷)商品:

ガリガリ君の原点は氷菓である。
もともとは片手で食べられるカキ氷というコンセプトで出発している。
バー型以外にカップ型の氷菓、氷菓ブロックもあるが、ガリガリ君の独壇場である。

■市場内商品ポジション:

ニッチボリュームという稀な商品ポジションである。
アイスというカテゴリーでは、
ガリガリ君の遊び感覚は発売当初から明らかにニッチであった。
今や、何百億円という凄みのあるボリュームになってしまった。
いわばニッチボリュームというポジションをつくってしまったのである。
もはや、日影のニッチとはいえない状況である。

今後は、ニッチという匂いをいかに巧みに残し、大ボリュームブランドという大手感覚を隠してゆくか?が問われる。
単純なマス大型商品にしてしまうと、
そのブランドテーストの存在感を急速に失うことになる。

そのために商品開発、販促・広告開発においては、
ニッチの匂いを常に漂わせておかないといけない。
大手と同じことをやっていたのでは勝てない、
という社長談話の感覚は的を得ている。

■NO1商品:

氷菓サブカテゴリー、B級カテゴリーでは常にNO1の地位を維持している。
このポジションは死守しなければならない。
NO1は何よりの凄みのあるブランド価値である。
具体的な価値をすべて内包する形而上的な価値といってよい。
NO1はすべての生活者のニーズを保証するBIGWORDということである。

■安心、ノスタルジー商品:

昔懐かしいバータイプの氷菓アイス
バータイプといえば、昔その棒から当りが出るような思い出が蘇る。
何かほっとする、子供時代を思い出すような安心感がる。

■子供・童心商品:

ガリガリ君は、
きもかわいいキャラクターで子供の人気をわしずかみにした。
発売後30年たった今、
昔5歳の子供が、既に30歳を超え子供をもうけている。

2世代商品の誕生である。
2世代で消費が発生するという強いニ重構造になっている。

ガリガリ君は、
実年齢の子供商品という側面ばかりではなく、
童心にかえって子供感覚で食べられる商品
という現役のおとな商品の側面ももっている。
「童心商品」の誕生をも意味する。

ガリガリ君は複数世代に消費される商品である。

■キャラクター商品:

ガリガリ君は、キャラクター商品である。
今や国民的な「きもかわキャラクター」である。
きもかわは、今はやりのテーストである。

お菓子の世界でここまでキャラが立った商品はない。
ガリガリ君ブランドの連想アンカーポイントは、
間違いなくガリガリ君キャラであり、
ガリガリから連想する淡いブルーの氷菓
の2つである。

ブランドの連想アンカーポイントは、
ブランドの個性の強さを示すものであるが、
ガリガリ君ブランドのそれは強烈である。

■国民的商品:

ガリガリ君は皆に親しまれている。
日本サッカー協会ともコラボして、TBCMもうつなど超NBとなっている。

今や、ガリガリ君は企業の商品の域を超えて、
文化財となっている。
ガリガリ君が、
今後も健康的でヤンチャな子として
すくすくと育つことを願うばかりである。
このような思いを抱かせることが
そもそも普通の商品ではない域に到達している証ともいえる。

3.マーケティングマネジメント特性

ガリガリ君は、
以下のような大きな視点、細かい視点のマネジメントを巧みに行っている。

■コネタプロモーション戦略:

・二毛作でプロモーションを展開する。
夏を6−7月、8−9月の二回にわけプロモーションする。
他社は、夏の後半は、秋以降のアイスのプロモーション準備、
次年度の商品・販売開発の準備に入るところだが、
ガリガリ君は違う。
貪欲である。
・継続的な、地道なゲリラSP
バータイプなのに、
スプーンを置くなど面白いプロモーションを行う。

(詳細は最後の追記で)

■ブルーオーシャン戦略:

・発売当初、強い商品は皆スーパーで売場を確保することに重点を置いていた。
ガリガリ君は、激戦のスーパーを避けて、コンビニでの売場確保で存在感をつくった。
・アイスなのにスープ味をだしてしまった!
等々

大手とは違うことをやる!
がガリガリ君のマーケティングミッションである。
ガリガリ君には、自分の中身とおなじ色をしている戦略オプションの
『ブルーオーシャン色』が良く似合う。
ガリガリ君は、
親のいうことをきかないわんぱくぼうずだ。
勝手にブルーオーシャンに出てしまうそんな感じのキャラクターである。

■PLCマネジメント戦略&プロジェクション戦略:

具体的に言えば、ロングセラーマネジメントの展開である。
ガリガリ君は、
長期に戦略的に需要を喚起してブランド価値を高めていく、
ことを運命づけられている。

ロングセラーは結果としてなるものという側面があるが、
自ら仕掛けてそのようにもっていくという側面もある。
ガリガリ君は両者の側面をもった優れものである。
(次章参照)


B.ガリガリ君・超ロングセラーマーケティングのセオリー:

ロングセラーになるには、以下の3つの鉄則が必要とされる。

鉄則1:定期的なマーケティングスティミュラント(マーケ刺激策の展開)
鉄則2:市場背景の変化にともなうブランドコンセプトのシフト
鉄則3:社会・時代に応じたラインエクステンション、商品開発と投入

鉄則1:

前述のような二毛作、
ゲリラSPなどがある。
冬のイベント展開、全国サンプリングなど
ガリガリ君のすごいのは、それを社員一丸となり継続することである。

鉄則2:

キャラクターは一度中学生から、小学生へと大きくイメチェンさせている。
また、成熟化に応じ、マンネリを防ぐために、
大きく飛躍するマーケスティミュラントを実現すべくスープ味をつくりあげた。
これはマスコミと口コミの取り上げ方が半端ではなく、
変な広告を打つよりはるかに大きなコミュニケーション効果をもたらした。
このラインエクステンション展開で、
ガリガリ君はここに有りという存在感を社会へ大きく示せた。

鉄則3:

今年は20種類以上の商品を投入している。
昨年はリッチコーンポタージュで話題をさらった。
普通では考えられないフレーバーである。
実際においしく出来、よく売れた。
鉄則3はメーカー(製造業)のDNAであり究極のミッションでもある。
つくってなんぼというメーカーの世界観を、
ガリガリ君は忠実に体現している。

ガリガリ君は30年以上の超ロングセラーを続けている。
テクニカルなマーケティングノウハウをしっかり実践してきた結果であるが、
ファンにささえられて、一緒に遊びながら育ってきたという感じがする。
キャラの人格が、そこには宿っているのではないかと思わせる。

赤城乳業社長のつよ強い意志もロングセラーマネジメントの裏側で働いている。
一種の執念で育て上げたキャラ&商品である。

インナーの人々のWILLは、ロングセラー育成で必須のものである。


C.ガリガリ君の原点価値、そのインサイト?!


最後にガリガリ君の本質を示すマーケティングインサイトとは何か?
について触れる。

インサイト1:B級商品というDNA

ガリガリ君の最初のインサイト、それは、
『B級食品』
ということである。

B級という、
ガリガリ君最大の特性はアイスカテゴリーの中で存在感を大いに放っている。

B級とはなにか?
身近で、値段が安く、気軽に構えず食べられる・・・
どこにでもあるような雰囲気を感じさせる、
だれもが自分向きと感覚を持ち、好きになれる食品のことである。
最近では、B級グルメで各地の食品が紹介され、イベントで競われ人気を博している。ものによっては地域活性化のツールにもなっている。
宇都宮の餃子、山梨の持つ煮込み・・・・・・等など
ださくて、品がなく、毒々しい味・・・・・的なはずれの食品の手前で踏みとどまり、
大衆的なファンの信頼と親しみを得る食品である。
それは家庭的な、プロとは趣を異にする雰囲気を醸し出す食品である。

ガリガリ君は、
B級アイスであるが故に、
マーケティング活動の自由度が高く、制約がなく、
いろいろなトライが出来て活性化してきたといえる。

今までのアイスはどちらかというとかっこよく出来ていて、
お高くとまっているものが多かった。
プレミアムアイスであるハーゲンダッツはその代表である。

インサイト2:ガリガリ君は食品である。

食品の原点は何か?
最後にものを言うのは味である。

・食品としての原点価値とは:

