日々諸々

酒肆 とりふじ

M.B.H.

2011-04-09 13:59:52 | 適当に
行きつけだった目黒本町のお店、マイブルーヘヴンは昨年末から一時休業していたのですが、4月5日から営業再開したとのこと・・・よかった。

営業日の関係で、私はあまり伺えなくなりましたけど・・・残念。
当店のお客さまでM.B.H.をご存じの方もいらっしゃると思うので、お知らせまで。

販促のためブログも始めたようですね。mbh95.exblog.jp






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緊急報告

2011-04-01 11:13:43 | 適当に
震災の影響で3月の後半2/3は素晴らしく暇でした。

これじゃいけないといろいろ考えたのですが
銀座8丁目なので
やはり若い女性に手伝ってもらうのがいいと結論し
やはり震災以降稼ぎの減った知り合いに
本日から出勤してもらうことになりました。

男子諸君!
乞うご期待。


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テスト

2010-04-25 16:17:36 | 適当に
実は先月半ば過ぎからどうしてもこのGOOブログの編集画面にログインできず、たいして書くこともなかったのでほったらかして置いたのですが、今日やってみたらできるじゃぁないですか。
で、ちょっとテストを兼ねて書き込みを。

仕事で使ってたメールアドレス、簡単だったので、メーラーが学習してもやたらとスパムが多く、面倒なので変更しました。新しいアドレスは、従来のに、私の名のイニシャルとピリオド付けてください。
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2010年のご挨拶を喪中モードで

2010-01-02 21:13:34 | 適当に
営業日変更のお知らせで「ディズニーランド同様、進化し成長し続け完成しないのがウリの当店」って書きましたが、どういうことかわからない人もいると思うので昔の新年のご挨拶を、再び。




2004年1月の《口上》 『進化するワインバー』

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

ちょうど1年くらい前だったと思いますが、深夜のTVで、ウォルトディズニーの伝記をやっていました。2編連続の放映で、第1部がアニメや映画、第2部がディズニーランドとエプコットという都市造りについての話でした。

とても興味深い内容で、遅い時間にもかかわらず子供と最後まで見ました。見終わって、2人でいろいろ話をしました。

小さい頃、家が貧しくておもちゃを買ってもらえず、身の回りのもので繰り返し繰り返し想像を膨らませながら遊ばざるを得なかったからこそ、細部に至るまではっきりとしたイメージが形成され、映画やディズニーランドを造る上で役立ったのではないか・・・だから子供にものを買い与えすぎるのはよくない、とか。

「ディズニーランドの強さは、それがミッキーマウスランドではない点だ」というのは息子の指摘です。「ディズニーの頭の中に明確に存在した子供も大人も楽しめる健全な遊園地、その彼の理想や哲学を具現化したものがディズニーランドであり、その当初の思想が東京ディズニーランドにもいまだに息づいているところがすごい。単にヒットした映画をもとに、2匹目のどじょうをねらって造られたテーマパークとは違う」というのです(番組で紹介された、一家はいっときディズニーランド内の消防署の2階に実際に住んでいたとか、ウォルトディズニーは早朝、開園前のディズニーランドを、たった1人消防自動車を運転し走り回るのが好きだったというエピソードは、本当にいいですね)

このときは息子に話さなかったのですが、開店を間近にひかえていた私の心に、深く焼き付いたことがありました。それはウォルトディズニーがディズニーランドを造ろうと思い立った理由です。映画で成功を収めていても、彼はこういっていたそうです。

「映画は編集を終え、配給会社に渡してしまえば、自分は何もすることが出来ない。しかし遊園地はいろいろなことが出来る。遊園地は成長し、進化する」

彼のこのことばを聞いたとき私は、自分がこれから始めるお店も、成長し、進化するお店にしようと心に誓いました。

以前の私の店もそうでしたが、今日多くのお店は、オープンし営業がある程度軌道に乗ると、同じことをただ繰り返しているだけのように思われてなりません。折々行われる各種イベントなども、単に義務的、常規的に目先を変えているだけで、本質的には何も変わっていない、変えようとしていない、成長や進化とは無縁の、変化のための変化だと私には感じられるのです。

