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国家斉唱・国旗の掲揚は絶対に必要なのだ

2006-09-25 23:02:12 | Weblog
先日、教育委員会からの学校に於ける国旗・国歌斉唱の指示に従わなかったとする処罰に反対した裁判があった。
しかも、何を考えているのか、その地方裁判所は憲法違反の判決を下したようだ。

ふざけるな、と言いたい。
全ては小泉前首相の「法律以前の問題だ」という一言に帰結する。

まず、教員というのは、次世代の国民を教育するに当たり、政府から託された職員だ。
それが国や教育委員の指示に従わず、自分の主義主張を言うとは何事か。
「生徒」は「先生」の思想を踏襲するために育てるのではない。
国の意向に沿う子供を育てるためにある。
それを勘違いし、自分の主義主張を言い、あまつさえそれが自分のやりたいように出来ないからと教育委員会を訴えるとは何様のつもりか。
自由と責任をはき違えるな。
ましてや教育の立場にいる人間が。
教師とは本来聖職者なのだ。
その意識がないのならば教師になる資格はない。
それでもやりたいのなら専門の塾でも開け。私塾であれば問題はない。


国旗・国歌について、一通り意見を言っておきたい。

国旗・国歌を推奨するに当たり、すぐ軍国主義がどうのと言う人がいるが、日の丸・君が代が戦争をしたわけではない。
また、それに敬意を払うことで軍国主義になるのではない。
まるっきり別次元の話だ。
理由にすらならない。

国旗・国歌に対し、それを尊敬する気持ちは個人個人に自然に起こる物で強制するのではないという意見もある。
では、戦後、時が経つに連れて国に対する敬意が無くなってきたのはどういうことか?
それを声高に言う教師が、子供達が国に自信を持てなくなるような教育をしてきたからではないか。
教師が自分勝手で日頃から反政府思想や自虐史観を教え続けてきたから、それを聞いて育ってきた子供達が日本というかけがえのない物に敬意を持てなくなったのではないか。

第一、今の教師を見て、尊敬できる生徒がいるだろうか。
尊敬できない教師に育てられて、敬意という物を覚えられる子供がいるだろうか。
教師自体の質が悪すぎるのだ。
その証拠に今回のような裁判に発展するのだ。

今、こうして我々がいるのは、日本という国家があり、政府があるからだ。
この国には、素晴らしい文化や伝統もある。国は何より我々の生活を守ってくれている。
それらに感謝・敬意を示すのは当たり前のことだ。
それをきちんと教えることの何が悪いのか。
それをやると日本だけが軍国主義に行くとでも言うのか?
世界中、どの国でも国旗・国歌には必ず敬意を表する。
それが当たり前であり、今までの日本が異常なのだ。
国旗・国歌に敬意を持てないようにしてきたのは、今のそういった反日教師のせいに他ならない。
特に今回裁判を起こした教師の年齢を見ると、日教組に毒された教師に育てられた世代だ。
いかに自虐史観が悪いかを顕著に表した例と言えるだろう。

では、なぜ国はそうして国に関心を持たせる必要があるのか。
それは簡単だ。国を存続させるためだ。
国に関心もなく敬意を持たない、日本などどうでも良いと思っている国民では、国のために働くことも期待できず、国家存亡の危機になる。
正しい国であり続けるため、世界から認められる国であるためには人材は欠かせず、そのためにも自国を大事に尊重し誇りに思う人間が必要となるからだ。
「愛国心」 -これは決して偏狭なナショナリズムの意味ではない- が日本人としての誇りと行動の責任をとるようになり、国内はもとより、外国においても評価される人間の基本となる。

海外、特に発展途上国で、食事にも困窮し犯罪が多発するところと比べ、いかに日本が天国か。
その日本には感謝しなければいけない。
日本とはどういう存在なのかしっかり教え、自分の今いるありがたさ、感謝の気持ちを素直に持てるようにしなければいけない。
少なくとも今こうして平和に生きていられるのは素晴らしいことなのだ。
今の日本の状態を、発展途上国の人間に聞いてみるといい。
いや、聞くまでもなく、たくさんのそういった国々から滞日し、あるいは不法入国してまで働いている現状が物語っていると言える。
それだけ、日本はかけがえのない国になっている。実感を持っていないのは日本人だけだ。
そんな自分達の住む日本についてしっかり教え、ありがたいと言うことを教える必要がある。
敬意を持たせる必要があるのだ。
当たり前のことだと思わないだろうか?

だからこそ、「法律以前の問題」なのだ。
本来、法律にせずとも、これだけ自由で豊かに暮らせる国には自然に感謝と敬意を持って当たり前なのだ。
それを歪めているのが今の教育である。
それを正すための一つの方針が国旗・国歌斉唱なのだ。

こういったところから、現在の教育についての習性が必要になってくる。
教育基本法の改正の必要性は、一つの理由としてここに帰する。
それについてはまた別の機会に。
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