おいしい、その味、食感が脳裏にのこる。
ガリガリ君の味はグルメ的、リッチ的、クオリティ的ではない。
さりげないソーダ味である。
なんでもないどこにでもある、癖のない味である。
しかし妙に記憶にのこる味である。
アイス売場の前にゆくと、ほのかに思い出す味、
時間がたつとまた食べたくなる味である。

これだけ長く食べ続けているとその味に慣れてくる。
他ブランドへいっても、また同じガリガリ君の中の他の味へいっても、
また、あのソーダ味と食感を思い出して戻ってくる、
そのような味覚の仕立てになっているのである。
ガリガリ君はロングセラーとなることで、
益々上記のような好循環の恩恵を受けている。

・商品としての原点価値とは:

商品としては価格がなにより大切である。

価格の価値判断は3つある。

価格と性能の見合いでコストパフォーマンス(ユニットプライス)が高いか、
絶対価格(ポケットプライス)が低いか?
その価格が人に誇らしく見えるか(スノッブプライス)?自分がそのような気分に浸れるか?
の3つである。

では、ガリガリ君はどのように評価されているのだろうか?
ガリガリ君は量も多く独特のガリガリ味で、価格もその割には安い。

またB級商品なので、
これを買って食べるとなにか話題になり話の中心にいられる?!
自分が一緒に遊べた気分になれる!?
という精神的な効用も大きい。
つまり、
ガリガリ君は多様な観点で何かお得感のある仕立てになっている。
ガリガリ君は極めて優れもののアイスである。

インサイト3:キャラクター価値へのインサイト

ガリガリ君はキャラクター商品である。
キャラクターとして育てられなければならない。

赤城乳業ではガリガリ君プロダクションをつくり、
キャラクター展開の道筋をつける、その権利関係を調整する等
の動きも見せている。

ガリガリ君アイスは、
「ガリガリ君」というキャラクターを前面にだした
キャラクターグッズでもある。

キャラクターグッズの持つもともとの個性は、
守らなければならない。
ガリガリ君コンセプトを逸脱しないような
デザイン、コピー、メディア対応が不可欠である。
同時に進化もさせなければならない。
進化がなければあきられてしまう。

また、イメージ量をコントロールして、
広がり過ぎてマンネリになったり、飽きられたりということも避けねばならない。
実際のグッズとしては、
トイレタリー、玩具ジャンルでの商品・イベント展開が進んでいる。


D.ガリガリ君マーケティングのBIGWORDとは?

ガリガリ君が、
B級食品であることを、最後に再度確認をする。

ガリガリ君が凄いことはよくわかる?!
では、ガリガリ君マーケティングを一言で言うとすると何か?、
ズバリ、
『B級食品』
ということに尽きる。

B級であるが故に、
他の完成度の高いイメージで勝負しているA級的なアイスとは異なる。

ガリガリ君は、
B級ならではのマーケティングマネジメントの『8P』が
実践できたものと思われる。

キャラ的に言えば、
わんぱくぼうずのように暴れまわることができたともいえる。

8Pとは、

プロダクト、
プライス、
プレイス、
プロモーション、
ペルソナ(ターゲット、商品に隠されたキャラ性)、
ポジショニング(対競合への差別性)、
PLC(プロダクトライフサイクル、ロングセラーマネジメント)、
プロジェクション(需要予測)
である。

結果論ではあるが、
ガリガリ君は、
見事にマーケティングの8Pに対応して、
すべきことはキチントしたということが分かる。

いまやアイスカテゴリーは、
特Aのハーゲン、特Bのガリガリ君で維持できているといっても過言ではない。

この稿おわり


追記1:

改めてガリガリ君の凄さ
2013年度は4億8千万本(約5億本)
まず、年間一億本達成には約20年近くかかっている。
その後2億本(07年に達成)までには7年、
3億本までに3年4億本は2年でクリアした。
加速度的に伸びてきた。
赤城乳業は3年から13年には380億円と倍増になる。

指数関数的とまではいわないまでも加速度的なものは、
必ずどこかで急停車的な波乱要因をはらんでいると考えるのが
数学的なチャート分析の基本である。
どこかでそろそろ鈍化するのでは?
不連続なクライシスが起こるのでは?
とそのリスク要因を注視して、それをどう回避するかを考えておくのが、
最大のマーケティング戦略といっても過言ではない。

追記2:

氷菓といえば、赤城しぐれが有名である。

あのなんでもない味、硬くて食べずらい食感、
どこがいいのだろうと思わせる商品だったが、
振り返って見れば、
何となく定期的に食べていた商品であった。
今はめったに見ない商品であるが、
ノスタルジーを感じさせる商品であり、
リバイバル作戦がうまく機能すれば、
面白いブランドとして、復活するのではないだろうか?

とにかく懐かしいブランドである。
この懐かしさだけでも十分にブランドの連想点にふさわしい。

追記3:

意外とガリガリ君はアイデア勝負の話題性商品とのイメージが強いが、
実際はセブンアイとのミルクたっぷりとろりんシュー味や
ファミリーマートとのカフェフラッペなど
かなりの技術力で受注している側面もある。

提携先への厳しさで有名な両CVSが、
太鼓判を押した技術力でPB化を成功させている。

追記4:

ガリガリ君のコネタ。
この地道なSPがガリガリ君を支えている。
縁の下の力もちである。

生活導線上の細かい、ユニークな、
面白い(話題を取りそうな)プロモーションを、
リアルな街、売場、SNS上でどんどん仕掛けて、話題をつくり、
口コミを誘発した。
一年間で見ると、100件をこえるコネタが展開されるという。

冬の札幌のサンプリング、バータイプアイスなのにスプーンを売場に置く?
子供たちへガリガリ君の品揃えの多さ、面白さをつたえるレインボー売り場つくり、
着ぐるみ、ゲーム、
ガリガリ部という会員づくり、
秩父鉄道のSL切符・・・・・・・
等実に多彩である。

これらのコネタの効果をどう考えるか。
一年間をそのコネタをサステナブルに続けることで、
いつも何かしている、動いている会社、ガリガリ君!
というイメージインフラができるように見える。

そのコネタに触れた人の心には、
ガリガリ君のイメージがすこしずつ堆積し、売場でガリガリ君を見れば、
つい買いたい、買ってしまうという行動連鎖をつくった。

また、買わなくとも、売り場でガリガリ君を見れば、
必ずガリガリ君が再認され、次の購入機会への布石をうつことに繋がる、
という価値連鎖も確保できたということになる。

これは対外的な効果だけではなく、
社員のガリガリ君へのこだわり感を醸成し、
やる気のエネルギーを益々高めているともといえる。

社員のやる気が高まれば、流通もその意気を感じ、
取り扱いの意欲を高めてくれるという価値連鎖をもたらすことになる。

社員のやる気をあらゆるステークホルダーが敏感に感じ取るという
精神的効果がもたらされることも間違いない。
スイーツではないスープ味を出す
などは商品開発に名を借りたプロモーションであり、
冬にアイスを食べてもらうという伏線でもある。

とにかく何かをやらかすガリガリ君というイメージをつくる。
ガリガリ君のキャラクターはわんぱくぼうずである。
何か、いたずらチックなことをしょっちゅうしでかしている方が
「ガリガ君らしい」のである。

ガリガリ君は、
様々な次元のコネタ、中ネタでマーケットを刺激していった。

このコネタは、
ガリガリ君という強烈なキャラ発で行うので、
そのイメージ資産は全部ガリガリ君と言う商品に蓄積され、
奇跡的な効果を生み出してくる。

普通の商品だと、
一般的に売場以外のプロモーションをおこなった時に、
どの商品のプロモーションだったのか記憶の中でまぎれてしまい、
トップ商品だけを利するという現象がおこる。
ガリガリ君の場合はそのようなことは無かったと推察される。

追記5:

次にコネタのヒンジ効果について触れておく
ニューヨーク。
以前は汚い、犯罪の街という評価が一般的だった。

ジュリアーノ市長時代に、
ニューヨークは安全で魅力的な都市に生まれ変わったといわれた。

まず、地下鉄の窓に落書きがあればそれを消す、また落書きされる、
また消すというようないたちごっこをつづけた。

ビルの窓ガラスがわられた、また入れ替える、また割られる、またいれかえるという作業もおこなった。

ヒンジとは蝶つがいのことである。
開いてもまたすぐ綴じる。また開く、また綴じる・・・・
それを繰り返すうちに、
ヒンジは綴じることなくあいたままになる。

ニューヨークの地下鉄の窓から、
時間の経過とともに、窓を綺麗にするという市民のエネルギーが増えてゆく、
いつしかまどの落書きは無くなっていったというお話である。

最後はニューヨークの町がきれいになり、犯罪の件数も減ったといわれる。
教訓として、小さな積み重ねがある臨界点をこえると、
半端ではない効果をもたらすという話である。

ガリガリ君もお金をかけた派手なSP,キャンペーンは張らないが、
地道なコネタの連続で、ガリガリ君のエネルギー・マグマを蓄積し、
ついには、マスと同じような、効果をもたらす結果となった。

ガリガリ君のコネタSPは、
地道な活動成果が閾値を越えた瞬間に
売り上げに大きく影響した。
前述の指数関数的な成長という効果である。


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■インサイトとは、インサイトマーケティングとは?それは人の幸せのためにある!

2014年07月02日 | Weblog
■インサイトとは、インサイトマーケティングとは?それは人の幸せのためにある!



インサイトとは何か?
インサイトとは生活者の本音のことである。
それが分かればマーケティングはすべてうまくいく??

はじめに:

弊社のサイトを10年振りにリニューアルした。

きっかけは?!
弊社も社業30周年となり、単純な調査会社ではなくなってきていた。
弊社はリサーチ&数理解析を得意分野としているが、
今は、商品開発、ブランド開発のコンサルが主業務になり、
その有効・有力な手段としてリサーチを位置づけている。

今、会社の中でブームになっているのが、インサイトである。
特殊なマーケティング言語である。

生活者、消費者、利用者・・・の本音・・・・といった意味になる。
業界の中でも、最近の様々なマーケティング・リサーチ技法は、
この観点を視野にいれたものが多くなっている。
(例えば、ニューロマーケティング、MROC、・・・)

では、生活者のインサイト(本音)が分かればマーケティングはうまくいくのだろうか?

本当のところは分からない。
でも、分からないより分かった方がよい。
一歩前進である。

そのインサイトに潜んでいる生活者の感情には、
あらゆるマーケティング行動のヒントが凝縮されている。

端的にいえば、
マーケティングのつかみのヒントが、含まれている。

つかみとは?!
商品デザイン、商品スペック、広告、販促、WEB等々が醸し出す
「らしさ感・雰囲気」によって、
その受け取り側の生活者が、最初に感じる心象のことである。

生活者が初めて商品や広告やらに出会ったとき、
どのような気持ちを抱くか、インパクトを受けるか?
の基本のマーケティング要素である。
企業のマーケティングアクションと相手・生活者との、
出会い後の絆づくりのトリガーとなるものである。

マーケティングがうまくいくかどうかはその出会いにかかっている。
要はインサイトが勝負の要なのである。

生活者のこころを掴むために、
そのインサイト(本音)を知ることからマーケティングは始まる。
果たして、インサイトをどこまで掴むことができるのか?

費用、時間、手間をかければそれなりの迫り方はできる。
しかし、マーケティングという実務は、
時間、お金など経営資源との戦いである。
ある理想のゴールを目指しつつも、
一定の効果が見込めるところで妥協しながら進むものである。

また、お金を掛ければインサイトに迫れるかといえば、そうでもない。
人のこころの奥底は本人にも分からないものがある。
なかなか難解なものである。

また時間の経過とともにインサイト(本音)もずれてくる、
空間が変わればインサイト(本音)も変わる。

本稿では、このやっかいなインサイト(本音)について論を進めていく。

インサイトの詳細は、

弊社のサイトにあるのでご参照を。

URL:http://www.md-sgp.co.jp/

A.インサイトとは何か?:

インサイトとは心の中の奥深く潜む思い!と定義しておく。
すこし意味深な文学的な表現になる。

インサイトには、いろいろな態様がある。

・本人が気付いていること・・・気付いていないこと
・思い当たる節のあること・・・全く考えもしなかったこと
・ポジティブなこと・・・ネガティブなこと
・現実離れしていること・・・現実的な、生活的なこと
・人との関係の中で生じること・・・自分のこころの中で醸成されること
等々

また、もうひとつ、インサイトをややこしくしているものがある。
個人のインサイトと集団のインサイトの両方の存在である。

要するに、インサイトには、
「インサイトはよくわからない」、ということがわかった?
という哲学的な禅問答のようなところがある?

B.インサイトの効用:

インサイト。
そんなに難しいことを、
エネルギーを使って理解しようとしても仕方がないのでは?
という話もある。

でも、分からないより分かった方がよい。
マーケティングの成功確率がたかまる、と考えるのが普通である。

広告を考える、商品コンセプトを考える、WEBのランデングページを考える・・・

あらゆる局面で、そこへ関与する人・コアターゲットはなにを考えているのだろう
という問題は避けて通れないという現実がある。
即ちインサイトは、必須ということである。

インサイトが少しでもわかれば、そこを基点として議論が進んでゆく。
あっちこっちへと話がぶれることは少なくなる。

議論が集中化する、集約化しやすい。
もし、議論が変な方向に進みそうだとしても、
もともとのインサイトという基点・ガイドがあってのことなので、迷走状態にはならい。

インサイトが分かれば、
あるマーケティング課題をとくための方程式がたちやすくなり、
インサイトという初期条件があるので、解・ゴールがスムーズに導けることになる。
何もなしに暗中模索ということになれば、なかなかゴールにはたどり着かない。

インサイトには確かに何らかの効用がありそうである。

C.インサイトの導き出し方:

1.インサイト抽出のアプローチ:

以下のようにいろいろなアプローチがある。

・定性データを深く読む
・多変量解析により深層心理へせまる
・デベート型ブレスト(パワーブレスト)で感情をむき出しにして議論する
・大量OAからのダイヤモンド的な名回答を導き出す
・自己経験ジャーニーから自己インサイトを導き出しそれを援用する
・最後、インサイトが分からなければあきらめるという手もある。

最後の考え方は、
行動マーケティングという分野のものである。
ある刺激をすれば、どんな行動が起こるか?
ということが経験的にわかれば、
そこにどのような心理(理由)が発生したかは問わず、
効果効率の良いマーケティング手段を講じられる、
というわりきった考え方である。
実務的には傾聴すべきアプローチである。

しかし、それでもインサイトは分からないよりより分かった方が良い、
分かれば、より適切なマーケティング手段を講じられるのであれば、
インサイトへ迫る努力は怠ることなく進めていくべきである。

ここでひとつ大切な情報を。
インサイトの抽出において、看過されてはならない重要なポイントがある。
それは「ラブマーク」という概念である。

物事の評価感情には3つの領域がある。

トレードマーク(特許がとれる理知的なもの/品質、性能など)
ハートマーク(人の気持ちをつかむ感情的なもの/好意など)
ラブマーク(心が揺さぶられる本能的なもの/ぴんとくる、インパクトがあるなど)
である。

この3つ目のラブマークという領域にインサイトは宿る。

インサイト・人の本音はラブマークという感覚の表現で示されることが多い。
感情言語がたくさんでるような商品デザイン、スペック、広告・・・は
ラブマーク的ということができる。

感情言語とは、
例えば、凄い、感動!、なにこれ!、やばい、えっおしゃれ!・・・・・・
というようなニュアンスの言葉である。

本能が揺さぶられるような、
ラブマーク的な対象(商品、デザイン、広告、WEBデザイン・・・・)
が目の前に来たときに、
生活者のインサイトは鮮明に現れてくる。

2.インサイト抽出の課題:

個人にはいろいろな人がたくさんいて、
個人ベースでは、インサイトはとても扱えない、
また、統計的な方向性もみえない、
という話はよく聞く。

これをクリアする方法として、集団化というテクがある。
いわゆるクラスター抽出によるアプローチである。

インサイトのクラスター抽出・分析には、以下のような利点がある。

・集団を扱えばひとりの個人のブレも吸収できる。
集団を扱うことで、個人のインサイトではぶれたり、個性が強く異常値的に見えるものが、緩和されて統計的にまとまってくるので、インサイトの鮮明度が逆に高まり分かりやすくなる。

・集団を扱うことでインサイトの類型化が出来る
個人の人数分のインサイトが多数、多様に存在するという混乱が避けられる。

・インサイトの新しい分類分析が可能となる。
他の設問とのクロス集計でインサイトの周辺の性格付けができ、
リッチなインサイトワールドを作ることができる。

・集団で統計処理することであらゆる数理解析が応用でき、
ユニーク、斬新な分析結果を得ることが出来る。

但しクラスター分析に当たっては一工夫がいる。
単純なクラスター分析ではなく、以下のような工夫が必要である。

・ミクロクラスター方式:
各クラスターの鮮明度をUPするために、クラスターの分類数を10−20に区分する。この場合は調査のN値が数千単位で必要になる。

・クラスター++方式:
クラスター以外の生活者分類の軸を、
1つ−2つ持ち複合的に組み合わせて実行する。

インサイトはもともと個人に帰するものであり、集団化による手法は、
個性の薄まりというリスクを伴う。
それを回避するために上記のような工夫が必要となる。

一方、インサイトには、以下のような課題もある。

インサイトは個人の本質である。
したがって、時間経緯とは無縁のようでいて、社会現象に流されるという側面ももつ。
この流行というややこしいものをどのように扱うか?
もクリアしなければならない大きな課題である。

流行。
流行は、早くその流れ・馬車に乗りたい人(バンドワゴン効果を求める人)によってつくられる。
いわゆるマニア、イノベータ、オピニオンといわれる人が主役となる。

したがって、クラスター処理の中で、
社会の先端を行きたい人を抽出し、ひとつの分類とすることで、
流行に対するインサイトを追うことが必要となる。

先行性クラスターの抽出にあたっては、
プロダクトライフサイクル上の相転移分析、
マーケティング意識行動先行性分析
で対応することになる。

先行性を数量化することで、時間差のインサイト変化を透視することができる。

C.インサイトの応用事例

インサイトが一番威力を発揮する分野はターゲッティングである。
インサイトは、今はやりのペルソナをつくる上で極めて有効なツールとなる。

今、マーケットは成熟しているといわれる。
あるマーケットを想定して誰を攻めてゆくかという議論になった時、
リ・セグメンテーションという方法がクローズアップされている。

ここに3つのLSというキーワードが登場してくる。

LSとは以下の3つである。

・ライススタイル
(個人の価値観/生活観、仕事観等についての考え方、動き方)

・ライフステージ
(家族、帰属集団の構成関係/日本では家族類型は20ヶに分類される)

・ライフスキル
(生活の術の巧みさにより分類される/生活の知恵・行動があればよりハッピーになれるという概念、上記ライフスタイル、ライフステージは、
簡単には変えられるものではないが、
スキルは個人の頑張りで向上することができ、即QOLを改善できるという重宝な道具となっている。今のマニュアル時代の象徴的な現象でもある)

これ以外にも、
いろいろな属性を駆使してマーケットを新しく、リ・セグメントし、
新しい時代性のあるコアターゲットを抽出しようという試みが出てきている。

ペルソナは、
そのようにして生まれた「新しいコアターゲット」に息吹を与えるものである。

ターゲット像をあいまいにせず、
そのターゲットのインサイトを鮮明につかみ、
個人の名前までつけて、その人の生活振り・5W1Hをビビッドに表現し、
あたかも生きたキャラクターのように企業内、マーケット内で共有化し、
マーケティング戦略を組んでゆく方法である。

ペルソナはその手がかりとなるものである。

そのペルソナつくりに、インサイトという視点は欠かせないツールとなっている。

ペルソナの効用は以下の通り。

ターゲットに関して、社内議論、代理店へのオリエンがぶれない。
基本が明確、鮮明なので、多少の情報負荷があってもびくともしない。
即ち、その基本ペルソナをもとに、
マーケティング担当者やデザイナー等、作業当事者の経験を自由に加味することができる。
加味してリッチなターゲット像、
生活シーン像を奔放にリッチに描くことが出来る。
それがマーケティング活動の活力深さ、幅を生むことになる。

D.インサイトマーケティングは何のために?

最後に一言。

インサイトを基点としたマーケティングについて述べる。

そもそもマーケティングは何のためにあるか?

マーケティングに限らず、
あらゆる人間の活動が、人間の幸せのために行われている。
例えば、
ビジネスの目的が、仮にお金儲けだとしても社会に認められなければ、
富が蓄積されることはない。
目的はお金だったとしても、
社会への役立ちがあるからこそ結果としてお金が入るわけである。
要は、社会に役立つということは、何事においても必須である。
それは学問、経済、ボランタリー・・・・・・どのような分野においても同様である。
マーケティングも同様である。

改めて、インサイトは生活者の本音である。

マーケティングの本質はインサイト(本音)をつかむことにある。

インサイトを別の言葉に言い換えると、多少乱暴ではあるが、
人の欲求(本音の欲求)のことである。

インサイト(本音の欲求)を掴んで、その欲求に答えることで、
人に生きていることを実感してもらい、
幸せを感じてもらうことが、
インサイトマーケティングの究極の目的である。

それでは、
人が生きている実感を得、幸せと感じる欲求とは何か?
マズローの五段階欲求仮説がわかりやすく教えてくれる。

・生理欲求・生きる、
・安全欲求・安全安心に、
・帰属欲求・仲間が欲しい、
・自己尊厳欲求・仲間から尊敬されたい、
・自己表現欲求・自己を高め表現したい

この素朴な欲求が満足されると、人は生きていることを強く実感する、
そしてハッピーと感じるのである。

例えば、
おいしものが食べられればいきいきとしてくる
(生理欲求の中のひとつ、食欲が満たされるから)
恋愛をするとうきうきする
(生理欲求の中のひとつ、性欲が満たされ子孫を残せると感じるから)
仲間から認められると嬉しい
(群れの中で自分の価値が認められ、居心地がよくなるから/人はもともと群れをつくりその中でうまく関係性を保つ工夫を凝らし進化してきたという経緯がある)
等々、

改めて、
インサイトマーケティングは、
インサイト(本音の欲求)を掴み、欲求達成を実現するマーケティングのことである。
生きている実感を呼び起こし、皆を幸せにするためにある。

この稿おわり

追記:

インサイトは永遠のテーマである。

人は何を考えているのだろうか。
仕事関係、恋愛関係、家族関係・・・あるいはバーチャルな関係においても、
その人のこころが読み取れれば、何かと面白い、うまくやっていける、
ということになる・・・・・・。

だからインサイトを考えることに一回でもはまると、
やめられなくなる??

心理学に染まると本当にそうなりますよ!!


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■ 製品開発・経営のブレークスルー、ダイソンのデザインマネジメントとは?!

2014年05月26日 | Weblog
■ 製品開発・経営のブレークスルー、ダイソンのデザインマネジメントとは?!



はじめに:

テレビ東京、村上龍のカンブリア宮殿でダイソンが取り上げられた。
あのサイクロン方式の掃除機、羽無し扇風機のメーカーである。

この番組の中で、非常に示唆的な話があった。
企業の、とりわけ製造業に関する示唆である。

あなたの会社は機能的で美しく経営されてますか、
とう問いかけをしている!
と筆者には思えた???