そして類似のお店が増え、造作が老朽化し、話題性や新鮮味がなくなって本当に飽きられ始めると、大々的にリニューアルし、また新規開店する・・・こういったお店は、運営スタッフにお店をゆだねてしまったあとは、配給会社に渡った映画ようなものではないでしょうか。

「成長し、進化する」とは、次々に新メニューを開発したり、新奇な企画で客寄せしたり、売れっ子デザイナーを起用し店舗を改装することではないと思います。

さらにいえば、売上や利益が増えることでもないと思います。事業規模が拡大し、働く人の数や扱う物の量が増え、より多くのお金を動かせるようになることは、発展、繁栄ではあっても、成長や進化とはちょっと違うように思えるのです。

子供をそのまま大きくしても大人にはなりません。成長や進化には、量的拡大のみならず、質的変化が伴うものです。生物学的なことはわかりませんが、バーでいえば、取り扱い商品やその構成、内装や器、提供の仕方、サービスなどが、同一性を保ちながら、時間の経過に従い円熟味を増し、風格を上げ、落ち着いた「いい感じ」を醸しだすように変わっていくことだと思うのです。

忘れてならないのは、成長にはそれ相応の時間が必要だということです。急速な発展や繁栄はあっても、急速な成長はあり得ないといえます。経営戦略や戦術、組織改革などは自ら選択、変更することは出来ても、時の経過は速めることも遅らせることも出来ないからです。進化もまた、そこに至るまでの長い淘汰の歴史があったと理解しなければなりません。

しかし、時間は如何ともしがたいとはいえ、人間形成に運動や学習が不可欠なように、何もせず漫然と時の流れに任せているだけでは、よりよい成長は望めないのではないでしょうか。はっきりとした目的意識と主体性を持って時を重ねることが、とても大切なのだと思います。

こう考えてみると、効率優先のこの時代、成長、進化するお店である必要はないのかも知れません。若さや新しさは、それだけで万人にうけるものです。面倒で時間のかかる成長や進化よりは、新たなお店を生み出すほうが、実は容易で結果として安く済みます・・・しかし、だからこそ私は、出店時の心境を思い出すのです。

新たな1年を迎えるにあたり、加齢や経年ということが、ただ老化し古くなるということではなく、成長し進化した新たなステージの始まりとなるよう、初心を忘れず努力していきたいと思います。バーは大人の遊園地です。どうか本年も変わらぬお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。




新年を迎え読み返してみると、それなりに歳もとり金融危機などを経験した今、成長し進化する(し続ける)と声高にいうには厳しいものがあるのも事実です。開店時の、その着眼点はいいとしても、なんかぁ、とてもアメリカ的というか、楽天的な拡大路線の屁理屈のような気もします。結局は発展や繁栄のためのいい訳ではないかと・・・

文中にもありますが、成長や進化の時間に対する変化はあまりに微小です。多くの人々が若さや新しさ(日の下に本質的な新しいことはなくとも)といった、単純な物珍しさ新奇さに興味を示し、努力の質や量よりも、結果としての方向や到達点といったものを重要視する時代にあっては「出店時の心境」など思い出さなくてもいいと思ったりもします。限りなく成長し進化するというイメージは癌細胞を連想させ、病的な感じもするし、成長も進化もしない日本経済になれちゃうと、どうでもいいから発展と繁盛したほうが勝ちなのかなって気もします。

でもね、私はね、私個人として、やっぱり発展や繁盛より、成長し進化したいんですよ。

もう・・・だから、ご支援、ご鞭撻をなんていわないし「どうか本年も変わらぬお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます」なんてこともまったくいいません。私の希望は健康な限りこの商売をやり続けることなんです。

「ただ老化し古くなる」だけでも、半世紀繁栄できる企業はそうない時代であれば、十分価値あることのように思えるんです。まあ、この商売、所詮そんなに儲かんないんだから、今年も気楽にやりますよ。お客さんがうんざりするほどずーっとね。



