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10/22 記録、と蛸の話

2016-10-22 23:56:34 | 日記
昨日あれからArkを三枚、光を一枚書いた。
気まぐれに小話を一つ。
千文字に抑えようとして倍になった。一時間で書こうとして二時間半かけていた。

「蛸と幸福」

あれは、小学校のころの出来事だったろうか。まだ幼かった頃ついた、小さな嘘の夢を見た。
学校から家に帰ってきた僕は、決意に満ちた表情を作り、母さんの前に立つ。
「母さま。今日はお頼みしたいことがあって御前に失礼しました」
「…どうしたの、おかしな話し方して?時代劇のマネ?」
リビングのソファでだらりと寝そべっていた母さんの質問を無視して、話を続ける。
「実は…」
僕は乾いた唇を湿らせてそっと息を吸い込み、最後に頭の中でもう一度、兄に書いてもらった原稿の内容を思い出し直してから、言葉を発した。
「―――お弁当のウインナを、赤色に着色してあるものへ変更していただきたいのです」
母さんの頭の上に、大きな疑問符が浮かぶ。その反応を予想していた僕は、すぐに続きの言葉を繰り出す。
「これから詳しい説明をさせていただきます。
当然ながら母さまは、今僕のお弁当に使用されているウインナの銘柄が『特選アルトバイエルン・二十四時間熟成』であることをご存じだと思います」
「…うーん?」
そこで首を傾げられては、話が進まないではないか。焦った僕は、一瞬口を滑らせてしまう。
「高いやつ買ってるよね?」
…し、しまった。
「あ、うん。おいしそうなのにしてるわよ」
母さんが頷いてくれたことに安心しながら、慌てて話し方を戻す。
絶対にお願いを叶えてもらうにはどうすればいいのかを大学生の兄に聞いた僕は、要求を効果的に伝える方法として、「プレゼン式話術」なるものを仕込まれていた。
…今考えれば、ひどい兄貴だ。でも当時の僕は必死で、彼にからかわれていたのだということにも気づけなかった。
「お言葉ですが、お母様の選択は後述する3つの理由から、あらゆる意味において非合理的である、と僕は考えます」
「え…?」
うろたえている母さんへ畳みかけるように、僕は論拠を列挙していく。何度も練習していた通りに、僕の口は饒舌に語ってくれた。
「一つ。アルトバイエルンは一般的な赤色ウインナと比べ、百グラム当たりの単価が約20円高いです。非経済的な前者のウインナは、庶民の敵です」
「二つ。アルトバイエルンは赤色ウインナと比べ味がしつこく、脂質を多く含んでいます。栄養が偏っていて、非健康的です」
「三つ。アルトバイエルンは肌色をしていて、お弁当の彩りをにぎわすことができないので、非芸術的です」
三つの理由を話し終わって、僕の語りは最も重要な部分へと突入していく。
「先日級友のお弁当にですね。は、入っていた、ものが、あ、あの、えっと…」
頭の中に、アレのすがたが浮かび上がる。
今まで順調に動いてくれていたはずの舌が、急に空回りしだす。
静かになってしまった僕へ向かって、母さんは言う。
「そこまで言うなら、安いやつに変えてもいいけど。でも、どうして?」
「…さ、さっき言ったじゃん」
そう答えながら、僕の頭の中ではアレが輪になって踊っていた。アレのことで頭がいっぱいになってしまっていた僕は、付け焼刃のプレゼン式話術のことも、もう忘れてしまっていた。
「立派なことを言ってたみたいだけど、あれは一つもあなた自身の言葉じゃなかった」
「うっ…」
「教えて。どうして高いウインナが嫌になったの?何か、嫌なことでもあった?」
「…赤いやつがいいんだ。友達の弁当にさ、タコウインナっていう、めちゃカッコいいのが入ってたから」
一瞬の間があったあと、母さんが吹き出す。僕はなぜ笑われたのかが分からなくて、あっけに取られていた。
「わ、笑わないでよ」
「ごめんなさい。あんまり、おかしかったもんだから。でもタコさんなら、高いウインナでもできるわよ?」
「赤くないと、タコっぽくないじゃん」
僕の一言に母さんはまた笑い出して、それから話がまとまるまでに、なんだかんだ結構時間が掛かってしまったような気がする。まあ何にせよ、かくして小さい頃の僕は、最高にいかしたタコさんウインナを、お弁当に入れてもらうことができたのだった。

…さて、夢の話はおしまいだ。
現実の僕には、これからつまらない会社での一日が待っている。その前に朝ご飯と、昼に食べる弁当も作らないといけない。一人暮らしの朝は、それなりに忙しい。

今日の朝はウインナでも焼こうか。もちろん余った分は、タコさんにして弁当へ入れるのだ。

―――なぜか柔らかな笑いが込み上げてきて、僕は少し、愉快な気分になった。

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