その意味は以下。

A.ダイソンの創業者とは?:

ジェームズダイソン、1947年イギリス生まれ。
英国王立美術大学というエリート校を卒業。

自分はいつも開発の部門の最高責任者、チーフエンジニアであり、
社長という経営者ではないという。
開発の前面にたって技術オリエンテットなところで製品の機能革新にこだわっている。

今でもバイク、F1で頑張った本田宗一郎、トランジスタ、ウォークマンの盛田昭夫は、
直接あってはいないが、自分の人生の師だという。
社会を変えた革新的な技術・機能志向の創業者として尊敬しているという。

ダイソンは理念が明確である。ダイソンカラーそのものである。
・製造業とは何か、
・市場ニーズをどう捕らえるか、
の原点を考えさせるものがある。

通常の企業では、
マネジメントのテクノクラートがトップになり、マネジメントを巧みにこなしてゆく。
ダイソンはこのような一般的な大企業のトップとはおよそ異なる企業体質を保っている。
ベンチャーといってしまえばそれまでだが、
それだけではない独自の経営哲学がある。

それは経営哲学というかっこいい話ではなく、ダイソン氏のDNAといっていいものである。
スティーブジョブズのあのDNAと同じである。
ずばり、デザインへのパラノイア的な執着である。
ダイソンは機能オリエンテット、
アップルのジョブズは使い勝手オリエンテットという違いはあるが、
デザインを追求・探求するプロセスへのこだわりは全く同じである。
良い意味で異常値感覚の凄さである。
常人にはないものである。

社内のダイソン氏の評価は?
ダイソン氏はどんな人?ときかれると、
根気のある人、辛抱強い人、失敗は悪いことではないと考える人
という回答が返ってくる。

B.ダイソンの製品開発の歴史とその理念:

ダイソン社では、技術・機能志向のユニークな製品をつくり世の中に送り出している。

例えば、
・シートラック
平な船底のジープを乗せて時速60KMで水上を走るボートで、
接岸がどこでも出来ていつでも使えるので様々な業種に年間200台も売れたという。
・ボールバローン
手押車・台車
一輪のタイヤを大きなボールに代えて、
土に埋もれないように安定性が増すようにつくった製品。
・お馴染みのサイクロン方式の紙パックレス掃除機
・羽子無し扇風機
・エアブレード
洗面台で手洗いした手を、床にぽたぽたしずくを落としながら、
温風乾燥機の前までゆき、乾燥させるという方式が洗面所の一般的な姿である。
しずくで床が汚れ、乾燥も不十分な状態に怒りを覚えつくられた。
手を洗った後にその場で時速600KMの風が吹き出して、
自動車のワイパーのように水を掻き落とすとという。
手の皮膚にある水分まで乾燥させてしまう従来の温風乾燥機とは違う、
という。
品川プリンスホテルで採用される。
いままでにない使い心地で、
ホテルのサービスの上質感を出すのに良いと評価されたという。

どれも生活、仕事の不便さ、未充足点に焦点を当てた製品である。

ダイソンの開発の原点は、「怒り」である。
生活の中にあふれるたくさんの製品の未充足さ、不便さに、
目をつぶっておれないという気持である。
特に、その製品カテゴリーのスペックが常識化していて誰も疑うことがない、
でも心の奥底では何か不満をもっているような製品カテゴリーに目をつけて一石を投じ、
わかりやすく革新することがダイソンのDNAである。
紙パック無しの掃除機、羽のない扇風機、
皆そうである。

わかりやすいメリットと意外性が大衆の心を捉えて離さない。
逆にユニークすぎて、視点がマニアック過ぎて、失敗したものも多い
といわれるぐらいである。

今でも、ダイソン氏の本社の机には、
世の中を変えた世界中の革新的な製品サンプルがたくさんおいてある。
例えば、
・垂直方向に離着陸できる飛行機(滑走路を必要としない)
・防水機能のソニーウォークマン、水や砂を気にせずビーチで安心して楽しめる、音楽の幅を大きく変えた
・シトロエン、60年代に機械制御から油圧制御を導入した車。
これでいかに車の制御が機能的になり、運転が楽にスムーズになったか
等々である。

また、本社には、
ダイソンが考える理想的な製品(自転車、ボールペン、ベビーカー・・・等の理想形)のデザインプロトタイプが飾ってある。

これを見ただけでダイソン氏、ダイソン社が何をしたいのか、何がDNAかがわかる。
世の中に出回っている製品で、
常識となっているが、皆が何となく妥協して使っているもの、何となく不便・不満に思っていることに対して、それでいいんですか?
との投げかけををしているのである。

ダイソンは、
ひとつの業種に特化することなく、生活を革新することならなんでもする企業である。
技術屋魂を奮い立たせる、
機能を根本からか変えて生活現場に革新をもたらすテーマ
であれば何にでもチャレンジする、
生活革新企業といってよい。


C.サイクロン方式掃除機のブランド力:

ここでサイクロン方式の掃除機について見てゆく。

TV番組の冒頭で日本でのユーザーの声の紹介があった。
掃除が楽しくなったという。

ゴミの吸引の様子が透明の素材でよく見えるので、
ゴミがとれているという実感がわく、
ゴミの質も細かい砂のようなものが良く取れていることがわかり、
掃除のやりがいがあるという。

自分の掃除という家事の成果が見える化されたことが、
主婦のモラルをUPしたということになる。
もちろん透明の紙パックがないことで、ゴミの後始末がスムーズで汚れないという、
機能面も掃除機のイメージを一変させた。

デザインの勝利である。
サイクロンという画期的な技術がいろいろな使用未充足点、使用不満点を満たし、
その機能を透明容器というデザインで処理した。
ダイソンの掃除機は、生活者の立場で言えば、
ゴミの吸引が見える化されたデザインの勝利である。

これにより、
サイクロン方式はダイソンという確固たるブランドイメージを確立した。
今、家電量販店の掃除機の売り場の6割はサイクロン方式が占めるが、
その中でダイソンは4割のシェアだという。
しかも、ダイソンの売れ筋は8万円台、他のメーカーのさいくろん方式は3万円台という。
ダイソンブランドの強さを如実に示している。

サイクロン方式といえば、斬新で先端を行くもの、それはダイソンの愛称・代名詞となっている。
そして、ダイソンのサイクロン方式といえばあのモーターをカタチどった本体の透明デザインという価値連鎖が生じている。
いわゆる強固な「ブランド連想点」が生じている。

D.サイクロン方式掃除機、その開発秘話:

開発へのモティーフとは?

ダイソン氏は、
ある日、普通の掃除機で掃除をしていて、うまく吸引しなくなったという。
代わりの紙パックもないので、仕方なく紙パックを取り出しナイフで穴を開け、
中の吸引ゴミを捨てガムテープでその穴を塞ぎ、掃除機の中にリセットし、
再度掃除機を掛けたという。
ところが、全くゴミを吸引しないので、
紙パックのメッシュに細かいゴミが吸着していて吸引機能が消滅していることに気づいたという。
そのとき怒りにも似た気持ちが生じたという。

そこから紙パックレスの掃除機の開発がはじまった。

ダイソンサイクロン方式の掃除機は、
「時間がたっても吸引力が落ちない掃除機」というキャッチフレーズである。

試作品は5627回にも及んだ。

最初のものは1978年、ガムテープで部品を組み立てたものである。
3146番目の試作品のときに、
エジソンの言葉、失敗とは成功するまでやり遂げられなかったときの言葉である、
という名言に勇気付けられたという。

そして5627番目が完成品という。
ガレージで初めてから5年が経っていたという。
まさにベンチャーのガレージビジネスを地で行く話しである。
ものづくりの試行錯誤はITのガレージとはスパンが違う、長いと感じる。
途中で何回も挫折しそうになり、
銀行からの借金もどんどん増えていったという。

そして、一難去ってまた一難。
試作品が完成してからが、新たな苦闘のはじまりとなった。
サイクロン技術をライセンス供与するべく世界をまわったが、
どこも関心を示さなかったという。
理由は、既に成熟した掃除機という家電分野に投資をしようという経営者は
いなかったということに尽きる。

紆余曲折があって、1990年の日本での国際産業見本市で受賞し、
1991年に、日本のシルバー精工からのライセンス料を得ることが出来たという。

これで何とか破産せずに事業が続けられたという。
このライセンス料を元手にダイソン社を設立した。
日本には感謝しているという。
ダイソンはいよいよ自分で掃除機をつくることになった。

E.企業理念の変貌という現実:

ダイソンの掃除機。

あまりに売れ過ぎて、ダイソンは掃除機専業のようなイメージになってしまったが
本質は前述のような企業である。

今やダイソンは機能オリエンテットな理念で機能をただ追及する企業では済まなくなり、
アッセンブリーメーカーとしての様々な問題を処理してゆかなければならない企業
になったということも示している。
いまの羽無し扇風機のリコール問題への対応はそのひとつである。

ダイソンは、今や1800億円という売り上げの企業である。
社会的な責任を負い、
市場の細かいニーズである、製品、事業の改善テーマを
追ってゆかなくてはならない企業となった。
マレーシアにある掃除機の耐久性に関する施設などその手は着々と打っている。

掃除機の将来はどのようになるのだろうか。
・掃除機本体の革新は?
掃除簡易性、低コスト化、コードレス化、電池時間の充実、もっと小型化・・・・?
・対象物である、ほこり、ゴミへの対応は?
アレルギー問題は、害虫対策は、
・システムとしての革新は?
家全体を掃除システム化してホースレスにするとか?