 
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円明園の花見

2009-07-16 13:06:12 | 適当に
13日(月)は臨時休業してすいませんでした。

蓮の花、見てきました。
昨年10月にいったときは、人もまばらで
ここで花を見られたら風情があるなぁと思ったのですが
さすがにこのシーズンは桜の季節の上野公園化してました。

8月までは夜も開園しているそうなので
夜は多少すいているかも知れませんね。
月の光で花を見るのもいいかも。
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十年一日

2008-07-13 22:31:59 | 適当に
最近、投資バー化しているとりふじです。

ちょっとまえに広瀬隆雄さんという方の「新興国投資情報レポート」
http://plaza.rakuten.co.jp/isbrics/ というホームページを見ました。
その「第133回 70年代といまを比較すると」は、原油価格高騰に翻弄されている今の状況と、オイルショック当時との共通点を平易に記述されていて、興味深い読み物でした(このようなものを読むとき、ネットの場合は特に、Wikipedia同様、どの程度信頼に値するかは読むほうの責任なんだと思うんですけど――印刷媒体なら正しいのかなんてーのは論外ですが―― ) 

投資バー(ってったって、新興国にお金を投じインフラ整備や産業を興し、なんてぇ高遠な理想を議論する店じゃなくて、ただ自分の金融資産をいかに増やすかって問題で日々喧々諤々としてるだけなんですけどね)としては、こういった温故知新的情報は面白い。日の下に新しきことなしですから。

そして今度は「ハイハイQさんQさんデス http://www.9393.co.jp/」の記事です。「マネーゲーム破れたり」 1998年5月11日執筆 『Voice』98年7月号発表
お金儲けるときの先見の明ってなこと、考えさせられるなー。政治経済を担う人たちは頭はいいが賢くなく、大衆は馬鹿ではないが鈍いですから。 

「人々が物を買わなくなったら、物をつくったり販売したりする商売はあがったりだが、お金の使い道がまったくなくなってしまうわけではない。」という書き出しで自説を述べるのですが、アメリカは輸出に回すバイタリティを内需拡大に回せと要求しているがそれは無理だと彼はいいます。

「いま起っていることは不景気ではなくて、社会成熟化による産業界の構造変化だということである。構造変化だから、産業界が活気を取り戻したとしても、産業界が元へ戻ることは考えられない」としたうえで、Qさんは「生産中心の経済から生活中心の経済に移り」「豊かな社会におけるお金の使い方は次のような優先順序になる。」というのです。

第一はエンターテインメント
第二は飲み食い
第三は海外旅行
第四は趣味道楽
第五は健康と美容
第六は教養とか文化とか、成人教育

「マネーゲーム敗れたり」はVOICE誌の1998年1月号から1999年1月まで5回にわたって連載し、99年1月にPHP研究所から単行本として出版したそうです。ということは10年前ですよ。

で、今度は私の話。

2007年6月17日の記事「ホモルーデンス」ってのはまさにそういうこと。私は心情的にはそういった動きには肯んじえないのだが、世の中はまさに否応なしにそうなっている。Qさんのいうエンターテイメント(Qサン的にはエンターテインメント)って方向に向かってることなんだ。

あとキャンドルナイト。今年はやらなかったんだ。夏至が営業日でないということ以上に、ホームページ見たらローソクいっぱい点火してるんで・・・
まあ、これもエンターテイメント、かな。やだねー。
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呼吸者の店

2008-06-24 09:02:18 | 適当に
以下は何年か前、当店の《ウリ》は何かについてホームページに書いた文 http://www.torifuji.com/koujyou/0410.htm の最後の部分です。



先日こんな文章を読みました。

デュシャンが日々どのように過ごしているのかを聞きだしたいと思い、わたしはしきりに話をそちらに向けようと試みた。「生まれてこのかた、あまり金を使わずに生きてこられたものだから」とデュシャンは言う。「時間を過ごすのに苦労したことはないが、なにをしているかとたずねられても、答えようがない・・・・・呼吸者かな。息をするのはわたしとっておおいなる歓びだね。」
『マルセル・デュシャン』カルヴィン・トムキンズ著 木下哲夫訳 みずず書房2003

そう、なにがお店のウリなのかとたずねられても、答えようがない。当店はお客さまに呼吸をする場を提供しているにすぎない。「息をする歓び」にお代をいただくわけにもいかないので、お酒を売っているんでしょう。日々、地下のよどんだ空気とともに、ねっ!