もっと小型化ということであれば、デジタルモーターの開発がある。
これは10年以上掛けて開発したものという。
TVで見た感じでは、普通のモーターの半分の大きさにみえる。
体積にして7−8分の一ぐらいになろうか。
この技術は要素技術ともいうべきもので、
サイクロン以上に世の中をかえる可能性のある技術である。

この小型モーターは、
先ほどの手洗い乾燥用のジェットエアーにも使われている。
小型化で手洗いの蛇口で、手洗いのあとそのままジェットエアーで乾燥ができるようになった。
ダイソンらしい革新性はまだまだたくさんある。

ダイソンは、
次から次へと技術革新をしてゆく会社という市場の期待にこたえなければならない。

リアルな既存事業では、
いつもいつも画期的な技術、機能の革新のネタが出てくるとはかぎらない。
ここがダイソンのネックとなる可能性がある。
画期的なことが生まれなければダイソンらしさがないと
市場からのおしかりのメッセージを受けることになる。
ダイソンも当たり前の企業になったな!
という評価になる状況が生じている。

TV番組でダイソンは、村上龍の質問に答えている。

なぜ、一般企業はダイソンのような革新的な技術・機能の革新ができないのでしょうか?

ダイソン氏答えていわく、
普通の企業では、
マーケティング担当者は市場の細かいニーズに細かくこたえてゆかねばならない。
そうすると、小さい小技的な改善で終始するカルチャーになってゆく。
思い切った本質的機能革新の視点が見えなくなるか、
見えていてもその決断ができない企業カルチャーになるという指摘である。
その通りと思う。

しかし、ダイソンもこれだけ掃除機が売れてしまうと、
どうしても、ダイソン氏が避けたいと願っている小技的な改善をせざるをえなくなる。
それは保守的で守りにはいったというより、
大きな市場ニーズにたいするきめ細かい責任の処し方であり、仕方の無いものである。
この改善と大きな異次元的な革新とのバランスを、両にらみをしなければならない
という状況がダイソンには生じている
という自覚が求められている。

F.最後に/デザイン経営の基本哲学:

デザインエンジニアという考え方はユニークだ。

企業理念はきわめてシンプルだ。

デザイナーはいない。

エンジニアが機能を追及する中で、デザインの勉強をするという。
普通の製造業であれば、エンジニアとデザイナーの両職務が存在し、
その職務が分離している。
互いの情報交換はするが、互いの職務の中に立ち入ることはない。
工業技術は複雑になり分業化が進んで、
立ち入ることが不可能になっているという側面は見逃せないが、
不文律としてデザインと技術は別物との不可侵的で保守的なきまりみたいなものがある。

ダイソンはデザインエンジニアという職種を標榜し、その垣根を取っ払ってしまった。
デザインエンジはダイソン独自の言語である。

デザイナーがいないのだから、
必然的にエンジニアのこだわりの機能を表現するデザインに落ち着いてゆく。
ひとつのデザインの体現の仕方である。
それは良し悪しを問うものではなく哲学の問題である。

ダイソンには2000人弱の,
技術にこだわりのあるエンジニアがいるという。
そしてデザイナーはいない。
この構成がダイソンのDNAを保つことに役立っていると考えられる。

例えば、車会社に入社する人が入社時から退職時まで車が大好き、こだわるということになるだろうか?、
開発、販売、経理、購買・・・どんな職務につこうと、車に飽きずに熱心か、こだわっているか?といえば、
けっしてそうではない。
ベンチャーのオーナーとは違う。

一般の社員はある程度は仕方が無いが、
問題なのは大企業のトップになる人である。

マネジメントの能力は優れていて、
また、主力商品のことを勉強していることはわかるが、
心底その商品に惚れて好きで好きでたまらない、こだわりまくっている!という感覚はもてているだろうか?

経営のプロと、その主力カテゴリーのプロ(=商品が大好きな人、こだわっている人)とは異なる、
ということが大切なポイントである。
経営者は、後者であるべきという示唆をダイソンは示している。

車の会社を見てみよう。
本田宗一郎はバイク、車が大好きであった。
豊田喜一郎は車に使命感をもって取り組んだ。
今のトヨタ自動車のトップの豊田章男氏は車でレースをするという。
カルロスゴーン氏もサーキットを走るのが好きだという。

皆、車にこだわりまくっている、大好きである。
このあたりは示唆的である。

日本のくるまは、グローバルで大きく復活している。
トップの姿勢のありかたが大きくあずかっているといえる。
アメリカのGMのトップはどうだろうか?
優秀なMBAかもしれないが、車のこだわり者ではないのかもしれない。

愛社精神がある、マネジメントのテクに長けているは、
トップの資質としては二の次である。
一番大切なのは、その商品が大好きか、こだわっているかどうかである。

TV番組内の村上龍の指摘はいいところをついている。

あなたの会社は機能的で美しく経営されてますか、
こだわって経営されていますか?!

この稿終わり

追記1:

最近の車のIT化は凄い。
IT技術者は毎年たくさん大学、専門学校から排出されるが、
かなりのヒトが車業界に入る。
日本で一番IT技術者の採用が多いのはトヨタ自動車
という「うわさ」は前からある。
今の車はIT制御の塊である。
IT無しでは動かなくなっている。
機械工学の出る分野は少なくなっている。

製品は斯くも進化している。
最近大評判で売れている富士重工・スバルの安全対策使用はITの塊である。
走行性能がすぐれている、に加えて、
安全性も制御するということでアメリカで認定された凄技の技術である。
これもIT無しには考えられない。

車の進化には、ダイソン的な機能の革新的進化がどんどん起こっている。
だから車という産業は色あせない。
人を感動させる。

追記2:

BIGDATAとデザイン経営?
この2つは、あまり縁がない組み合わせに見える。

BIGDATAは、
多様な大量なデータを扱うものの代名詞になっている。
どのような目的で、どのようなデータを集めて、どのような分析をするか、
それをどのように経営テーマに落とし込んで、常に改善、革新してゆくか、
という行為を示す言葉でもある。

BIGDATAは、マネジメントデザインそのものである。
一覧感のあるマップに並べられたデータからある仮設を導き、ある仮説を検証する。
その時に貢献するデータの捕らえ方は、見せ方はどのようなデザインが最適か?
ということである。
デザイン経営はマネジメントの領域にも入り込んでいる。
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■ 消費税の3%UP、そのマーケティング的な意味とは?!

2014年04月02日 | Weblog
■ 消費税の3%UP、そのマーケティング的な意味とは?!



はじめに:

今回は、4月1日午前0時というタイミングで実施された一般消費税UPの話である。

消費者マーケティングでビジネスしている我々にとって、
消費税UPをどのように捕らえるべきか?
そのマーケティング的な意味について考察してみる。

この2−3月はいろいろなことがおこった。

国家予算が史上最速、最高額で成立、
集団的自衛権問題、
STAP細胞問題、
タモリの国民的な番組「笑っていいとも」が、32年間、8054回で終わりを迎える、
等々、
話題満載で、エイプリルフールの話がほとんど出ない状況だった???

どれも社会の根幹に関わるもので、重要なことを示唆している。
社会の節目、潮目(メガトレンド)の変化を感じさせる。
実は、今回の消費税UPはそれらに劣らず、重要な問題である。

ここ数日、マスコミは、東京の満開の桜と、
消費税率UPの話でもちきりだった。
税金にまつわる話は否が応でも盛り上がる。
議会の歴史を紐解くと、
大昔、イギリスで議会が出来たとき、
その役割は国王の歳入、支出に関する管理(見張り)のためだったとされる。

今回の消費税UPで感じたことがある。
消費税UPの社会的な空気を読むと、
前回の1997年の消費税UPとはかなり様相が違うように感じる。
前回のときのような悲壮感は無く、
何となく他人事感覚、ゲーム感覚といってもいい緩い雰囲気を感じる?!
大騒ぎして、喧々諤々の議論をするという感じではないのである。

なぜか?
・消費税UPについて、かなり前からPRされ国民の側にこころの準備ができていた。
・住宅、車などの高額商品の先駆け購入が予定通りに進み、気持ちの準備ができていた。
・UPする税率は、3%なので、家計防衛をすれば何とかなるという気持ちがある
・国の財政がやばい(先進国最大の国債発行高)ことが理解され、「UPも仕方なし」という気持ちがある。
・ 世界の先進国ではどこも2桁の消費税が当たり前で、おおきく騒ぐほどのことではないという感覚がある。
・ 資産家を中心に、アベノミクス効果による資産価値増加で気持ちが鷹揚になっている。3%UPぐらいはいいか!という気分がある。

等々いろいろな理由があって、
今回は比較的冷静に、かつゲーム感覚で消費税UPを受け入れている風情がある。

A.消費税UPの経緯、課題:

1.経緯:

堅い話を少しばかり。

0−3−5−8%、そして来年秋には10%、更に15−20%と、消費税がUPしてゆくことは必定である。
そうしないと国の財政はもたない。
皆、そう思っている。
このまま放置すれば明らかに国債の暴落になる。
日本発の世界的な恐慌が起きないとも限らない。
国債を持っているのはほとんど国民(からの貯蓄)である、外国からの借金ではない、
という議論はあまりにも日本人の節度に期待した話である。
なんらかのきっかけで、ある日突然国債が暴落するということは十分ありえる。
そのぐらい財政の国債依存度が高い。

生活者から見ると、消費税UPは仕方ないのかな?!
不承不承で受け入れた、ということになる。
今回の消費税UPで国民負担はひとり平均5万円、合計8兆円ともいわれている。
年収500万円の人では、7万円の増になる。

課題1:
単純に考えれば、消費税の3%増税分は、個人から国庫にはいる計算になる。
個人は支出増で苦しくなっても、
国庫にはいった消費税が、福祉、弱者救済等々で、国民へ廻ってくるので、
また赤字国債の返済にまわれば、それが銀行等金融機関からの住宅投資、企業の設備投資に廻るので、
国民経済的にはバランスされる。
マクロ経済的には問題はない。

但し、出したお金が廻りまわって同額が自分に戻ってくる訳ではない。
一次的に減収の人、いろいろな政府からの還元で増収の人に分かれ、
その不公平に対して不満が生じていると考えられる。
これは国民の富をどのように配分するかという奥が深い話になる。

課題2:
消費税UPの大きい不満、心配、不安なのは、以下のことに尽きる。
消費する国民の側からしてみれば、消費が同じだとすれば間違いなく3%UP分の支出増になる。
これに耐えられるか?
ぎりぎりの生活をしている人、将来に備えて貯蓄をしている人にとっては、
どこかで消費の節約を、貯蓄の減額をしなくてはならない。
短期的には生活レベルを落とす、将来へのたくわえを取り崩すということになる。
それは後になって景気が良くなっても取り戻せないのでは、
という疑問も感じている。

短期的には、
その増税分の実質的な収入減が、どこかで補填されないと生活は苦しくなる。
これをどうしのぐのかという切迫した状況をつきつけられている人も多くいる。

実態経済として、
雇用の促進で未収入者に所得が生じる、
給与所得者のベースアップ、夏冬のボーナスの支給増がはかられないと、
消費者の安定的な生活と消費は生まれてこない、ということになる。
消費者発のお金が、
世の中に廻ってゆく好循環を作り出すことが必要である。
ここに労働分配率の増という視点がクローズアップされてくる。
失われた20−30年の慣例となってしまった「賃上げは基本的に無し」という経営姿勢の変更が
求められている所以である。

課題3:
いずれにせよ、
消費税UPによって、消費全体は冷え込むという理屈になる。
エコノミストの予測によると、3月までの駆け込み購入もあり、
4月1日からの消費の萎縮もありで
4,5,6月は流石に消費は落ち込むらしい。

そして7月以降は+に転じるという。
消費税UP分の負の影響が軽微になるのは、
アベノミクスの資産向上効果、円高による輸出企業の手取り増などの効果が
下支えしているからという。
前回の消費税UPのときのような景気の後退はないということらしい。

予測は7月から+に転じるという。
しかし、予測は当たらないのが常である。
予期せぬネガティブな環境変化が起こらないとも限らない。

GDPの約半分をしめる個人消費がどのようになってゆくかは、
経済成長に大きく影響する。
皆が財布の紐を緩めることがマクロ経済的に求められている???

課題4:
国に入った消費税UP部分が、
有効な使われ方をして、国民経済は活性化の方向へ向かうのだろうか?
という疑問もある。
今回の増税では、
歳入増となったお金の行く先は社会福祉系と決まっていて、
経済を活性化するための技術革新、生活革新へ傾斜配分することは予定されていない。

従って、アベノミクスの第三の矢による実体経済の活性化、
経済への直接的な刺激になる基本的な制度・法整備、財政のあり方が問われている。
と同時に、
株、債権、不動産、金等々の価値が上がり、
富裕層を中心に財布のひもが緩み、支出を増大させ、
景気を下支えするような資産価値アップ効果も期待されている。

課題5:
最後の課題。
消費税UPによって、社会・経済が刺激されて、
皆が感動する、驚くような「新しい地平線」を開くようなことが起こってくるか、
が最大のポイントになる。
民間の企業、消費者が出来ることは何か?も問われている。
政府だけにいろいろと疑問、注文を出していても仕方がないということでもある。
この「新たらしい地平線」が見えてこないと、
今回の消費税UPは、
単なる財政収支均衡のための辻褄あわせになってしまう恐れがある。

B. 消費税UPに伴う.企業、消費者の振舞い:

まず、個人では。
消費税がUPする前に、駆け込みで得をしようとの動きがでてくる。
これは消費者行動的には、極めて合理的な動きである。

明らかに高くなると決まっているものを高く買う必要はない。
駆け込み需要は当然のごとくおきてくる。
その対象となるのは、
家庭内在庫が出来るコモディティ(お米、トイレットペーパー・・・・)
高額品(住宅、車、ジュエリー・・・)
購入予定品(5月のかぶと、買い替え家電、夏のエアコン・・・・)
等々である。

昨年秋の住宅の販売の伸びは凄かった。
百貨店のこの3月の売り上げは対昨年同月比で2−3割も増加した。
同じく新車も20%近く伸びた。
家電量販店では 昨年同月比較で倍近くうれているカテゴリーがある。
説明員が足らず、お客様に待ってもらうケースも多かったという。
5月のこどもの日のかぶとの売り上げも凄いという。

この駆け込み、先駆け消費は重要で、
後の反動があるないかは別として、増税をひとつのきっかけとして、
消費が活性化したことは間違いない。
冷静に考えると、
勢いがある社会現象には必ずバブリーなものが織り込まれる。
増税というきっかけがなく、普通に通念どおりに消費がされて、
後からどちらが消費量が大きいかをみると、
増税があると知って、
消費が前倒しされた方が高くなると考えられる。

また、普通より高額品が買われるという現象も起きる。
消費税で持ってゆかれるのであれば、少し高いものを買った方が得という心理も働く。
消費税UPが、実は消費全体を牽引することになってくる。