今再びウリについて考えてみるとやはり答えようはないのだが、最近は「息をする歓び」にお代をいただいてもいいのではないかと思うようになった。

呼吸によりお客さまが店内に排出するCO2に、その空間の占有者である当店が課金する、といった感じね。

馬鹿げてるかもしれないが、私は今検討されている地球温暖化への対処を錦の御旗にしたCO2排出権なんてのも、似たり寄ったりだと思う。本来お金を借りられない所得者層に家が持てるという甘言で借金させ、その債権を膨らましてビジネスにしたのと同様な匂いが感じられる。

どうせ胡散臭いなら「息をする歓び」がウリだってのも悪くないんではないか。当店だってビジネスなんだからね。仕入は必要ないし、資源の浪費もしない。究極のエコだな。繰り返しになるが、ワインだの料理(当店にはないんだけど)だの、内装だのサービスだの、激安だのお値打ちだのっていった《もの》をウリにするお店よりは、はるかにましだと思うんだ。でも・・・「そんな店行くか」って?

花の美しさなんてないんだろうけど、美しい花もないんだ。美は見出したときに見出した者の中にしかない。きっとワインや料理の美味しさも、お店のウリも、ねっ!

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3つ星良店

2008-06-22 15:38:42 | 適当に
昨晩、知り合いと鶴見線の駅構内にある小さな飲み屋に2年半ぶりに行った。

ビール飲んでたら、しばらくして、最後に行ったとき入れた焼酎のボトルが無言で出てきた。入れた本人も忘れていたのに。

とても感激した。こういうのをいい店っていうんだろうな。
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人間は人間にとって狼―――思い込みが世界を動かす 2

2008-06-21 14:41:35 | 適当に
この話をお店でしたとき「またブログに書くんでしょう」っていわれて、書きませんって答えたんだが。まあ、そこはね。

このあいだ某ホテルのコーヒーハウス(コーヒーショップっていうのかな)で食事したんだけど、そのとき3、4m離れた前のテーブルに、色白で眉間に皺を寄せた、いかにも口うるさく神経質そうな痩せた背の高い年配の女性と、造顔マッサージの女史がいつも被っているような帽子を被った同年代の背の低い小太りの、きちんとした身なりの女性2人がいた。

女版爆笑問題みたいで面白く、ちょっと見ていたら、彼女たちは注文し始めたのだが、サービスの人が神経質そうなほうになにか熱心に説明している様子。

「なんかめんどくさい注文しているのかなぁ」と思いつつ、こちらはこちらで運ばれてきた料理を食べ始めた。ふと見ると、店の人が2人にワインのボトルを提示しているではないか。

「70近い女性2人で1本飲んじゃうんだー」と驚き見入っていると、テイスティングの儀式の後、むこうにも料理が運ばれてきた。それは大きな深めの器に入ったサラダだった。

2人はワインを飲み、各々のサラダを食べ始めた。しばらくすると、神経質そうなほうがもうひとりに何かいい始めた。席が離れていてところどころしか話は聞こえなかったが、料理についてなにか文句をいっているようだった。

ちょっとすると彼女は店の人を呼びつけ、苦情(だと思う)をいい始めた。店の人はかがみこみ 目線を彼女と同じ高さにして説明し、謝るようなそぶりをみせてひき下がった。

最初の印象から、クレーマーみたいな性格は顔つきにでるなぁと納得しつつ見ていると、店の人は再度やってきてかがみこみ、また説明を始めた。そのとき女性の声が少し聞き取れた。サラダの葉が大きすぎて食べにくいし、量が多すぎるといっているのだった。

目を凝らすと、サラダはシーザースサラダで、本格的にロメインレタスをつかっていて葉を切ったりちぎったりしてないように見えた。ホテルという場所柄、サラダだけで済ませる外人客を意識してか、量もたっぷりあるようだった。私は注文時のやり取りは、そのへんのことを説明していたのかな、と思った。

少しして、どう決着がついたのかはわからないが、頭を下げつつ店の人はテーブルを離れていった。

その直後、帽子を被った小太りの女性がいったことばがはっきり聞こえた。「量が多いだけで葉っぱはそのままなんて、調理が雑よねぇ。そういえばドレッシングも雑じゃないかしら。前来たときとは少し味が違う・・・」

私はそれを聞いたとき、思い込みは恐ろしいと思った。両者の思い込み―――ホテルの、シーザーズサラダはかくあるべきという考えと、2人がサラダというものに対して抱いているイメージ―――の齟齬が、こんなに飛躍した不幸な結論を導きだすとは! そして唐突に「人間は人間にとって狼」ということばを思い浮かべた。

そうそう、私は食事が済み席を立ってしまったのでわからないんだが、その後2人は肉料理を食べたのだと思いたい。サラダを食べつつ彼女たちが飲んでいたのは結構濃そうな赤ワインだったので。









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人間は人間にとって狼―――思い込みが世界を動かす

2008-06-21 11:22:34 | 適当に
近頃ブログを更新しないのはネタがないからではなく、公開する理由がよくわからなくなったからなんだ。

てぇのは・・・
先日「新ニッポン人現わる」というTV番組を見た。20代の若者はお酒を飲まないし車に興味もない。海外旅行には行かない。少ない収入でも貯金をする。物欲があまりなくお金を使わないというレポートだったんだが、最近の自分も似ているなって感じた(若者が自分に似ているのではなく、最近の自分が若者にね)

相変わらず免許がないので車はどうでもいい。週に3日も休んでいるけどまとまった休みはとれないので、海外旅行もごく近いところに2泊ほど行くくらい。当然、もし行けなきゃぁ、行かなくてもいいと思っている・・・

でも、お酒はいっぱい飲むし、結構食事にお金を使ってる(高価なフレンチや和食にはいかないんだけどね) 貯金もしないから新ニッポン人とはちょっと違うよといわれればそうなのだが、なんかー似てるんではと思ってしまった。

どこが似ているのかといえば、社会に対する認識だ。私は、消費社会と呼ばれる、ものを消費することが精神的満足と直結した社会、従ってより良いもの(通常、そういったものは高いわな)をより多く消費できることが贅沢であり、豊かさであり、幸せである社会のあり方は、表象的にはともかく、もう終焉したと信じている。そして彼ら若者たちもそう感じているんだと思う(番組ではいってなかったけどね)

彼らに物欲がないのは、ものを消費すれば幸せが得られるなんて思ってないからだ。

物欲といえば、私はワインの商売をしているが、1本2万円以上もするワインをそんなに飲みたいとは思わないし、そういったワインを売りたいとも思わない。単にビジネスとしてみれば高価なワインが売れるのはとてもいいことだが、それはもう飲み物の範疇をこえているように思える。飲みたいワインを飲むのに金額なんて気にしないというならいいんだが、高額ワインを飲まれる多くの方は高いからいいと思っているのではないか。いや、いいと思ってなくても、憧れているのではないか。もちろん飲むのはお客さんの勝手だが、そういった方々を相手に商売をする自分は許し難い。エンゲルスじゃないんだから、シャトーマルゴ―で幸せは得られないと思う。

じゃぁ、安きゃいいのかっていわれてもねぇ。ワインは値段に正直ですから。それよりワインって「もの」に縛られてちゃいかんのだよ。そんなことではすでに終わったと思ってる消費社会から、私自身なにも抜け出してないことになるではないか。時代はもう次のステージに向かっているのに・・・ナガオカケンメイだったらなんていうかなぁ。

でー、ブログにいろいろ書いてみんなに公開するってのも、情報や思索の徒な消費って気もして。情報や思索を更新変化させることはネット時代の今日それほど原価はかからないんだけどね。それで自己満足しても、ねえ。まぁ、当ブログ、たいした内容なんてないんだけど。それでも・・・

と、ここまでは思い込みの長い前振りで、本題に。

でもー、疲れちゃったから、続きは次回。






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