小売りの現場では、
駆け込み、先駆け消費を狙って様々な手が打たれてきた。
また、ここにきて小売は
4月以降の消費者離れを防ぐためいろいろな手を打ち始めている。

ドンキホーテでは、引き続き格安セールが行われる。
大手流通、IYグループでは衣料、食品1800品目で価格は据え置きとなる。
イオンでは、PBのTOPVALUEを中心とした価格据え置きが行われる。
PB強化の流れは、消費税UPをきっかけとしてますます強まりそうだ。
牛丼のすき家も価格は据え置きである。
マクドナルドは120円バーガーを100円に値下げする。

消費税UP分を消費者がかぶる形での根付けは、
消費者に取ってみれば値上げそのものである。
小売・サービスの現場では、
消費税UPは実質的な値上げであり、間違いなく消費者の来店行動をにぶらせる
という判断・危惧がある。
これは現場特有の勘である。

つまり、4月以降でも同品質低価格という動きは止まらず、
価格をいじくって来客数を維持する策に出たい、
とするのは小売の本能である。
価格を下げる動きはまだまだ止まらない。

C. 消費税UPに伴う企業の備え:

消費税がUPすると、消費者だけではなく、企業もばたばたする。

消費税UPの徴収の仕組みを変更するための設備投資が必須となる。
自販機、JRの切符、小売のレジシステム等々での変更のための設備投資がおこる。
当該企業にとっては負担増にはなるが、それを支援する企業はうるおう。
これは景気をいい方に引っ張る。

4月1日の午前0時からの消費税UPへの対応は、
企業によってかなり異る。
値引き、特売のような価格的な対応、
キャンペーン、イベントのような販促的な対応、
商品で勝負する品質・機能的な対応(嗜好品や高級品ジャンルでは)
等々消費者へのアピールは様々である。

企業、特に小売業はたくましい。
消費税UPは消費には間違いなく逆風になる。
消費者に直接接しているだけにもろに買物行動の減退の影響を受ける。
そうならば、それを逆手にとって、
自社の商品を有利なポジションに置き、シェアを高めようとする、よう邁進する。
泣き言をいっても始まらないというたくましさがある。

今回の消費税UPが、
企業の商品開発、販促・売場開発、PR開発の原動力なり、
マーケティング革新につながれば、
消費税UPはひとつの『マーケティング刺激策』といえる。
ここに消費税UPによる企業サイドへの「+の影響」をみることができる。

D. 消費税UPによる消費者への+の影響:

消費者心理の奥深さについて。
消費税UPによって、
消費者はどのような動きをするのだろうか?
節約だけではない、先駆け購入だけではない、
別の側面について見てみる。

ある百貨店の宝飾売り場に、普通の主婦がおとずれ、20万円のネックレスを購入したという。
何かの記念で夫の許可をもらって買いに来たという。
それはもともと欲しいと思ってはいたが、
消費税UPというきっかけがあり、それなら買っておこうと思いたったという。
消費税のUPが無ければ、恐らく買わなかった、という。
消費税UPという言葉が、
潜在化にあった消費心理、あるいは少し顕在化していた消費心理に火をつけた訳だ。

世の中全体に、
何となく景気がよくなってきたという気分があふれてくれば、
支出を増やす、財布の紐をゆるくする
という消費行動が起こってくるという、
良い事例である。

消費税UPという国民的・国家的な大イベントによって、
社会が刺激を受け「景気の気」がざわつき、
気分が高揚し、結果として物が動く、
ということが起こってくる。
これこそが、
この消費税UPの最大の効用といえる。

因みに、
花見の席で今年は通常のビールやプレミアムビールを飲んだ人が多かったという。
(昨年は発泡酒だったという)

E. 消費税UPがもたらす、本質的で未来的な消費スタイル:

実際に、消費税UPという制度改革?は、
どのような最終果実を社会にもたらすのであろうか?

消費税UPは、消費者の成熟をより一層うながし、
「かしこい、洗練された消費スタイル」を促進させる。

例えば、
・ いいもの、本物は価値あるものとみて、しっかりと消費する
(例:自分に意味のあるものは多少高くてもしっかり選んで長く大切につかう)、
・ コモディティは価格をしっかりみて買う
(例:同じ品質なら安いものを買い節約をする、少し品質が劣っても安さを由として我慢して使う)
・ ワンストッピングという手間の少なさを選ぶ
(多少高いものでもひとつのお店で一度に買えば手間なく時間も節約できる/心理的なコストの節約)
・ 時間という貴重な資源を買う
(例:時間が無い時や、体が不調な時は手間の掛かる手作りは避け、中食・弁当を利用)
・ 無駄のない食品、商品の選択
(例:CVSのお弁当、惣菜、カット野菜等々の利用/割高だが、無駄がない、手間がかからない、エコ感覚もある)

等々の『大人的な消費スタイル』が定着してくる。
即ち『成熟した個人志向の消費スタイル』が根付くようになる。

成熟社会では、個人々々が自分にとって最適な消費スタイルを実現する、そのフィールドが用意される。
これは成熟社会の最もハッピーな側面である。

このようなパラダイム変化が起こるとき、ところには、
大きな市場機会が生まれてくる。
このメガトレンド的な変化を、
消費税UPを契機として前向きに捕らえるのが、
未来志向のマーケティングということになる。

これから、消費税が10%を超え、欧米並みの20%へ近づくと、
ますますかしこい、おもしろい、高質の消費スタイルが登場してくる。

前述したように、消費者は、
ゲーム感覚で8%消費税を受け入れる、楽しめるようになっている。
これは成熟社会のひとつの証である。

いよいよ日本でも本格的な成熟社会における「新しいライフスタイル」を実現するための
社会制度の設計(=マーケティング制度・仕組みの設計)が求められてきたようだ。
消費財マーケティングはますます面白くなってくる。

この稿おわり

追記1:
消費税の今後。
来年の秋、10月からの10%へのUPについては要注意である。
ついに2桁になる、というインパクト、
何かを買えば1割も消費税がかかる、という金額の大きさはかなりの迫力である。
消費者にとっては未踏の領域に突入するという感覚になる。
1桁の消費税は、「なんとかなる!?」という誤差的な範囲にあるが、
2桁になるとリアルな圧迫感が生じてくる。
また、一度2桁にのると、
どんどん15、20%という欧米レベルに近づいてゆく、歯止めがきかない、
という未踏の領域に突入する恐ろしさもある。
来年秋、10月の10%導入は、
いろいろな意味で今回の8%とは異なるストレスが生じてくることになるだろう。

追記2:
家事の外注が減る。
・クリーニングが減り自宅で洗濯をするようになるという。
(あるトイレタリーメーカーが「内家事」傾向をみこして家で洗濯をしましょうキャンペーンを展開している)
・外食、中食の利用をやめて生鮮三品で手料理をしましょう的な動きが目立ってきている。
オフィスではお弁当で、と言う動きもあるという。
キーワードは「内」である。

追記3:
要注意は、PBである。
PB。
もともとは、ナショナルブランドに対して同じ品質なら、また少し低品質でも
価格が格段に安いということで登場してきたローエンドの小売ブランドである。
今ではナショナルブランドより高いものができたり、個性的な差別性を持ったり、
とかなり進化したものになっている。
更に、メガ流通ではその大量発注でコストを大幅に下げて、
かなりいいものを安く、あるいは同価格で出してくるという状況が出てきている。
欧米と比べて、
PB比率が低い現状をみると、
この消費税UPを契機にますますPBが伸びることが予想される。
商品価格が消費税に関係なく安くなり、しかも品質がいいとなれば、
PBは消費者、小売、PB委託先メーカーの3社がWIN・WIN・WINの関係になれる優れたツール、
ということになる。

追記4:
4月以降、
必ずしも価格が消費税UP分だけ高くなるとは限らないと考えた方がよい。
物価の変動は、神のみぞ知るである。
実は、4月1日以降の方が安くなる可能性もある!?

例えば、
マンション、一流物件はあまり下がらないだろう。
しかし売れ残りが生じるような物件では、
不動産業者が資金の回収にはいるため、ダンピングして損切り販売してくる可能性も出てくる。

人気のない車?もしかりである。
人気のない車は値引きが常道である。
また雑貨のように必需でないものは、
店の在庫整理で値引き幅が大きくなる可能性がある。
(いわゆるセールである)

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